孫たちの運動会

孫たちの運動会


去年
も孫たちの幼稚園の運動会に出た。
そして帰りに造成地の秋の草を刈った。


今年も運動会の帰りに造成地の草を摘んだ。
まずは秋の草から。萩、ススキなど。
器は古伊賀耳付花生写し
幼稚園近くの造成地の草花

そして、孫たちの運動会

娘が二人いて、それぞれ一姫二太郎に恵まれた。現在孫は4人。うち、2人は幼稚園の年長組と年中組。
今年は、その孫たちから一緒に走ろうと誘われて参加した。

参加していつも思う。幼稚園の運動会には、派手なヒーローはいない。皆平等にヒーローのようだ。まるで秋の草のように、一種類では花を活けても地味すぎるように。みんな投げ入れて、全体でなんとなく形になるような、そんな秋の草に似ていると思う。

今年の席は去年のようなかぶり付きではない。携帯でとるとよけいに何が撮れているのかわかりにくい。雰囲気だけ示すにとどめる。


ある演技の前の入場風景から
演舞入場

親と子供の騎馬戦
騎馬戦

年中組の演舞
う

年長組みの組み体操から
富士山
組み体操

組み体操
タワー
タワー
玉いれ
玉入れ

年長組/3組の全員リレー
ここで年長組みの男の孫は、チームの中ほどを走ったがダントツの一番前を走っていた。もちろんこの組のトップ集団がダントツに早かったからだ。
ちなみにこの子は、この日もほかの競走ではすべてビリだった。人生で初めての快感であったろうと思う。もっとも勝敗にあまりこだわらない子だから、それほど意識しなかったかもしれないのだが。
全員リレー

今年3月1日生まれ
の4番目の孫
この幼稚園の予備軍である
4番目の孫

仁清・片男波写し茶碗

抹茶茶碗もどきシリーズ、第29弾。

茶碗 仁清・片男波写し


『仁清は後水尾上皇の叡覧に供する程轆轤ロクロ造りの名手でしたから,彼の手になった茶碗は何れも,薄くそしてふくよかな丸味のある姿に作られています。…また仁清の意匠は,彼が自分で考案したものかは判然としませんが,もし仁清自身が考えたとしたならば,大変に意匠家であり色彩家であったともいえます。…「片男波カタオナミ」や「鱗波ウロコナミ文様」の茶碗は,(金森)宗和好みと伝えられ,胴が少し引き締まった姿は仁清茶碗の特色の一つに数えられています。』(「880232「茶碗レクチャー4」より)


仁清 片男波写し 茶碗
仁清風茶碗

仁清写し 茶碗正面
★ 赤がうまく発色しなかった。

仁清写し茶碗 正面

仁清写し 茶碗高台
仁清写し茶碗 高台

仁清写し 茶碗 見込み
仁清写し茶碗 見込み

お菓子は、赤坂青野の赤とんぼ
菓子器は、安南蜻蛉文鉢写し
お菓子は青野赤とんぼ、器は安南写し茶碗

赤とんぼ 切断面
上(赤とんぼ):羊羹、外:上用饅頭、中:栗餡
赤とんぼ 切断面

高取焼写し掛分け平茶碗

抹茶茶碗もどきシリーズ、第28弾。

高取焼き写し掛分け平茶碗


高取焼は時代によって、全く毛色が違っている。高取焼草創期の「古高取」の中でも、特に「内ケ磯窯」は豪放かつ大胆な織部好みの意匠で、ロクロによって成形された真円にヘラで歪みを加えており、今日の視点から見れば芸術性豊かで興趣をそそる志向があるが、その奥に隠された思想により御用窯廃絶の憂き目に遭遇する事になった。後の「遠州高取」になると器は端正になり、古高取とは対照的に瀟洒、風流人好みの作品が焼かれるようになった。』(「高取焼」より)


高取焼き写し掛分け茶碗
高取茶碗写し

高取写し平茶碗 正面
高取茶碗写し 正面

高取写し茶碗 高台
高取茶碗写し 高台

高取写し茶碗 見込み
高取茶碗写し 見込み

菓子は、赤坂青野の桔梗
菓子器は、彫三島白花文鉢
菓子は青野の桔梗、器は彫三島白花文鉢

桔梗切断面
外:練り切り 中:こし餡
桔梗切断面

金海州浜形茶碗

抹茶茶碗もどきシリーズ、第27弾。

金海州浜形茶碗写し


金海茶碗とは
慶尚南道・釜山窯近くの金海窯で焼かれた御本茶碗の一種
器胎に「金」あるいは「金海」の彫銘が入ったものがあるところからこの名がでた
磁器質の胎土に青白色の釉が掛かり、高温で焼かれ堅手の系統に属する
形は椀形で、高台は外に強く開いた撥高台が多く、割高台にしたものは珍重される
胴には猫掻きといって櫛目様の筋が金海の景色として約束になっている
口造り
は桃形を上として、洲浜形がこれに次ぐ
作行きは薄く、土見ずの総釉でほんのりと赤みのでているものもある』 (丸山陶季「金海茶碗」より)

☆ シリーズ第5弾で、金海茶碗・猫掻き手を紹介した。

今回は、『千家名物 金海洲浜形茶碗 銘 藤浪』などに見られる金海州浜形茶碗の習作を行った。(参照:「(総合案内>お知らせ>承天閣美術館


金海州浜形茶碗写し
金海茶碗

金海州浜形茶碗写し 正面
金海茶碗 正面

金海州浜形茶碗写し 高台
金海茶碗 高台

金海州浜形茶碗写し 見込み
金海茶碗 見込み

お菓子は、赤坂青野の秋桜
菓子器は、粉引茶碗
菓子は秋桜 器は粉引茶碗

秋桜切断面
秋桜断面

筆洗形茶碗

抹茶茶碗もどきシリーズ、第26作。

筆洗形茶碗


朝鮮で筆を洗うために用いられたものを、日本の茶人が茶碗に見立てたものです。筆が洗いやすいように向かい合って、少し切り込みがあります。名物とされている信楽の花橘が有名です。』(「ひめの倶楽部美術館(2号館-茶道具-茶碗」より)

『筆洗茶碗は、李朝の「筆洗い」という道具を模して、日本の作家さんがお茶碗にもこの手のものを造り、江戸時代などでは見られましたが、現在ではこの手のお茶碗を作る作家さんは少なくなっているようです。』(「【萩】新庄貞嗣さんの萩筆洗茶碗より)


筆洗形茶碗
筆洗茶碗

筆洗茶碗
 正面
筆洗茶碗 正面

筆洗茶碗 高台
筆洗茶碗 高台

筆洗茶碗 見込み
筆洗茶碗 見込み

菓子は、赤坂青野の鳴子 in 平三島茶碗
青野の鳴子in三島茶碗

鳴子切断面
上:鳴子形 外:雪平

雪平
『「せっぺい」と読みます。
求肥に卵白と白あんを入れたものが雪平とよばれます。
卵白が熱い求肥の中に入ることによって卵白がかえり、白い生地になるというわけです。』(「和菓子(上生菓子)の作り方「雪平・外郎・こなし」」より)
鳴子切断面

朝鮮唐津茶碗

抹茶茶碗もどきシリーズ、第25作。

朝鮮唐津茶碗


『唐津焼とは、桃山時代から現代に至るまで、佐賀県西部や長崎県北部など肥前各地の窯で生産されてきた陶器のことをいい、そのうち、草創期の桃山時代から江戸時代初めに作られた唐津焼のことを「古唐津(こがらつ)」と呼んでいる。
 最初の唐津焼は、朝鮮から海を渡ってやって来た陶工達を中心に、佐賀県は唐津市の南にある岸岳山麓の陶工達と共同で焼いたものなのだそうだ。古唐津のあの清楚な雰囲気は、朝鮮の遺風からも来ているのである。… 茶の湯の最高峰の逸品として、懐石膳の皿や鉢などとして、酒器──特に魅惑的なぐい呑の逸品として、様々な顔を持つ「古唐津」は、各々のポジションで着実な世界を築きあげてきた。』(「3月号特集・古唐津との出会い」より)

朝鮮唐津
とは、『黒飴色の鉄釉(てつぐすり)と、白い藁灰釉(わらばいゆう)を掛けわけて施した唐津焼。』(「陶芸・陶磁器に関する用語集」より)

つまり茶道具に朝鮮唐津の水差しなどはあっても、茶碗の伝世品はないようだ。適当に茶碗にトライした。

なお、朝鮮唐津徳利は以前投稿したことがある。


朝鮮唐津茶碗
朝鮮唐津茶碗

朝鮮唐津茶碗・正面
朝鮮唐津茶碗・正面

朝鮮唐津茶碗・高台
朝鮮唐津茶碗・高台

朝鮮唐津茶碗・見込み
朝鮮唐津茶碗・見込み

お菓子は、赤坂青野の赤坂もち
菓子器は、飴釉皿
お菓子は、赤坂もち

赤坂もち・断面
赤坂もち・断面

わずかなみやげ

喜多方らーめんと わたらせ渓谷鉄道の旅  補記7

この度の旅のみやげはわずか2点。
この旅で乗り継いだ乗り物は、15列車とタクシー2回、バス3回、自転車1回。
いつもながら走り回る旅なので、手に持つ荷物を極力少なくしたためです。

浅草みやげと喜多方みやげ
みやげ

○ 浅草みやげ
浅草 常盤堂 雷おこし本舗

チュララ

ちゆらら

キャラメルアーモンドとミルクピーナツ
チュララ

○ 喜多方みやげ
購入店:若喜商店

ラーメンせんべい


喜多方ラーメンせんべい

ラーメンせんべい
しょうゆ味には「なると」が、味噌味には「たまご」が。
ラーメンせんべいon独楽文皿

浅草で夕食を

喜多方らーめんと わたらせ渓谷鉄道の旅  補記6

浅草・浅草寺

和菓子職人‘あんど~なつ'の舞台でもあるし、なぜか旅の無事を浅草寺に報告しに立ち寄った。


雷門
浅草・雷門

宝蔵門


『『応永縁起』によると、安房守平公雅(たいらのきんまさ)が武蔵守に補任された天慶5年(942)、その祈願成就の御礼として建立された。』(「浅草寺|諸堂案内」より)
小舟町・門

本堂(観音堂)


『内陣中央にはご本尊聖観世音菩薩を奉安する御宮殿(ごくうでん)がある。御宮殿内には、ご秘仏本尊聖観世音菩薩、慈覚大師作のお前立ご本尊(12月13日お開扉)の他、徳川家康、徳川家光、公遵法親王などの方々の護持仏であった観音像が奉安されている。』(同上)
浅草寺

浅草で夕食を


東京にありながら、浅草の店じまいは早い。

浅草寺にお参りの後、食事をとる店を探したが、居酒屋以外で適当なところはなかなか見つからない。昔酒豪であった女房も、今は酒をあまり飲まなくなったから、居酒屋を嫌う。

そんな中、浅草今半別館 安愚楽亭(椅子席)に入ったが、最終案内時間7時半をわずかに過ぎていて断られた。
浅草今半

結局、
広東料理・宝来樓
に入った。
広東料理・宝来樓

ミニコースA
ミニコースA

ビールと甕だし紹興酒
ビールと甕だし紹興酒

しめじと卵炒め
(写真は二人分、以下同じ)
しめじと卵炒め

肉細切りとニンニクの茎炒め
肉細切りとニンニクの茎炒め

薄揚と青菜炒め
薄揚と青菜炒め

肉団子の甘酢あんかけ
肉団子の甘酢あんかけ

肉とザーサイのスープ
肉とザーサイのスープ

室内
室内

私たちにはおいしいと感じた。お腹が減っていただけではないと思っているが。
★しかし、プログの口コミでは厳しい評価を受けているようだ。
確かに、メニューに「ホタテと卵炒め」とあるのが、出てきたのは「しめじと卵炒め」であり、なんの断りもないところが気にはなったが。

足尾・通洞駅周辺散策

喜多方らーめんと わたらせ渓谷鉄道の旅  補記5


足尾・通洞駅周辺散策

東武日光駅→(東武バス)→銅山観光
1日4本走っている。

いろは坂の南に位置し、足尾と日光を結ぶ日足トンネル。このトンネルの開通で日光と足尾の往来は一気に便利になった、と。
足尾と日光をつなぐ日足トンネル


? 通洞駅周辺

バスは一旦わたらせ渓谷鉄道の間藤駅前・足尾駅前を通過し通洞駅前を通って終点銅山観光前に引き返す。

途中の景色/足尾銅山の精錬所の面影を残す建物
足尾精錬所跡

排気ガスで禿山となっていたところの回復の様子。
植栽による禿山の回復

銅山観光前到着/東武バス
わたらせ渓谷鉄道周辺の情報に乏しい今回の旅の中で、貴重な情報源となった親切なバスの運転手さん。有難うございました。
銅山観光到着の東武バス

銅山観光
のトロッコ
銅山観光のトロッコ

すぐに坑内の終点
すぐに、トロッコの終点

私にはとても懐かしい湿気た坑内の風景。
私は実は、出発点が山師、いや鉱山技師なので…。
徒歩で湿気た坑内を散策

銅山観光を終え、徒歩で足尾駅方面に向かう。
かつて栄えた足尾銀座も今は廃れ、替わりに、田中正造によって弾劾された鉱毒の川も今は魚も戻って清流に。鉱毒の川の今

? 足尾駅周辺

足尾駅を少し通り過ぎると、社宅が。今も一部使われている。鉱山社宅跡

○ 古河掛水倶楽部

さすが古河財閥発祥の地。往時がしのばれる建物である。

『足尾銅山は慶長15年(1610年)備前楯山で二人の農民によって発見され江戸幕府直轄の銅山として栄え、その銅は東照宮、芝増上寺や江戸城の屋根や、銅銭「寛永通宝」にも使われました。
明治10年(1,877年)廃山同様になっていた足尾銅山を古河市兵衛が経営するようになり、日本の鉱山としては最先端の技術を取り入れ、日本の産銅の約半分を生産するに至り、東洋一の銅山と呼ばれるようになりました。
[古河 掛水倶楽部]は約100年前に銅山の迎賓館として建設され、1部の和風部分は明治末期に改築され洋風2階建てとなり、銅山の宿泊施設や会合に使用され現在も古河機械金属?の福利厚生施設として現役で活躍しています。公開日は、土曜、日曜,祝日ですが、ウィクデーも事前に予約により受付致します。』(「足尾の古河掛水倶楽部」より)

足尾掛水倶楽部

倶楽部内部
掛水倶楽部内部

三代目・古河虎之助
の愛した洋間
三代目の愛した洋間

庭園から見上げた倶楽部
庭園から見た、倶楽部

レンガ造りの書庫
レンガ造りの書庫跡

俄かに雲行きが怪しくなり、小雨が降ってきた。
そろそろ、トロッコわたらせ渓谷号の発車時間だ。
急いで足尾駅に戻ることにした

日光東照宮、日光よさこい祭り

喜多方らーめんと わたらせ渓谷鉄道の旅  補記4


● 日光東照宮


東武日光駅発、わたらせ渓谷鉄道・足尾駅までのバスが発車するまでの間、大分時間があったので日光東照宮に立ち寄ることにした。父親の喜寿の祝いを兄弟揃って目白椿山荘で行った後、記念に日光まで足を伸ばした。あれから四半世紀経つ。


『現在の社殿群は、そのほとんどがご鎮座から20年後の寛永(かんえい)13年(1636)に建て替えられたものです。陽明門(国宝)など55棟、その費用は、金56万8千両、銀百貫匁、米千石(『日光山東照大権現様御造営御目録』より)を要し、ご造営の総責任者には秋元但馬守泰朝(あきもとたじまのかみやすとも)、工事や大工の総責任者には大棟梁甲良豊後宗広(こうらぶんごむねひろ)があたり、わずか1年5ヶ月の工期で完成しました。
 境内の特徴は、自然の地形を生かした参道や階段を用い、バランス良く配置された社殿群が荘厳な宗教的空間をつくりだしていることにあります。さらに建物には、漆や極彩色がほどこされ、柱などには数多くの彫刻が飾られていますが、これらは単なるデザインではなく、信仰形態学問・思想があらわされています。
 また、これらの社殿群は平成11年12月「世界文化遺産」に登録されました。』(「日光東照宮ホームページ|社殿の概要」より)

☆ 感想は、全く新鮮な感じがしたのは私だけでなく、女房も同じだった。何故かわからないが、初めて訪れた感じだった。学生時代も結婚してからも訪れたのに。何も知らなかったような気さえした。日光は、結構奥が深い。


神橋下の清流
神橋下の清流

日光輪王寺
日光山輪王寺

表参道
表参道

五重塔
五重塔

一の鳥居、陽明門
一の鳥居、陽明門

奥社御宝塔(家康公墓所)
奥社御宝塔(家康公墓所)

東照宮宝物館
鳴き龍は、始めてかも
天井絵の龍
の顔の下で拍子木を打つと、鈴を振るような音が響く。
東照宮宝物館

御旅所

御旅所他

眠り猫、神厩舎・三猿(しんきゅうしゃ・さんざる)他
眠り猫他


○ 日光よさこい祭り



この日はたまたま、日光よさこい祭りが催されていた。
日光よさこい祭りパンフレット
日光観光資料

日光よさこい祭り/表参道
日光よさこい祭りat表参道

日光よさこい祭り
よさこい祭り

よさこい祭りスナップ集
よさこい祭り集

一旦日光駅に戻る途中出会った神橋の上の花嫁、バスの中から偶然撮った。
神橋の花嫁

東武日光駅に戻り、駅前の‘レストラン らんぶる'で昼食を。
ゆば天丼、ゆば丼:日光名物湯葉を使った料理ということで。
そして、‘金谷ホテル ベーカリー'で三時のおやつ用のパンを。
東武日光駅前で昼食

会津鉄道閑話

喜多方らーめんと わたらせ渓谷鉄道の旅  補記3


会津鉄道 ほか

?西会津→(会津鉄道)→会津田島  


○ ふるさと列車
西若松から会津田島へ

『「はやくきてくたされ・・」野口英世博士にあてた、母シカの手紙の全文が野口博士の顔とともにペイントされています。』(「会津鉄道≫車両のご紹介」より)

野口英世号か

○ 芦ノ牧温泉駅から団体さんが乗ってきた
駅長猫の‘バス’を見るために来たのだが、生憎巡回中で会えなかったと。

『西には和歌山電鉄に猫駅長がいますが、東には会津鉄道芦ノ牧温泉駅に猫駅長がいます。彼女の名前は、バスといいます。某アニメ映画の猫バスから貰った名前だそうです。』(「動画共有サイト:毎日動画「芦ノ牧温泉駅の猫駅長バス」投稿者:knack555さん」より)

芦ノ牧温泉の駅長猫“バス”

○ 去年大内宿へ行くのに途中下車した湯野上温泉駅

湯野上温泉駅

反対ホームから見た湯野上温泉駅。雪が積もるとこの方向からの駅舎の眺めはさらに趣が増す、と。
湯野上温泉駅2

去年塔のへつりを見たが、そのちょっと上流の川
塔のへつりの手前の川

?会津田島→(会津鉄道・野岩鉄道・会津鬼怒川線)→川治湯元
会津田島で乗り換え

○ 1日三組限定の格安旅館のある、川治温泉はここ。
川治温泉1

男鹿川の渓流では夕方も朝早くも、魚釣り人が二・三人ほど
川治温泉の川

◆ 格安の宿の夕食
客室は、この値段にしては上出来か。
夕食は、まあこんなところといった感じ。
格安の宿の夕食
向う付け
向う付け
刺身
刺身
鮎の塩焼き
鮎の塩焼き

鍋
煮物
煮物
ご飯
ご飯
オプションの馬刺し
追加の馬刺し
地酒は、なんとカップ酒
地酒、なんとカップ酒

早立ちのため、宵のうちに清算し、朝食代わりにおにぎりを握ってもらった。
早立ちのため、宵のうちにおにぎりを

☆ 山味亭 こうわ
1日三組限定 格安価格@5,900円 (夕食・朝食付き)

『元祖・鬼子汁が自慢のお宿。お部屋は全室川側で快適ステイ。

 川治温泉のほぼ中央、新男鹿橋のたもとに建ち、全室川沿い。料理は「きのこわっぱ飯」と「元祖・鬼子汁」が自慢。かけ流しの温泉は、内湯ながら大きく取った窓から男鹿川の清流を眺めつつ、ゆったり』(「山味亭こうわ詳細-じゃらんnet」より)

鶴ケ城 茶室・麟閣ほか

喜多方らーめんと わたらせ渓谷鉄道の旅  補記2


○ 会津若松・鶴ケ城内 茶室麟閣その他

『天正19年(1591)2月28日、千利休が秀吉の怒りに触れて死を命じられ、千家が茶の湯の世界から追放された折り、氏郷は利休の茶道が途絶えるのを惜しんでその子、少庵を会津にかくまい、徳川家康とともに千家復興を秀吉に働きかけました。その結果、文禄3年(1594)と推定される「少庵召出状」が出されたのです。
 小庵は京都に帰って千家を再興し、千家茶道は一子、宗旦(そうたん)に引き継がれました。
 そののち宗左、宗室、宗守の3人の孫によって表、裏、武者小路の3千家が興され、今日の茶道隆盛の基が築かれました。 かくまわれている間、氏郷のために造ったと伝えられているのが「麟閣」であり、以来、鶴ヶ城(若松城)内で大切に使用されてきました。』(「会津若松市観光公社」より)


☆会津若松で多少待ち時間が発生したので、この地が始めての女房を鶴ヶ城に案内した。

なお、会津若松に関する去年の既報は、
籠太さん                070915
院内御廟(会津藩主松平家墓所) 070916
御薬園                 070917
渋川問屋と五郎兵衛飴       070918


茶室 麟閣
鶴ケ城 茶室・麟閣

茶室
茶室 麟閣

にじり口
茶室 にじり口

その他
天守閣
天守閣

鉄(くろがね)門

鉄門

会津若松駅のあかべこ
若松駅のあかべこ

会津若松駅から鶴ケ城への当初予定循環バス(あかべぇ)
スケジュール上間に合わないので普通のタクシーを選択
会津若松駅から鶴ケ城への当初予定循環バス

鶴ケ城から西若松まで、たまたま居合わせたロンドンタクシーに乗る
鶴ケ城から西若松までのロンドンタクシー

喜多方 蔵めぐり

喜多方らーめんと わたらせ渓谷鉄道の旅  補記1


 喜多方 蔵めぐり

『全国でも有数の「蔵のまち」として知られる喜多方ですが、その街並みはどこか奥ゆかしい様相。・・「白漆喰なまこ壁の蔵がズラリと・・・」というのとは趣がかなり違う喜多方の特異性は、酒蔵や味噌蔵などの「倉庫としての蔵」に加え、店舗や住まいも店蔵や座敷蔵といった「蔵造り」が多いこと。白漆喰、黒漆喰、土壁、レンガ壁など、姿や規模は様々ながら、どっしりとした造りが中心です。その典型は、店蔵なら金忠や小原酒造。座敷蔵なら若喜商店のレンガ蔵や甲斐本家蔵座敷。人々の暮らしの中に現役で生きる存在こそ、喜多方の蔵の魅力なのです。』(「タビリエ 喜多方磐梯会津」JTBパブリッシングP19より)


喜多方 蔵めぐり資料喜多方 蔵めぐり 資料

◆ 酒蔵

○ 大和川酒蔵北方風土館

大和川酒蔵玄関
大和川酒蔵

蔵群
大和川酒蔵

資料展示場となっている江戸蔵
大和川酒蔵・江戸蔵

コンサート場となっている昭和蔵
大和川酒蔵・昭和蔵

○ 小原酒造

小原酒造

◆ 座敷蔵

○ 若喜商店レンガ蔵 

若喜商店玄関
若喜商店 レンガ蔵

若喜商店レンガ蔵正面
若喜商店 レンガ蔵

若喜商店レンガ蔵 
若喜商店 レンガ蔵

縞柿の道具
若喜商店 縞柿の道具

縞柿の間
若喜商店 縞柿の間

若喜商店 味噌蔵?
若喜商店 味噌蔵方面


○ 甲斐本家座敷蔵

甲斐本家玄関
甲斐本家座敷蔵

甲斐本家座敷蔵
甲斐本家

座敷
甲斐本家座敷蔵

玄関脇の蔵
甲斐本家蔵

螺旋階段
甲斐本家 螺旋階段

味噌・醤油蔵
甲斐本家 味噌・醤油蔵

◆ 店蔵

○ 金忠 おたづき蔵通り
店蔵 金忠

タビリエの指摘するとおり、川越や倉敷や諸々の全国の蔵の街とは印象が違う。

トロッコわたらせ渓谷号

喜多方らーめんと わたらせ渓谷鉄道の旅 第3報

わたらせ渓谷鐵道

   トロッコわたらせ渓谷号


足尾~大間々 1日1往復
     2008年9月の運転日は土日と祝日の10日。

・沿線ガイドは、こちら

◆ 足尾(あしお)通洞(つうどう)→原向(はらむこう)→沢入(そうり)神戸(ごうど)→小中(こなか)→中野(なかの)→花輪(はなわ)→水沼(みずぬま)→本宿(もとじゅく)→上神梅(かみかんばい)→大間々(おおまま)


『わたらせ渓谷鉄道:トロッコ列車、20万人達成 黒字化も視野 /群馬
 ◇住民らと経営努力実り
 1988年の開業以来、赤字経営が続いている第三セクターの「わたらせ渓谷鉄道」(わ鉄)が、会社の経営努力と、地元住民らで作る市民協議会(佐羽宏之会長)などの支援の広がりで、旅客売り上げが今までになく増え始め、初の黒字化も視野に入ってきた。23日には、10年前に導入したトロッコ列車の乗客が20万人に達した。』(「毎日新聞」群馬08年8月24日より)

今回のトロッコわたらせ渓谷号関係資料
トロッコわたらせ渓谷号資料

列車編成後のトロッコわたらせ渓谷号
牽引のディーゼル機関車はDE10形1537。
あかがね色に金帯。
トロッコわたらせ渓谷号

列車編成前のわたらせ渓谷号
列車編成前のわたらせ渓谷号

トロッコ(無蓋車)
ボディの痛みが、痛々しい。
トロッコ(無蓋車)

トロッコ(無蓋車)の中
この日、出発時に雨が降ってきた。それもかなりの雨脚だ。
雨女の女房らしい展開となった。
この日、足尾駅から乗り込んだのは5組ほどのファミリー。

最初の部分は進行方向右の席が、また後半ルートは左の席がお薦め。
渡良瀬渓谷の景色がそちらが良いわけだ。
トロッコの内部

あと5分で出発の足尾駅。
あと5分で出発

車窓からのわたらせ渓谷
出発直後の車窓の景色1

足尾から沢入(そうり)駅までは、このような渓谷美が続く。
車窓の景色2

白い大きな石が特徴
車窓の景色3

沢入駅と神戸(ごうど)駅の間の、全長5,242mという長い草木トンネル
暗闇の中、轟音が続く
沢入駅と神戸駅の間の長いトンネルの中

神戸駅での販売
神戸駅の物売り

向うに見えるのは列車のレストラン‘清流’
向うはレストラン「清流」

神戸駅より下流の車窓の景色
石は丸みを帯び、小さくなっていく。
神戸駅より下流の車窓の景色1

水もよどむところが多くなる
小さな滝が救いか。
神戸駅~水沼駅の車窓の景色2

名物駅構内の温泉。水沼駅の温泉センター
燃料高騰により、10月1日からは露天の「かっぱ風呂」の利用はしばらくの間、休止とのこと。
水沼駅温泉センター

なお、大間々からは平凡な次の列車に乗り継ぐ。
大間々駅から次の列車に乗り換え

☆ 足尾駅、通洞駅近辺での道草については、いずれ追記する予定。

まこと食堂の中華そば

喜多方らーめんと わたらせ渓谷鉄道の旅 第2報

喜多方らーめん

『札幌・博多と並び“日本三大ラーメン”と讃えられる喜多方ラーメン。昼時はもちろん、開店前から行列が出来てしまう日も。ゆっくり味わうには平日の11時前、または14時過ぎが狙いメ!』(「タベリエ 喜多方 磐梯 会津」JTBパブリッシングより)

今回の喜多方ラーメン関係資料
喜多方ラーメン・わざわざ行きたい5軒

選択肢が沢山ありすぎて選べない状態。そこで時々車を飛ばしてわざわざ喜多方ラーメンを食べに来る長女に、女房がさっそく携帯でメールした。長女のお薦めは、まこと食堂と坂内食堂。


まこと食堂 小田付道下

行列のできる老舗の味は喜多方スタンダード

昭和22年創業の老舗。地元の常連客が多く、夏休みシーズンには7時30分の開店時から行列ができるほど人気。その秘密は、初代から受け継がれた伝統の味を頑固に守り続けていることにある。一口飲めばわかるコクと力のあるスープは、トンコツと煮干がメインのダシに、数種類の醤油を合せたもの。メニューも中華そばとチャーシューメン、それに各大盛りのみと徹底している。』(同上)

まこと食堂
まこと食堂

まこと食堂の中華そば @600円

定番の、『透明でコクのあるアッサリ系のスープ』(同上)
そして、太い縮れ麺。
まこと食堂の中華そば

うなるほどの個性はないが、飽きの来ない味だ。
金忠や若喜商店などのおいしい醤油が下支えしているのではないかと私には思えた。
秋の紅葉シーズン前の平日でもあり、また早めに入店したので何とか待たずに座れた。
やはり、地元の客が多い。

喜多方らーめんと わたらせ渓谷鉄道の旅

珍しく夫婦で旅することになった。
年休の消化が今年は2日しかなくもっと取れと催促されたのも一因の一つ。

我が家のケチケチ旅行の原則は、青春18切符で日帰り旅行するか、泊る場合は素泊まり換算@4,000円。今回は一泊することになり、急遽宿を予約することとした。楽天やじゃらんなどを検索すると、一日三組限定・格安旅館が見つかった。夕食・朝食付き@5,900円。まずはゲット。

その場所は、川治温泉。関西方面の二人にとって、関東並びに南東北は地理に疎い。去年の会津旅行の帰りに通った、会津鉄道・野岩鉄道・東武日光線の途中にあった。鬼怒川温泉と湯西川温泉の中間点。

ところで女房の希望の注残は、銚子電鉄とわたらせ渓谷鐡道。
そこで何故か喜多方らーめんとトロッコわたらせ渓谷号の旅を企画することになった。おおまかな切符の手配は、いつものJR東日本・水道橋びゅうのザビさん達に相談。

後はいつもの通り、現地で、アドリブで。


旅の結果は次の通り。

◆ 喜多方らーめん

     トロッコわたらせ渓谷鐡道の旅


9月12日(金)
・東北新幹線
  やまびこ43号 上野発7:10 → 郡山着  8:22
・磐越西線
  快速      郡山発8:31 → 喜多方着10:09
○喜多方市  らーめん&蔵巡り
・磐越西線
  普通      喜多方発13:49→会津若松14:06
・タクシー
 ○会津若松市 鶴ケ城見物
・タクシー(ロンドンタクシー)
・会津鉄道
  普通      西若松発15:03→会津田島16:09
  普通      会津田島16:21→川治湯元17:24
 ●川治温泉泊

9月13日(土)
・会津鉄道・野岩鉄道・会津鬼怒川線・東武鉄道
  普通      川治湯元発7:43→下今市着 8:43
・東武鉄道
  普通      下今市発 8:45頃→東武日光8:51頃?
・東武バス 
          東武日光駅     →神橋
 ○日光東照宮&日光よさこい祭り
・東武バス     総合会館前     →東武日光駅前
 ◇昼食
・東武バス     東武日光駅11:21→銅山観光前12:14
 ○(足尾)銅山観光
・徒歩
 ○古河掛水倶楽部
・わたらせ渓谷鐡道 トロッコわたらせ渓谷号
          足尾発  14:25→大間々着16:02
・東武鉄道 
  普通      大間々発 16:16→相老着 16:23
・東武鉄道     りょうもう36号
  特急      相老発 17:03→浅草着 18:25
○浅草浅草寺&浅草観音通り商店街(夕食)
  

◆ では、手始めに第一報として、

利用した交通手段の写真を掲載します。

?郡山→喜多方
・磐越西線
  快速      郡山発8:31 → 喜多方着10:09
郡山→喜多方

?喜多方→会津若松
・磐越西線
  普通      喜多方発13:49→会津若松14:06
喜多方→会津若松

?会津若松→鶴ケ城
・タクシー
会津若松→鶴ケ城

?鶴ケ城→西若松
・ロンドンタクシー
ロンドンタクシー

?西若松→会津田島
・会津鉄道
  普通      西若松発15:03→会津田島16:09
西若松→会津田島

?会津田島→川治湯元
・会津鉄道
  普通      会津田島16:21→川治湯元17:24
会津田島→川治湯元

◆9月13日(土)
?川治湯元→下今市
・会津鉄道・野岩鉄道・会津鬼怒川線・東武鉄道
  普通      川治湯元発7:43→下今市着 8:43
川治湯元→下今市

?下今市→東武日光
・東武鉄道
  普通      下今市発 8:45頃→東武日光8:51頃?
下今市→東武日光

?東武日光駅→神橋
?総合会館前→東武日光駅
・いずれも東武バス(写真なし)
?東武日光駅→銅山観光前
・東武バス     東武日光駅11:21→銅山観光前12:14
東武日光→銅山観光前

?足尾→大間々
・わたらせ渓谷鐡道 トロッコわたらせ渓谷号
          足尾発  14:25→大間々着16:02
足尾→大間々

?大間々→相老
・東武鉄道 
  普通      大間々発 16:16→相老着 16:23
大間々→相老

?相老→浅草
・東武鉄道     りょうもう36号
  特急      相老発 17:03→浅草着 18:25
相老→浅草

では、次回以降、喜多方らーめん、蔵巡り、鶴ケ城、日光東照宮、トロッコわたらせ渓谷号など投稿する予定です。

海南鶏飯の牛肉と空心菜のサンバルプラチャ定食

シンガポール 海南鶏飯 水道橋本店

夏限定メニュー 
牛肉と空心菜のサンバルブラチャ定食


『マレーシア料理で多用される代表的な調味料である「サンバルブラチャ」と呼ばれる「海老の辛味噌」の香りがまずガツンと漂ってきます。
ナンプラー
の匂いも感じられましたね、空心菜は国産のものだと思いますが、この味付けというか独特の香りは一気に、アジアンディナーを屋台で食べているような錯覚に陥ります。
程よい辛さも、なかなか良い感じで、「白いご飯」を食べたくなる味でしたね。』(「シンガポール海南鶏飯で晩メシ・・」より)


牛肉と空心菜のサンバルプラチャ定食
牛肉と空心菜のサンバルプラチャ定食
アップ
アップ
夏限定メニュー
メニュー
階段上の装飾品
階段上

井戸茶碗もどき Part3

抹茶茶碗もどきシリーズ、第24作。

井戸茶碗もどき Part3


井戸茶碗もどき Part3
長石釉を掛けた上に透明釉を掛け、還元雰囲気で焼成。
井戸茶碗

井戸茶碗もどき・正面
長石釉が口縁で止まらずに、少したれすぎた。
井戸茶碗・正面

井戸茶碗もどき・高台
井戸茶碗・高台

井戸茶碗もどき・見込み
井戸茶碗・見込み

お菓子は、赤坂青野の小倉ひねり
菓子器は、蜻蛉文安南風鉢
小倉ひねり

小倉ひねり・断面
小倉ひねり・断面

赤坂青野の上生菓子

過日、赤坂青野の赤坂もちなどを頂戴した。
美味しかったので、上生菓子を赤坂本店に買いに行った。
千代田線乃木坂駅で下車し、乃木神社を通り過ぎたところにあった。


赤坂青野 赤坂本店 港区赤坂7-11-9


赤坂本店
赤坂青野本店

赤坂青野の菓子箱
箱

開封
開封

◆ 長月の上生菓子
 on 絵志野皿

長月 9月の上生菓子

○ 桔梗、秋桜 in 彫三島白花文鉢

桔梗 外:練り切り、中:こし餡
秋桜 外:練り切り、中:こし餡
桔梗、秋桜 in 彫三島白花文鉢

○ 赤とんぼ、鳴子 in 三島平茶碗

赤とんぼ 上(赤とんぼ):羊羹、外:上用饅頭、中:栗餡
鳴子   上:鳴子形、外:雪平
赤とんぼ、鳴子 in  三島平茶碗

☆ これらも追々、新作抹茶茶碗もどきと取り合わせて投稿したい。

神保町メーヤウの男夏カレー

神保町 メーヤウ 千代田区猿楽町2-2-6 


激辛チキンカリーがあなたの傷心を束の間癒す、かも?
 ほとんど麻薬なのである。それほどこの店のカレーはうまい。冥土の土産
に何か好きなものを食わせてやるぞと誘拐犯にいわれたとしたら、私は必ず
「メーヤウのチキンカリー」を所望するだろう。・・・』(「メーヤウ」より)

タイのメーヤウ地方(村?)で修行なさったご主人が提供する本格カレー
店内は割りとこじんまりとしており、喫茶店のような構えだ。
清潔感があって、女性一人でも気軽に足を運べそうな雰囲気がある。

ここでのカレーの種類と特徴は以下の通り
グリーンカリー:エスニック度No1 野菜と豚肉の緑白色カリー     ★
レッドカリー:ココナッツミルクたっぷり チキンとタケノコと大根のカリー★★
カントリカリー:ココナッツミルク入り 黄色のベジタブルカリー    ★★★
ポークカリー:あっさりしたスープタイプ ポーク角肉とポテトのカリー★★★★
チキンカリー:インド風 骨付きチキンとポテトのカリー      ★★★★★』(「メーヤウ 神保町店“スパイス抜群っ![食べログ.com]」より)


○ 男!!夏カリー
ボリュームたっぷり鶏もも一枚チキンカツ


まず、チキンカツをライスと一緒にほおばった。カツのサクサク感、チキンのジューシーさがそれだけでおいしい。カツを半分そうして食べてから、やおらカレーをカツに掛けて食べた。カレーは辛口でこれまたいける。
60台の、かつ、日頃カツや天麩羅をあまり食べない男にとってボリュームはありすぎたが、軽く完食できた。
男夏カレー
やけに元気なしながき。
女夏カリーの夏野菜カレーが私向きかもしれなかった。
品書き
賑やかな店先。これでいつもパスしていたが・・。店構えからの感じと店内の感じは大分違う。店内はすっきりしていて良い。なぜかいつも客で混んでいるので、今回入ってみた次第。
客層は若い。女性も多い。ファンが多いらしいのが分かる気がする。
神保町・メーヤウの店構え
水道橋から神保町に掛けては、インドカレー欧風カレー、そしてここタイカレーと結構美味しいカレー屋が多い。

膳菜やの、茄子の挟み揚げ

膳菜や 水道橋店  千代田区三崎町2-9-2鶴屋ビルB1


『「贅沢な気分が味わえる都会風居酒屋」をコンセプトにした膳菜やは、
 お客様に満足していただくため魚貝類は佐渡や富山などからの産直品。』(「ぐるなび-飲み処・喰い処 膳菜や 水道橋店」より)

以前は日替わり定食をよく食べていたが、今回はランチ定番の茄子の挟み揚げを注文した。なかなかおいしい。カウンター席からは、目の前でとんとろを焼く景色が見られる。


茄子の挟み揚げ

茄子の挟み揚げ定食

地下の入口の風景
膳菜や

唐津茶碗

抹茶茶碗もどきシリーズ、第23弾。

唐津茶碗


『唐津は古くから対外交易拠点であったため、安土桃山時代頃から陶器の技術が伝えられていたといわれ、現在も佐賀県の岸岳諸窯など至る所に窯場跡が点在する。

唐津焼が本格的に始まったのは、文禄・慶長の役の頃からといわれ、鍋島氏によって大量に連行された陶工たちによって、李朝磁器の技術と築窯技術が持ち込まれたのが契機である。』(「『唐津焼き』事典」より)

『江戸時代に入って窯場が林立したために、燃料の薪の濫伐による山野の荒廃が深刻な問題となった。鍋島藩は各地の窯場が燃料の薪を切り出すために山が荒れているという理由で、藩内の窯場の整理、統合を強行した。朝鮮陶工を除く日本人陶工824 人を追放し、伊万里地域の窯場4カ所すべてと有田地域の窯場7カ所を取り潰し、有田地域東部の13カ所の窯場に統合した。それによって窯場は有田に集約されたため、唐津も甚大な影響を被り、多くの窯元が取り壊された。しかし、唐津の茶器は全国でも評判が高かったため、茶陶を焼くための御用窯として存続した。』(同上)


○ 唐津茶碗

この場合、正式には唐津土を使った茶碗。シンプルに。
ちなみに、先般の絵唐津丸十文茶碗は写し。
唐津茶碗

唐津茶碗・正面
唐津茶碗・正面

唐津茶碗・高台
唐津茶碗・高台

唐津茶碗・見込み
唐津茶碗・見込み

お菓子は、赤坂青野すごもり
菓子器は、総織部皿。
すごもり

すごもりの断面
すごもり・断面

花のれんの銀座七福神

神田に所用で出かけた帰りに、神田三原堂を覗いた。

いつも貰っている塩せんべいなどの中に、こじんまりした袋入りのものがあったので、会社の仲間用にこれを買い求めた。

なんと、入っていたのは、見たことのある銀座花のれん

        銀座七福神であった。


『せんべい・おかき・豆菓子および学校行事用のお菓子を販売しております。』(「ぎんざ花のれん[(株)川治商会]-横浜・大和-【おかき・せんべい・・・」より)


神田三原堂の袋
三原堂袋
銀座七福神の入っていた紙袋
花のれんの銀座七福神・袋
あら、銀座花のれんの銀座七福神
なるほど、一袋一人分のおつまみとして配れば、学校行事用としてはうってつけかも。
銀座七福神

七福神on飴釉皿
七福神on飴釉皿

赤坂青野の赤坂もち等

ある所で、赤坂青野のお菓子を頂戴した。


赤坂青野  港区赤坂7-11-9
 
『餅屋から餅菓子屋へ(江戸時代・明治)
「赤坂もち」でおなじみの「赤坂青野」ですが、先祖は台東区谷中出身で 店頭売りだけではなく、荷を担いで出て街頭売りもしていました。
やがて、明治維新を迎え、文明開化の世のなかになると「青野」は飴の類の駄菓子売りから大福、ぼた餅、ようかんなどの甘味を扱う餅菓子屋に転業し、店も神田から五反田に移転しました。こうして餅菓子屋「青野」が誕生しました。
その後、22年間五反田で店売りをしながら都心への出張販売を続けていましたが、赤坂の地が商店街として発展し始めたのを機に明治32年現在地の港区赤坂7丁目に移転し、2代目一三太郎(ふみたろう)が店主となりました。』(「青野の歴史|和菓子 赤坂青野-東京・赤坂 老舗の和菓子販売店」より)


赤坂青野のお菓子/詰め合せ
袋、包装、箱、開封
赤坂青野のお菓子

赤坂青野のお菓子on絵志野皿
赤坂青野のお菓子on絵志野皿

? 赤坂もちin黄瀬戸鉢

『「赤坂もち」は、わたしどもの初代が遠ざかる江戸の姿を惜しみつつつくったものでございます。
意匠は、もうすっかりお馴染みになった小風呂敷に楊枝を添えたもの。
もちろん「赤坂もち」はこの赤坂の土地でのみお求めいただける赤坂青野だけの味。
胡桃の入った上質なもちと黄な粉
が奏でるあっさりとした上品な甘さとなめらかな舌ざわりのハーモニーがかわらぬ人気を呼んでおります。』(栞より)
赤坂もち

? すごもりon総織部皿

『小倉餡を求肥で包み、和三盆糖をかけ丹頂鶴のすごもりに見立てた小さな大福もちです。』(同上)
すごもりon総織部皿

? 小倉ひねりin安南風鉢

『蜜づけにした小豆ともち米を挽いた粉をあわせ、丸く握って蒸し揚げた甘納豆。一口サイズでお手軽に召し上がれます。』(同上)
小倉ひねりin安南風鉢

? とりどりon鉄絵皿

『黒糖、杏、紫蘇、生姜、桜、胡桃、小倉の7種類の餡の内、いずれかが入った楽しみな焼き菓子です。』(同上)
とりどりon鉄絵皿

とりどり
とりどり(裸)on鉄絵皿

? 一つぶin片口

蜜でじっくり含め煮した栗を、丸ごと一つぶ白餡で包み、焼き上げた栗饅頭。「赤坂もち」に次ぐ看板商品です。』(同上)
一つぶin片口

一つぶ
一つぶ(裸)in片口

一つぶ・切断面
一くち・切断面in片口

うぶけやの毛抜き

うぶけや 中央区日本橋人形町3-9-2


『創業は江戸時代の天明3年(1783年)で、大阪で開業し、幕末頃現在地の近くに江戸店を開業、明治初年にこの場所に移って現在に至るという。現時点で二百二十年余の店の歴史ということになる。日本橋には同じく老舗刃物店の「木屋」があるが、創業は1792年であるから、「うぶけや」の方が少しだけ歴史が古い。』(「うぶけや」より)

『天明3年(1783年)創業以来各種打刃物の製造販売を専業として深き御愛顧をいただき今日に至りました。屋号のうぶけやとはうぶ毛も剃れる(かみそり・包丁)抜ける(毛抜き)切れる(はさみ)と申す処より名付けたものでございます。』(同上)

○ 絶品の毛抜き

『持ち手の中央部分が非常に厚くしっかりできている。「うぶけや作」とする銘は内側に刻んであるのは控えめでよい。一見ごつい印象があるが、バネは非常に柔らかい。』(同上)

うぶけやの毛抜き

うぶけやの毛抜き

プロフィール

yogaz

Author:yogaz
飯山満通信へようこそ!
満73歳になりました。予定寿命まで後7年です。ただいま終活中です。当面75歳までは、ボランティアガイドと生涯学習・介護予防のお手伝いを続けたいと思います。
なお、2006年6月14日から始めた飯山満通信は、2013年12月14日、ブログを引っ越しました。Dtiblogのブログサービスが終了したためです。

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