黒龍・白龍の花

■ 黒龍

『Ophiopogon planiscapus 'Nigrescens'…
       科名:ユリ科 、属名:ジャノヒゲ属』(「ハルディン| 黒龍」より)
龍のひげ黒葉バージョンだが、それまで見たことがなかった。
その後、盆栽展が開かれる上野などで、小品盆栽の下草としてよく見かけるようになるのだが。


これは、宮本武蔵の故郷、智頭急行宮本武蔵駅周辺で買った。
少なくとも、8年以上前のことだ。

『美作国讃甘郷(みまさかのくにさぬもごう)宮本村
…司馬遼太郎著「宮本武蔵」(朝日文庫)の『その生い立ち』より抜粋』(「武蔵~岡山MUSASHIが生まれ、育った国~」より)

黒龍の花
黒龍

黒龍
黒龍

■ 白龍

龍のひげ斑入りだ。

参考) 大宮盆栽村・盆栽祭

『Ophiopogon japonicus‘hakuryu’』(「植物図鑑」より)
盆栽祭で買ってきた。蕾が出来た。

白龍の蕾
白龍のつぼみ

白龍
白龍

<追加>
■ 龍のひげ
我が家の庭の龍のひげは、植え付け以来何年も立つが花も実も着けたことがない。土手から蕾の付いた株をひとつ採ってきたので、この前作った安南風まめ鉢に植えてみた。
これがグランドカバーに使われるごく普通の龍のひげだ。
龍のひげ

李朝白黒象嵌徳利

或る生垣から、飛び出ていたくちなしの枝を手折ってきた。
リビング一杯に強い香りが充満する。

■ 花:くちなし
  器:立ち鶴・柳文様 李朝白黒象嵌徳利


身近な骨董 酒の器をどうぞ」勝見充男、文化出版局
あたりの書物を見て、習作したもの。

2001年1月28日の陶芸メモに立ち鶴・柳文の象嵌記録がある。

『一個の盃、一本の徳利を傾けるにはほんの片手で事足りる。けれど小さな器の魅力は大きく深く汲めども汲めども、尽きることがない。あるときは心安らげ、ある時は心躍らせてくれる。そんな酒の器の世界へどうぞ。』(上掲)

八勺徳利の楽しみ
皆それぞれに好みの唄を口ずさみ、けれどなんだか調子がそろう、そんな雰囲気の徳利たち。自由闊達な作行きの器は、いずれも李朝の生まれ。なりは小粒でも、堂々たる姿や、剽げた味わいがいとおしい。』(同上)

『大体において、酒呑みは、徳利一本では満足しない。たとえその一本がその日の定量であったとしても、「あともう少し・・・」ということになる。八勺徳利はその時の最後の一本に使ってもいいし、呑み始めから使っても、三本呑めば、まずまずの分量になる。・・・』(同上)

掌におさまる、八勺徳利が狙い目であったのだ。
また、使い込んで、酒でとろとろにするのを目的に・・。

くちなしの花

器:立ち鶴・柳文 白黒象嵌徳利
徳利

内緒の話、実はこの徳利は、1合5勺(270ml)入るのだ。
見掛けが小さくて、たっぷり入るのが我々トックリーズの製作目標。
目論見を見破られてからは、何時の頃か計量カップがいつもそばにある。
女房は甘くないのだ。折角技術が上がっても、その甲斐がなくなった。


<追伸>
■ くちなしの生垣atアリーナ  070630

くちなしの生垣・atアリーナ1
くちなし生垣・アリーナ2










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またたび、ふたたび

草津土産、‘またたび’のその後。

■ 猫にまたたびの検証

・主人の許可を得て、行き付けの酒屋の看板猫にまたたびの枝の効果を検証してみた。寝てる猫も、やおら目覚め、枝にむしゃぶりついた。先代の猫もまたたびを食べさせると元気になったとのこと。帰りにご馳走様でしたと、その主人から。

・陶芸教室に時折顔見世する猫、マイケルに枝を近づけると、頭を枝に擦り付け始め、そのうちものすごい顔をしてむしゃぶりついた。やはり、猫にまたたびは話に聞いていた以上のものだ。

マイケルとまたたび1


マイケルとまたたび2

『またたびに含まれる、マタタビラクトンアクチニジンという成分に猫を引き寄せる効果があり、この性フェロモンに似た成分をねこが嗅ぐと、かじったり体をこすり付けたり、気持ち良さそうな(酔っ払った様な)興奮状態になります。
この成分は、木、実、葉、に含まれていて、どれも利用できます。
常習性や持続性はなく、飽きると何事もなかったかの様に立ち去り、また忘れた頃に反応します。』(「猫にまたたび!猫ちゃん元気♪」より)

『・秋に虫の寄生していない「つりがね型」と、虫が寄生している「こぶ状のかぼちゃ型」の二種類の実をつけます。
・虫が寄生している実は木天蓼(もくてんりょう)といい、漢方薬として重宝されています。
・実は、またたび酒などの果実酒に利用されています。』(「同上」より)

確かに、岡山の山間部の売店でも、かぼちゃ型の実がまたたび酒用に売られていた。我々が簡単に採取できたのはつりがね型であったが・・


■ またたびの枝の、発芽の状態

で、またたびの枝の挿し木の話。またたびに似た木、キューイにも猫が寄ってくると。猫にまたたびの効果を確認したからには、庭にまたたびを植えると野良猫がやってきて、鉢をひっくり返すなどの影響が出るのでやめることとした。今は水差しをしたままだが、葉が出始めた。根っこが出たら長女のマンションのルーフバルコニーで鉢植えにしてもらうことにした。

安南茶碗を飾り鉢にしてみた。

簡略文様・安南風茶碗・絞手
またたびの発芽1

加藤唐三郎風文様・安南風植木鉢・絞手
またたびの発芽2

白地黒線象嵌瓶

ローズゼラニウムの花を長女からもらった。
換わりに、我が家のイタリアンパセリを持参。

■ 花:ローズゼラニウム

  器:白地黒線象嵌瓶      (参照:黒地白線象嵌 070614)



瓶の肩のところをモダンな曲線にし、全体を少し洋風にしてみた。
その上で、江戸の文様の片子持縞を象嵌してみた。

通常黒地白線象嵌が多いので、逆の白地黒線象嵌にしてみた。また同一の太さの縞が多いので、太い線と細い線の組み合わせ即ち子持縞にしてみた。

直線の象嵌は、結構面倒な作業の割には、きちんと決めるのが難しい。
同じ巾の線を引くのも難しいものの…

ローズゼラニウムと線象嵌花器

小料理・三佳

過日、学校を卒業後60歳まで縁のあった会社の、同期生が茅場町の小料理屋に集まった。入社から数えると40年になる。

その店の名は、三佳(みよし)。

基本的には、顔も、考え方・行動パターンも新入社員時代と変わってないようだ。髪の毛が薄くなったり、白くなったりはしているが・・・。話題は健康の話と、会社の批評が中心。

例えば、一番資産家で、贅沢三昧をしていた男が、3キロ減量しろと、盛んに皆を啓蒙していた。何故ならば、動脈硬化の一種とかで、冠動脈が石灰化して死にそうになったばかりだから。冠動脈が真っ白になった恐ろしい写真を持参していたので、説得力はある・・・。他のものは、自分の健康法を自慢しあっていた。

■ 冠動脈の石灰化
冠動脈の石灰化は動脈硬化の進展の最終段階ではありますが、冠動脈の狭窄度とは必ずしも一致しません。冠動脈造影で確かめてもらう必要があります。狭窄部の狭窄が高度の場合、狭窄部の石灰化がある場合、ロータブレーター等その部を破砕して、広くする装置を使用することがあります。
冠動脈造影法をお受けになると、冠動脈の治療は現在必要ないか、カテーテル治療が必要なのか、冠動脈バイパス手術が必要なのかを診断してくれます。』(「冠動脈の石灰化と心筋梗塞のリスク」より)
彼の場合、バイパス手術が出来る体制をとった上で、カテーテル治療を行い、助かったそうだ。少し後れていると心筋梗塞で危うかったようだ。

その他の話の中身は公表が憚れるものがあるので省略する。

料理等は後掲の写真のとおり。この店は、小鉢などが良いそうだとあるブログにはあるが。バブルの頃には証券マンたちが日夜飲み明かしたかもしれない雰囲気がある。

『小料理「三佳」 日本橋茅場町、証券会館の裏手にある通り沿い地下1階になります。こじんまりした店ですが、それがまた良い感じです。
お料理は小鉢が中心で、どれもとても美味い。鴨鍋は最後に雑炊になったのですが、これもまたかなり美味しかった。』(「餃子の街の社長日記」より)

三佳

前菜盛り合せ
前菜

刺身
刺身

メインディシュ・鯛の兜煮(銘々)
きっちりとしゃぶった。通の幹事がお湯を掛けて飲んでみろと言う。面白い飲み物となる。
鯛の兜煮

焼酎をボトルで。酒を飲まない1人を除くと後は幹事の一存で強制的に焼酎の水割り。蒸留酒の苦手な小生は、最後に一杯だけ、口直しに冷酒をもらった。きっちりと別勘定で。酒の名前は忘れた。
オプションの冷酒

イサキとビワ

○ 釣り人からまた釣れたてのイサキを頂戴した。つい最近、マルイカを戴いたばかり。房総の釣り別荘からの帰りに釣りワゴンでお届け戴いた。恐縮である。

釣り果速報」によると、外房南では、洲崎や布良などでイサキがよく釣れているようだ。

『“グイグイッ”小気味よい引き、イサキ本格化 盛期突入を控えてヒートアップ確実・・・6月の盛期突入・・・』(「イサキ本格化・・」より)


■ 釣り立てのイサキ

今夜は早速、刺身と塩焼きにしよう。
もっとも我が家の包丁人は、女房。

頂戴したイサキ

刺身
刺身

塩焼き
塩焼き

イサキのアラで出汁をとった澄まし汁
お澄まし

■ デザートのビワ

道の駅/富楽里 辺りで買ってきて戴いたビワか?
我が家では今年初めて食するビワだ。
ビワ

カラメルロール

女房の長唄の友達から、鎌倉土産に戴いた。
彼女の別荘は逗子にあるらしく、途中の鎌倉に詳しい。


カラメルロール

atelier VANILLE  (アトリエ・バニラ)  鎌倉市雪ノ下1-11-2

『八幡宮前、ご家族で営まれる小さなケーキ屋さん。ロールケーキをシュー生地で巻いたバニラロール(ココア、プレーン各136円)の美味しさでブレーク。地元のお客さんのリピート率NO.1は、実はほろ苦いカラメルロール(892円 1本売りのみ)なのだそうです。』(「鎌倉生活ショップ&グルメ」より)

『こちらの菓子は当店のシェフが20年以上前から大切に造り続けているオリジナル菓子でございます。』(「atelier VANILLE 鎌倉」栞より)


カラメルロール1

カラメルロール2

見かけ、大雑把なロールに見えたが、ほろ苦い中に洗練されたものも感じる。結構美味い。
カラメルロール3

黒地白線象嵌瓶

飯山満通信・ブログ版1周年記念日   

                   cf.2006.6.14『ブログを始めました

○ 陶芸、園芸、美術鑑賞、旅行・散策、探鳥、飲食・・・等々をテーマに、色々な人のお陰で、何とかここまで続けてこれました。お世話になった皆さん、有難うございました。
 
では、2年目のスタートです。



■ 花は、シャクヤク

  器は、黒地白線象嵌瓶


2001年頃少し象嵌に凝っていた。
地は黒泥土(あるいは黒陶土か)、そこに半磁器土の白を線象嵌してみた。
器形は、大徳利の胴部を球状にしてみたもの。
少しモダンな形を狙った。

アントン・スタノフスキーのデザインを球面に線象嵌してみた。
表側は、1957年ロレンツ社のカレンダーの表紙、
裏面は、1953年のロレンツ社の商標を写してみた。

シャクヤクと線象嵌瓶

アントン・スタノフスキー写の黒地白線象嵌と江戸小紋・片子持縞の白地黒線象嵌
器形は、オリジナル。
白黒象嵌

                  裏面
                 裏

万葉人のように、つばらつばらに素敵なときを、過ごしていくことが出来たらと思います。
 
・女房へのミッション : 70歳まで現役
・私のライフ・ダイヤグラム : 5年単位。
     ~65歳:出来れば現職場、
    66~70歳:キャリアカウンセラーの経験を生かした働き方。
・我が家のライフプラン(70歳~) : 夫婦で神社仏閣めぐり三昧(京都・奈良)






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京の夏琥珀

三味線の会のプチプレゼント


■ 京の夏琥珀

  七條甘春堂 京都市東山区七条通本町東入 西の門町551



『古代文献に寄れば、隠元禅師がとろろてんから「寒晒心太(かんさらしところてん)」すなわち寒天という材料を考案し、その寒天を使って色々な菓子が出来あがりました。「羊羹」「錦玉」「琥珀」等・・・。京琥珀は京都の山間部で作られた(糸寒天)寒天を使い季節おりおりの形にしたお干菓子です。お茶席等に日持ちするお菓子です。』(「京琥珀」栞より)


『平安時代、中国から遣唐使が海藻を煮固めるという製法を持ち帰り伝わった「ところてん(心太)」作り。そして寒天は、この「ところてん(心太)」と単なる「偶然」から生まれたのです。
江戸時代、山城国伏見(京都)の旅館の美濃屋太郎左衛門は、使い残しのところてんを外に出しておいたところ、厳しい寒さのために固まってしまい、また日差しで乾燥することによって、白っぽい乾物となったことから発見されました。』(「話題の低カロリー&健康食材・・」より)

夏琥珀

夏琥珀2

夏琥珀3

今まで食べたこの種の琥珀は、表面の砂糖のザラツキが気になるところであるが、この夏琥珀は表面に余分な砂糖の粉はなく、すこぶる上品である。
夏琥珀4

柴舟小出と麦工房

柴舟小出 石川県金沢市横川7丁目2-4


『金沢のお土産といえば柴舟。加賀藩の頃より親しまれてきたパリッと生姜風味のお煎餅です。今でも、職人が生姜のすり蜜を一枚一枚手で刷毛塗りしています。個包装なので職場へのお土産にも最適です。』(「柴舟小出/旬のお菓子」より)

柴舟小出

柴舟小出2

柴舟小出3

思い出どおり、変らぬ強烈な生姜の味。
とまらない。あきがこない。
柴舟小出4

麦工房 

麦工房 大阪店  大阪市北区梅田1-13-13
洋菓子(ラスク、焼き菓子)

ラスクとは、『洋菓子の一種。細かく切断したパンの表面に砂糖などを塗って焼いたもの。』(「はてなダイアリー」より)

『梅田「阪神百貨店」地1階にオープンして、おかげさまで1周年を迎えました。ラスクフランス全種および、焼き菓子も取り揃えております。』(「CYBELL シーベル」より)

麦工房

麦工房2

スライスしたフランスパンにバターをつけて焼いたものと何処が違うのだろうか。
麦工房3

とうふクッキー

とうふクッキー


豆腐を練り込んだ生地をソフトに焼き上げた、やさしい風味のクッキー』(「品書き」より)

『・・といった具合で、日本各地に出没しているではないか!!しかも、どれもパッケージは全く同じ。いったいこの菓子の本当の素性とは??本当はどこの名産なのか??う~~ん。調べるほど、謎は深まるばかり。』(「ルノーな生活 謎の"とうふクッキー"」より)

とうふクッキー1

とうふクッキー2

とうふクッキー3

○ 販売元 芥川製菓(株) 豊島区駒込1-442

チョコレートの製造は、『明治11年日本で初めて風月堂が「猪口令糖」と新聞広告を出し、同32年森永商店が製造、当社は大正3年で日本で3番目になります。』(「芥川製菓」より)


☆ 先般白根レストハウスでも、とうふクッキーを見かけた。おまけにとうふケーキとやらまであった。オリジナルの喪失につながる。いったい何を考えているのだろう。

てしこ゜とや 霽月

神楽坂は奥が深そうだ。

過日の夕暮れ時も飯田橋西口北側を徘徊し、軽く酒を飲んだ。


■ てしごとや 霽月 (せいげつ)

入り口

酒は、60種類ほどあるそうだ。半合で幾種類も楽しめるのが、この店の特徴だろう。定番より今月のおすすめの方に、昭和60年前後、全国の地酒を漁った頃には飲んだことのないものが多い。

今月のおすすめ 其の壱から
? 百歳 茨城県 吉久保酒造 純米無濾過生原酒
  甘、辛、酸のバランス絶妙…スタッフ一同
? 麓井 山形県 生もと純米辛口四段
やさしい口当たりにコシのあるコク
芯があるのでお燗もおすすめ
? 鳥海山 おおっにごり 秋田県 純米生酒
どぶろくのようなオリの多いタイプ
クリーミーなあたり、コクのある芳醇な味わいです。
? 刈穂 番外 秋田県
日本酒度 +20 酸度 1.9
いずれも中々のもの‥



お通し/有機野菜

金時草(きんじそう)と湯葉のお浸し

有機野菜は岩塩も何も付けないほうがあまくて美味しい。また、金時草は好きな野菜の一つだ。お浸しに合う。

金時草

岩魚串焼き

鮎のように頭から頂けた。しっかり焼けている。炉端焼きらしい焼き具合だ。

岩魚串焼き

ホウボウの造り

魴鮄(ホウボウ)
の刺身もいける。右手前にあるのは鳴き袋の湯引きとキモだろうか。
今は旬ではないが、『刺し身はほのかな甘味があって絶品です。タイに似た味。 』(「ほうぼう-食材事典」より)

ホウボウの造り

〆の味噌汁
(ホウボウの骨と頭)
『(ホウボウは)椀種にすると上品でコクのある旨みがあって、これも絶品。』(「同上」より)

〆のホウボウの味噌汁

帰りに振り向けば、
帰りに

しつらえといい、ネタといい、味といい、これまでで一番良いかも知れない。
今度は、屋根裏部屋で飲みたい。

神楽坂散策

東京の六花街とは、新橋、芳町、浅草、赤坂、向島、そして神楽坂

神楽坂

神楽坂、軽子坂、牛込見附、本多横丁がその骨格と出発点。
神楽坂の骨格と出発点

『牛込村の神楽坂一帯が繁栄するのは、寛政4年(1792)に馬喰町から毘沙門天の善国寺が移ってきてから。以降、門前町として栄えるようになった。・・・明治に入り、神楽坂界隈は「山の手一のにぎわい」を示す繁華街となっていく。』(「歴史の散歩道」より)

神楽坂の名前の由来については、諸説あるがいずれも、牛込橋・津久戸明神・高田八幡・赤城神社などのいずれかに絡む神楽と結びついているとのこと。

■ 誰も知らない「神楽坂」の誕生
    (「「江戸・東京」地名を歩く」古川愛哲より)
『神倉(カミクラ)にいたる坂である。他には旗本・御家人、大名屋敷と寺がひしめいていた。そんなわけなので、神楽坂芸者など江戸時代にはお呼びでない存在。・・・それがどういうわけか、明治16年(1883)刊行の『東京妓情』なる案内が東京市内の芸者の品等を表示して、「一等 柳橋、新橋。二等 数寄屋橋、よし町。三等 烏森、日本橋、芳原、(芝)神明、講武所(神田三崎町)、天神(湯島?)。四等 深川、本石町、神楽坂」とあるから、明治になってから「神楽坂」は花街になったようだ。』

『花街柳巷
それぞれの花街で規模に違いはあるが、芸事に精進する芸妓衆が踊りを一般にも披露している。ここ神楽坂でも「華の会」と題した踊りの会を催し、毎年、満員御礼。そのしなの麗しく、艶やかなること、衣装の綺羅びやかなこと、または清楚なること…』(「路地裏の80軒 神楽坂」より)

『これまで「華の会」と題していた会は今年で9回目。それが、今年から「神楽坂をどり」に名称変更。しかもいきなり「第25回」だって。…常磐津「東都獅子」、長唄「都風流」、・・締めには泉鏡花が書いた神楽坂ソング「ひと里」、そして「神楽ざかり」と「さわぎ」・・・。』(「宮澤すみの若ダンナ・・・」より)

■ 神楽坂風景
では、定番から

御茶ノ水の山の上のホテルと同様「ホン書き旅館」和可菜。この周辺は神楽坂観光の中心スポットで、この日もスケッチする集団が居座り、東京・地方問わず訪れる観光客で銀座並みに人が絶えることがない。
若菜周辺

その和可菜、仕方ないから玄関を撮る。
和可菜玄関

花街/超有名スポット(天麩羅天孝の通り)
ここは、トリミングと角度を変えると、まさに「路地裏の80軒 神楽坂」P41になる。最初に考えたカメラマンはさすがプロだ。
花街

神楽坂の石畳
鳥茶屋本店横・仲通り・本多横丁・料亭街(天麩羅天孝の通り)
石畳

世喜と和可菜の間?
世喜

伊勢藤
伊勢藤

鳥茶屋別館の横
フジテレビ 「拝啓、父上様」のロケ地の一つとかで、静岡からのリピーターのおばさんが話しかけて来た。
個人的には、ここの親子丼が好きだ。
鳥茶屋別館横

■ かしわ丼/昼食
鳥半
鳥半

かしわ丼
本当は、ここの親子丼を食べる予定であったが、その日は何かの理由で親子丼がなかった。しかし、このかしわ丼は並みのものではない。女房も絶賛した。
かしわ丼

<追加>神楽坂発展の礎となった毘沙門天・善國寺の写真掲載を忘れていた。狛犬ならぬ狛虎の写真を追加します。
毘沙門天







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牛込界隈逍遥

牛込界隈逍遥。   おもに文士達の旧居跡を訪ねて。


参考文献
1.『路地裏の80軒 神楽坂』(大石二郎、エフジー武蔵)
  P34~35 神楽坂から牛込エリアを上がる
 ・紅葉、鏡花、啄木、漱石、荷風-神楽坂を去来した、近代文学の巨星
 ・近代写実主義の聖地 尾崎紅葉の横寺町
 ・師の厚恩と妻との愛 生涯の守りを得た泉鏡花
 ・憧憬と現実の狭間に遥した石川啄木
2.『江戸・東京 歴史の散歩道 千代田区・新宿区・文京区』
  (右田格郎、街と暮らし社)P124~133 神楽坂・矢来町・榎町
3.『新宿 まち歩きガイド-文化発掘-』(新宿区地域文化部)
  P10~11 善男善女の行き交う花の街 牛込神楽坂


【逍遥開始】
 神楽坂から地蔵坂を登り
地蔵坂

 日本出版クラブ会館を通って、途中光照寺に立ち寄る。
 『出羽国松山藩主酒井家の菩提寺。
 光照寺の境内一帯は、15~16世紀の戦国時代に牛込氏の城があった。』
光照寺

■ 大田南畝旧居跡 北町41
『大田南畝(おおたなんぼ)は寛延2年(1749)、江戸城警固を任とする下級武士の子として江戸牛込に生まれた。名は直次郎。号は屬山人(しょくさんじん)。』(「大田南畝(蜀山人)」より)

袋町の交差点。何処にも表示がなく、ここを通行する人に尋ねても誰も知らない。 案内地図(2.歴史の散歩道 P124)はこのあたりを指している。とりあえず撮影。

○ 後日、飯田橋東口を東に歩いたところにある区政会館1階で入手した3.まち歩きガイド P11では、もう一本東よりであった。
大田南畝旧宅跡?

 一旦坂を下って、また袖摺坂を登る。
袖摺坂

■ 尾崎紅葉旧居跡  横寺町47番地

『「金色夜叉」の完結をみず、(明治)三十六年十月三十日、この地に没した。』
尾崎紅葉旧居跡

箪笥町で、「神楽坂をどり」が開かれる区民センターに立ち寄る。
『芸事に精進する芸妓衆が踊りを一般にも披露している・・。
長唄「雛鶴三番叟」、常磐津「廓八景」、清元「三社祭」…4演目9曲が披露される』
箪笥町

牛込中央通りに出て北上、一旦新潮社(夏目漱石の妻の実家:中根家跡)を見
現新潮社

矢来能楽堂に立ち寄る。

■ 泉鏡花旧居跡

『神楽坂の芸妓桃太郎(本名伊藤すず)・・このすずが『婦系図(おんなけいず)』のお蔦、『湯島詣』の蝶吉のモデルであり、紅葉に叱責にされた時のショックは『婦系図』の中に大きく生かされている。』(「泉鏡花旧居跡」より)

○ 実は、東京理科大学そばにも、泉鏡花旧居跡があったが、そのあたりの果物屋さんに聞くと、家の裏側だが石碑も何もないよ。とのこと。実際行ってみたが小路がいりこみ、かつ2階建ての家が建て込んでいるだけで特定できなかった。
泉鏡花旧居跡

引返して、横寺町の芸術倶楽部跡を見る

■ 芸術倶楽部跡

『島村抱月は女優松井須磨子と芸術座を興した。
その根拠地の研究所兼劇場がこの芸術倶楽部。
抱月はスペイン風邪がもとで急死、須磨子は二ヵ月後あとを追って自殺した。』(「歴史散歩道」より)
芸術倶楽部跡

◆ 相馬屋
『文房具店「相馬屋」は、日本で始めて洋紙を用いた、作家御用達の原稿用紙で知られるが、それは紅葉と相談して作った・・・』(「神楽坂」より)

『夕飯が済んでから、私(石川啄木)は非常な冒険を犯すような心で、俥にのって神楽坂の相馬屋まで原稿紙を買ひに出かけた。・・・』(「神楽坂」より)

○ 後日、店の中にまっすぐ入ると、ショーウィンドの中に、昔の原稿用紙等が陳列されていた。『啄木の死の2ケ月ほど前、漱石夫人たちが金37円とかを見舞ったその中から・・・。』文士がそれほどまで大事にした原稿用紙・・・
相馬屋

■ 牛込氏ゆかりの赤城神社
室町時代に上野国からきた土豪の大胡氏のちに改称して牛込氏が早稲田から移し建立。この写真は、後日アフターファイブに携帯電話のカメラで撮りに行った。

『「」は多く集まるという意味で、牛が多い場所、すなわち牧場があった。すでに奈良時代から牧場があったようだ。・・・大胡氏は赤城山麓での牧場経営の経験をこの地で生かしたのであろう。』(「歴史の散歩道」より)
赤城神社


★ 牛込界隈の花
矢来能楽堂や家の軒先で見かけた花。
もう園芸品種の紫陽花が満開であった。
牛込界隈の花1

テイカカズラなども
牛込界隈の花2

テイカカズラの生垣
テイカカズラの生垣

牛込・神楽坂は山の手と下町が混在した街。
特に文士が住んでいたところは小さな借家が多かったようだ。今のように大きな賞を取ると一躍売れっ子になり印税で大金持ちになる世の中ではなかったようだ。

○ 当時の牛込の様子を集めたプログに「大人の遠足 牛込北西部 編」がある。そこから、『心の焼跡』 (正宗白鳥)の引用をみると、次のようにある。
『矢来の坂を下りた所、天神町の裏通りには、結婚当時に住つてゐた。長屋住ひ見たいで、子供の泣声、台所のにほひ、便所通ひの気色まで此方へ通じるので、明窓浄机と云つたやうな、文人の生活趣味は、その借家では感ぜられなかつた。』




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秀梅漬

梅ぼしが美味しいと褒めたら、義母からその梅ぼしが送られてきた。

紀州梅ぼし 秀梅漬   赤坂農園和歌山県日高郡みなべ町454-1

有名な紀州みなべの南高梅の一種だとおもうが、なかなか美味しい。


○ 南高梅の原木高田梅

『明治35年、晩稲(おしね)に住む高田貞楠(たかださだぐす)は、自分の所有する桑畑を梅畑にしようと考え近所の勇惣佐七(ゆそうさひち)から「内中梅」の実生苗(みしょうなえ)60本を購入して、約30アールの畑に植えました。・・・その中に、ひときわ豊かに実り、大粒で美しい紅のかかる優良種が一本あることを発見しました。貞楠は、これを母樹として大切に育て、「高田梅」の基礎をつくりました。』(「なんでも梅学 南高梅のルーツ」より)

○ 梅優良母樹調査選定委員会 
『最後まで残った七系統の優良品種
白玉梅(しらたまうめ)、養青梅(ようせいうめ)、古城(青玉梅)、改良内田梅、高田梅(南高梅)、地蔵梅(じぞううめ)、薬師梅(やくしうめ)』(「同上」より)

○ 『「南部高校」と「高田梅」の名をとり、南高梅(なんこううめ)と命名されました。』(「同上」より)

○ 『現在では、みなべの梅栽培面積の約7割が南高梅です。』(「同上」より)

秀梅漬

秀梅漬2

秀梅漬3

秀梅漬4

塩分控えめの梅ぼしのようだ。早く食べてしまおう。

山口晃展

上野の森美術館会田誠・山口晃展を見に行った。


山口晃


『山口の描く絵は、時間と空間を横断した超現実主義の作品が持ち味であり、昔風の建築透視図や屏風の作品が数多く描かれている

建物は木造、客は江戸時代の民衆、売り場や店員の容貌は現代のデパートといったように過去と現代が入り交じった百貨店の透視図を描いた「百貨店圖」、絵巻物の物語性を彷彿とさせる大作「山愚痴諦抄ー尻馬八艘飛之段ー」等、どの作品も巧みな描写を用い、過去と現在が同居した視覚の面白さを生かしており、新旧あいまったなかで現代的な作品へ昇華し、鑑賞者の眼を楽しませる。彼の時流に流されない一貫した制作の姿勢は強い個性を持った作品を生み出し、現在、国内外で高い評価をうけている。』(「上野の森美術館/アートで候 会田誠・山口晃展」より)


■ 特に気になった作品
  ・當卋おばか合戦 1999年 カンヴァスに油彩 
  ・今様遊楽圖      2000年  〃
  ・四天王立像「廣目天」 2006年 カンヴァスに油彩、水彩、墨
  ・何かを造ル圖     2001年 カンヴァスに油彩
  ・東京圖 広尾-六本木 2002年 紙にペン、水彩


■ 山口晃|山愚痴屋澱エンナーレ (2階)

『1969年東京生まれ。同地在住。山口の遊び心に溢れたコラージュは、具象的な絵画言語の脱構築にも見えるが、むしろ同言語のシノニム化による本来的な意味の再生に他ならない。それは、既視感や無効性で作品を排除する力に対するラディカルな異議申し立てであり、絵画存在への密やかなアプローチでもある。』(「山愚痴屋澱エンナーレ2007」より)

絵は洛中洛外図の大和絵のようだとされるが、明治期の錦絵のようでもあり、また人物は劇画チックだが、根底にある理屈はなかなか難解なのだ。

また、デッサンや(他の資料でみる)頼朝像図版写しなどを見ると、相当基礎力がありそうだ。
この画家が、これからどう成長・変化していくのか興味がある。

上野の森美術館?

上野の森美術館?

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満73歳になりました。予定寿命まで後7年です。ただいま終活中です。当面75歳までは、ボランティアガイドと生涯学習・介護予防のお手伝いを続けたいと思います。
なお、2006年6月14日から始めた飯山満通信は、2013年12月14日、ブログを引っ越しました。Dtiblogのブログサービスが終了したためです。

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