ミニ盆栽素材の、芽摘みや切り戻し

春の芽出しも固まってきた。
例年この時期は、飛び出した芽の処理などが必要となる。
鉢によって、枝払いなどの剪定、切り戻し、芽摘みなど。
鉢が小さくてもと言っていいのか、鉢が小さいからと言った方がいいのか。

ミニ盆栽素材、芽摘み切り戻し


(1)ミニケヤキ箒仕立て素材、芽摘み

梅雨前の葉刈りに備えての作業、芽摘みの、前
ミニケヤキ箒仕立て・芽摘み前
芽摘み前・上から
ミニケヤキ箒仕立て・芽摘み前・上から
芽摘み後
ミニケヤキ箒仕立て・芽摘み後
芽摘み後・上から
ミニケヤキ箒仕立て・芽摘み後・上から
※ 今年購入したミニケヤキの寄せ植えの芽摘みは、まだ必要ないようだ。
  芽摘み・葉狩りはもう少し様子を見ることにする。



(2)ミニ・ヒメシャラ(一本立ち)の切り戻し

切り戻し前
このヒメシャラは、毎年ほとんど動きがない。
しかし、切り戻しが必要なようだ。
ヒメシャラ・芽摘み前
切り戻し前・上から
ヒメシャラ芽摘み前・上から
切り戻し後
ヒメシャラ芽摘み後
切り戻し後・上から
ヒメシャラ芽摘み後・上から

(3)実生ヒノキの寄せ植えの、芽摘み・剪定

剪定・芽摘み前
ミニヒノキ寄せ植え・芽摘み前
剪定・芽摘み前・上から
ミニヒノキ芽摘み前・上から
剪定(下枝払い)と芽摘み後
来春以降、配植の変更が必要なようだ。
ミニヒノキ寄せ植え・切り戻し&芽摘み後
剪定(下枝払い)と芽摘み後・上から
ミニヒノキ寄せ植え・きり戻し&芽摘み後・上から
※不思議なことに、その後ヒノキの種が飛んできて、芽生えることはなくなった。実生の苗が得られたのは、ほんの偶然だったのだ。

巣鴨 三浦屋で、ランチ

NPOシニア大樂では、毎月一回巣鴨で、写真エッセイ教室と旅カレッジを開催している。
私も事務局などで参加している。
その日は、天気が良ければ、とげぬき地蔵商店街を観察して歩く。
そして、たまにランチをとる。
これまで、カレーうどんヤツメウナギのお重、インドカレーなどを食べてみた。
今回は、横道探索をした。

スッポン料理 すがも 三浦屋  豊島区巣鴨4-22-27

ハイスープ付き スッポン雑炊 @1,575円  に挑戦

※この日は、少し暑かったが、これまで食べたことのあるような雑炊、汁の多いものではなく、従ってあまりフーフー言ったり、汗かいたりしない雑炊だ。

不飽和脂肪酸の宣伝が姦しい。
究極の薬膳」スーパーハイスープ

スーパーハイスープ
一応ポンズ醤油が出るが、味付けは必要ない。

スッポン雑炊
すっぽん雑炊
雑炊アップ
雑炊アップ
おしんこ
おしんこ
雑炊メニュー
雑炊メニュー
開店間際は、シニア女性のグループとか、シニア夫婦にその娘&孫といった所が多かった。

1階座敷
1階座敷
賑やかな壁の写真
賑やかな壁の写真
芸能人もはしゃげる店のようだ
テレビで見るような連中の写真が店頭にもある。
芸能人もはしゃげる店のようだ
私が帰る頃には、またシニアのグループが入った。
入店

新宿御苑 古月で、ランチを

新宿から四谷まで散歩する前に、新宿御苑でランチした。

料理 新宿 古月

『《古月 新宿》の食養生
中国の伝統的な医学では、薬と食べものは同一線上にあります。体調を整えるのは何も薬だけではない、食べものにもその力は宿ります。
所謂「漢方薬」を使わなくても「食材」を選んで組み合わせることで美味だけにとどまらない、人を養う料理足り得ます。中国料理にはその知恵や経験も蓄積されているのです。
皆様に、中国料理の未知の一面を私がご案内いたします。
 御苑の緑を愛でながら、ゆったりとお食事をお楽しみいただければ幸いでございます。
       高級営養薬膳師
       新宿店料理長  前田 克紀 』
(「新宿の中華料理、中国料理は「古月」 宴会、貸切、ランチ」より)

ランチのセット
◆ つるむらさき炒め物 香港風

※ この日は雨が降っていたので、11時40分を過ぎる頃、満席となった。恐らく、いつもは開店(11時半)と同時に、満席になっていたであろう。そういう雰囲気の人気店のようだ。女性同士、またはカップルが多い。
この日よく注文があったのは、Cの小エビと茄子の醤油煮込み、であった。


ランチセットA
ランチセットA
肉系統は、ベーコンのみで、主体はきのこと野菜である。
つるむらさきに初めて出会った
のは日本料理だったが、東南アジア原産の野菜だから当然中華料理の材料にもなるのだと知った。

つるむらさきの炒め
つるむらさきの炒め
スープ
スープ
小菜
小菜
ご飯とおしんこ
ご飯とおしんこ
お茶
お茶
デザート
デザート
ランチメニュー
ランチメニュー
厨房の中の様子と、
手前でメインディッシュ以外を準備する女性
厨房と、手前でメインディッシュ以外を盛り付けする女性
エントランス
エントランス
店頭メニュー
店頭メニュー
店頭
店頭

新宿 中国料理・翔でランチ

新宿末広亭の通りに、その店はあった。

中国料理 翔  新宿区新宿3-9-3 第2江戸金ビル2F

※ この日は、平日。背広姿のサラリーマンが圧倒的に多かった。
平日のランチは、このあたりのオフィスの住人で持っているのだろう。


日替わりランチ B.豚肉とニラ・もやしの炒め
B.豚肉とニラ・もやしの炒め
アップ
アップ
スープ
スープ
サラダ
サラダ
中国茶(ジャスミン茶)
中国茶
2階入り口のメニュー
部屋に入ると、一切のメニューはない。
2階入り口のメニュー
室内
室内
1階入り口
翔・1階入り口
外から、2階の翔を見る
外から、2階の翔を見る
近所の新宿末広亭
末広亭

新宿・四谷散策

新宿御苑駅から四ツ谷駅まで散歩した。
散歩コースには、華のあるものと、華のない地味なものとがある。
今回のコースは後者である。
人文社の江戸切絵図や、ちくま学芸文庫の江戸名所図会4などを参考に、歩いてみた。

新宿・四谷散歩

【参考】千駄ヶ谷・鮫ヶ橋・四ッ谷絵図(出典は人文社)
 リュックに一冊この本を忍ばせておくと時空を超える楽しみが得られると思うので、推薦する。@1,600円

参考図
参考図
太宗寺
太宗寺
太宗寺境内
  ・銅造地蔵菩薩坐像・江戸六地蔵2番
  ・閻魔堂
  ・内藤家の墓
  ・不動堂&塩かけ地蔵など
太宗寺境内
『四谷 四谷御門の外より西の方、内藤新宿のあたりまでの惣名なり。
里老いふ、「この地の四方に谷あり。ゆゑに四谷と号くる」と・・・』
(江戸名所図会より)

四ツ谷大木戸跡
  ・玉川上水番所跡
  ・四ツ谷大木戸跡の碑
四ツ谷大木戸跡
多武峯(とうのみね)内藤神社

駿馬の塚

『内藤清成の駿馬の伝説にかかわる石碑である。
徳川家康は江戸入府後、家臣の内藤清成を呼び、現在の新宿御苑一帯を示し「馬で一息に回れるだけの土地を与える」と語ったという。
清成の乗った駿馬は、南は千駄ヶ谷、北は大久保、西は代々木、東は四谷を走り、疲れ果て死んでしまったので、大樫の下に埋めたと伝えられる。後に内藤家の森林の管理人となった中家休昌と木下正敷が、文化十三年(1816)八月に樫の古木の跡に塚を造り、駿馬塚の碑を建てた。』
(説明板:新宿区教育委員会より)
内藤神社
篠寺・長善寺

篠寺・長善寺
鬼子母神・日宗寺

鬼子母神・日宗寺
『東京大空襲の折、御本殿並びに御内陣と摂社天白稲荷社を残し、外一切の建物が焼失した。』
(「須賀神社|新宿区須賀町の神社、郷社、四谷の氏神」より)
⇒本殿、摂社天白稲荷社が土蔵造りであったから、焼失を免れた。

牛頭天王社・須賀神社

牛頭天王社・須賀神社
戒行寺
戒行寺
戒行寺境内の長谷川平蔵碑と最近戻った墓
長谷川平蔵碑・墓
鮫ヶ橋跡近くの咳止め神
(祠)
鮫ヶ橋せき止め
紀伊殿中屋敷跡・東宮御所
紀伊殿中屋敷跡・東宮御所
紀伊殿中屋敷跡・迎賓館
紀伊殿中屋敷跡・迎賓館

浅草・大桝でランチ

隅田川の両岸、向島と浅草界隈を女房や長女、女房の友達と連れ立って散歩した。
コース
は、以前下見しておいたのと同じ。
彼女達を案内したのは初めてであるが、概ね満足してもらった。
まず歩く前の腹こしらえに、雷門の近くで、ランチを。

浅草 酒の大桝

肉の定食
◆ 鶏竜田揚げ丼


女性陣にも好評な、おしゃれで美味しい丼であった。
酒屋で何でこんな美味しいランチが摂れるのか?
不思議な感じがする。
そういえば、他のテーブルも女性のグループが多い。

鶏の竜田揚げ丼
鶏の竜田揚げ丼
アップ
アップ
味噌汁
味噌汁
ちなみに、メンバーの一人が食べたのは、魚の定食。当日は、焼魚(ホッケ)
ホッケ

坂尾甘露堂の、加賀さま

坂尾甘露堂  金沢市南町3-34

『その後加賀藩士となり金沢に入った坂尾甘露堂初代当主は、江戸末期の頃故あって町人となりました。そして中国に渡り胡桃を研究し帰国後、胡桃漬を家伝の菓子とし、「胡桃漬本舗」として菓子商を営み始めました。
そして四代目当主の時に、加賀藩前田家の紋所、剣梅鉢をかたどった最中「加賀さま」を創作し、「加賀さま本舗」として今日に至り、当店の代表銘菓となっております。
 五弁の花びらを型押しした香ばしいもち米粉の種皮で、粒、こし、抹茶の三種の餡を挟んだ直径13センチの最中で、ここちよい甘さに仕上げています。』
(「加賀さま本舗 坂尾甘露堂 公式ホームページ」坂尾甘露堂の紹介より)

◆ 加賀さま 小判タイプ

抹茶とこし餡

坂尾甘露堂・加賀さま
坂尾甘露堂・加賀さま
加賀さまon青ビードロ釉皿
加賀さまon青ビードロ釉皿
断面
断面

茨城の銘菓 水戸の梅

おなじみの菓子が手に入った。
これもまた、仙台の萩の月同様、懐かしい菓子だ。

創業 嘉永五年 亀印本舗

  水戸銘菓
◆ 水戸の梅


『紫蘇の香りに包まれる水戸銘菓
水戸の梅
上品な白あん求肥で包み、さらに蜜付けの赤紫蘇の葉でくるみました。白あんは自家製、紫蘇は国産を使用。味わうほどにふくよかな梅の香りが口いっぱいに広がります。』
(「水戸銘菓|亀じるしのお菓子|茨城 水戸銘菓・和菓子・洋菓子ならお菓子の老舗 亀じるしへ」より)

水戸の梅・包装
包装
開封
開封
水戸の梅on独楽文皿
水戸の梅on独楽文皿
断面
断面

仙台土産

仙台土産を買ったのは、実に20年ぶりくらいである。
昔は、笹かまぼこ、仙台駄菓子、浦霞禅など色々買った。
今回買った、懐かしい土産は、 

萩の月

そして、買った個数も少なく、単純に我が家と娘家族の分、計3個のみ。
味もすっかり忘れていた。
いつの間にか、実にシンプルな生活に戻っている。

包装
包装

箱
開封
開封
個箱
個箱
萩の月on絵志野皿
萩の月on絵志野皿
切断面
切断面

曇り空の中の、金環日食

『国内で25年ぶり。首都圏では173年ぶり。』と、日経5月21日朝刊で伝える。
我が家の2階、北東の窓から、曇り空の中に、時々雲から顔を出す太陽を観察した。
近所の子供たちの声がした。「見えた?」「見えたよ」と嬉しそうであった。
そう、少し見えた。日食グラスの準備はなかったが、曇りのお蔭と言えばおかげ。肉眼でそれらしきものが観察された。光学10倍ズームで撮影してみた。

◆ 金環日食

金環日食2012.5/21.am7:37撮影
金環日食
金環日食の前後の写真。

金環日食前
金環日食直前
金環日食後
金環日食直後

仙台の駅弁

今回の東北旅行にあって、仙台の駅弁を買う機会が2度あった。

(1)往きの、「東北復興弁当」

JR東日本のびゅう、では、サービスに弁当券が付いていた。
仙台駅3階の弁当売り場
メンバーの好みはバラバラ。@1,100円以内ならばなんでも交換してくれる。海鮮常長弁当も美味しそうであった。
仙台駅・弁当売り場
今回の主たる旅行目的は、東北応援であったので、名前に惹かれてこの弁当を選んだ。

東北復興弁当
東北復興弁当
仙石線の中では、さすがに食べるのを躊躇した。ホテルに着いて、お願いしたらガーデンラウンジ「ジャルダン」をお借りすることが出来た。

開封
開封
中味
弁当中味
説明書き
説明書き

(2)帰りの、「伊達幕」

新幹線の乗り場の近くで買った。
一食は牛タンと思っていたが、前日仲間のいびきで一睡も出来ず、少し吐き気を催したので、ゴク普通の幕の内風なものをセレクトした。しかし、何故かお茶代わりに、ビールは買っている。

帰りの弁当・伊達幕
帰りの弁当・伊達幕
帰りの弁当・開封
帰りの弁当・開封

青葉城跡の見学

メンバーの中に、伊達家ゆかりの人間がいた。
是非青葉城跡を見学したいというので、我々が案内した。
この日は、やんごとなきお方が仙台訪問中ということがあって、タクシーが動くかどうか危ぶまれる状況であった。

青葉城跡見学

伊達政宗騎馬像

像の前で、なにやらパフォーマンスをやっている一団がいた。
政宗騎馬像
仙台城跡の碑

この辺りから見下ろすと、確かに断崖絶壁で、城の護りは堅く見える。
仙台城跡
本丸跡に建てられた護国神社
護国神社
資料展示室内の甲冑等の展示
資料展示室
支倉常長・遣欧使節行展

スタッフが、世界中で遣欧使節の足跡を撮ってきた写真展
支倉常長・遣欧使節行展
資料展示室内・脇(隅)櫓の模型
資料展示室内・隅櫓
修理中の大手門脇(隅)櫓
。空襲で破壊される前までは、国宝であった。
またまた、震災で損壊したと。
修理中の大手門脇櫓
東北大学・青葉山キャンパス

個人的には、入社まもなく3~4年間、特別受託研究生として、毎月通って共同研究をしていた懐かしいキャンパスである。
東北大学キャンパス

仙台駅 寿司処こうやで、ランチ

非ゴルフ組のメンバーの中で、青葉城が見たいという人がいたので、早めに仙台に戻ることにした。石巻発の列車の便数が少ないので、石巻駅でお茶を飲んで発車を待った。このため仙台駅に着いたのは、2時を回っていた。
仙台駅3階 すし通りにある寿司屋に直行。
なお、この階には、牛タン通りというのもあったが、一人が肉系がダメなので魚系にした。 

旬魚・酒房 寿司処 こうや 仙台駅中すし通り店

握りずしセット
      ◆ 松島  @1,980円


“松島”
松島
友人の一人は、青葉城行きをやめた。
彼の最初のつまみが、ホヤ。少しシェアしてもらったので、撮影。
新鮮なので、臭みがない。
なんとこの後、彼は延々と飲み続けたそうだ。飲んべぇである。
ホヤ
ランチメニュー
松島は、ランチタイムならば、@1,600円なれど、2時半を回っていたのか、或いは休日であったためか、支払いは、@1,980円であった。
ランチメニュー
カウンター方面
カウンター方面
室内
室内
店頭
店頭
【追伸】

すし通り
すし通り
牛タン通り
牛タン通り

松島センチュリーホテルに泊る

我々幹事が選んだ宿泊先は、ロケーション抜群のホテルであった。
予算から言って、満足の声が多かった夕食・朝食。
温泉も、肌がすべすべするような泉質で、まあまあよし。
総括すると、耳に入ってきた評価は、高かった。外交辞令もあろうが。

松島センチュリーホテル

『日本三景「松島」のベストポジション、目の前に広がる、オーシャンビューの客室。贅沢な眺めを満喫出来るのは、松島センチュリーホテルならではの魅力です。』
(「松島に泊るなら松島温泉の湧く松島センチュリーホテル(公式HP)」より)

『「太古天泉」と命名された松島温泉。効能豊かな肌に優しい温泉
を美しき風景とともにお楽しみください。
松島温泉の採取深度は1,000~1,500m。古生代(数億年前)地球太
古の天水が地下に浸透し地熱であたためられ、長い年月をかけて貯
留されていました。今回の採掘で天泉となり地上に湧き出し、松島で
は初の暖かい温泉になりました。』
(「松島温泉 松島選手リーホテル/温泉」より)


(1) ホテルの景観

玄関側から見たホテル
松島センチュリーホテル・玄関側から

部屋から見た松島海岸
いわゆる、オーシャンビュー

窓から見た松島海岸

(2)夕食

小宴会場
飲み放題+ワイン(別料金)
小宴会場
おしながき
お品書き
お膳
お膳
梅酒と乾杯のビール
梅酒と乾杯のビール
前菜/小鉢三点
前菜・小鉢三点
小鍋/蛤鍋
小鍋・蛤鍋
造り/五点盛り 妻種々
造り・五点盛り 妻種々
最初のワイン
最初のワイン
焼物/鰆の南蛮焼き
焼物・鰆の南蛮焼き
煮物/湯葉包み穴子クワイ
煮物・湯葉包み穴子クワイ
温物/雲丹茶碗蒸し
温物・雲丹茶碗蒸し
二つ目のワイン
二つ目のワイン
中皿/黒毛和牛 陶板焼き
中皿・黒毛和牛 陶板焼き
凌ぎ/あかもくうどん
凌ぎ・あかもくうどん
食事・香物・汁
食事・香物・汁

(3) 朝食

朝食はバイキング形式で
朝食が洋食スタイルであったのは、私だけ。
皆は、和食スタイルが多かった。
トマトは生絞りのため、特に美味しかった。
朝食バイキング
紅茶とデザート
ブルーベリーとブドウをトッピングして、プレーンヨーグルトを。
フルーツヨーグルトは、毎日欠かさず摂っている。
習慣は中々変えられないものだ。
朝食紅茶とデザート

(4) 3.11震災の被害と修復状況 

A.このホテルの何処まで津波が来たか

※震災当時の写真については、当ホテルのロビーの写真を借用する。

 3.11のとき、ホテルの中から海を撮った写真
被害写真c
 今年5月に宿泊したときに、同方向を撮ってみた(但し、3階から)
松島Sから

B.海岸と同じレベルであるこのホテルのG階では、浸水被害が発生していた。

 浸水状況a
G階被害写真a
 被害写真b
被害写真b
 現在修復されてすっかり綺麗になっているが、
  浸水の高さの表示を見ると、凄まじさが想像できる。
浸水の高さを示す表示

※ 改修工事には、数億円を要したそうだ。


 浸水箇所の修復後
浸水箇所の修復
 浸水箇所の修復後
浸水箇所の修復
 浸水箇所の修復後
浸水箇所の修復

松島の観光

同期会45周年記念で、東北に旅した。

● 松島観光


(1) 松島海岸


修理中の福浦橋
修理中の福浦橋
五大堂透かし橋
五大堂透かし橋
『五大堂は案内板によると「平安時代初期の807年、坂上田村麻呂がこの島に毘沙門堂を建て、828年、慈覚大師が瑞巌寺の前身、松島寺を建てて、ここに五大明王を祀り、五大堂と呼ぶようになった。現在の建物は1604年、伊達政宗が紀州(和歌山県)の名工鶴衛門家次に命じて建立した。方三間の宝形造で、四方に勾欄つきの縁を巡らし、正面の向拝をつける。内部に重厚な家形厨子を置き、五大明王像を安置する。』(「五大堂」より)

五大堂
五大堂

(2) 松島島巡り

観光船・仁王丸
仁王丸
※ ここからの写真3枚は、船室内から撮ったので、窓の汚れでかすんでいる。


鐘島
鐘島
ダメージを受けた仁王島
ダメージを受けた仁王島
舟入島
舟入島
※ ここからの2枚は、デッキに出て撮ったので、上3枚よりはクリアである。


牡蠣の養殖筏
牡蠣の養殖筏
追いかけてくるカモメ
追いかけてくるカモメ

(2) 瑞巌寺

瑞巌寺・総門
瑞巌寺・総門
鰻塚に続く洞窟群
洞窟群
瑞巌寺参道・津波到達点
右の標のところまで津波が到達した、と。
瑞巌寺参道・津波到達点
瑞巌寺参道の杉・塩害
赤いテープを巻きつけているのは、総て伐採予定の杉。
瑞巌寺参道の杉・塩害
法身窟と鐘楼
法身窟と鐘楼
瑞巌寺平成の大修理中
『※平成の大修理期間中、本来は本堂に安置している御本尊、藩祖政宗公・2代忠宗公の大位牌、三代開山木像が大書院で特別に公開されます。』
(「瑞巌寺平成の大修理について」より)

特別公開:「国宝庫裡」と「陽徳院御霊屋(宝華殿)」


庫裏(国宝)
庫裏
陽徳院御霊屋(宝華殿)
陽徳院御霊屋(宝華殿)
cf.瑞巌寺・瑞巌寺埋蔵文化財発掘調査現地説明会については、こちら

修理中の本堂(国宝)方面
修理中

(3) 西行戻しの松公園

西行法師が、そこにいた童子と禅問答をして負けてしまい、松島行きを諦めた、といういわれ』のある西行戻しの松

『西行が、「月にそふ 桂男のかよひ来て 薄ならむは誰が子なるらん」と童子に問いました。
童子も、「雨もふり霞もかかり霧もふる はらむすすきは誰か子なるらん」と返答した。』

西行戻しの松公園(桜公園)
松島を眺めるには、絶好のビューポイントといわれる。
※ ただし、逆光で、うまく撮れなかったのが残念である。

西行戻しの松公園

☆ この美しい松島の島々が、天然の防波堤・波除となって、湾奥の被害を少なくしたことを思うと、逞しく見えた。東松島・石巻と比べるとその差が良く分かる。しかもよく見ると、仁王島に典型的に見られるように、自己犠牲の上に成り立っているので、よけい感動する。

東北震災見舞い

東松島・石巻、震災見舞い

学校を卒業後、入社同期45周年記念に、東北旅行に行った。
その帰り、有志で、被災地を見舞うことにした。

震災後すぐは、地元の人たちの間で、よそ者がカメラを持って観光気分で来ることに嫌悪感をあらわにする人が少なくなかった。ところが最近は、復興支援になるから訪ねてくれるだけでも良いとする人が増えてきた。ホテルに泊まる、飲み食いする、タクシーを使う・・・など、我々にも簡単に出来ると思い被災地に足を伸ばそうということになったのだ。

松島から石巻に行くには、仙石線・松島海岸駅から代行バスに乗り矢本駅に行き、ディーゼル車で石巻に出るコース。東北線松島駅から小牛田経由、石巻線で石巻に出るコース。レンタカーで海岸沿いに走るコース。などがあるが、結局は、タクシーを利用した。

結論から言うと、市内は自動車など瓦礫が取り除かれ、一見何もなかったようになっているが、郊外や村部は、被災したままで手が付けられないような状態の処が多くあった。

その集落の多くの人が死んだり、二重ローン問題があったり、あるいは、建築規制が出来たりと、手を付けようにも手を付けることの出来ない問題があるのだそうだ。

石巻市の中心部では、全国からバスで視察・研修で来ている人たちとも出会った。ボランティアの人たちのテントでも、互いに手を振って応援の気持ちを伝え合った。

大きな被災地では、メンバー皆、自然と合掌した。だが、それ以上何もすることが出来ない無力感も味わった。
電気や水道などのインフラの回復すら見られない、人の気配のない集落を見ると、凄惨をきわめる。テレビの実況を見ていた時よりも、感慨にふける。

とりあえず、写真で状況を報告したい。

(1) 東松島市の被害状況

『直接死:1059、災害関連死:57、死者数の合計:1116、行方不明者数:51
 住宅、建物被害(全壊数+半壊数):11064』

※ 2012/5/8時点の東松島市の被害状況※ 宮城県,復興庁HPのデータより

◆ 東名という名の集落

車を降りて、見る。
東松島市・東名・車を降りて
逃げる高台もなく、多くの犠牲者が出た集落。
家屋は大半が壊れて跡形もない。残った家も1階は惨めに破壊されている。
東松島市・東名
向うに見える水のあるところは、水田であったところ。
地盤が沈下し、まるで海のように見える。
東松島市・東名・田が池に

◆ 仙石線の駅と架線・線路

野蒜駅

線路も埋まり、架線も垂れたまま。
新野蒜駅は、内陸側に移動、建設される予定だそうだ。
仙石線・野蒜駅

◆ 野蒜海水浴場か

静かな海水浴場も、津波に襲われた。
この堤防の右側に松林があったが、塩害に合って枯れ、次々と切られている。
野蒜海水浴場か

タクシーの車窓からみた、東松島市。
東松島市・車内から
『とりこわし不可 4/18』と書かれた家。
東松島市a
ずっと向うまで、津波の被害が及んでいる。
東松島市b
地盤沈下の影響で水が引かない土地に、タンホポの花が。
よけいに寂しい。
東松島市c

(2) 石巻市の被害状況

直接死:3228、災害関連死:189、死者数の合計:3417、行方不明者数:507
 住宅、建物被害(全壊数+半壊数):33378

※ 2012/5/8時点の石巻市の被害状況※ 宮城県,復興庁HPのデータより

石巻市市街地に入ると、津波で流され破壊された自動車が三段に積まれている。
石巻市・自動車の山
選別前の瓦礫と思われるものも、道路の脇の空き地に。
石巻市・がれき
門脇小学校の前に、今でも全国から訪れる人を乗せたバスが3台駐車していた。学校の裏に高台がある。日和山公園だ。登れた人と、逃げ遅れた人との生死を分けた山だ。高台の上の集落は、津波の影響を全然受けていない。
石巻市・門脇小学校
概ね若い人たちが多い、研修・視察。
地方自治体や労働組合の人と思われる。
研修・視察
日和山に登ってみた。
鹿島神社の鳥居から、石巻湾を望む。
石巻市・日和山の鹿島神社
日和山から、石巻湾の瓦礫置き場を望む。自動車のようだ。
石巻市・日和山からb
日和山から、旧北上川の河口方面の瓦礫置き場を望む。ピラミッド状に積まれている。
石巻市・日和山からa
日和山から、旧北上川の瓦礫置き場を望む。選別前のがれきとおぼしきものだ。
石巻市・日和山からc
がれき推計量:616万3千トン
※ うち建物解体に伴うがれき発生推計量:470万トン

解体を除いたがれき推計量に対する撤去率:100%
解体を含んだがれき推計量に対する撤去率:50%
※ 撤去は仮置き場への搬入のことです。

処理・処分量:120万9千トン
処理・処分割合:19.6%
※ 破砕・選別等により有価売却、原燃料利用、焼却やセメント焼成、
  埋立処分等により処理・処分された量。

2012/5/7時点の災害廃棄物(震災がれき)処理状況 ※環境省公表資料より』
(石巻市:東日本大震災(地震、津波)被害、復興状況まとめ|東日本大震災(地震、津波)、被害状況専門サイト」より)


鹿島神社境内では、若い人たちが黙々と、神輿を組み立てていた。
鹿島神社・神輿準備

東北応援旅行中

☆ 東北応援旅行 に出かけています。

  そのためしばらく、ブログの投稿を休みます。

東京ボランティアセンターで、ラフティー弁当を

この日も、生涯学習関連のNPOの、ボランティア活動に参加した。
昼食は、一階の三浦屋で弁当を購入。

この日は、

ラフティー丼豆乳で作ったヨーグルト


新発売! ラフティー丼 @358円
豆乳で作ったヨーグルト @?

※ デパ地下で沖縄直販のラフティーを買うと、結構高い。
その点、スーパー三浦屋のこのラフティ丼は、安価だ。
そして、なんだか楽しい。
しかし、味が大分違うのは、仕方がないが。


ラフテー丼と豆乳で作ったヨーグルト
ラフテー丼と豆乳で作ったヨーグルト
弁当開封
弁当開封

茶席の火鉢風 植木鉢

◆ 植木鉢の作成   新々シリーズ 11

古い織部の作品に、茶席で用いる火鉢がある。
そのデザインを真似て、植木鉢を作ってみた。

抹茶茶碗  植木鉢 のシリーズから少し外れる

◆ 総織部 茶席火鉢  植木鉢

総織部 茶席の火鉢風(ミニチュア) 植木鉢
植木鉢・正面
植木鉢・見込み
植木鉢・見込み
植木鉢・底
植木鉢・底
【参考】2004年に作成した小壷

◇ 陶芸教室で、陶芸を習い始めて3年くらいの時の、作品である。
今のほうが、ろくろ目を付けるのが、下手だ。
ということは、が落ちたということだ。
あの頃は、楽しかった。一生懸命教室に通い、必死に轆轤を挽いた。
今は、サボりがちである。作品は正直だ。

◇ また、織部釉の発色もあの頃のほうが良かった。
教室の釉薬も、作り直すたびに、段々変わっていく。

やめようか。
小壷2004

発芽むかごの植え付け

5月7日、発芽をしていたむかごを、露地に植えつける。
去年のゴーヤと同様にグリーンカーテンができるか。
カーテンは無理でも、女房の好きな食用のむかごが収穫できれば良しとしよう。

むかご植え付け

植え床に、小粒の赤玉土と鹿沼土を10cmほど入れる。
赤玉+鹿沼土
【参考】5月3日に気づいたときから、植えつけた5月7日には、さらに芽が伸びていた。
芽が出てしまっていたむかごの保存鉢
芽が出てしまっていたむかごの保存鉢
保存鉢から、抜いてみた。
発芽むかご、芽と細根の状態
発芽むかご、根の状態
一列に並べて植える
一列に並べて植える
細粒赤玉で細根を被覆

浅植えなので、表層部の乾燥を緩和するためと、雨の跳ね返り防止のためにマルチングを施す。
マルチング材は、軽石中粒
軽石中粒でマルチング

むかごから、芽が出てきた

むかごから発芽

去年の9月に収穫し保管してきた、むかごから、5月3日、芽が出ていた。
去年は、ゴーヤのグリーンカーテンが大成功だった。
連作を避けるために、女房の希望を入れて、今回はヤマイモの蔓でグリーンカーテンを作ることになったのだ。ゴーヤはビギナーズ・ラックに過ぎない。二匹目の泥鰌がいるのか、分からない。

マルチング材の中粒軽石は、多くが、いつの間にか流れ去っている。
潅水時に浮き上がってきたむかごも、土が被ったままのむかごも、いずれからも発芽したようだ。
なにやら「海底の奇妙な動物ようだ」と、女房が言う。
なるほど、そうと、見えなくはない。

このところ、ガイドの下見などなにかと忙しくて、園芸作業はほとんどしてこなかった。いつ植え付けをしたらいいか、迷ってしまう。

むかごから発芽
むかごから発芽

むかごの収穫と保管

写真を再掲する。
鹿沼土の上に、収穫したむかごを並べたところ 2011.09.13撮影
むかごon鹿沼土

(湿層保管)

その上にさらに鹿沼土を被せ、潅水して湿らせ、保管してきた。
30年以上昔、モミジの種の保管に、湿層保管をした経験はあったが、むかごにも適用できることが分かった。
むかご湿層保管

塩麹漬けの鶏肉ソテーは、絶品

最近、塩麹を使った料理が流行っているようだ。

例えば、『東京農業大学が行った実験では豚肉・鶏肉のグルタミン酸が約1,5倍に増加。前橋健二准教授はグルタミン酸が多く出来ればより美味しく出来ると思うと語った。』
(「塩麹|Oha!4 NEWS LIVE |TVでた蔵」より)

米麹調味料
石山味噌醤油株式会社 
                  新潟市中央区本町通7-1146

新潟県産米麹使用
天日塩使用

◆ 塩 麹

『塩麹(しおこうじ)は塗っても漬けても焼いてもおいしい
麹から作られた発酵調味料です。』(ラベルより)

本品調理例
  鮭の塩麹焼
  塩麹ドレッシング

☆ 我が家でも、早速、鶏もも肉に塩麹を塗り、冷蔵庫で一時間寝かしたものを焼いて食べた。
上述の、鮭の塩麹焼に準じて。
旨い
小料理屋・料亭の味だ。

☆ 細長いラディッシュに塩麹ドレッシングを掛けた。
濃度調整が難しいが、ほんの少量で、これもうまいサラダに仕上がる。


塩麹
塩麹
瓶詰めの裏ラベル
瓶詰め裏

第29回大宮盆栽祭り 2012

3日間の開催期間中、初めの2日間が雨に見舞われた。
特に、私が計画していた初日に、大雨洪水警報が出て、しぶしぶ見送った。
私の記憶の中に、雨の盆栽祭りはない。
幸い5月5日は、大変天気が良くなったので、出かけた。
次女の方の孫達がお泊り会に来ていたので、見送ってもらっての出動であった。
一巡する頃、「26度に達しましたから熱中症に気をつけてください」、というアナウンスがあるほどの夏日となった。

開村90周年
第29回大宮盆栽祭り 2012

開催日:2012年5月3日(木・祝)~5月5日(土・祝)

まずは、

◆ 今年の購入品

購入品 3点
購入品

ミニ・ケヤキ寄せ植え  @1,500円
初めて出店した人から購入。馬鹿に安いから、つい手が出た。
上部の手入れはきっちりなされているが、木の配置など、基本的な部分に難ありか。逆に、そこをやり直せば、お買い得と思う。(予定外の買い物)
ミニケヤキ寄せ植え

姫桑          @1,200円
ちゃんと実がついている。
姫桑
 姫桑の実3つ
姫桑の実3つ

イチジクのミニ盆栽     @3,000円
川口Bonsai村から、初めて購入したもの。
イチジク
 イチジクの実2つ?(先端の処)
イチジクの実2つ?

今年の印象は、
雨に祟られて、人出が少なかった。
しかし、そのおかげか、最後の3日目、目にしたものは、

店の人熱心な会話

川口Bonsai村
川口Bonsai村
仲間内と情報交換する、例の趣味の人
趣味の人
「それいいよ、お買い得だよ」
客と話す人
「これどうですか」「そうね~、そこんところがいいね」
客と話す人
「はっはっは、そこんところがおもしれーんだよ」
客と話す人
「おじさん、肥料はどうするの」
客と話す人
「ほっとくと、ずーと大きくなっちゃうの」
客と話す人
「これは秋になると、赤く紅葉する珍しいケヤキなの」
「葉刈りはね、こうするのヨ」
葉刈りを教える人
「ミニ盆栽を栽培するコツはね、・・・」
ミニ盆栽の育て方をレクチャーする人
インテリアに、盆栽をうまく使いこなす若者が増えている。
そんな若者のカップルの、色々な質問に答える店の人。
盆栽の将来は、そんなに暗くないかぁ。
若い人に説明する人
清香園の棚で販売する名物男が、常連さんと歓談する図
客と歓談する人
「どう、売れてる?」「うん、今日はいいよ。初日は最悪だったね」
どう、売れてる?
「もうちょっと、まけといてよ」「かなわんなあ、精一杯だよ」
まけといてよ
※ そんな声が、聞こえてきそうだった。(フィクションです)



● その他のスナップ

◇ 大宮盆栽美術館では、「ウキヨエ盆栽園」が開かれていた。

美人を彩る 明治美人の道具立て
『江戸時代から美人画の道具立てには、キセルや手紙などとともに盆栽がつきものでした。いわば「美人と盆栽」とも呼べる組み合わせが目を引きます。ここでは部屋のインテリアとして、盆栽の置かれた場所ごとに、明治美人の道具立てを見ていきます。』

◇ 美術館で、唯一撮影が許可された場所での一枚、
許された撮影場所

◇ 小学生の作品を展示している処で、説明する人

小学生はね~、山田香織先生の指導でね~、盆栽実習してるのよ」
「最初は、こんな真柏を与えられてね~、9月ごろここを剪定してね~、4月ごろから、こんなふうに芽摘みをしてね~、・・・」、「へぇ~」「すごいね」
小学生はね~

◇ なんで、盆栽村に、馬がいるの?
ポニー
◇ 大宮盆栽だー!!

『2011年5月1日発売以来、出荷数13万本を超えるヒット商品となりました。』
(「さいたま市のご当地サイダー「大宮盆栽だー!!」公式サイト」より)
盆栽だー!!

長女んちの文鳥、お泊り会

長女一家が、またまた旅行に出かけた。
その間、手乗り文鳥を預かることに。
次女んち、の猫の場合は、ハウスもツリーも大掛かりなので、こちらから餌やりや面倒をみに、出かけなければならないが、小鳥の場合はカゴごとやってくる。

文鳥のお泊り会

※ 私が子供の頃、母は手乗り文鳥を買って来た。
  娘達が子供の頃、私は、やはり娘達に手乗り文鳥を買った。
  娘たちの情緒教育のためと、考えて。
  その娘の娘のために、娘はやはり手乗り文鳥を買った。
  この頃の手乗り文鳥は、風切り羽根を切らない。
  したがって、文鳥の一代目は、窓を開けた隙に家を
  飛び出し二度と帰ってこなかったそうだが、二代目も羽を切らない。
  そのため一回の飛翔距離は長く、台所の女房を目指して飛び立っても
  途中で気が変わったら、私の頭を目標に悠々ユーターンしてくる。
  この方が、自然なんだろう。預かる私たちは、大変気を使うが。


最初は、借りてきた猫のごとし。横目で私たちを値踏みしている。
長女んちの、手乗り文鳥
しかし、しばらくして少し慣れてくると、手乗りの、人懐っこしさを発揮。
寄ってきて、戸を開けろ、と眼で催促する。
名前を呼ぶと、鳴いて返事する。動物は可愛い。
アップ

行徳、旬菜鮮魚 えびすで、えびす弁当を

行徳船津を調べて、行徳の街を散策したとき、ある店でランチした。

旬菜鮮魚 えびす
               市川市行徳駅前1-20-12 スカラベマンション1F

『行徳駅前「旬菜鮮魚 えびす」はお陰様で1周年を迎えます。
気軽に旬の野菜や新鮮な魚をお楽しみください。
お昼はお友達と、ご会食に、「えびす膳」「〜お膳」など 日替わりでご用意しております。』
(「旬菜鮮魚えびす-行徳/割烹・小料理[食べログ]」より)


◆ えびす弁当   @1,600円

割も、烹もたいした腕前である。
神楽坂 関西割烹 姿」に勝るとも劣らぬ店であった。

えびす弁当
総じて、見た目も味もよし。
えびす弁当
口取り
これは、夜一杯呑みに来たい味である。
口取り
お造り
素材も、(包丁)も、素晴らしい。
お造り
煮物
(煮る)も素晴らしい。神楽坂・「関西割烹・姿」の、れんこんまんじゅうに匹敵する旨さだ。
端午の節句に 新じゃがの柏もち
新じゃがの柏もち
蒸し物
茶碗蒸し
ご飯、香の物
ご飯、香の物
汁物
汁物
店頭のランチメニュー
店頭のランチメニュー
カウンター
カウンター
室内
出来立てなので、綺麗だ。
室内
店頭
店頭

行徳再訪、行徳船津の確認

行徳再訪

行徳船津

古い船津については、葛南雑記・内匠堀の中に、遠藤正道氏・鈴木和明氏の説が掲載されている。長いブログなので、必要ページの図を次のとおり引用させていただく。
この説を頼りに、街を歩いて、それらしい処を、撮影してみた。

内匠堀と江川(澪)
江川という澪(みお)
に、古い船着場があったそうだ。
そして、客船と貨物船の船着場は違っていた、と。
内匠堀

(1)客船の船着場

A.新河岸
          (元禄3年以降、江戸川筋で常夜灯のある処)

新河岸/常夜灯
常夜灯

B.古い船着場・教信寺裏 
          江川(澪/みお、水路)(元禄3年より以前)

『門より舟にのりて、行徳と云処に至る。舟をあがれば、馬にものらず、細脛(ほそはぎ)のちからをためさんと、かち(徒歩)よりぞゆく。』
(「行徳の文学」鹿島紀行より)

『さて、芭蕉の一行は行徳の何処に上陸したのでしょうか。行徳の船着場というと現在常夜灯のある場所が連想されますが、実は貞享4年にはまだあの場所には船着場はできていなかったのです。 『葛飾誌略』に「一、新河岸。川場也。元禄3年庚午(1690)此処へ移る。故に新河岸といふ」とある所から見ると、芭蕉の一行は新河岸ができる3年前に行徳に来たことになります。船を降りたのは旧河岸であったということになりますが、その旧河岸の所在については、はっきりしたことが分かりません。』
(「***市川の歴史を知る***」より)

『松尾芭蕉もここで降りた。』(葛南雑記「内匠堀」より)

『芭蕉が行徳へきた貞享4年(1687)8月は、祭礼河岸と呼ばれた行徳河岸が江戸川筋に移された元禄3年(1690)の3年前のことになる。祭礼河岸というのは、各地の産物を積んだ船の発着場で、人を乗せた船の発着場は別にあった。その場所は、本行徳4丁目の教信寺裏の内匠跡辺りから徳蔵寺裏手の道路が二股になっている辺り、と考えられている。芭蕉もここで船を捨てている。この付近で下船した旅人は、権現道や行徳街道を往来した。また、江戸川を遡上したい人は、川べりへ出て船に乗っただろう。』
(「松尾芭蕉と行徳河岸」鈴木和明氏のブログ より)

客船の古い船着場(教信寺裏)
葛南雑記「内匠堀」でいうのは、この辺りだろうか。

客船の船着場(教信寺裏)
捜した目印:教信寺裏の二股、右内匠堀跡・左江川(澪)跡
教信寺裏の二股、右内匠堀跡・左江川(澪)跡
教信寺入り口の弁財天
教信寺入り口の弁財天
教信寺
・本堂
教信寺・本堂

(2)貨物船の船着場

A.祭礼河岸
          (元禄3年以降、江戸川筋)

なぜ祭礼河岸というのか、
『「葛飾志略」に、「弁天祠有し故にいふと也」』
(「行徳郷土史事典-鈴木和明-Googleブックス」より)

祭礼河岸跡(湊水神宮
祭礼河岸跡(湊水神宮)
祭礼河岸跡(押切排水機場
祭礼河岸跡(押切排水機場)
祭礼河岸の鎮守である、押切稲荷神社
押切稲荷神社・千寿銀杏

B.貨物船の古い船着場・光林寺南側 
          江川(澪/みお、水路)(元禄3年より以前)

貨物船の古い船着場(光林寺南側・押切いこいの家辺り)
葛南雑記「内匠堀」でいうのは、この辺りだろうか。
近くには、おかね塚がある。
元吉原の遊女「かね」は、この辺りで、約束した船頭を待ったのであろうか。

貨物船の河岸(光林寺南側・押切いこいの家辺り)
貨物船の古い船着場(光林寺南側・いこいの家の隣)
貨物船の船着場(光林寺南側・いこいの家の隣)
目印:光林寺
光林寺
【参考】 近くにある、「おかね塚」
おかね塚

※ これで、正解なのか、少し心配ではあるが。

ミニ鉢等の芽だし

ミニ鉢などで芽だし


ミニケヤキ・芽だし
・正面
4月18日投稿分の写真と比較すると、大分芽が固まってきたようだ。
ミニケヤキ・芽だし・正面
ミニケヤキ芽だし・上から
ミニケヤキ芽だし・上から
実生ヒノキの寄せ植え
の芽だし
実生ヒノキの寄せ植えの芽だし
一本仕立・実生ヒノキの芽だし
実生ヒノキの芽だし
一本仕立・ミニヒメシャラ
の芽だし

その他ミニ鉢などの芽だし
ニオイハンゲ
ダイモンジソウ、イカリソウ、スズラン、名無しのツタ
ニオイハンゲほか・芽だし

ヒゴエビネが咲いていた

ヒゴエビネが咲いていた

庭の作棚に、冬中出しっぱなしにしていた、ヒゴエビネが咲いていた。
玄関先に取り込んでいたコオズ
に比べると、2週間弱遅い開花である。

女房の嫌いな暖色系だが、私には元気を感じる花だ。
以前勤めていた会社の後輩がくれたエビネ。
その親父さんが、肥後の山中で採取したものだそうだ。
昔は、こんな花が南国の山々のあちこちに咲いていた。
今は、絶滅危惧種になっているエビネが多いと聞く。

※ ところで、図鑑などによると、ヒゴエビネはもっとピンク色のものが多いように思う。これは、タカネか、キエビネに近い色と思うのだが。くれた人がそう言ってたので、否定する人が出てくるまで、ヒゴエビネで通すことにする。

庭の作棚で咲いていた、ヒゴエビネ
ヒゴエビネ

プロフィール

yogaz

Author:yogaz
飯山満通信へようこそ!
満73歳になりました。予定寿命まで後7年です。ただいま終活中です。当面75歳までは、ボランティアガイドと生涯学習・介護予防のお手伝いを続けたいと思います。
なお、2006年6月14日から始めた飯山満通信は、2013年12月14日、ブログを引っ越しました。Dtiblogのブログサービスが終了したためです。

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