年越大祓並鎮火祭

年末恒例の行事として、ここ何年来山王日枝神社

年越大祓並鎮火祭に参加している。今年は珍しく女房もついてきた。


『年越大祓並鎮火祭は知らず識らずに犯した罪・穢れ(けがれ)や災いを人形(ひとがた)にうつし、また「茅の輪」をくぐることにより、身心を祓い清める神事。』(「東京の観光 年末年始イベント特集」より)

「山」の字を模した 山王鳥居
山王鳥居

大祓い開始
大祓い開始

◆ 大祓詞/中臣祓 内容
『元々は毎年6月と12月の末日に行われる大祓で、犯した罪(神道の観念による「罪」であり、犯罪とは意味合いが異なる)・穢れを祓うために唱えられた祝詞で、中臣氏が京の朱雀門で奏上していたことから中臣祓の称がある。』(「大祓詞」ウィキペディアより)

『前段では、葦原中国平定から天孫降臨し天孫が日本を治めることになるまでの日本神話の内容が語られる。そしてそのような国の国民が犯してしまう罪の内容を「天つ罪・国つ罪」として列挙し、そのような罪が出たときの罪の祓い方が述べられる。
後段では、そのような祓を行うと、罪・穢れがどのように消滅するかが語られる。罪・穢れが消滅する様を様々な喩えで表現した後、四柱の祓戸神によって消え去る様子が述べられる。』(同上)

大祓詞/原文
『高天原に神留まり坐す…罪と言ふ罪は在らじと 祓へ給ひ清め給ふ事を 天津神国津神八百万の神等共に聞食せと白す』(「大祓詞」ウィキソースより)

○ 口語訳 (天ノ岩座神宮 宮司より)
大祓い詞

八針に取り辟きて…
(麻・木綿の布を音を立てて切り裂く)

裂く

鎮火祭/火を鎮めるのは水(ひさご)・青菜・塩
『(火の神が荒ぶるときは) 水神が匏を、埴山姫が川菜を持って鎮める』(「盛岡タイムス」より)

鎮火

茅の輪くぐり
『備後風土記』の「蘇民将来」の伝承、素戔嗚尊(すさのおのみこと)に親切にした蘇民将来が授けられた「茅の輪」に疫病や災厄除けの力があったというような話から。』(「関心空間」より)

茅の輪くぐり

拝殿にて
拝殿にて

神門より、祭りの後
神門

表参道男坂(帰路)
男坂

日枝神社の境内案内図(「日枝神社」より)


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先斗町の‘りこう’

◆ 先斗町りこう

料理:おまかせ
酒:玉の光

あくまでも、三瀬の坂本屋旅館の海坂膳+α程度の値段で済むように試みてみた。すると次のようになった。

酢の物:なまこ
先斗町とりこう

刺身(鯛・よこわつるむらさき


焼き魚


甘鯛(京料理の素材の定番 ぐじ )の天麩羅


じゃこご飯・香の物・味噌汁


先斗町も変わった。一見だの何のと言わないかわりに、すっかり若者の街になって風情が失われてしまった。その中で京料理の匂いの嗅げる店りこう、いかにも京料理らしいが…。

一力茶屋を歌舞練場に向かって花見小路通りを歩くとそこは単価が先斗町・りこうの3倍ほどの食べもの屋が並んでいる。セカンドライフの身には縁の無い街だ。

■ 京料理の相場?
「旅と食」(編者/神崎宣武、企画/味の素食の文化センター)P213に、「京都人が選ぶ京都のうまい店」というサイトの引用がある。
いわく『京都の有名料亭の、庭の見えるちゃんとした座敷で夕方に会席料理を食べると、一人分の値段が三万円以上する。庭はないが有名料亭の座敷であれば、1人分の値段が二~三万円する。同じ店のカウンター席だと一万五千円する。その行き届いた庭の風情、床の間のしつらえ、仲居さんの行儀、そういうものを味わうための当然の値段であると考えろ、という意味のことが書かれている。』、と。

■ 旅行情報誌「マップルマガジン歩く京都」
先の「旅と食」P211にその情報誌の紹介がある。
そこには、会席料理ではなく、創作料理、西洋割烹、くずし懐石、おばんざい(家庭料理)、などを勧め、また有名料亭のお昼の松花堂弁当を勧めているそうだ。

その辺で妥協しよう。特別拝観料・拝観料と沢山とられたが、それらを倹約すれば一ランク上の料理が食べられた…?

京料理が日本を代表する料理として特別な位置を占めているとはいえ、ちと高すぎますね。やはり鶴岡・三瀬に行こう。


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大江戸温泉ふぐづくし

8年ほど続いた年末恒例の伊豆旅行は今年から取り止めとなった。
行きつけの宿が去年から突然高級ホテル並みの料金になったためだ。

今年は日帰りでお台場の‘大江戸温泉物語に行くことになった。

テレコムセンターの隣にある。すでに三周年になるそうだ。
手軽なところで、温泉に入った後「冬の宴会プラン・お江戸でふぐづくし」にトライすることとなった。

帳場(受付)で入館手続きを済ませると、越後屋(浴衣渡し処)で好みの浴衣を受取り、更衣室で浴衣に着替え、広小路で屋台や当り屋などを冷やかしたあと湯屋に入る。大江戸温泉、黄金の湯、絹の湯、百人風呂、露天風呂にすべて入ってみた。『地下1,400mから汲み上げた天然温泉は、とてもまろやかなお湯。お風呂をあがった後も心地よい温もりが長く身体を包みます。』のうたい文句有り。

追加料金で、岩盤風呂、砂風呂、ゲルマニュウム温浴、エステ、あかすり、マッサージ等々色々ある。

足湯では、テレビで時々見るドクターフィッシュ(ヨーロッパの温泉に住んでいる小魚)による角質層の掃除もある。(足15分1,050円をどう思うか‥)。広小路の水槽に入っているのに指先を入れてみたが、こそば(ゆ)い。まったく奇妙な感触だった。家でも飼えるが水温を30度以上に保つ必要があることと、餌が人の角質層、平たく言えば垢というのも抵抗がある向きが多かろう。

さて、八百八町の‘川長’(料亭)で‘お江戸でふぐづくし’を頂戴した。
・ふぐ皮の野菜テリーヌ鰹出汁のゼリー寄せから始まって、
・木の子とふぐ皮のコラーゲンサラダ
・焼きふぐと木の子の鉄板焼
・ふぐちり鍋
・ふぐ薄造りとぶつ刺盛合せ
・ふぐの唐揚げ 冬の根菜添え
・五穀米雑炊と香の物

天然トラフグ、築地の仕入れと説明があったが、新橋・銀座の安いふぐ尽くしには敵わないものの普通の料亭のフルコースに比べてリーズナブルな部類であり、味も悪くなかった。

入館料+宴会料理・華(はなやぎ)コース お一人様7,500円也。

若い女性やなかなか美人の外人客もおり、温泉・宴会イコールおじん・おばん専用でないのが意外であった。やはりお台場か。

ふぐ尽くし

ふぐ尽くし



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料理教室第二弾

今日は会社の某氏の言い方によると半強制的な休暇となり、溜まっている年休を消化した。酒の取り寄せ受取、持病(痛風)に係る通院、図書館通い、正月用酒の買出し、歯医者(差し歯完成)、そして陶芸教室の大掃除参加と結構忙しい一日であった。

◆ 陶芸教室ゴミ流し用酒

『昭和五年十月、陸軍大演習に行幸の昭和天皇に献上天覧の栄を賜りました。その歓びの大きさ故、酒銘を「歓びの泉」に決定いたしました。以来、品質一筋220余年の社呈は全国新酒艦評会通算十七回の受賞においても御理解頂けることと存じます。現在、杜氏横坂安男が、名杜氏岡田徳行の後を受け継ぎ、新風の「歓びの泉」を醸しております。』(「蔵元 中田酒造」より)

歓びの泉大吟醸はこのところの正月用の酒であるが、来年正月用の酒はお取り寄せで鯉川の酒としたので、ゴミ流し用の酒として、歓びの泉の新しい銘柄をあてることとした。

 酒:純吟山田袋吊り
 器:黒釉2色掛け分け
歓びの泉

◆ 料理教室第二弾
シマアジの解体
料理教室1
ヒラメの解体
料理教室2
寒ブリの刺身
料理教室3
本日の日本酒他
私の持ち込んだ歓びの泉あり。
料理教室4
シマアジの刺身
料理教室5
ヒラメの刺身
料理教室6
テッサ(フグの刺身)
料理教室8
テッチリ(ふぐ鍋)準備
料理教室9
テッチリ鍋
料理教室10
締めはフグの雑炊
またまた、仕入れYさん有難う。

落ち葉と酒器

葉を塩漬けにして桜餅に使う、庭の大島桜の葉がすっかり落ちた。
木下のクマガイソウやヤブレカサも枯れ、その上をかばうように、落ち葉が積もっている。
(真夏は暑い陽射しを遮断し、真冬は霜から守る。甲斐がいしく、情の深い桜だ。)


◆ 黄葉紅葉酒器/青玄徳利とぐい呑み

写真家浅井慎平の弟で陶芸家の浅井純介が房総・千倉で海山窯を開いているそうだ。過日陶芸教室の先輩女性達が陶房を訪ね、青玄何某かの皿などを買ってきたのでそれをヒントに酒器を作ってみた。

織部釉の青(緑)と黒マット釉の玄、火間の赤を狙ったが、赤がうまく出なかった。ろくろ目も過ぎたようだ。黄葉・紅葉と酒器

◆ 紅葉朽ち葉酒器粉引徳利とぐい呑み

朽ち葉と酒器

冬は、シャープな酒器より、ほわーっとした粉引きのような酒器もいいものだ、と思う。
その場がほわーっと暖かくなったような感じがする。



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濱乃松風

西本願寺御用達の亀屋陸奥の松風の流れを汲むかもしれない地方の菓子がある、ということで、福島出身の人がわざわざ故郷からお取り寄せしてくれた「岩代 濱乃松風」を頂戴した。

しかし、
・『練り羊羹と濱乃松風/100年以上の時を刻んだ伝統の味が今も引き継がれています。』(岩代町町勢要覧より)
・『浜の松風/ぱりぱりとした歯ごたえを楽しめる、手作りのお菓子です。』(福島の郷土食/秋田屋菓子店)
位の情報しかない。

少なくとも、京都の松風とは全く違う松風だ。
浄土真宗の寺にまつわるお菓子の可能性があるとその人は言う。ついでにこれは洗練されていない田舎菓子だと謙遜する。
女房は、由来はともかく、亀屋陸奥の味噌松風より濱乃松風の方が数段美味しいという。
(違うジャンルのものを比較しても意味がないと思うが…)

濱乃松風

【『濱乃松風』の名前の由来についての推理】

?「 松風 」は地方の本願寺門徒さんにとっては 本山へ詣ったという証しのようなもの。そのうち地方の本願寺末寺由来の菓子が(まねて)できた。
?菓子の表面にかかるケシが、本願寺にある名茶釜「 松風 」の釜肌によく似ていたところから、その銘を菓子の名として付けた。
?謡曲 「松風」より
『須磨の浦に流されて寂しく暮らしていた在原行平と浜で汐汲みする娘松風、村雨姉妹の悲恋物語であり。源氏物語でもそうであるが、「松風」は「浦さびしい」の隠語となっていて、つまりその心は。そのお菓子の表面には、焦げあと、泡立ちのあと、黒ごまをふってあったりと、いろいろの綾があるけれど、その裏はなんの工夫もなくぬめりとしていて、”うらさびしい”、という意味で付けたのだそう。』(「Days of the Outlaws」より)
?長唄 「越後獅子」の浜唄の部分
『来るかくるかと 浜へ出てみればの ほいの 浜の松風 音やまさるさ やっとかけの ほいまつかとな』
?「左下り(さくだり)は 岩に聳えて懸造り いつも絶えせぬ 峯の松風」の歌からとったもの
(ちなみに、左下りとは、会津三十三観音巡り、第21番札所、建立以来1,000年以上といわれる左下り観音堂のこと)
?小濱には安達太良山からの冷たい風を防ぐ屋敷林としてが沢山生えているからそれからとった
?以上とは無関係のネーミング。
さて、全く手ががりが無いので、しばらく研究課題とした。

◆ 結局1ケ月以上時間がたってもわからなかったので、直接秋田屋に電話して聞いてみた。
出てこられたご主人の話(ズウズウ弁でよくわからない部分があったが)では、

【結論】 『名前の由来はわがらねぇ。自分で4代目だが、爺さま(明治)時代につくられた。名前の由来は聞゛いてねえ。小濱には松が一杯あるし、二本松の城下だから松が多い。その辺のから来たんだベー』と。(おわり)

織部皿にモンブラン

美の壷習作・失敗織部皿に、シェ・リュイのモンブランを載っけてみた。

いずれやけくそだから、映りはどうでもよい。
取敢えず使って見ることに意義がある。長女が欲しいなあと言ってくれた。結婚し子供が出来て親には優しくなったものだ。
モンブラン1

今は肥満対策から洋菓子はほとんど食べない。久し振りの洋菓子・モンブラン。淡白な和菓子に慣れてしまって、甘すぎかつねっとりし過ぎな感じがする。
底のメレンゲとクッキー生地が良いと娘は言う。そうかもしれない。
モンプラン2

私は、美の壷に出てきた得体の知れない織部に似ても似つかないものになったものの、これはこれで好きなのだが。唯一女房との好みはだんだん乖離していく。危ないなあ~。

生姜の実

浜松町を歩いていると生姜(花縮砂、ジンジャー)の実が目に入ったので手折って、持っていた手提げ袋に入れた。この植物のは楚々としてきれいだし、香りも良いので好きだ。
夕刻家に帰り、クシャッとなった葉っぱが袋から出てきた。忘れていた。
取敢えず、実と葉を水につけたら、しゃきっと戻った。ずいぶん水揚げの良い植物だ。

○ 種生姜(たねしょうが)の品種
『金時生姜、大身生姜、房州赤芽生姜、在来生姜、三州白芽生姜、大生姜』と色々あるらしい‥(「特集-生姜のすべて」より)

○ 生姜茶
生姜湯に顔しかめけり風邪の神  虚子』
日本でも生姜を入れたあめ湯や甘酒を飲むが、韓国・中国では茶として飲むそうだ。(「生姜茶」より)  

◆ 生姜の
  花器は、刷毛目。
茗荷の実

私の隠れ家

今日は職免の日(強制的に休暇をとらされる日。セカンドライフのこの職場は一年240日勤務、それを超える就業はダメ。勿論残業もしてはならない。)。そして今日は女房がいない日

陶芸仲間、今はキャンピングカーで気まぐれな旅をしている、同じ年の悠々自適のSさんを呼び出して、都心から程遠い某所で飲んだ。
本当にリーズナブルで美味しい店はほとんどの人に紹介していない。ごく少数の人にその都度声を掛けている。ここ40年来つきあってきたそういう店は多くはないが、それらの店は例外なく景気の動向に係らず流行っているのが共通項だ。
少し早く到着したので亭主の話をしばらく聞いていたが、会社関係の飲み会は激減しているそうだ。決して景気はよくない、つまり会社がいかに儲かろうと社員への還元は少ないと。個人客は逆に多く予約で満杯状態だった。後から来る予約無の来客は次々と断られていた。予感がしたので予約したが、正解だった。

あまり信じてくれないから説明したくないが、あえて紹介すると、
今日食べたものは、
・刺身  カワハギ、関サバ、シマアジ
・焼き  柳蒸しカレイ、ハマグリ
・酢の物 白子ポン酢
・酒   ひれ酒他
・飯   バッテラ寿司(大阪流バッテラと山陰風サバ寿司の中間) 
値段はすこぶるリーズナブル
京料理は当然のこと、庄内でもこれだけの店は無い。ここは私の隠れ家。

◆ 写真は、柳蒸しカレイの焼きもの
私がこの店に通う最大の点は、小魚の焼きにある。
15分から20分掛かるが、遠火の強火で本当にうまい焼き魚が出来るのだ。
まず都心ではない。
料理の一部

美の壷・織部

美の壷・織部の習作をしたが、失敗し女房から返品を食らった。

NHK教育テレビで、以前(9/15)美の壷 File20 織部焼を放映した。
ビデオ鑑賞後、あれを作れと女房がのたまわった。
ネットから印刷し、先生に見せたが、我々の見解はNHKと違った。
あれは織部ではない。

◆ 一つは志野だ。
だが結果は、返品。
たたら作りで、ウェーブをくふうしたが…、品良く作ろうとして鉄絵が薄くなった。
志野織部でもない志野?

◆ もうひとつは何者かわからないもの。電気窯ではとても出せない色だし…。
結果は、形も何もかも違うと、こちらも返品。
轆轤で挽いてから手びねり風に細工し、またオリジナルの織部釉のグラデーション手法を考案したのに…。これはこれで渋く焼きあがったと思うが。
わからない織部

作り直そうかといったら、要らない、もう二度と頼まない、と。
女房から頼まれたものでうまくいったものはない。
他人より数倍厳しいのだ。

恒例の料理教室

我が陶芸教室の忘年会は、恒例の料理教室に大変身する。

包丁人は、当然陶芸教室の先生。なんでもプロだ。よいしょっと…


◆ 仕事中

いい仕事してますね~

◆ 仕上がり
ホタテ、タイラ貝、タコ、イカ…ホタテ、タコ、イカ・・
キンメ鯛

◆ またまた仕事中
赤なまこ、黒なまこ、そしてコノワタ

イワシのさばき

◆ またまた一丁あがり
イワシ、アジ‥

メジマグロ (関東でメジ、クロメジ、関西でヨコワ)

ブログ“陶芸三昧"管理人Kさんの新作“タジン鍋”。レタスを厚く底に敷き、ネギ、しめじ、キンメ、ホタテ貝など載せて、待つこと15分。野菜の水だけで見事に蒸し料理完成。ポン酢または柚子胡椒などで食べると美味しい。

本場モロッコ、チュニジアの肉タジン料理より、魚介類の和風タジン料理の方が我々日本人向きだと思う。

何しろ、魚介類は卸売魚市場に勤めるYさんの仕入れによりリーズナブルで新鮮なものが揃い贅沢この上ない。Yさん今夜もありがとう。

なお、アルコール類は出席者個人の好みによる持ち込みの品。
亀粋亀の尾も勿論持ち込んだ。我が家で写真撮影のおり開封して数日空気に触れさせたせいで荒々しさもとれたのか、または酒単独の味見と違ってこの料理との相性からか、亀粋のほうが美味しく・評判が良かった。

(撮影は、携帯カメラ、動きに弱い)

亀粋(きっすい)

幻の酒米「亀の尾」の子、「亀粋(きっすい)」。
山形県・置賜の米鶴酒造では、酒米作りから手がけているそうだ。


● 酒造好適米「亀粋」

『山形の米鶴酒造の志賀良弘氏は酒造好適米「亀の尾」の田んぼの中に背丈が高い2本の穂を見つけました。この種籾150粒を翌年から選抜栽培を繰り返しながら収穫量を増やしていき、その米の特性を調べたところ「亀の尾」やどの酒米よりも米の心白が大きく、良質な酒の条件とされるデンプンが多いなど、酒造好適米として最高の米であるということを確認し、平成3年に農林省に「亀粋(きっすい)」として品種登録出願し平成5年に登録されたのです。』(「米鶴 米の力 純米 亀粋」より)

◆ 亀粋(きっすい)とその親、亀の尾より造られた純米酒
虎ノ門の山形物産センターへ山形県・余目/鯉川亀の尾原酒を買いに行ったが、販売ルートが限られていてセンターには置いてなかった。帰ろうと思うと山形県・置賜/米鶴の純米・亀粋と亀の尾が季節限定で、売られていた。この大吟醸は見かけるが、純米酒は珍しい。採算割れなので多くは作らないらしい。
これも何かの縁と、陶芸教室の飲み会用に買い求めた。

酒器は、青織部/徳利とぐい呑み
亀粋

現時点では、亀の尾のほうが飲みやすい。亀粋の方は、まだ暴れていてしっくりこない。1~2年寝かせると亀の尾を越えると営業マンは言うが…。

神宮通の蓮月茶や

◆ 神宮道知恩院北入ル・蓮月茶や


料理:とうふ料理コース
酒:純米吟醸 桃の雫(松本酒造)、玉の光 酒魂(玉乃光酒造)


『「我衣にふしみの桃の雫せよ」と松尾芭蕉が京都に遊んだ折、詠まれた句で一筋の道をきわめようと する芭蕉の心がふくよかに香る名句です。』(「地酒紀行」寿々屋酒店より)

蓮月茶や



梅酒・生麩のしぐれ煮・滝川豆腐・かにみそ豆腐
生麩・しぐれ煮の食感は、シジミの佃煮そのものだ。不思議‥


生麩田楽


生ゆば


豆腐グラタン


ゆば煮と高野豆腐


湯どうふ


ご飯・香の物


デザート


1人では少し寂しすぎる。カップルに良く似合う店だ。

(ところで、‘生麩のしぐれ煮'で五条の「半兵衛麩」、その昔、枳穀邸の帰りに立ち寄ったその店の麩料理を思い出した。‥)


◆ 岡山の豆腐
岡山市祗園に山陽豆富協業組合という豆腐屋がある。岡山県中西部赴任中に知ったその味は、京都の豆腐に負けないものがあった。

「竹取の媼」という竹に流し込んだ豆腐は、買ったその後、女房に運転させて、助手席で何もかけずペろっと食べてしまってよく怒られたものだ。
献上羽衣」は、無謀にも京都出身の恩人に贈りつけて、京都のものに負けん位うまいナァと褒められたものだ。


ところで、‘蓮月茶や'の勘定を鶴岡市・三瀬の海坂膳+α並にすべく、お酒で調整した。狭い机で、鉢・皿の整理を手抜きしたので画面が雑になった。(反省)

西本願寺・大修復工事

◆ 西本願寺


父と母が分骨されているのが、西本願寺
(父が本家から分家、その次男の私はさらにその分家。
長男は、私たち兄弟の便宜を図って総本山の西本願寺に分骨してくれた。(正確には大谷本廟に))

日頃お参りにも行かず、無沙汰ばかりしているので、久し振りに参拝に立ち寄った。

大修復工事中を遠くから眺めて
修復工事中の遠望

役割を終えて解体前の移動足場
移動足場

平成23年の親鸞聖人750回大遠忌に向け大修復工事中の御影堂御影堂

阿弥陀堂(総御堂)内、左余間の仮御影堂に安置された、親鸞聖人の御真影
本当は常識的に撮影禁止。(我が家には仏壇が無いので内緒で撮影させてもらった)
総御堂・左余間の親鸞聖人の御真影

阿弥陀堂中央の御本尊阿弥陀如来像
御本尊阿弥陀如来

(8年くらい前か、お袋がなくなった後、西本願寺に参拝し、大谷本廟に分骨された両親に線香を上げに行く時に御影堂はすでに工事中であった。
)

後楽園と六義園

雨女の女房が (定期的な義母の介護を終えて) 帰ってくるというので、外出を諦めて遅くまで朝寝をした。ところが朝からいい天気だ。しまった出遅れた。それでも今シーズン・ラストチャンスなので、早昼を食べて都内の紅葉撮影に飛び出した。

大名庭園であり、当時江戸の二大庭園と呼ばれていた小石川後楽園と六義園を見ることとした。


◆ 小石川後楽園


『江戸時代初期、寛永6年に水戸徳川家の祖である頼房が、その中屋敷(のちに上屋敷となる)にとして造ったもので二代藩主の光圀の代に完成した庭園です。庭園の様式は池を中心にした回遊式築山泉水庭になっています。光圀は、造成に当たり明の遺臣朱舜水の意見を用い、円月端、西湖堤など中国の風物を取り入れ、園名も舜水の命名によるなど中国趣味豊かな庭園です。
後楽園の名は、中国の范仲淹(はんちゅうえん)「岳陽楼記(がくようろうき)」の「天下の憂いに先だって憂い、天下の楽しみに後れて楽しむ」から名づけられました。」(「小石川後楽園パンフレット」より)

後楽園紅葉1

後楽園2

後楽園3

後楽園4

後楽園5

後楽園6



◆ 六義園


『六義園は五代将軍・徳川綱吉の信任が厚かった川越藩主・柳沢吉保が元禄15年に築園した和歌の趣味を基調とする「回遊式築山泉水」の大名庭園です。当園は池をめぐる園路をあるきながら移り変わる景色を楽しめる繊細で温和な日本庭園です。』(「六義園パンフレット」より)

「詩経」の六義(りくぎ)から園名が名付けられている。』(「文京観光スポット」より)

六義園1

六義園2

六義園△

六義園3

六義園4

六義園5

江戸は京に比べ、何かとスケールが大きい。花見は何度か来たが、紅葉は今回が始めてな気がする。その江戸の紅葉も今週が見納めであろう。

それにしても、シニアと中国人観光客の多いこと…。ラッシュであった。


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残った南天の実

今年は何かと変だ。
この時期にして、我が家の庭の南天の実がこんなに残った年はない。

暖かい秋が続き東北からのヒヨドリの渡りが遅れていたのか。そういえばヒヨドリが群れ飛ぶ姿が少ない。姦しい声が聞こえない。きっとそうなのだろう。


◆ 花 : 残った南天の実

   器 : 古伊賀耳付花生写、16世紀。
       (本歌は 「伊賀 日本陶芸全集13 」中央公論社fig.30,31より)

伊賀焼には、筒井伊賀、藤堂伊賀、遠州伊賀がある。伊賀の領主や小堀遠州の影響を受けたもので区別する。

◆ ところで、隣接する伊賀と信楽の古い焼きものの違いは何か。

30年ほど前、大阪に赴任していた時、陶磁器の見方を教えてくれた先生、故・隅川酉二郎さんが言っていたのと同じことを本から引用すると、
『? 信楽土は荒く、伊賀土はきめが細かい
   →信楽の土は山なりの土(山から掘ってきてそのまま使用)、
    伊賀は上等の蛙目粘土を水簸しているから。
 ? 信楽には小石多く混じり粒が小さい。伊賀は粒が大きく数が少ない
   →伊賀は、その水簸した土に人工的に砂を混入させてロクロするから。
 ? 信楽の胎土は灰色を帯び、、伊賀の土は純白
   →粘土の良否による。
 ? 『伊賀に耳あり、信楽に耳なし
   →伊賀は茶陶。美意識の上からも耳も必要とする。
    信楽は農器、雑器。破損の恐れのある耳は必要としない。
   要するに、信楽の肌は男性的、伊賀の肌は女性的。』
    (「日本の陶磁8 信楽伊賀」保育社より)

(風蘭やシンビジウムなどを室内に取り込んだとき、口が割れた花入れを見つけた。ああ、風でカーテンが花入れを落っことして割ったのよ、と。
焼きものはいつか割れるものだが、こちらが気付くまで黙っている女房に毎度あきれる。)

残った南天の実




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山茶花の花

ジムの帰り、山茶花の花を一輪手折った。
道端に野草の花が途絶える時期に目立つ存在だ。



 山茶花


『椿は木へんに春と書く字のごとく、冬から春に向けて花が咲く。一方、山茶花は、”焚き火”という童謡の歌詞に「サザンカ、サザンカ咲いた道。焚き火だ焚き火だ落葉焚き…」とあるように、紅葉が終わった頃から冬に向けて花が咲く
 花の咲き方は…山茶花はというと天真爛漫で、花びらも花芯も開放的に、横に広がるように咲いて明るく、おきゃんな下町娘…という風情だ。
 そして花の散り方…椿は花首から”ポロリ”と散って縁起が悪いといわれてきたが、花びらがハラハラと1枚ずつ散る山茶花…』(「Hiromi 花日記 (2)」より)


◆ 花は山茶花。
  花器は、辰砂蓮花文八角瓶写、ミニチュア。
  朝鮮時代 18世紀前半
  (顔料は辰砂の替わりに弁柄)

山茶花の花




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陸羽西線・陸羽東線

庄内の旅 ( 帰路 )
10月某日、3泊4日の短く慌しい旅を終らせるべく帰路についた。


● ‘だだっ子

鶴岡土産に‘だだっ子’をもとめた。
だだちゃ豆本来の豊かな風味を生かすため、豆をやや粗くすりつぶし、なめらかな口溶けの白あんと合わせました。しっとりとしただだちゃ豆あんと和三盆糖を加えたまんじゅう皮は、柔らかく上品に焼き上げています。』(「山形・清川屋」より)
だだっ子


庄内の旅の帰路は、鶴岡→余目→新庄→鳴子温泉→古川→東京ルートを選んだ。急ぐ帰りではない。車窓からの紅葉を眺めたいからである。
余目・新庄間を陸羽西線(奥の細道・最上川ライン)、新庄・小牛田間を陸羽東線(奥の細道・湯けむりライン)と呼ぶ。羽越本線との連絡が非常に悪い。

◆ 余目
連絡待ちが2時間弱。駅前は閑散としていて情緒が無い。おまけに食事処はラーメン屋さんしかない。
時間をもてあましたので、片道徒歩15分ほどの距離にある‘鯉川’酒造を見に行った。予め電話をしたが、休日で見学の許可は得られない。「夏子の酒」で有名になった酒蔵だが、外から眺める限りにおいてはどこにでもある田舎の酒蔵の感がする。しかしその辺りは街の中心部なのかそこそこの家が集合していて駅前より風情がある。

‘だだっ子’の販売会社:清川屋は鯉川とタイアップして‘亀の尾原酒’を作り上げた。『原酒にふさわしい水とは、どこの水なのか?山形県内を探しあぐね、ついにたどり着いたのは 明治維新の志士・清河八郎 の生まれ故郷であり、「清川屋」の社名の由来 にもなった、山形県庄内町(旧立川町)清川地区の地下25m以上もの井戸水(月山の豊かな伏流水)。』(清川屋HPより)
気になっていた清川屋と藤沢周平作品の清河八郎がなんとなく結びついた。清河八郎の実家も確か酒造業をしていたと思う。

鯉川

◆ 最上川沿いの紅葉
最上川下りの屋形船が見えた。
山は枯れたような紅葉。かつて、十和田・八幡平、八甲田等のスケールの大きい紅葉を見慣れているので感激は少ない。既に美しいものを見たものは不幸かもしれない。
最上川沿いの紅葉

◆ 車窓から見た鳴子峡
近頃のJRは親切だ。トンネルとトンネルの間のほんの少しの距離を超スローに進んでくれた。こじんまりした紅葉が眺められた。今年は少し遅れているので見頃なのだろう。(この日は10月最後の日曜日)
鳴子峡

◆ 鳴子温泉
鳴子温泉で時間待ちの間に早稲田桟敷湯に入った。こじんまりしているが面白い温泉だ。

早稲田桟敷

頭のてっぺんからつま先まで汗と汚れを洗い落とし、肌着を全て着替えて、さっぱりとした娑婆の人に戻った。あとは古川で新幹線に乗り換えるのみ。短くも充実感のある旅はほぼ終わった。

☆ 初めて観るもの・食べるもの…。すべて新鮮、すべて感動。やっぱり旅はいいなあ~

羽黒山参拝

庄内の旅(その2:鶴岡、G:羽黒山


◆ 祓川(はらいがわ)
『随身門を抜け、石段中唯一の下り坂の継子坂を下ると、祓川に掛かる赤い神橋が見えてくる。清流は月山に源流を発し、むかし出羽三山に参拝する人々は全てこの川で身を清めたものだった。…』(鶴岡市羽黒町パンフレット「出羽三山」より)
今も清い流れであり、時間があれば禊をしたいという衝動に駆られる。昨日飲んだ‘竹の露’の水も源流は同じか。
祓川

◆ 祓川神橋と須賀の滝
須賀の滝

◆ 国宝・五重塔 (平安時代 平将門の創建と伝えられる)
五重塔

◆ 一の坂
2446段の表参道石段を登りはじめる。石段を登る時、息が乱れないのは日頃のエアロビックス・パワーヨガのお陰と感謝した。
一の坂

◆ 二の坂茶屋からの眺望
搗き立てのお餅は、上品な甘さの餡ときな粉がまぶされていて美味しかった。
二の坂茶屋

◆ 鏡池からみた三神合祭殿
三神とは、言わずもがなの羽黒山・月山・湯殿山。
三神合祭殿

◆ 開祖峰子皇子の墓
『開山は約1,400年前、第32代崇峻天皇の皇子である蜂子皇子が三本足の霊烏に導かれ、羽黒山に参拝し、羽黒権現を感得、山頂に祠を創建したのが始まりとされている。…以降、羽黒派古修験道として全国に広がったのである。』 (前掲「出羽三山」より)
開祖の墓

 『崇峻天皇5年11月13日寝殿に於て蘇我馬子の家来、帰化人東漢駒に背中より一突きに刺されて殺された。ときに蜂子皇子32オ。この皇子が居る限り馬子は枕を高くして眠る事は出来ない。蜂子皇子の命は風前の灯である。父天皇の葬儀も何も考える暇なく、その夜の中に従者3、4名と馬で飛島を脱出した。(峰子皇子伝記)』 (「月舘町伝承民話集」より)
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満73歳になりました。予定寿命まで後7年です。ただいま終活中です。当面75歳までは、ボランティアガイドと生涯学習・介護予防のお手伝いを続けたいと思います。
なお、2006年6月14日から始めた飯山満通信は、2013年12月14日、ブログを引っ越しました。Dtiblogのブログサービスが終了したためです。

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