細川護熙展 at 壺中居

細川護熙展at壺中居


○もう7年前になるか、私がまだ監査役の時代に、この日本橋・壺中居で初めての細川護熙の個展が開かれた。
井戸茶碗や刷毛目・粉引などの見事な茶碗を目にして、とても素人とは思えない驚きを覚えた。歳もほぼ同じ、陶芸を始めたのもほぼ同じ時期。どうして私とこんなに差があるのか・・・。
いい師匠、良い土・いい化粧土・イイ釉薬なども勿論違う。陶芸教室は電気窯、窯の違いも根本的な差。
例えば師匠は、辻村史朗とされるが、本人いわく、色々な陶芸家のところに飛び込み入門しているので沢山いるはず。その縁で、例えば、粉引き・刷毛目のあの白化粧土は、対馬の小林東五からとか・・・といった話を色々な陶芸家から聞いた。
また身近に本物を見ながら陶芸三昧の生活。色々その差の理由は存在する。

そして、あれからもどんどん上達しているようだ。

○以前都内の百貨店(たぶん日本橋・高島屋だったとおもうが)での大々的な個展が開かれたとき、会場でビデオを見て記憶に残ることが二つ。ひとつは、立ったまま轆轤を挽いているところ、ふたつめは、円柱状の窯で焼いているところ。

○そして今日、先生ご本人の姿が見えたので、質問しようかと思ったが、陶芸を目指しているような若い人との会話、着物を着たお客と思しき女性との話が弾んでいるようで、ついに質問できなかった。
立ったまま轆轤を引いているのは、腰痛対策のためと予想するのだが・・・。
その場合、右ひじの支えはどうするのかということ。
また円柱状の窯は、主に黒楽や赤楽を焼成する窯だと思うのだが・・・。
その場合、粉引きや刷毛目、井戸や柿の蔕、斗々屋、伊羅保などの他の焼成はどんな窯で行われているのかということ。
また、有限会社 不東とは。
なぜ政治家時代と同じように秘書と称する人がいるのか、とか。などなど


招待状
黒楽盌 Kuro type Tea Bowl
作品には人柄が表れるという。先生の実像は存じ上げないが、作品で見る限り、やはり殿様の品格が表れていると思うがどうだろうか。目利きの鑑定を聞いてみたい。
細川護熙展招待状

個展の行われた壺中居
個展の行われた壺中居

草花文紅安南写し

‘抹茶茶碗もどき’第11弾。

草花文紅安南写し


『「安南(あんなん)」とは、中国が唐時代に現在のベトナム北部を支配するために設置した安南都護府に由来し、この地域の陶磁を日本では安南焼と呼んだ。本品は江戸時代から伝来する「紅安南」として名高い。見込中央に「寿」の文字を赤絵具で書く。』(「徳川美術館-過去の企画展示-」より)

本歌は、
釉調
見込みには釉を剥いだ蛇の目があり、中央に赤で寿の字が書かれている。内壁にも唐草風の文様が描かれ、趣を添える。器の素地は白だが、高台内に渋釉をたっぷり施すのも安南茶碗の約束。

形姿

やや端反りの碗形で、高台は広く高く、端正でゆっくりとした姿を持つ。やや厚手のふっくらした造り、染付の上に赤、緑で施された、たどたどしい唐草文様などから、手に取らずとも温もりの伝わる、いかにも茶碗らしい一碗である。』(唐物茶碗ー安南・宋胡録「お茶人のための 茶碗百科大図鑑」世界文化社 P57より)


草花文紅安南写し
紅安南写し

図柄を奈良絵にすると、赤膚焼のような雰囲気になる。
ところで、どうも高温で焼成されたようだ。本歌のカサカサとした味わいがない。
紅安南

高台内は、安南茶碗の約束、渋釉。
紅安南高台

紅安南見込み
写真ではわかりずらいが、釉を蛇の目状にマスキングした。
別日、別の文献によると見込みにはもう一段草花文がめぐらされており、また“壽"ではなく“寿"の字であった。見えないところを想像するのは難しい。
紅安南見込み

お菓子は、鶴屋八幡・よそえ文
こしあん入青こなし葉巻白玉あられ付
お菓子は、鶴屋八幡よそえ文

七條甘春堂の春琥珀

七条甘春堂  京の春琥珀

末記の通り調べ物があり、この間既に季節は夏琥珀になってしまった。

七條甘春堂

京の春琥珀

春琥珀

京菓匠 甘春堂の歩み」と「七条甘春堂の歴史」。いずれの歴史にも同じ記載がありどちらが本物かわからない。

◆甘春堂の記載を引用すると次の通り。
『《お客様へ》
七条通りに平成8年に開店したお店は、当店とは別会社です

 甘春堂は代々6代にわたり、川端正面橋東で慶応元年から和菓子作りをしてまいりました。「甘春堂」は当店の登録商標であり、昭和44年には京都府より「100年老舗」の表彰を受けております。京菓子協同組合に正会員として登録、京菓子を広める文化活動等に参加させていただいております。また長年からの職人たちにより、技術継承を心がけております。

 ところが、最近、当店とよく似たお店が平成に七条通りに出来ましたが、当社と同じように古くから創業しているように経歴を詐称しておりますが、平成8年に新会社を起こした会社であり、当社とは全く違う別会社でございます。

 沿革や経歴は無断で当店と全く同じものが使われておりますが、製造方法・工場から販売に至るまで、当社のものとは異なります。』(「京菓子『甘春堂』の沿革と歴史・代々の堂主とその業績」より)

◆一方、七條甘春堂の記載の脚注には
『※ 販売会社が色々と書いておりますが、当社は全商品自社工場で生産しており、私どもが技術継承しております。』(「七條甘春堂について」より)


☆次のブログに出会った。
『どうやら過去にお家騒動があった様子。
もともと一つの会社だった「甘春堂」が、「甘春堂」と「七條甘春堂」とに分かれたようです。』(「daily report 毎日のこと|20080507」より)

★もうひとつのブログより、
『 甘春堂さんは川端正面通の本店のほか、京都ホテル内、清涼寺付近、耳塚の向かいなどにも支店があり・・・。なお、現当主の弟さんにあたる方が独立して創業された姉妹店「 七條甘春堂 」さんは、京都国立博物館の西に本店があり、京都伊勢丹にお店が入っています。お菓子も異なるものが売られているのですが、七條甘春堂さんにも菜々せんべいに似た「 野菜煎餅 」が売られているので、味比べをしてみるのも面白いかもしれませんね。』(「はんなりエッセイ:らくたび講座?唐板と甘春堂煎餅菜々」より)

イサキの干物

先般のイサキの燻製についての想像は的中していた。
真空パック器や燻製器が購入され、使用されていた。


今回は、
    イサキの干物・真空パック品が届いた。


○ イサキの干物、真空パック品
清潔そうだ。

イサキの干物

イサキの干物・真空パック

真空パックの袋を切り開き、皿に盛る。
イサキの干物on粉引皿
綺麗だ。美味しそうだ。

イサキの干物

イサキの干物

道端の花 スイカズラ

今を盛りと咲き誇る「当季の花」、スイカズラ。
フェンスに絡む株の数が、例年になく多く感じる。


● スイカズラ


『スイカズラは春に特徴有る花を咲かせる。花の色は最初は白く、やがて黄色になるので、金銀花という呼び名もある。花の形も独特であり、5枚の花びらの内4枚は合生して上側に反り返り、1枚は下側に曲がり込んでいる。見方によっては手のひらのようであり、親指以外の4本をひっつけて上に反らし、親指を下に広げたような形となっている。和名は蜜があるので、「吸い葛」である。』(「植物生態研究室(波田研)「スイカズラ」」より)

★ 去年の秋、スイカズラとヘクソカズラの実を食べた後、体に湿疹が出来て難儀した。因果関係はついに分からなかったが、未知のものをむやみに口にするものではないと反省している。


スイカズラ in 紅安南風文様の一輪挿し
スイカズラ

スイカズラ/キンギンカ
スイカズラ

花器は、伊万里風器形の徳利に、紅安南風文様を施してみた。
長女に気に入られて欲しいといわれたが、ことわったもの。
安南風文様の一輪挿し

道端の花 カタバミ

通勤路に赤と黄色のカタバミの花が咲いていた。


このあたりに一般にあるのは、カタバミアカカタバミ。いずれも花は黄色。
そして、ムラサキカタバミ。花は淡紅紫色。

今日咲いていた赤色の花のカタバミは、ベニカタバミ。黄色の花のカタバミは、カタバミ。


○ ベニカタバミ
『原産地ブラジル。大正時代に帰化。』(花の写真館「ベニカタバミ」より)

ベニカタバミ
器は、パキスタン パンジャーブ地方の壷写し(ミニチュア)
赤いカタバミ

黄色い花のカタバミ
器は、鼠志野ぐい呑み
黄色いカタバミ

安南染付・花唐草文碗(国内用)

‘抹茶茶碗もどき’第10作目。

安南染付・花唐草文茶碗(国内用)
 写し。


ただし、失敗作。土灰釉を多く掛け過ぎてしまった。
目標は、絞り手。結果はかすり文様のごとくなった。
根を詰めて、絵を描いたのに・・・。

本来作ろうと思ったものは、『甦える安南染付 ホイアンの奇跡』岸良鉄英著 里文出版 のP31にある花唐草文碗(国内用)。
この茶碗の特徴は、高台が高く、重ね焼きのため見込み部分に円環状に釉が削り取られている。高台内は、輸出用と同じく国内用も鉄渋が塗られている。


安南染付・花唐草文茶碗(国内用)を狙ったもの。
花唐草文碗(国内用)写し

安南の国内用は、高台がすこぶる高いのが特徴。重ね焼きのためと。
花唐草文碗

絣文様
に応用出来ないか・・・。縦だけでなく横にも流れてくれないだろうか。
花唐草文碗

重ね焼き風にするため、見込み部分に円環状に釉をマスキングした。
花唐草文碗

菓子は、鶴屋八幡、柏餅(みそあん)
みそあん入薄黄丸形柏の葉巻く
菓子は柏餅

【参考】
去年作った安南茶碗・絞り手
このくらいの釉の流れを計算していたが、土灰釉を厚く掛け過ぎてしまって、絵が流れすぎてしまった。
安南鉢・絞り手

Akibaの猫カフェ ‘ねこ・JaLaLa’

NIKKEI PLUS1世相見聞(2008.5.17)に


猫カフェでのんびり
 気ままに戯れ 楽しみ自分流

客が飲食をしつつ、店が飼っている猫たちと自由に戯れることができる「猫カフェ」が人気を集めている。・・・』  という記事(ライター 石原美紀子)が載っていた。

その中の1つ、秋葉原の「ねこ・JaLaLa (じゃらら)」に行ってみた。1月25日のオープンとのこと。

☆ ねこじゃららの紹介は、秋葉マップ:秋葉原のネコカフェ ねこJaLaLa(ねこじゃらら)-ネコたちと触れ合えるカフェ-に詳しい。


産まれてから3ヶ月をとても良い環境で過ごして大きくなった子たちは、得られた性格や性質は一生もの。よほどのことがない限り、そばにいるほかのねこたちや人間のことを裏切ったりしないでしょう。
当店ではそんな子たちに集まってもらっています。これから、長いお付き合いになるわけですから!

ねこという動物は本来、なんともいえない距離感があるもので、そこがまた良い!というのがねこ好きの共通点。
そうは言っても、そんな距離感を少しでも縮めることが出来たら・・・そう願って☆』(「秋葉原の猫カフェ ねこ・JaLaLa」より)

昌平橋通り、妻恋坂交差点の近くにその店はあった。
猫カフェ ねこ・JaLaLa入口
ねこ・JaLaLa入口
店長 ジャック ♂ ミックス
JaLaLaのJaはJackのJa。会長のLaLaは一週間に一回の出勤、本日はいない。
店長 ジャック
チカ ♂ マンチカン
チカ1
日本猫のようなマンチカン チカ
雌猫のように優しく、かわいい。
チカ2
中村さんと思しき人に抱かれるチカ
娘達が小さい頃、社宅の禁を犯してしばらく飼っていたμ (ミュー)と名づけた猫にそっくり。
また、関宿で出会い、連れて帰りたかった捨て猫にもそっくり。
わが家族は、この手の猫が一番好きなのだ。
抱かれるチカ
眠れるチカ
眠るチカ
見つめるカル ♂ アメリカンカール
カル
アン ♀ アビシニアン
アン
もっとも活動的なアン
アン
タキ ♀ ラグドール
猫か、狸か?
高見で眠れるタキ
クウ ♂ メインクイーン
クウ メインクイーン
リク ♂ メインクイーン
リク
レジでの 猫グッズ
猫グッズatレジ

あっという間に、閉店の7時になった。
6時から7時まで、猫7匹に、人12人。
結局おじんは、わたしひとり。
そして何故か猫好きな女性は美人が多い、のかな?

創作和風Bar 武蔵

白山通りに直角に、小路を東へ入ったところに、「武蔵」という店があった。
昼食をとるために入ってみた。

創作和風Bar 武蔵


○三品盛り「武蔵御膳」を注文した。
シャケの粕漬けオーブン焼き、手羽先の○○味噌煮、カツオのマリネ?
注文したら「今日は中味が少し変わりますが宜しいですか」と問合せがあった。掲示しているメニューと中味が変わるらしい。「OK」と返事。何がどう変わったかわからないが、まずくない。
武蔵御膳
店頭の品書き
品書き
店内の様子、若い店長?
夜の日本酒や焼酎が美味そうな店。
日本酒では、佐賀の七田(しちでん)純米無濾過生などが置いてあるようだ。
近所の事務所の若~中年の男性サラリーマンが圧倒的に多い。
武蔵店内
店構え
店構え

夜も来てみたいなあ、と思った。

SPICE ROADの陳麻婆豆腐

西新宿に所用があって出かけた。帰りが昼時となったので、アイランドタワーのレストランに寄った。

新宿アイランドタワー

新宿アイランドタワー
パティオ
パティオ
スパイスロード
マルコポーロはバー。タント・ドマーニ(地中海料理)、シンドバッド(レバノン料理)、陳麻婆豆腐(正宗四川料理)、クムクム・マハラジャ(インド料理)、ジュンバタン・メラ(インドネシア料理)の5つはレストラン。
選択に迷う。この日は、大地震の四川を思って陳麻婆豆腐にした。
大変混んでいる。
スパイスロード
正宗四川料理
陳麻婆豆腐店内

『陳麻婆豆腐は、19世紀中頃中国・四川省成都市で陳という顔にあばた(麻子)があるお婆さんが作った豆腐料理です。
四川特有の山椒の痺れる辛味、唐辛子の焼けるような辛味、そして豆板醤の香り、風味が渾然一体となった旨みにあります。
調味料を四川からわざわざ取り寄せ、豆腐等の素材を厳選し、コックも全て四川省成都出身の高級厨師を呼び寄せました。是非、正真正銘、本物の麻婆豆腐“陳麻婆豆腐”をご賞味ください。
*平日のランチメニューは「陳麻婆豆腐セット990円」の一つだけ勝負!
お得なランチ価格で本物の麻婆豆腐の味を是非!!』(「ぐるなび-陳麻婆豆腐 西新宿店」より)
陳麻婆豆腐店内
ランチ
黙って席に着くと陳麻婆豆腐セットが出てきた。
とても辛いが、美味しい。若い女性客が多いようだ。
麻婆豆腐
デザートの杏仁豆腐
辛さで荒れた口の中をなだめるように
デザートの杏仁豆腐
アイランドタワーを出ると、新築中と思しきビルが目にとまった。なんというビルだろうか。
帰宅後調べてみたら、モード学園コクーンタワー というそうだ。
新築中のビル?

まだ変化し続ける街、西新宿。

道端の花 トキワツユクサとヒメフウロ

ヒメジオンのような花が咲き誇っているものの、気に留める花の少ないこの時期に、道端で咲いている気になる花2種。

○ひとつは、おなじみのトキワツユクサ 白花。

『南アメリカ原産の帰化植物で、昭和初期、園芸種として導入された花が野生化し、現代では初夏の散歩道のいたるところで見られる。 葉が常緑なので常盤(トキワ)の名が付いていおり、別名ノハカタカラクサ(野博多唐草)とも呼ばれる。』(「トキワツユクサとツユクサ科の花」より)


トキワツユクサin朝鮮唐津一輪挿し
トキワツユクサin朝鮮唐津徳利

ムラサキツユクサ属の特徴である茎の先に多数の蕾を持ち、常緑で冬越しする。
トキワツユクサ

○もうひとつは、赤い花。

ヒメフウロ

oNLINE植物アルバムによれば、ヒメフウロのようである。

なお、最初フウロソウ科の植物検索を見たが、フウロソウ科のオランダフウロ属、テンジクアオイ属、フウロソウ属によく似た花があったがよくわからなかった。(「フウロソウ科の植物検索」より)


ヒメフウロin緑釉一輪挿し
赤い小花in緑釉徳利

花の色、花の形や筋の入り方、葉の切れ込みなどから、ヒメフウロのようである。
赤い小花

ラ・ベットラのお菓子

○ ラ・ベットラのお菓子


夕食の予約をとるのが難儀な銀座のラ・ベットラ。
女房の若いお友達から、ここで買ったと、またお菓子のお土産を頂戴した。
お菓子の名前は知らない。

ラ・ベットラのお菓子on絵志野風四方皿
ラベットラの菓子

ラ・ベットラの菓子on米色青瓷浅鉢
ラベットラの菓子

kazuyoさん、このお菓子の名前をご存知でしたら教えてください。

過日の歓迎会

GW明けに遅まきながら、今年度の新職員の歓迎会が行われた。
トップを含む10数人もの新たな顔ぶれがあった。

都内某所の会場の窓外の景色。
窓からの眺め
主賓持込の日本酒

○ 清泉「純米大吟醸」亀の翁


『上立ち香は、早熟なシャッキリ感を伴うメロンのように香ります。含むと、キリっと一本筋の通った綺麗な造りで、ほんのり甘味が後から舌の上で踊ります。温度が上がってくると一本の筋がやや太くなったかのようで、かすかに見えてきた熟成感や丸みがこのお酒の深みを表現しているかのよう。相変わらず旨いっす♪』(「由紀の酒-日本酒談義-清泉「純米大吟醸」亀の翁」より)

『戦前に途絶えた幻の名米「亀の尾」を、昭和55年、僅か1500粒の種もみから3年がかりで復活・自家栽培(戦後の日本の酒蔵で最初)した米で醸造した酒 です。この米作り・酒造り物語が、漫画「夏子の酒」(講談社 尾瀬あきら作)のモチーフとなり、平成6年連続テレビドラマ「夏子の酒」(フジテレビ系)で 日本全国およびニューヨークまで紹介されました。』(「久須美酒造限定発売」より)
主賓持込の日本酒
料理をコメント無しで掲載します。
料理

料理

料理

料理

料理

デザート

・カラオケなし
・予定時刻の15分前お開き・・・
異例ずくめの歓迎会であった。
就任の挨拶のなかで、趣味が山登りという人が多かったのが印象的である。

甦える安南染付 梅花文碗写し

甦える安南染付 ホイアンの奇跡』   

                    岸良鉄英著 里文出版


『近年、ベトナム沿海域でいくつかの沈没船が発見され、多くの陶磁器が引き揚げられている。その中でも、ホイアンのクーラオチャム沖での沈没船からは20数万点のベトナム陶器が発見された。
2000年10月、「ホイアンの秘宝」と題して、これら引き揚げ陶器の一部が、アメリカにおいてオークション販売された。オークション図録で見る限り、過去に見たこともない輸出用ベトナム陶器の優品が含まれていた。』(同上P1)

『(安南染付小品図鑑 (3)茶碗と盃)  その造りには三種類ある。
?伏せ焼き、?重ね焼き、?単一で焼かれるもの
一番上手とされるのは、伏せ焼きや重ね焼きの技法をとらない作品である。
口縁部や見込みに釉が掛かり、見込みには梅花文が描かれることが多い。藍色の発色、筆運び、形状いずれも造る側の気遣いを感じさせる丁寧な造りである。』(同上P29)


この本に出てくる図録(同上P30)をみて、習作してみた。
‘抹茶茶碗もどき’第9作目である。

● 甦える安南染付・梅花文碗 

輸出用安南茶碗写し

梅花文碗写し梅花文碗写し・横側

梅花文碗写し・高台
輸出用は、ベトナム国内用に比べると高台が低め。
本歌は、薄く鉄渋が塗られている。(写しは、鬼板)
梅花文碗写し・高台

碗の見込みは、梅花文。
梅花文碗写し・見込み

お菓子は、鶴屋八幡・花菖蒲
玉子あん入紫あんきんとん
鶴屋八幡・花菖蒲

もち吉の希林あげ

もち吉  福岡県直方市下境2400


『米づくりに励む祖父から伝承した餅づくり。
「餅で生きよう」と決意した創始者の森田長吉。
餅を愛し、餅一筋に生きた人生がもち吉の心の原点です。
一枚一枚のせんべいに込められたつくる喜び、感謝の気持ち。
お届けできる幸せをかみしめて。』(栞より)

○ 希林あげ
もち吉の袋
もち吉 袋

もち吉の包装
希林あげ

希林あげ
希林あげ

この九州のせんべいは、米を原料としている点では関東風の米菓煎餅であるが、甘い味付けであり関西風揚げ煎餅だと思う。希林あげ

『第24回全国菓子大博覧会 名誉総裁賞受賞
 日本の菓子協会が認めたサクサク感を、ぜひ一度、ご賞味ください。』(「もち吉 希林あげ」より)

スカンポの花を見た

スカンポの花

スカンポ=スイバ:タデ科、ギシギシ属

道端に咲くスカンポの花をはじめてマジまじと見た。
小さいがなかなか綺麗な花だ。

『スイバは4月頃から地上茎を伸ばして開花する。雌雄異株である。花序の色は朱紅色から緑色で色には幅があるが、多くは朱紅色で目立つ。雌花は、多数に分かれた柱頭が紅色を帯びている。内花被片は、朱紅色を帯び、中心部は緑色で瘤体は形成されない。雄花には緑色のものから紅色のものまでがある。6枚の花弁状のものがあるが、3枚が萼片で、3枚が内花被片なのかもしれない。』(岡山理科大学 総合情報学部 生物地球システム学科「スイバ」より)


家に持ち帰り写真を撮ろうとした。小さすぎて上手くピントが合わない。

スカンポin鶏龍山魚文瓶写し
スカンポの花in鶏龍山魚文瓶写し

スカンポの雌花
スカンポは60数年前から見てきたが、この花は初めて見たような感じがする。
小さいが、綺麗だ
スカンポの花up


イワオモダカの株分け他

○ イワオモダカの株分け


『深山の樹幹や岩上に着生する常緑の多年草。根茎は短く横に這い、葉は堅い皮質で、表面は緑色で無毛、裏面に灰褐色または赤褐色の毛が密生する。
渋く落ち着いた雰囲気がある。一般に松柏盆栽の下草に使われ、冬の飾りに欠かせない脇役的存在である。
イワオモダカの名は、単子葉植物のオモダカに葉形が似ていることに由来する。』(「?」第二章人気123種の特性と育て方P62イワオモダカ より)

『乾燥すると葉の表面に巻き込むが、水を得ると元に戻る。』(「イワオモダカ レッドデータブック山口[維管束植物]」より) 

水やりを辛くしないと葉がだらしなく伸び観賞価値が損なわれるのだが、葉を巻き込んでいかにも水が欲しいと訴えるものだから、写真のようにだらしなく徒長させてしまいがちである。
右手前の新芽が伸び葉が固まった頃、徒長した葉を切り落として全体を締めて作り上げたいものだ。

植替え・株分けは、6月説(同上)と5・6月説(「図解 草物盆栽の仕立て方」誠文堂新光社 P162より)があるが、GWに行うこととした。成長の先端は、鉢端まで達しておりちょうど植替え時であった。

イワオモダカの株分けin米色青瓷平鉢
イワオモダカの株分け

○ 雪割り草の増し土in黒織部風ミニ鉢
『雪に埋もれたまま、ほったらかしにしてしまった。
根は、根上りのように空中へ。』 (「飯山満通信 春がきた」より)になっていたので、用土を調整して、増し土した。花後に、葉は新葉に更新していた。
表面には、化粧砂と苔を載せた。
雪割り草の増し土

○ ジジ・ババ(春ラン)の植替え・株分け
春の彼岸にも花後にも手がつけられずにいたジジ・ババの、遅れた植え替えを行った。植え替えが大幅に遅れたので、植替え後10日位、室代わりに玄関内に取り込んでいる。
ついでに、ハズレ株が出たので、マイ・ミニ鉢に鉢上げしてみた。
ジジ・ババの株分け

粉引茶碗

‘抹茶茶碗もどき’第8作、粉引茶碗。


粉引茶碗


『高麗茶碗の中で「雲鶴狂言袴」の類についで古いと見られているのが
三島・粉引・刷毛目の粉青沙器の類である。
年代的には李朝前期の15世紀から16世紀にかけて、井戸や呉器より
古くから始まっており、年代の幅も広い。
産地は、忠清南道と慶尚・全羅のそれぞれ南北両道の広い地域だが、
この中でも忠清南道の鶏竜山は三島・刷毛目の優れた物を多数輩出している。
これら粉青沙器は同じ窯で同時に産出する事もあった。』(「粉引茶碗」より)


粉引茶碗と鶴屋吉信の上生菓子
粉引茶碗と上生菓子

白化粧土を掛けるとき、火間を作ってみた。

『胴の一部に、釉薬がかからず土が見える部分で、特に褐色に発色しているものを「火間(ひま)」といい粉引の見所とされます。』(「粉引茶碗」より)

粉引茶碗

高台
粉引茶碗高台

ミニ・まめ鉢の現状

◆ ミニ鉢・まめ鉢での栽培状況

○ イワタバコ
イワタバコ

○ ホトトギス
ホトトギス

◆ 普通鉢の場合

○ ヒノキ
何処からか種が飛んできて鉢に発芽しているものを、一本仕立てにしたり、寄せ植えにしてみた。
ヒノキ

○ ヤブレカサ(4月初旬の芽出しの頃)
ヤブレカサ4月初旬の芽出しのころ

  ヤブレカサの今(鉢植えと地植えの差)
ヤブレカサ(鉢植えと地植えの差)

ハクサンチドリが芽を出した

○ ハクサンチドリ


去年草津温泉で買ったもの。枯れていなかった。今年の秋か来年春には植え替えてみようと思う。そこで、ハクサンチドリの植替え等について調べてみた。

1)『ハクサンチドリの球根の移植は、9月』(「岩崎園芸」より)

2)『ハクサンチドリは(4月)上旬に植え替えを行いましょう。』(「4月の主な園芸作業」より)

⇒ハクサンチドリは、ウチョウランと同じように球根または芋を持つ植物のようだ。ウチョウランに準じて栽培していくことにする。

3)『ホトトギスと共生するとよい』(「山野草日記」より)

このブログには、『鉢は二重底にした水冷素焼き鉢を使用するがこれをもう一工夫することにした。キバナシャクナゲの栽培法のネットページでみた三角錐の網を底にかぶせるという方法だ。これで通気性がかなり向上する。さらに素焼き鉢にスポットはまるような筒状にしたプラスチックの底網用の網を作って素焼き鉢にはめ込みその外側にケト土を詰めていき内側にハクサンチドリとホトトギスを植え込み焼赤玉土で植えた。』という記述も見られる。
そこで、愛知県 小島英司氏の二重底鉢についても、4)に引用する。

4)(参考)『キバナシャクナゲの二重底鉢栽培法』(「Rhododendros Homepage」より)

⇒なお私の場合も、たまたまポットの外側に駄温鉢を使った。これにより駄温鉢からの水分蒸発により冷却効果があったのであろうか。寒冷地のハクサンチドリが関東の都市部で生き残った要因になったかもしれない。

ハクサンチドリ

日本橋マイ・ツアー/食べ物

人形町今半

今回の日本橋と老舗マイ・ツアーでの昼食は、人形町で摂ることとした。
いくつか候補があったが、今半にした。

人形町今半

当然年金生活者であリワーキングプアーであるから、昼間からしゃぶしゃぶなどは食べない、女房はヒレステーキ丼を食べるため一階、私はすき焼弁当を食べたいので二階にした。
今半二階
20年以上前、接待で時々使っていたことを思い出した。この辺は焼け残ったため名店が多く、かつ銀座や青山などと比較するとすこぶるリーズナブルであったと記憶する。
今半・二階
すき焼き弁当
やはり関東風のすき焼きは辛い。温泉玉子をまぶしながら食した。
すき焼き弁当
◆ 買物
GWでは休業している店が圧倒的に多く、結局買いそびれてしまうことになった。
山本山のスナック海苔、日本橋鮒佐の黒糖花豆、京菓子司・壽堂の黄金芋が買えただけ。
買物

黒糖花豆/日本橋鮒佐
黒糖花豆

黄金芋/京菓子司・壽堂
黄金芋

黄金芋・断面

貧乏旅に慣れている女房は、ほぼ満足していたので、ほっとする。
平日で、もっと店が開いていればよかったかも。

☆なお、日本橋を楽しむ会が主催する【老舗めぐりコース】弥次さんコース、喜多さんコースとも@5,800円とか。
また、日本橋老舗リレーツアーは、@3,000円とか。

日本橋と老舗マイ・ツアーpart2

日本橋と老舗マイ・ツアーPart2

?水天宮~人形町~小伝馬町

すなわち、日本橋蛎殻町から日本橋人形町、日本橋小伝馬町までを散策した。

ア.水天宮

ご祭神は、天御中主大神(あめのみなかぬしのおおかみ)宇宙の根源の神様
安徳天皇、二位の尼、建礼門院。

『官女の按察使局(あぜちのつぼね)は、ひとり源氏の追っ手を逃れ、九州は筑後川に辿り着きました。局も壇ノ浦で共に入水しようとしたのですが、二位の尼に止められ、お前は生きて、われらの霊を慰めよ、との命を受けたのでした。局は川のほとりに小さな祠を建て、安徳天皇とその一族の霊を慰める日々を送りました。これが今に続く水天宮の起源と伝えられています。
 その後、有馬忠頼公により、現在の久留米市瀬下町に7000坪の敷地が寄進され、豪壮な社殿が造られました。・・・

九代頼徳公は、久留米から分霊をして、江戸屋敷内(現在の港区にあった)に、水天宮を祀りました。1818(文政元)年、東京水天宮のはじまりです。
 本来、お殿様の屋敷神として祀られたもので、一般の人がお参りすることはできなかったのですが、江戸っ子たちの信仰は次第に高まり、塀越しに賽銭を投げ込む人が後を絶ちませんでした。遂に五の日に限り屋敷が開放され、参拝が許されました。
「情けありまの水天宮」
』(「水天宮ものがたり」より)


端午の節句の水天宮
水天宮

a.重盛永信堂
人形焼とぜいたく煎餅
重盛永信堂

イ.人形町界隈の碑など

左上から時計回りに
谷崎潤一郎生誕の地
大観音玄冶店跡人形町末広跡

玄冶店
:歌舞伎「与話情浮名横櫛」の舞台

人形町界隈の碑

b.人形町界隈の老舗など
写真左上から時計回りに
香老舗・松栄堂
(お香;302年)、玉英堂彦九郎(京菓子;431年)、玉ひで(しゃもなべ)、鳥近(玉子焼き)
人形町界隈の老舗など

ウ.小伝馬町・十思公園あたり

写真は、左上から時計回りに
吉田松蔭終焉の地
、杵屋勝三郎歴代記念碑、江戸小伝馬町牢屋敷跡旧石町時の鐘

『「杵屋」は江戸長唄三味線の家名。初代は、天保年間(1830年~1844年)に武家から出て、一派を創始、二代目が最も著名で、「船弁慶」「連獅子」「時雨西行」「安達ケ原」などの名曲を残しました。二代目が十思公園に近い馬喰町に住んでいた縁故で碑が建てられました。』(「杵屋勝三郎歴代記念碑」より)

十思公園あたり

日本橋と老舗マイ・ツアー

日本橋老舗マイ・ツアー


女房と休みが一緒になったので、江戸を散策することにした。
ところが、娘の家庭菜園見学で日射病になりかかった日の昼から汗ばむのでTシャツで園芸作業を行ったが、陽が落ちかかる頃「寒むー」と感じたので着替えたものの時遅しで、それ以来風邪が抜け切らない。

当初予定は、飯田橋から御茶ノ水、神田界隈であったが、もう少し狭いエリアの日本橋に変更と相成った。

?高島屋周辺~日本橋~三越周辺→?水天宮~人形町~小伝馬町


◆ 資料
1)「日本橋5月号」日本橋コミュニティセンター発行
2)「日本橋観光まちナビ」など、ネット情報

資料

?高島屋周辺~日本橋~三越周辺

a.高島屋など
写真、左上から時計回りに
高島屋、武揚堂(地図専門店)、はいばら(千代紙)、榮太樓総本舗(元祖江戸菓子)、 高島屋以外祝日のため休業

高島屋周辺

ア.<秤座跡>
『秤座は、江戸幕府の認可を受けて、全国の秤の量目の統一を図るため、秤の製造・検査・販売等の権利を独占した御用商人の事業所です。江戸と京都の二か所に置かれ、江戸の秤座は守随家が東国三十三か国を、京都の秤座は神家が西国三十三か国を管轄しました。』(「名所旧跡説明文紹介日本橋1」より)

秤座跡

b.山本山(お茶とのり)
『山本山の本店では、創業当時の良き江戸時代を見つめ直し、江戸の雰囲気や、おもてなしの気持ちを大切にしております。
また、日本茶や抹茶を和菓子とともにご賞味いただきながら、ごゆるりとおくつろぎいただけるスペースもご用意いたしております。
東京日本橋を訪れます皆様に“江戸を感じて頂ける商店”としてお喜び頂けますよう心からお待ち申し上げております。』(山本山「日本橋本店」より)

山本山

店内の古い写真
親切にも、美味しい煎茶を頂戴した。
お茶請には「しらす味のスナック海苔」を。

山本山・店内

イ.<日本橋由来>

日本橋由来

ウ.<日本橋全景>
日本橋

エ.<日本橋部分>
日本橋

オ.<日本橋基点
日本橋基点

カ.<日本橋魚河岸跡
魚河岸があったため、海苔や鰹節などの老舗が多いのだろう。
日本橋魚河岸跡

c.三越など
写真左上から時計回りに
三越、つづれ屋(きもの)、神茂(はんぺん)、有便堂(書画材料専門店)
つづれ屋、万便堂、神茂

e.木屋(刃物)、にんべん(鰹節)、貝新(佃煮)、文明堂(カステラ)
(貝新と文明堂は休業)
木屋、にんべん、貝新、文明堂

f.山本海苔店
驚くほど高価な海苔が陳列されていた。
山本海苔店

山本富士子や新珠三千代などのなつかしいポスターが。
山本海苔店・店内

g.日本橋鮒佐
『日本橋鮒佐の創業は、江戸時代末期の1862(文久2)年。
初代佐吉は、北辰一刀流の免許皆伝の腕前でしたが、”鮒寿々め焼き(ふなすずめやき)”を商いとしていました。
佐吉は釣りが趣味で、良く東京湾沖に舟で出ていたそうです。ある日佐吉が釣りに出かけたところ、品川沖あたりで時化(しけ)に遭い、舟は佃島まで流されたそうです。
漂着した佃島で佐吉は地元の漁師が雑魚を塩煮にしているのにヒントを得て、醤油で煮込み現在の”佃煮”を創りました。以来鮒佐の佃煮は江戸食通の間で評判となり、『元祖佃煮』として4代145年、今に至ります。』(「佃煮なら日本橋鮒佐」より)

日本橋鮒佐

キ.<常盤橋から日銀方面を>
常盤橋跡から日銀方面を

本日はこれまで、残りは後日

菖蒲酒

菖蒲酒


『室町時代からは、菖蒲酒が飲まれるようになった。菖蒲の根を七茎、各長さ一寸(約3センチ)に揃え、酒の中に漬けて端午の節句に飲めば、悪疫や蛇虫の毒を避けることができるとされた。江戸時代後期からは、節句の供物として、銚子に菖蒲の葉をさしたものが用いられるようになった。』(「日本橋5月号」P8より)

日本橋を逍遥した後、菖蒲湯につかってから、30分ほど昼寝した。
『菖蒲には精油成分が多く、血行を良くし、神経痛や腰痛などにも効果が期待できる。』(同上より)

夕食の食中酒に、今日は菖蒲酒を再現してみた。
ただし、菖蒲の茎の根に近い部分を代用した。

菖蒲酒もどきin片口
菖蒲酒in片口

江戸時代後期からの銚子に菖蒲の葉(こんな感じ?)
銚子に菖蒲の葉

(参考)菖蒲を飾った舞台での舞踊(at水天宮、こどもの日)舞踊at水天宮

◆ 菖蒲浴衣(あやめゆかた)
『縺れを結ぶ盃の 行末広の菖蒲酒(しょうぶざけ)、是れ百薬の長なれや 
めぐる盃数々も、酌めや酌め酌め盡きしなき、酒の泉の芳村と、栄ふる家こそ目出度けれ』(長唄「菖蒲浴衣」より)

三島茶碗

三島茶碗の銘二徳三島の習作をした。
‘抹茶茶碗もどき’第7作である。


三島茶碗


三島という名称の由来については見込みに施された文様が三島大社の暦に似ているためともいわれるが他説もあって確かなことはわからない。この種の碗は朝鮮半島全域の窯で焼かれていたようで、日本に伝世する茶碗の産地は特定しがたいが、他の高麗茶碗の産地と考え併せて、おそらく慶尚南道で焼かれたのではないかと推測している。…彫三島や御本三島はこの種のものとは区別している。』(「やきもの名鑑5 朝鮮の陶磁」講談社P98より)


三島茶碗もどきと鶴屋吉信の上生菓子
三島茶碗もどきと鶴屋吉信

三島茶碗もどき

三島茶碗もどき

高台

水道橋の春

飛び石連休は、わが社では暦どおりの出勤である。

合間の出勤日に、水道橋周辺の街路樹・庭木の新緑・花などを撮った。

○ マロニエの花
有楽町の銀座プランタン横のマロニエ通りに咲くこの花を、かつてよく眺めたものだ。
水道橋界隈にもマロニエの並木がある。皀角坂(さいかちさか)というのだろうか、東洋高校の北側を中央線沿いに御茶ノ水駅に向かう坂に、この時期いつもこの花が咲く。

皀角坂『「新撰東京名所図会」には「駿河臺鈴木町の西端より土堤に沿い手、三崎町の方に下る坂なり」とかかれています。名称については、「新編江戸志」に、「むかし皀角樹多くある故に、坂の名とす。今は只一本ならではなし」とかかれています。「サイカチ」とは野山にはえる落葉高木で、枝にとげが多く、葉は羽状形で、花も実も豆に似ています。』(「千代田区皀角坂」より)
マロニエの花
○ イチョウの若葉
白山通りのイチョウ並木に若葉が芽生え始めた。
白山通り・イチョウ並木の若葉
○ ケヤキの新緑
JR水道橋駅南の東京歯科大学付属病院前のケヤキの新緑を歩道橋から眺める。
ケヤキの新緑
○ クスノキの新緑
御茶ノ水坂沿いの都立工芸高校前のクスノキ。
クスノキ
☆ 御茶ノ水坂の観賞用水路
観賞用水路
☆ 御茶ノ水分水路の碑
御茶ノ水分水路

君子蘭の解体

君子蘭の株分けをした。
込み合って葉の方向がバラバラになったので、主木三本だけ残し若い芽は捨てることにした。


中央が残す鉢。三本立て。
左右の鉢は、貰い手がなければ捨てる予定。
手前の若い芽は、ゴミとして捨てた。今までこういうことは痛ましくてしたことがないが、女房のご機嫌が悪くなるので、捨てることとした。


『君子蘭の花が咲くのは、片方の葉が8枚両方あわせて16枚程出ると花目がつくと聞きました。』(「君子蘭の株分け-OKWave」より)

『葉の枚数が11枚以上になると花芽が付くようになります。」(「・・・道草園に寄せられたご質問いろいろ」より)

ちなみに我が家では、真ん中の鉢の君子蘭の葉数は、10,11,13枚であり、いずれも花が咲いた。いろいろあるようだ。

君子蘭の株分け

神楽坂 世喜

ここ四年くらい神楽坂を逍遥していて、過日初めてこの店に入った。少し敷居が高く感じられ、いつも素通りしていたからだ。


割烹 神楽坂 世喜

『長唄、清元を聞きながら会席料理を!神楽坂通りから一歩奥に入ると、
迷路のように複雑に入り込む路地。板塀のむこうから聞えてくる三味線の音。
そんな神楽坂の風情をかろうじて今に残しているのが、この「世喜」のあたり。
きれいに掃き清められ、水の打たれた石畳に盛り塩
女将の客をもてなす心が伝わってくる。

女将曰く
カクシキよりジョウシキ。一見さんでも女性同士でも歓迎です。」と、
まずは2,000円の『晩酌セット』がおすすめです。』(「ぐるなび-世喜(せき)」より)

世喜の店先
盛り塩
最初にこの店に入る人は、この塩を蹴飛ばして入ってください、と。真ん中の塩を蹴飛ばして入った。今日は一番乗り。
盛り塩
新政 升酒
結婚したての頃、秋田県の某市に赴任していた。
訪ねてきた義父から、事前にこの酒を用意しておいて欲しいと連絡があった。
秋田の酒のうち爛漫、太平山等に比べて、秋田県人以外でファンが多かった酒だと記憶している。

升のカドに粗塩を載せ、飲んでみた。誠に懐かしい。あの頃が瞬間的に蘇った。
新政
これがうわさの 晩酌セット  (お代にお酒は含まれていません。)
晩酌セット
板さんおまかせの刺身盛り合せ
刺身盛り合せ
酒器としての片口
片口
あんたこれだけ飲み食いしてるよ、との合図の札だそうだ。可愛いからと、持ち帰らないでくださいね、と。
あんたこんだけ食べたよ
旬の料理から一品(4月) 焼き筍
焼筍
今夜は外人客が多い。奥の座敷は宴会が始まる。
今夜は宴会か、外人客が多いなァ
上がり。茶いただこうかな。
茶いただこうか
たまに行くならこんな店
(昔そんな名前の食べ歩き番組があったっけ。川野太郎や‘とよた真帆’はその後どうしているのだろう。彼らは実に品のいい食べ方をしていたが・・)。
上質の時間が得られた。

イサキの燻製

かの先輩からイサキの燻製を頂戴した。

以前キンメの燻製を戴いたことがある。このときは、燻製の出来にムラがあるということであったが。今は製造が安定しているのではないかと想像している。


何故ならば、またまた進化が見とれる。すなわち包装具合から見て、

真空パック器でも購入されたのではないか。

燻製後、真空パックで保存しているのではと想像する。


イサキの燻製
・真空パック処理?on志野四方皿
イサキの燻製・真空パック処理?

イサキの燻製on粉引き皿
イサキの燻製on粉引き皿

魚の燻製といっても、湖ふぐとは違って、肉が柔らかい。
今夜は急遽夕食の献立が変わった。この燻製がメインディッシュに。
先輩いつも有難うご座います。
プロフィール

yogaz

Author:yogaz
飯山満通信へようこそ!
満73歳になりました。予定寿命まで後7年です。ただいま終活中です。当面75歳までは、ボランティアガイドと生涯学習・介護予防のお手伝いを続けたいと思います。
なお、2006年6月14日から始めた飯山満通信は、2013年12月14日、ブログを引っ越しました。Dtiblogのブログサービスが終了したためです。

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