千葉の地酒

◆ 千葉の地酒マップ の中で


 ・寿萬亀  亀田酒造株式会社    鴨川市仲329
 ・木戸泉  木戸泉酒造株式会社  夷隅郡大原町大原7635
 ・梅一輪  梅一輪酒造株式会社  山武郡成東町松ヶ谷イ-2902
 ・東 薫   東薫酒造株式会社   佐原市佐原イ-627
 ・仁 勇   鍋店株式会社      香取郡神崎町本宿1916

などは、地場や東京の、居酒屋や蕎麦屋で飲んだ記憶がある。
味は良く覚えていないが・・。

<全国新酒鑑評会(千葉県) 入賞酒一覧表(平成16年度)>


ところで過日、地元・東金福俵でしか入手できない銘柄というものを頂戴した。
『三年熟成こだわり純米 東金 福俵』 (地域限定販売)
   地酒「九十九里ものがたり」
醸造元 守屋酒造株式会社 千葉県山武市蓮沼ハの2929


◆ 酒は、東金福俵/守屋酒造
   器は、緑釉・徳利とぐい呑み
福俵

年賀状の2等商品と牛角の景品

1) 牛角キムチの懸賞に応募したら、ドレッシングと焼肉のタレが当った。
ドレッシングはノンオイルを使っているし、焼肉はほとんどしない。でもいいか。

牛角

2) 実は今年、年賀状の景品2等が当った。
カタログを見ると例えば400Gほどの牛肉や豚肉など、あまり魅力のない景品ばかりだ。
変ったところで沖縄のもろみ酢でも貰おうということになった。
面白いことに、使いまわしのそのカタログは注文と同時に回収されてしまう。

     年賀状景品1

◆ 箱書き

  琉球黒麹もろみ酢
  モンドセレクション2005金賞受賞工場製造
  販売者 (有)沖縄シーサーズ本舗 沖縄県那覇市牧志1-1-42
  メーカー希望価格 2,800円
     年賀状2

     年賀状3

◆ 気になる情報
 箱には、希望小売価格2,800円となっているが、同じ販売会社の類似商品が、【楽天市場】で82%OFFなどと大分ダンピングしている。消費期限絡みの激安価格だけなのか?他になにか理由があるのか。当選時に調べたシーサーの写真が使われているラベルの銘柄のホームページは削除されたのかもう捜してもない。

郵便局さん、景品にはもっと魅力ある品揃えと、せめて変な情報のない商品を選んで下さい。

イカリソウが咲いた

イカリソウが咲いた。


帰宅したら雨の中、少し暗くなり始めた庭でイカリソウが咲いていた。部屋に取り込み、写真を撮った。
イカリソウはジシバリのごとく強い草だ。クマガイソウに付いて家にやってきて、クマガイソウの縄張りを侵略し始めた。鉢上げしクマガイソウから分離した。あれは何年前のことか‥

トキワイカリソウ(常盤碇草)
クマガイソウをくれた人は新潟の人で実家の裏山から採取したと、そのクマガイソウにくっ付いてやって来たこのイカリソウの花の色は薄紫掛かった白。よってトキワイカリソウか?
『東北地方~山陰地方の日本海側の多雪地の山野の林内に生える。高さ30~60cm。葉は2回3出複葉。・・淡紫色~白色の花を数個下向きに開く。』(「トキワイカリソウ」より)


強壮、強精の目的で、乾燥した地上部の茎葉を1日量8~10グラムに水0.5リットルを加えて、煎じながら約半量になるまで煮詰めたものをこして、3回に分けて食間に服用します。粉末にした場合には、1日量3~5グラムを3回に分けて服用します。・・・これが生薬で淫羊霍(いんようかく)です。』(「イカリソウ・・」より)

咲いたイカリソウ

アップ(別鉢の花)
イカリソウ・アップ

株分け・芽だししたばかりのイカリソウ(3月19日撮影)
植えつけたイカリソウ





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佐保・佐紀路と、なら町

佐保・佐紀路と‘なら町'から‘ささやきの小径'・二月堂など散策した。

◆ 佐保・佐紀路より

興福院(こんぶいん)
『佐保山を背にしてひっそりと建つ興福院は、天平期の創建と伝えられる奈良屈指の美しい尼寺である。予約制となっているため、境内は静かで清楚な雰囲気が満ちている。』(「古寺三昧」より)

義父が一緒に謡曲を習った庵主(あんじゅ)さんがおられた興福院に行った。拝観は予約が必要なので勿論中には入れない。それでも尼寺の雰囲気は十分感じとれた。

興福院

不退寺(ふたいじ)
『室町時代に再建された本堂(国・重文)の本尊・聖観音菩薩像は、平安時代初期の作で豊満さを漂わせた観音像で、全身が胡粉(ごふん)やさまざまな色彩に覆われ、当時の華やかさがうかがえる。』(「月~金曜日・・」より)

平城天皇の萱御所の跡地に、孫の在原業平が自作の仏像を安置したのが創建と伝えられる。堂内撮影禁止なのでお伝えできないが、実に優雅な観音さんだった。

不退寺

般若寺・佐紀盾列古墳群など見たかったが時間の関係で割愛した。

平城京跡・朱雀門
平城宮跡


◆ なら町より

『正式な行政地名には「なら町」という名称はないが元興寺の旧境内を中心とした一帯を「ならまち」と呼んでいる。「ならまち」には江戸時代の末期から明治時代にかけての古い町家風景が今も残り、町自体が当時の暮らしを伝える貴重な文化財として大切に保存されている。迷路のような?小路を歩くと落ちついた雰囲気の古い町並みが訪れる人に「懐かしさ」を感じさせてくれる・・・・・・。』(「なら町」より)

なら町に町家を訪ねて。
近鉄奈良駅を南に下る一帯がなら町・奈良タウンだ。東向通り・餅飯殿通りをぶらぶら歩いた。

東向通り・奈良漬山崎屋本店前
東向通り

餅飯殿(もちいどの)通り
最初、「も(う)いちどの(もう一度の)」と勘違いした。
餅飯殿通り

萬々堂通則
春日大社に由来する“ぶと饅頭"など奈良土産を物色。
萬萬堂

他店のお菓子
庚壬

和風創作薬膳料理・京小づち
表の雰囲気は好みではないが、お腹が減っていたので入った。
京小づち

薬膳ならまち弁当
赤米を使った日本酒と、ザクロ酒を飲んだ。写真はオンザロックのザクロ酒(グラス)。
古代のチーズ:が珍しかった。
薬膳ならまち弁当

・奈良町資料館・庚申堂
ぶら下がっているのは、町家の軒下でもよく見かける“身代わり猿"
庚申堂

ならまち格子の家
格子の家・外から

内部
京の町家と同じ、鰻の寝床のように間口が狭く奥に長い。
格子の家・内部

今西清兵衛商店
今西書院は休み。隣の酒屋を覗いた。酒名は春鹿

『代々、今西家は春日大社の神官として神々に供える酒を醸して参りましたが、明治政府発令の神佛分離令によりやむなく辞職し、日本酒発祥の地で明治17年より酒造業を始めました。酒名の由来は、春日大社に仕えていたことと、春日の神々が鹿に乗ってやってきたという伝説から、「春日神鹿」(かすがしんろく)と名付け、後に「春鹿」(はるしか)に改め、今日に至っております。』(「春鹿」より)

今西清兵衛商店

利き酒。最近の超辛口は切れが良く、すっきりして美味しい。静岡の高砂に似た感じだ。
利き酒

なら町を後にして東に向かった。

頭塔。インドのストゥーパの様式を伝える石積。
頭塔

食べるはずだった‘そば処 観'。お腹が減ってここまで辿りつかなかった。
蕎麦屋

志賀直哉旧居
『13年間程住み、ここで「暗夜行路」を執筆しました。…家族や友人との交流に対する直哉のきめ濃やかな配慮が伺え…』(「奈良町(その15)」より)
志賀直哉旧居

ささやきの小径
『志賀直哉は、家から春日大社に通じる森の路を家族や友人達と良く歩いた。』(「志賀直哉文学紀行(2)」より)

『もともとこの径は春日さんの宮司が「禰宜道」として住んでいた高畑から春日大社へ通じる通勤道であったのであろう…』(「ささやきの小径」より)
ささやきの小径

春日大社
春日大社

水谷神社を抜け、水谷川を渡り階段を上ると、そこは若草山。
水谷神社を抜け

二月堂
二月堂

2003年3月8日の同じ角度からのお水取り風景
過去のお水取り

若狭井戸
一年に一度だけ汲まれる井戸。まだ今年のお水取りの名残が見れる。

『昔、実忠和尚が十一面悔過法要中に、全国の神の名前を唱えて勧請した時、若狭の国の遠敷明神(おにうみょうじん)だけが、遠敷川で魚をとっていたために勧請に遅れたので、その責任をとって明神が、「遠敷川から水を送る」と言った。すると、若狭井戸のところから二羽の黒白の鵜が飛び立ち、そこから霊水、閼伽井水が湧き出たという。』(「修ニ会説明文」より)

若狭井戸

・正倉院方面への小径
定番の美しい小径だ。私にとって、奈良で一番好きなポイントの一つだ。
正倉院方面へ

同上 このあたりはおなじみの撮影スポット
正倉院方面への小径

・驚き/東大寺南大門の傷み具合
東大寺南大門

かくて奈良路散策終了。近鉄特急、新幹線を乗り継いで、深夜我が家に帰宅。私は旅行によって脳が活性化される。

翌々日、会社に向かう電車の中で、或るセミナーのテキストの構想が一気に閃いた。有難う旅よ。





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奈良漬と神饌(唐菓子)

奈良の土産を買ってきた。京都ほど思いつかなくて難儀した。

◆ 奈良漬

いつもなら、東向通りの本店に入るが、369号線沿いの山崎屋支店を見つけて入ってみた。

山崎屋支店

すいかの奈良漬等
店頭

粕を拭った状態で、すいかときゅうり。私は奈良漬の中で‘すいか’が一番好きだ。
土産・奈良漬

女房のよく買う、きざみ奈良漬
刻み奈良漬

◆ 春日大社神饌(唐菓子)の流れを汲む‘ぶと饅頭’

御菓子司 萬々堂通則  奈良市もちいどのセンター街


ぶと饅頭


餢飳(ぶと)のこと。  元春日大社宮司 水谷川 忠慶 
春日大社の古式の神饌には、姿も味も珍しい変ったものが多い。餢飳もその一つである。辞典によると、餢飳とは、油にて煮たる餅(伏兎)とある。米の粉を主として、形は手作りにし、それを揚げたものである。この餢飳作りは、春日の神職の特技で、これが上手に出来なければ一人前の神職ではないと云われている。見た目には仲々面白いものであるが、我々の食味としては、単調に過ぎ或は固すぎる難がある。しかし、今これが工夫されて、饅頭として、お目見えするとなると、お茶菓子として、十分魅力があるであろう。奈良名物の一つとして、その一翼を担うに相違ないと思われるのである。』(「ぶと饅頭」より)

『同じく鎌倉末期の成立とされる「厨事類記」によれば、唐菓子の多くは、米の粉や小麦粉、あるいは大豆粉などを水でこね、甘葛(あまずら)を加えて胡麻油で揚げる……というように調理されていたとのことです。』(「平安時代のお菓子」より)

餡入りドーナツのような、どこか懐かしい感じがする。

萬々堂の‘ぶと饅頭’と、香寿軒の‘蒸しきんつぱ
土産菓子

ぶと饅頭
ぶと饅頭

ぶと饅頭2

ぶと饅頭3

大和三山と藤原宮

飛鳥をレンタサイクルで走り回った別日、徒歩で大和三山を巡った。

大和三山

『畝傍山・耳成山は阿蘇火山系二上山の連続。香久山は多武峰山塊の麓の侵食残丘。』(「壮大な都城跡・」より)

◆ 藤原宮から見た大和三山
  写真向かって左から、畝傍山・天香久山・耳成山
藤原宮から見た大和三山
万葉集より 『藤原宮御井歌
「やすみしし わご大君 高照らす 日の皇子 あらたへの 藤井が原に 大御門 始め給ひて 埴安の 堤上に あり立たし 見し給へば 大和の 青香具山は 日の経の 大御門に 春山と しみさび立てり 畝火の この端山は 日の緯の 大御門に 端山と 山さびいます 耳成の 青菅山は 背面の 大御門に よろしなべ 神さび立てり 名くはしき 吉野の山は 影面の 大御門ゆ 雲居にそ 遠くありける 高知るや 天のみかげ 天知るや 日のみかげの 水こそば 常にあらめ 御井の清水」(1-52)』(「畝傍山1」より)


では三山を登ってみたので、順に紹介する。

◆ 畝傍山

『香具山は 畝火(うねび)雄々(をを)しと 耳成(みみなし)と 相(あひ)争ひき 神代より かくにあるらし 古(いにしえ)も しかにあれこそ うつせみも 妻を争ふらしき/中大兄皇子(なかのおおえのみこ)』(「m0013楽しい万葉集」より)

藤原宮・高所寺池から見た畝傍山
高所寺池から見た畝傍山

ではまず、畝傍山周辺を散策しよう。
橿原神宮
橿原森林遊苑など橿原神宮境内では小鳥の数が多く、バードウォッチングの若いカップルが「あ、シメだ‥」などと楽しそうに観察していた。
橿原神宮

・橿原神宮から見た畝傍山
橿原神宮から見た畝傍山

・若桜友苑を通ると、畝傍山登山道の始めに東大谷日女命神社がある。
東大谷日女命神社

・登山道を一旦下り西の麓に至ると、変わり揚羽蝶紋の幕が引かれた畝火山口神社がある。4月16日は例祭だからか。揚げ羽蝶&山口→山口県(壇ノ浦)平家・安徳天皇と連想したが、ネットで調べても平家に縁の記述はない。単に山の口=山口の意か。

『延喜式(えんぎしき)式内大社』(「とんでもとらべる奈良編」より)

『畝傍山口にあって、皇宮に木材を奉る大和山口6神の大山祇命を祀る』(「同上」より)  なお、耳成山にも山口神社がある。
畝火山口神社

・再び山道を登り頂上到着。頂上から藤原京方面を眺める。
畝傍山頂上

・頂上の近くから見た耳成山。畝傍山から天香久山は望めない。
畝傍山から見た耳成山

・畝傍山を下り、一旦県道161号を北上して神武天皇陵を見る。
神武天皇陵

・陵を出てからほぼ真東にある天香久山を目指す。途中、藤原京朱雀大路跡を右手に見る。
朱雀大路跡


◆ 天香久山

『「伊豫国風土記逸文」
伊与の郡、東北の方に天山あり、天山と名づくる由は倭に天加具山あり、天より天降りし時、二つに分かれて、片端は倭の国に天降り、片端はこの土に天降りき。よりて天山と謂ふ。』(「香具山1」より)

『大和(やまと)には 群山(むらやま)あれど とりよろふ 天香久山(あめのかぐやま) 登り立ち 国見をすれば 国原(くにばら)は 烟(けぶり)立ちたつ 海原(うなはら)は 鴎(かまめ)立ちたつ うまし国ぞ 蜻蛉島(あきづしま) 大和の国は/舒明天皇』(「How to万葉集」より)

藤原宮・高所寺池から見た天香久山
高所池からみた天香久山

・天香久山の麓南西に天岩戸神社がある。
天岩戸神社

・少し東から山道に入る。ここは万葉の森だ。
天の香具山山道

・天香久山山頂。国常立(くにとこたち)神社がある。
向かって左に、一番初めに出現した神様(日本書紀):国常立神が、向かって右に高オカミノ神が並んで祀られている。高オカミノ神は雨乞いの神で、手前に井戸がある。なお、山頂からの眺望はない。
国常立神社

・山を下り北麓の天香山神社にいたる。
天香山神社

・奈良文化財研究所を通り、西北の藤原京跡に向かう。
途中の畑の上空で、ヒバリが飛翔(ホバリング)しながら盛んにさえずっていた。

◆ 藤原京
大極殿跡あたりでまだ発掘が行われていた。
大極殿あたり

大極殿跡をでて醍醐池を見ながら少し西に歩いてから、耳成山を目指して北上する。
途中の醍醐町は環濠の残る古い町並みがあった。
醍醐町


◆ 耳成山

『「耳成の池し恨めし 吾妹子(わぎもこ)が 来つつ潜(かづ)かば水は涸れなむ」巻16-3788』(「万葉ロマンの旅シリーズ」より)

藤原京跡から見た耳成山。発掘現場から剥土した土が山のように積まれていた。
藤原京跡から見た耳成山

・耳成山・山口神社参道
山口神社参道

耳成山山口神社
耳成山山口神社

耳成山山頂
山頂を示す三角点のみ。山頂からの眺望もなし。ボーイスカウトの一群が昼食を終えて下山準備に掛かっていた。
耳成山山頂

山を北西に下り近鉄大和八木駅に向かった。
大和三山巡りは無事終了した。




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飛鳥再訪

飛鳥は好きなところで、しょっちゅう訪れている。
が車での来訪が多いし意外とスポット見学が多かったので、今回は自転車で全部見て回ることにした。

近鉄飛鳥駅をスタート。高松塚古墳→天武・持統天皇陵→亀石→橘寺→川原寺跡→石舞台古墳、蘇我馬子勾の池・発掘埋め戻し跡→板蓋宮跡伝承地→亀型石→万葉文化館→飛鳥寺→水落遺跡→甘樫丘→甘樫丘東麓遺跡発掘埋め戻し跡→鬼の雪隠・鬼の俎→欽明天皇陵・(猿石)吉備姫王墓→飛鳥駅


◆ 高松塚古墳

写真後部は、古墳の規模に比べて大きい修理施設
今解体が行われている。
○ 『「玄武」修理施設内へ-高松塚石室解体作業』(2007.4.20 奈良新聞)

高松塚古墳

◇ 天武・持統天皇陵
天武・持統天皇陵

◇ 亀石
亀石

◆ 橘寺

橘寺

二面石
二面石

◇ 川原寺跡
川原寺跡

◆ 石舞台古墳

石舞台古墳の近くには、蘇我馬子の邸宅跡が発掘された、と。

『飛鳥時代の大豪族、蘇我馬子の邸宅と見られる建物跡が出土した奈良県明日香村島庄の島庄遺跡で新たに七世紀中ごろの大型建物跡が見つかり…』(2005年3月1日産経新聞」より)

石舞台

また、「勾(まがり)の池」跡は食事処「あすか野」の裏か?

『この石舞台古墳がある辺りは、「島の庄」と呼ばれ蘇我馬子の屋敷があったのでは・・・といわれています。馬子の家は、飛鳥川のほとりにあって、小さな島を浮かべた池があったことから、馬子を「嶋大臣」(しまのおほおみ)と呼ばれていました。
 昭和47年、この島の庄で底に石を敷いた立派な池が発掘されました。7世紀初期につくられた池の跡で、馬子の家の庭にあった「まがりの池」ではないかと推定されています。』(「石舞台古墳」より)

あすか野の裏

「あすか野」で予約していなかったので古代食は食べられなかったが、天笹の寿司(アマゴの押し寿司)を食べた。女将さん風の人が池の発掘埋め戻し跡はこの裏ですと言った。
天笹の寿司

◇ 板蓋宮跡伝承地板蓋宮跡伝承地

◆ 亀型石

『村教育委員会は丘全体の遺跡を「酒船石遺跡」と正式に命名しました。 この酒船石遺跡とは何でしょうか。『日本書紀』の斉明二(656)年の条に記されている「宮の東の山に石を累ねて垣とす。」の記事に符号します。この丘陵の大規槙な造成は、斉明大王(さいめいのおおきみ)の「両槻宮(ふたつきのみや)」ではないかとも考えられています。今回の発掘は、この丘の北すそで、東西2つの尾根に挟まれた谷部分を万葉ミュージアム駐車場用村道工事で、99年11月から調査事前調査で実施され発見に至ったものです。』(「酒船石遺跡‥」より)

亀型石

(参考)亀型石発掘説明会で撮影した写真(2000.3.26)
発掘時の亀型石

◇ 飛鳥寺
飛鳥寺

蘇我入鹿の首塚
首塚

◇ 水落遺跡
水落遺跡

◆ 甘樫丘東麓遺跡発掘・埋め戻し跡

『平成6年(1994)、国営飛鳥歴史公園甘樫丘の東の山麓で駐車場を建設するため事前発掘調査を行なったところ、7世紀中頃の焼けた壁土や炭化した木材などが出土した。そのため、調査された場所は甘樫丘東麓遺跡と命名された。』(「甘樫丘東麓遺跡の発掘報道…」より)

『駐車場の裏手に造園を作る計画が持ち上がり、奈良文化財研究所(奈文研)は平成17年(2005)11月に発掘調査を行なった。今度は7世紀代の6棟の建物跡などが見つけた。マスコミは、「蘇我入鹿の邸宅跡を発見か!」とセンセーショナルに報じた。しかし、建物の築造時期が絞り込めず、蘇我氏との関連ははっきりしなかった。』(「橿原日記」より)

『それにしても、新聞各社が付けたタイトルはセンセーショナルである。まるで甘樫丘東麓遺跡は蘇我入鹿の邸宅跡で決まりといった扱いだ。そして、出土した大規模な石垣が蘇我氏の権力を示す象徴のように扱っている。』(同上 平成19年2月11日」より)

甘樫丘発掘

◆ 甘樫丘の頂上から見る大和三山(畝傍山・耳成山)
甘樫丘から大和三山

◇ 鬼の雪隠
鬼の雪隠

鬼の俎
鬼の俎

◇ 欽明天皇陵
欽明天皇陵

 (猿石)吉備姫王墓
猿石

予定より一時間後れ、午後五時に飛鳥駅に戻った。久し振りのレンタサイクルで少しくたびれた。お陰で、飛鳥の地理がよく掴め直せた。そして、やはり飛鳥は好きだ。




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そばとラーメン

水道橋駅南側の麺類の店 5店


? 吉風庵

十割そば
吉風庵

ダッタンそば
ダッタンそば

? 麺者服部

麺者服部

定番 盛合わせらーめん
鰹節と出汁雑魚などのスープ
ラーメン


? 鐘楼

中国郷土料理 鐘楼(ジョンロウ)
『刀削麺(西安料理)と四川料理をベースに、郷土・伝統の香りを漂す、料理・内装・・』(「ぐるなび-中国料理 鐘楼」より)
鐘楼

本場山椒入り真っ赤なスープのマーラー刀削麺
一番人気の辛い刀削麺
スープが服に掛かるのを避けるため、紙製の前掛けが渡される。
刀削麺


? 海南鶏飯

シンガポール屋台
海南鶏飯

『ニューメニュー!!フライドホッケンミー(福建麺)シンガポールの塩焼きそば!!自信作です!!』(「海南鶏飯 シンガポール料理」より)

店長いわく、『シンガポール駐在経験のある女性のお客さんが何故ここには福建麺がないの、と聞かれ、急遽シンガポールへ飛んで研究しました。その結果を新メニューとして品揃えしました。女性の評判がいいんですよ。』と。
メニュー

福建麺(フライドホッケンミー)
『タマゴ麺とフォーの海鮮焼きそばにライムと豆板醤とチリソースを混ぜたようなピリからの調味料をお好みでつけて食べる不思議なものだった。』(「メビウスママのいただきま~す」より)
福建麺


?  祥龍房

祥龍房

北京屋台麺
花のような野菜、金針菜。このユリ科の黄色い蕾はガンジー首相も常食していたと。
北京屋台麺

クマガイソウが咲いた

◆ 今年もオオシマザクラの樹の下で、クマガイソウの花が咲いた。


2年前に、掘り起こして株分けしたので、まだ作落ちしたままだ。それでも4つ花が咲いた。
株分けしてキャラボクの下に植えつけた株の作落ちはさらに大きい。今年は花芽がまだ出ていない。クマガイソウは明るい日陰を好むようだ。

ところが直接日光が当るところは大の苦手。株分けしてくれた人の家では上の樹木が突然枯れると同時に木の下のクマガイソウが絶滅したそうだ。岡山でも絶滅危惧種になっていると思うが、周辺樹木の状況変化による日陰等の環境変化の影響が大きいと思われる。
植栽で山の斜面に見事な群落を作った農家を見学させてもらった時そういう感を強くした。


○ 『三ツ峠山の登山口で知られる山梨県南都留郡西桂町に小さな倉見山がある。ここでは、日本で最大級のクマガイソウの群落が見られる。・・・乱掘にあい絶滅してしまった。・・・池田正純さんは、クマガイソウの群落地再現を夢見て、私財を投じて山を購入した。最初、五株の栽培から始めて、四半世紀にわたり研究を重ね、年々株数を増やし続けた。現在、約三万株の見事な群落地が完成している。』(「くまがやねっと 花紀行」より)


クマガイソウの花は同じ方向を向く。不思議に思う人は多い。我が家ではより明るい方向を向く。明るい方向から待ち人(虫)が来るからだろうか。

オオシマザクラの下のクマガイソウ


◆ 鉢上げのクマガイソウのその後

『クマガイソウは毎年長い地下茎を伸ばしてその先端に次年の花芽を形成する性質があり、鉢栽培ではこの性質が仇をなしてうまく栽培することができません。・・・フラボンはクマガイソウを鉢栽培不可能なものとさせていただきます。』(「クマガイソウの栽培法」より)

今年鉢上げしたクマガイソウは、花芽がついたものの蕾のうちに茶色く枯れてしまった。去年と同じ現象だ。去年鉢上げしたクマガイソウは芽が出たものの、花芽がつかない。やはり鉢植えは難しいのだろうか。

写真中央手前が、今年鉢上げしたクマガイソウ。中央奥が去年鉢上げしたクマガイソウ。

鉢上げのクマガイソウ

ところで、写真向かって右手前のまめ鉢2つ、ミニ鉢2つ。イワタバコである。鉢に合わせて成長するもののようだ。ちなみに普通の鉢に植えてある親株の葉はもっと大きい。


<追伸>
◆ コオズの切花

コオズが咲きそろったので、切花にした。香りはもう無い。
器は、岡部嶺男風小壷・習作/飴釉

コオズの切花





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ミニ・まめ鉢に植えてみたPart3

ミニ・まめ鉢に植えてみたPart3。

◆ 鉢あげ後のヤブレガサの葉の変化

園芸品種だから厳密には、チョウセンヤブレガサか。露地植えの親株は成長すると結構大きくなり、逞しいのだ。今回の鉢植えも用土が細かくないのでひょろひょろと伸びてしまってヤブレガサらしい風情が感じられない。鉢上げ後も2~3年経たないと矮小化は進まないだろう。
ヤブレカサの変化

(参考)庭のヤブレガサは、葉がここまで開いた。この後急激に大きくなるのだが・・
庭のヤブレガサ


◆ アッツ桜
墨田公園にて、100円で買ってきた。球根だから2~3年ミニ鉢で栽培すれば矮小化すると思っている・・
アッツザクラ

◆ ‘野村'や‘千歳山’のように紫紅色のモミジ
岡山県・成羽川沿いの精進料理の寺、浄福寺で紅葉の美しかったモミジの樹上から種を5~6粒ほど採取した。そのうちの発芽した2株を双幹仕立てにした。もう実生から10年経つ。枝打ちの荒いのがこの種の難点だ。新作の鉢に植替えた。
浄福寺モミジ


◆ 新しく鉢上げしたミツバアケビ

雄蛇が池のアケビ’の子だ。房総の知人が去年、ミニ鉢用の苗として送ってくれたものだ。

アケビの実は、小さいころよく山で採って食べたもので懐かしい。また、40代前半頃と思うが、勧める人があってアケビの実の皮の部分(果皮)をリキュールに漬けて、果実酒の一種として飲んだ記憶がある。強壮・・だとか。
そのとき買ったのは、ミツバアケビであろう。∵『市場で有利に販売されるものは果皮が紫色に濃く着色し、果実の口が開きにくい大きなものです。このため、栽培にはミツバアケビを使います。』(「アケビの栽培」より)
アケビ

・『「アケビ」の名は「開ける実」に由来します。』(「白石先生の植物教室」より)
(参考)『実の開かないムベ(トキワアケビ)・・』(同上)

・小石川植物園でアケビの仲間が花を咲かせていた。
アケビの花

アケビはつる性の植物で、ミニ盆栽ではどうすればいいのだろう。…万一枯れなかった場合に考えることとする。たぶん自然のままに伸ばし、毎年大きく切戻せばよいと思うが…




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コオズが咲いた

コオズが咲いた。


◆ 銘は、青帝の香

このエビネは、1986年3月8日に、ウチョウラン6球とともに小田倉さんから頂戴した1株、と気まぐれな園芸日誌にたまたま記録されていた。思えばもう20年以上経つのだ。
『エビネ12ヵ月 丈夫で育てやすい 人気品種と管理のコツ』小田倉正圀著、主婦の友社)裏表紙に写真が載っている彼の登録種だ。

彼は、今、麻布大学で教鞭をとりながら、東京山草会の副会長もしているようだ。山野草等の栽培家としては、世界蘭展・野生蘭の部でレッドリボン賞(キヌラン「シルク」)などを受賞している。西新宿の下宿屋のおやじのイメージが強いのだが、本業はどれだか私は知らない。1986年ごろNHK趣味の園芸でウチョウランの講義をしていたのを見て、押しかけ入門したのだが、超美人の奥さんに、園芸にお金を掛けてはダメよと言われたのが印象深い。爾来その言葉を守って高価な園芸品種を購入したことはない。ところで、このコオズはバブル期に一鉢28万円もしたそうだ。

 
花が開くとともに、いい香りが漂い始めた。
エビネとニオイエビネの自然交配種。匂いが強い。

『伊豆諸島の御蔵島のものが有名ですが、他の神津島などには、ジエビネと交雑したコオズ系と呼ばれるものがあり、こちらの方が花も変異に富んで、香りもさまざまで丈夫で育てやすいものです。』(「世界らん展日本大賞2006にて」より)


◆ 今年の花姿
コオズ07

過去最高の花姿と思っているのは、2004年のもの。花丈は幾分低いので不満だが、花丈が揃っているから・・。再現できない。花をいつもベストに咲かせるのは難しいものだ。

『エビネは新しい芽の出ている方に移動しながら成長増殖していきます・・』(「やってみよう!」より)
このため3年ほどすると、鉢の一方に寄ってしまい姿が乱れるので、その都度植替えを必要とする。

植替え時は、株分けをするが、増殖率は低い。我が家では増やさないことが女房の機嫌を損なわない秘訣なので、都合がよい。

◆ (参考)2004年の花姿
04年のコオズ

久し振りのAkiba

大分時間が経ってしまったが、過日、アフターファイブに秋葉原へ行った。
つくばエクスプレス開業2日前ほどに写真を撮りにアキバを尋ね、その後、旧青果市場跡の新築高層ビルに移転した先輩を訪ねて以来のAkibaである。

昭和通側に下りると、かのヨドバシカメラがある。ヨドバシカメラ-1
いつものクセで、初めての店なので、最上階から順次観察しながら降りた。8階の食事ができる階では、東京駅丸の内のビルより単価が安かったので、いずれ機会を見て飲んでみることとしたい。このヨドバシカメラは、有楽町・ビッグカメラより売場面積が大きいようで、お目当ての商品を探しずらかった。一応、かのVistaや薄型テレビ、デジカメ等を見学した。ついでに記憶メモリを買い、カードの登録をした。今日は特別に18%のポイント還元日とか・・・。
秋葉原3
時代劇の格好をした3人が楽器を奏で、歌を歌っていた。まだ、人の流れは多い。
秋葉原-2

一幸庵のわらび餅と道明寺

茗荷谷に美味しい和菓子屋がある。
播磨坂・小石川植物園へ行く前に、久し振りに立ち寄ってみた。
時間があれば、2階の作業風景を見学できる。


一幸庵 文京区小石川5-3-15


一幸庵1

一個からでも売ってくれる。
わらび餅と道明寺


◆ わらび餅と道明寺

私はここのわらび餅に興味がある。この家の主人は原料のわらび粉に凝っているからだ。

『一幸庵の「わらび餅」は飛騨高山と九州産本わらび粉から作る丸く包餡した餅に細かい深煎りきな粉をふるった京菓子です。』(「噂のわらび餅と・・」より)

『小さくて高価ですが「お薦め!」です。きな粉の香ばしい香りが漂ってきます。 プルプルでコシのあるわらび餅に、とろけるようでみずみずしいこしあんが包まれています。 食感、味、共に楽しめるお菓子です。 シンプルで地味な色合いのお菓子ですが、強烈な個性を持っています。』(「茗荷谷 一幸庵わらびもち」より)


桜の季節なので、道明寺も求めた。

わらび餅と道明寺2

わらび餅と道明寺2

京都で修業したと記憶している。両者とも抑えた甘さで、好ましい。

春の花々

都の春の花々

おなじみの花々を花見の折、後楽園や小石川植物園などで観察した。

○スミレ、タンポポ、花ニラ
春の花々1

シャガ、花モモ、ユスラ、ヤマブキ
春の花々2

○ツツジ6種(アカツツジ、ムラサキオンツツジ、コバナフジツツジなど)
春の花々3
春の花々4

友の初孫・内祝い

私と女房共通の友人に初孫が出来た。内祝いにお菓子をもらった。


◆ とらやの和菓子  港区赤坂4-9-22


『とらやは、五世紀の永きにわたり菓子屋を営んでまいりました。御所の御用は後陽成天皇のご在位中(1585-1611)より勤めております。また、京都妙心寺蔵『正法山誌』の関が原の戦い(1600)の項には「市豪虎屋」の記述が見られます。
 明示2年(1869)、東京遷都に伴い、京都店はそのままに東京にも店を開設いたしました。・・・
 おいしい和菓子作りの基礎ともいえる、原材料の選定-・・・
 例えば、小豆は、北海道産の品質の良いものを選り分けて使用しております。また、日本古来の砂糖である和三盆糖や、しなやかさを作り出す天然物の糸寒天は、生産地の工場と直接契約をしております。』(「お菓子のしおり」とらやより)

『和菓子は「五感の総合芸術」いわれます。
 視覚-美しい情景を思い起こさせる姿。
 聴覚-趣き深い優雅な菓銘の響き。
 嗅覚-和菓子に包み込まれたほのかな香り。
 味覚-口に含めば広がるまろやかな美味しさ。
 触覚-楊枝で切るときの感触、舌ざわり。
 五つの繊細な感覚が重なり合って、
 小さな和菓子に大きな広がりが生まれるのです。』(同上より)


○ 虎屋最中 梅ケ香・桜織・弥生

『虎屋最中
 日本を代表する花、菊・梅・桜をかたどり、それぞれ小倉餡こし餡白餡をお入れしました。』(同上より)

虎屋最中1

虎屋最中2

虎屋最中3

虎屋最中4

下りものにしては、虎屋の菓子は餡がとても甘い。

桜吹雪が舞い始めた

春の陽気に誘われて、都内の桜見物に出掛けた。
花粉症用のマスクと、日射病?対策の帽子をかぶって・・

8年ほど前、岡山の赴任から帰ってすぐの年とほぼ同じコースを辿ってみた。ただし、違うところは、今回は1人散策であるが・・。

? 小石川後楽園
散り終わった枝垂れ桜
小石川後楽園1

渡月橋あたりの枝垂れ桜
後楽園2

大泉水に面した桜
後楽園3

? 播磨坂
播磨坂1

播磨坂2

? 小石川植物園
ここが圧巻と思う。
小石川植物園1

小石川植物園2

? 六義園
ここも、名物・枝垂れ桜が散っていた。
後見るべき桜はないのに、庭園の入り口に、午後から大勢の人が列をなしていた。
六義園1

吹上げ辺りの桜
六義園2

モミジの芽出しがきれいであった。(秋の紅葉がきれいであったわけだ。)
六義園紅葉の新芽

? 飛鳥山
飛鳥山1

飛鳥山2

飛鳥山の花吹雪
飛鳥山の花吹雪

? 上野公園
上野公園1

上野公園桜大吹雪
上野公園桜吹雪

? 墨田公園
隅田川西岸
墨田公園1

墨田川東岸
墨田公園2

墨堤・散った花びら
墨田公園3

墨田公園4

昼食は、結局4時頃、墨田公園にて鶏肉のケバブで一杯。
ケバブ売場

ケバブとビール





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珠屋・ピーチロール

ピーチロール

(有)珠屋 逗子市逗子1-5-8

『す、すごい行列!!パチンコ屋の新装開店・・・??いえいえ、逗子の老舗洋菓子店、珠屋さんです。…ついに20日にオープン。…』(「珠屋のロールケーキ」より)

『TVや雑誌などに良く取り上げていただいております。珠屋ピーチロールは、ふわふわスポンジに特製生クリームと黄桃を巻き込んで、仕上げにパウダーシュガーを振りかけたシンプルで美味しいスポンジ・ロールケーキです。・・』(「珠屋洋菓子店」より)

『珠屋のケーキは、石原ファミリー御用達で有名です。石原裕次郎さんも買いに来ていました。石原慎太郎都知事は、逗子の別荘から東京に帰る際に立ち寄っておられます。この・・ケーキは、石原良純さんがテレビで紹介してから全国的に有名になった「ピーチロール」・・。』(「わんだふるはうす」より)
     ピーチロール1

     ピーチロール2

ピーチロール3

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Author:yogaz
飯山満通信へようこそ!
満73歳になりました。予定寿命まで後7年です。ただいま終活中です。当面75歳までは、ボランティアガイドと生涯学習・介護予防のお手伝いを続けたいと思います。
なお、2006年6月14日から始めた飯山満通信は、2013年12月14日、ブログを引っ越しました。Dtiblogのブログサービスが終了したためです。

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