伝通院周辺の散策

伝通院周辺(茗荷谷~後楽園)散策

伝通院・山門
伝通院山門

過日、伝通院を中心に茗荷谷から後楽園まで二度程歩いた。江戸名所図会挿絵や江戸切絵図などの探訪のほか幾つかの新名所も入る。これらの寺院には於大の方・滝沢馬琴等有名人の墓も多い。また高低図をみると茗荷坂・藤坂・播磨坂・吹上坂・三百坂・安藤坂・富坂等の坂も多い。

※ 茗荷谷駅~後楽園駅散歩については、こんなものを見つけた。参考までに。

散策地域の高低図(国土地理院地図を引用し、加工した)
茗荷谷駅~後楽園駅・高低図

伝通院・本殿
伝通院・本殿

伝通院・於大の方(家康の実母)の墓他/清河八郎・佐藤春夫の墓は省略す
伝通院・墓

しばられ地蔵
しばられ地蔵尊

深光寺(滝沢馬琴・路女の墓)
深光寺

藤寺
藤寺

石川啄木終焉の地
石川啄木終焉の地

極楽水・宗慶寺(茶阿の局)
極楽水跡&宗慶寺

光圓寺
170806光圓寺

慈照院(辰巳屋惣兵衛墓)
慈照院

処静院跡(浪士隊結成の地)
処静院跡

福聚院・大黒天
福聚院大黒

小石川三井家跡(現・第三中学校)
小石川三井家跡(現・第三中学校)

荻の舎跡の碑
萩の舎跡

北野天神社
北野天神

礫川公園・春日局像
春日局像

礫川公園・櫨の木&ハンカチの木
礫川公園内・サトウハチロウ櫨の木と幸田文ハンカチの木

桜田門・霞が関・山王散策

桜田門・霞が関・山王散策

江戸名所図会・挿絵や名所江戸百景(広重画)、江戸切絵図などを持って、研修グループで桜田門、霞が関、日吉山王辺りを散策した。論客ぞろいなので、各所で侃侃諤諤の議論が展開されていた。面白い連中である。多々勉強になる。前もって原文に当たっているので尚更の感がする。

桜田門
桜田門

外桜田弁慶堀糀町(広重)/桜田堀
外桜田弁慶堀糀町(広重)
桜田堀

櫻の井(雪旦)/移設された桜の井
桜の井・図会
移設された桜の井

霞かせき(広重)/霞ヶ関坂
霞ヶ関(広重)
霞ヶ関坂

霞が関古圖(雪旦)/霞ヶ関跡の碑
霞ヶ関古圖
霞ヶ関跡の碑

虎の門外あふひ坂(広重)/特許庁辺り
虎の門外あふひ坂
特許庁辺り

溜池(雪旦)/溜池跡
溜池・図会
溜池跡

工部大學校址
工部大學校址

虎ノ門・霞が関周辺外堀石垣遺構
虎ノ門・霞が関周辺外堀石垣遺構

溜池櫓台
溜池櫓台

義士洗足の井戸
義士洗足の井戸

金毘羅宮
金毘羅宮

日吉山王神社(雪旦)・仁王門/男坂・鳥居
日吉山王神社(雪旦)
山王男坂鳥居

日枝山王神社
日枝山王神社

例:灯篭
日枝神社の灯篭

cf.現星が丘茶寮とガイド役のひとりは言う/いつも年越えの大祓に来るが、周辺は疎い。
   私は位置が違うと思うが(これは鰻/山の茶屋ではないのか)
現在の星が丘茶寮か

長尾・中丸子・夢見が崎

長尾・中丸子・夢見が崎(見残し)

等覚院・つつじの植栽
つつじの植栽

過日、長尾の里・妙楽寺、多摩川右岸丸子の中丸子羽黒権現、加瀬山(夢見が崎)・寿源寺跡などの見残しコースを歩いた。もちろん江戸名所図会挿絵を参考にしながら旧知を訪ねるコースである。見残しを訪ねる散策はいつもわくわくする。梶が谷・宿河原・川崎が最寄り駅だ。

◆江戸名所図会の挿絵は、
妙楽寺七面山、大師穴、中丸子羽黒権現、寿源寺で、それぞれ【国立国会図書館デジタルコレクション】から引用させてもらった。

妙楽寺七面山
妙楽寺・七面山

大師穴
大師穴

中丸子羽黒権現
中丸子・羽黒権現

寿源寺
寿源寺


等覚院
/山門
等覚院山門

/本堂
等覚院本堂

五所塚
五所塚

長尾神社
長尾神社

妙楽寺
/本堂
妙楽寺・本堂

/手水鉢のアジサイ
妙楽寺・手水のアジサイ

/境内のアジサイ
妙楽寺のアジサイ

/薬師堂か
妙楽寺・薬師堂か

大師穴方面(危険につき進入禁止)
大師穴へは進入禁止

二ケ領用水
/二ヶ領用水竣工400年記念の案内板
二ヶ領用水竣工400年記念

/二ヶ領用水
二ヶ領用水

/五ヶ村堀と八幡下の堰
五ヶ村堀と八幡下の堰

中丸子神明社(中丸子羽黒権現)
/本殿
中丸子神明社

/神木
中丸子神明社・神木

/鳥居
中丸子神明社・鳥居

加瀬山(夢見が崎)
夢見が崎(加瀬山)

了源寺
了源寺

熊野神社と天照皇大神
加瀬山(熊野神社・天照皇大神)

寿源寺跡
寿源寺跡

赤羽・川口散策

赤羽・川口散策

静勝寺・本堂と五葉松
静勝寺・本堂と五葉松

過日赤羽・川口を散策した。赤羽宿・川口宿の古い神社・仏閣・建物等が見られる箇所があった。隅田川が荒川から分かれる岩淵水門や東京23区で唯一続く造り酒屋なども見たい箇所であった。個人的なテーマ:江戸の園芸に関わる川口・赤山城は、今後行ってみたい場所である。

赤羽宿
稲付城跡(太田道灌・築城)・静勝寺山門・釈迦三尊像
稲付城跡・浄勝寺山門

亀ヶ池弁財天
亀ヶ池辨財天

赤羽八幡社
赤羽八幡社

新幹線上の八幡神社
赤羽八幡社

宝幢院
宝幢院

史蹟・岩渕宿問屋場址之碑
史蹟・岩渕宿問屋場址之碑

小山酒造
小山酒造

新荒川大橋
新荒川大橋

岩淵水門(青水門&赤水門)
岩淵水門(青水門&赤水門)

川口宿
川口宿本一通り界隈の図
川口宿本一通り界隈の図

川口善光寺(遠望)
川口善光寺(遠望)

鎌倉橋の碑
鎌倉橋の碑

18ポンド・カノン砲
18ポンドカノン砲

本陣門
本陣門

レンガ塀(永瀬家、発電所跡)
レンガ塀

川口宿
川口宿

鍋屋の井
鍋屋の井

川口文化財センター・キューポラの図
川口文化財センター・キューポラの図

錫杖寺
錫杖寺

三つ葉葵紋
三つ葉葵の紋

錫杖寺御成門(宇都宮城城門を移築)
宇都宮城門を移築した御成門か

大奥年寄・瀧山の墓
大奥年寄・瀧山の墓

瀧山使用の駕籠
瀧山使用の駕籠

永瀬家墓
永瀬家の墓

神奈川宿散策

神奈川宿散策

神奈川宿 広重画「東海道五十三次(浮世絵)-Wikipedia」より
神奈川宿 広重

過日、東神奈川駅から横浜駅まで歩いた。東海道三番目の宿場・神奈川宿は今だいぶ変わっているが江戸時代は大層賑わったそうだ。広重の「東海道五十三次|神奈川宿」や北斎の「富嶽三十六景|神奈川沖浪裏」などの絵画で往時が偲ばれる。また、図会にも色々な挿絵が。

神奈川沖浪裏(北斎)「神奈川沖浪裏-Wikipedia」より
神奈川沖浪裏 北斎

神奈川宿街道図/「神奈川宿を歩く・・・」より引用)
神奈川宿街道図

武州橘樹郡・神奈川宿
武州橘樹郡・神奈川宿

上無川跡(神奈川小学校)
上無川跡

金蔵院/熊野神社の元別当
金蔵院・本堂

熊野神社|観音山
熊野神社

|観音山
 (江戸名所図会の挿絵はすべて「国立国会図書館デジタルコレクション」から引用する。
  以下同じ)
観音山

神奈川総図
神奈川総図
其の二
神奈川総図2
其の三
神奈川総図3

復元高札(神奈川地区センター)
高札|神奈川地区センター

成仏寺(ヘボン滞在)
成仏寺

慶雲寺/明治期に観福寿寺(浦島伝説を持つ)を合寺
・山門
慶雲寺・山門
・本堂
慶雲寺・本堂
・浦島観世音堂
慶雲寺・浦島観世音堂
・堂内の浦島太郎と乙姫
浦島太郎と乙姫
・浦島太夫・太良廟所の碑
浦島太夫・太良廟所の碑

|慶雲寺
慶雲寺
|観福寿寺
観福寿寺 浦島寺と云う
|浦島古㕝
浦島古事
|浦島塚
浦島塚

本陣跡
神奈川町&青木町本陣跡の説明板

宗興寺/ヘボンが施療所を開いていた
宗興寺

幸ヶ谷公園|北条上杉神奈川闘戦
|北条上杉神奈川闘戦
北条上杉闘戦

洲崎神社|洲崎明神
洲崎神社

|洲崎明神
洲崎明神

本覚寺
本覚寺

・本覚寺・アメリカ領事館跡の碑
本覚寺・アメリカ領事館跡の碑

甚行寺/フランス公使館跡
甚行寺・フランス公使館跡

権現山
権現山

三宝寺
三宝寺

望欣台(高島嘉右衛門:横浜港の埋立・横浜の父)
望欣台・高島嘉右衛門

大網金毘羅神社
金毘羅神社

料亭田中屋|神奈川臺
田中屋

|神奈川臺
神奈川台

台町関所跡の碑
神奈川台の関門跡・案内板

上台橋
上台橋

金沢八景・六浦散策(見残)

金沢八景・六浦散策(見残し)

金沢勝景一覧之図 (web大人の塗り絵から引用)
金沢勝景一覧之図by大人の塗り絵

現在の、能見堂下からの眺め「金沢勝概一覧之図」相当
能見堂下からの眺め「金沢勝概一覧之図」

あるマンション屋上からの眺め
マンション屋上からの眺め

※他に、「武揚金沢八景略図」4種等は、こちら

私の好きな江戸名所図グループの分科会「見残しの図会を行く」にまた参加した。今回は「金沢八景・六浦コース」である。金沢文庫駅出発、金沢八景駅解散のコース。能見堂・鼻欠地蔵・光傳寺・上行寺・浦の郷・雀が浦・三艘が浦古事の跡を訪ねた。ほぼ面影は残ってないが。

能見堂 (国立国会図書館デジタルコレクションから引用、以下国会図書館)
能見堂by国会

現在の能見堂跡
能見堂跡

鼻欠地蔵(by国会図書館)
鼻欠け地蔵by国会

現在の、鼻欠地蔵(がっかりポイントかも)
現在の鼻欠地蔵(がっかりポイント)

光傳寺(by国会図書館)
光傳寺by国会

現在の光伝寺
光伝寺

上行寺(by国会図書館)
上行寺by国会

現在の上行寺・榧の木
上行寺・榧の木

雀が浦(by国会図書館)
雀が浦by国会

三艘が浦古事(by国会図書館)
三艘が浦古事by国会

現在の平潟湾跡1
平潟湾跡

現在の平潟湾跡2
平潟湾跡2

室の木からの眺め(野島・夏島)
室の木からの眺め(野島・夏島)

野島左の八景パラダイス方面を望む
野島左の八景パラダイス

★この日は、デジカメを持参しなかった。スマホで撮影したため、撮影枚数が少ない。

松戸の里・見残し

江戸名所図会・挿絵「松戸の里」を歩く
    国立国会図書館デジタルコレクションより

挿絵「松戸の里」

同じ千葉県なのに松戸に降りたことがない。江戸名所図会の「松戸の里」一枚を頼りに市内を散策した。江戸以前から水戸街道の宿場であり江戸川の渡船場の集落として生じたらしい。葛飾散策を企画した時金町松戸の関所跡を知っていずれ川を渡った処を廻りたいと思っていた。

市内のビューポイントを地図にプロットしてみた
地図「見残し松戸」

柳の古木at平潟遊郭跡(九十九楼辺)
柳の古木at平潟遊郭跡(九十九楼辺)

来迎寺
来迎寺

平潟神社(水神宮)
平潟神社(水神宮)

享保の頃、江戸川の流れを直線に変えたため、主力は平潟河岸から納屋川岸へ
 納屋川岸
納屋川岸

赤圦橋
赤圦橋

松戸宿碑
松戸宿碑

松龍寺観音堂
松龍寺観音堂

本陣跡地碑
本陣跡地碑

松戸神社
松戸神社

栄泉堂岡松
栄泉堂岡松

福岡家住宅
福岡家住宅

春雨橋
春雨橋

千葉周作修行の地・案内板
千葉周作修行の地・案内板

宝光院
宝光院

松戸探検隊ひみつ堂
松戸探検隊ひみつ堂

図会を参考に、関戸を歩く

江戸名所図会を参考に、関戸を歩く

ボケ防止に二日以上前の日記を書けとある。私も随分前の出来事をブログに投稿する。しかし、記憶は薄れる。写真が何か思い出さないことも多い。今回も、過日の街歩きを投稿する。場所は関戸。江戸名所図会の見残しの会で行った場所を思い出しながら、エキスの記録に挑戦。

※ 【】は、江戸名所図会の挿絵。国会図書館デジタルコレクションから引用する。

【茂草松蓮寺】
茂草松蓮寺fr国会図書館デジタルコレクション

京王百草園
京王百草園(梅祭時期)

百草八幡神社
百草八幡神社

銅造阿弥陀如来坐像
銅造阿弥陀如来坐像

【一宮大明神社】
一宮大明神fr国会図書館デジタルコレクション

武蔵一ノ宮 小野神社 随神門
 小野神社・随神門
  
小野神社・随神像
小野神社・随神像

小野神社・社殿
小野神社・社殿

小山田旧関 関戸惣圖
小山田旧關関戸惣図fr国会図書館デジタルコレクション
   
霞ノ関南木戸柵跡(熊野神社境内)/関戸合戦(新田義貞vs北条泰家)
熊野神社・霞ノ関南木戸柵跡

霞ノ関南木戸柵跡・補

【関戸天守䑓】
関戸天守臺fr国会図書館デジタルコレクション

関戸天守臺の碑
天守台の碑

金毘羅宮
金毘羅宮

天守台跡辺りからの眺め
天守台碑辺りからの眺め

祐天寺九品仏・研修

江戸名所図会を参考に、
   祐天寺九品仏をふたたび散策

江戸名所図会・挿絵 (出典は、主として国立国会図書館デジタルコレクションより)
・祐天寺
祐天寺

・満願寺
満願寺

・九品仏浄真寺
九品仏

名所図会を片手に、祐天寺、円融寺(法華寺)、碑文谷八幡、満願寺、九品仏と研修で廻った。朱引き線の外にあったためか、新政府軍の関心の外にあったためか、図会・挿絵のとおりの伽藍配置がよく保存されている処が多い。特に祐天寺・九品仏は何度行っても飽きない寺院だ。

(1)祐天寺
境内図(HPより)
祐天寺境内図

・表門
祐天寺・表門

・仁王門
祐天寺・仁王門

・地蔵堂
祐天寺・地蔵堂

・地蔵堂門の天井彫刻(江戸火消三番組の纏)
地蔵堂の門の天井彫刻(江戸火消三番組纏)

・かさね塚
祐天寺・かさね塚

・鐘楼(鯨鐘) 6代家宣正室天英院寄進
祐天寺・鐘楼&書院方面

・本堂
祐天寺・本堂

・阿弥陀堂 綱吉養女竹姫(加賀藩5代藩主正室)寄進
祐天寺・阿弥陀堂

・仏舎利殿
祐天寺・仏舎利殿

・祐天上人墓
祐天上人墓

・大正天皇ご生母(柳原愛子さん)の墓
大正天皇生母・柳原愛子さんの墓

(2)法華寺(円融寺)
・山門 (御殿山の原邦造邸から移築)
円融寺・山門から

・黒仁王尊
黒仁王尊

・釈迦堂
円融寺・釈迦堂

・阿弥陀堂
円融寺・阿弥陀堂

・日源上人五重石塔
円融寺・日源上人五重石塔

(3)碑文谷八幡
・碑文谷八幡
碑文谷八幡宮・拝殿

・碑文石
碑文石

(4)玉川神社(元熊野神社)
・玉川神社
玉川神社(元熊野神社)

・玉川神社のとっくりクス
とっくり楠

(5)満願寺
・本堂&客殿
満願寺・本堂&客殿

・一言地蔵
満願寺・一言地蔵

・細井広沢墓
満願寺・細井広沢の墓か

(6)九品仏浄真寺
境内図(奥澤城址)/吉良氏の家臣大平氏の「奥沢城」跡
九品仏境内図

・参道
浄真寺参道

・総門
浄真寺総門

・山門
浄真寺山門

・本堂
浄真寺本殿

・釈迦如来
釈迦如来

・三仏堂
三仏堂

・九品仏(阿弥陀)
九品仏(阿弥陀)

・開山珂碩上人廟
開山珂碩上人廟

・閻魔大王と奪衣婆
閻魔像と奪衣婆

見残しの会で 羽田川崎を歩く

見残しの会で 羽田川崎を歩く

羽田弁財天社(図会)
羽田弁財天社

河崎新田社(図会)
河崎新田社
(図会)

石観音堂(図会)
石観音堂

過日、図会・挿絵の見残しを歩く会という面白いツアーに参加した。挿絵としては、羽田弁財天社、河崎新田社、石観音堂が含まれている。京急・天空橋からJR河崎駅まで歩く。もっとも途中でバスも利用する。都市化・工場化が進み変わり過ぎていたが。案内人はマニュアックな人。

※ 実踏から投稿までの時間が長かったので、記憶が鮮明でない。詳細な注釈は省略する。

赤鳥居・羽田弁財天跡/かつて鈴木新田の穴守稲荷社参道にあった鳥居のひとつ
赤鳥居・羽田弁財天社跡

玉川弁財天(羽田弁財天社)
玉川弁財天

羽田の渡し跡
羽田の渡し跡

赤煉瓦堤防跡
赤煉瓦堤防跡

正蔵院
正蔵院

鈴木新田開発・鈴木弥五右衛門墓
鈴木新田開発・鈴木弥五右衛門墓

新・大師橋/大師橋南詰辺りに末広松があったと
新・大師橋

成就院/新田神社の別当寺
成就院

新田神社/祭神:新田義貞公(鎌倉幕府を滅亡させた/尊氏と対立、北陸で討ち死)
新田神社

亘新左衛門墓/新田義貞の臣
亘新左衛門墓(御霊権現社)

姥が森弁財天
姥が森弁財天

石観音堂
石観音堂

石観音堂・霊亀石盥盤
石観音堂・霊亀石盥盤

市川国府台下見2

市川国府台下見2

国府神社・案内板
国府神社・案内板

1回目下見によりコース圧縮を探る二回目の下見を行った。国府神社・木内ギャラリー・松戸街道の今昔が候補に挙がる。日本武尊が市川から武蔵に渡河する場所に困った時にコウノトリが案内したことによりその地を鴻之台と名付けたといった由来が書かれた案内板があった。

国府神社補足
国府神社

木内ギャラリー/明治後期から大正前期の旧木内別邸洋館を復元・再築して
           市川市でギャラリーとして利用
木内ギャラリー

里見公園/ダイヤモンド富士が見えるポイント (1/28~2/6)
ダイヤモンド富士観察場所

市川国府台下見1

市川国府台下見1

国分寺(図会挿絵) 引用はこちら
国分寺(図会挿絵)

国分寺創建伽藍配置図
国分寺創建伽藍配置図

原案は2011年に巡ったコース。弘法寺から下総国分寺を通って国府台総寧寺・古戦場跡を巡るコースである。ところが、大変遠い。我々の脚力が衰えてきたのかメンバーが長い距離を嫌うようになったのか分からないが、研修コースを大幅に短縮することになった。記録の為掲載。

(1)国分寺・国分尼寺跡
国分寺・仁王門
国分寺仁王門

金堂基坦跡の本堂
金堂基坦跡の本堂

講堂址(基坦)
講堂址(基坦)

七重塔址(基坦)
七重塔址(基坦)

国分尼寺跡
国分尼寺跡

(2)アイリンクタウン展望デッキよりの眺望
真下(千葉街道・松戸街道、総武線・京成線・北総線)
アイリンクタウン真下

弘法寺・国府台方面
弘法寺・国府台方面

江戸川下流方面
江戸川下流方面

その他房総半島・三浦半島方面が眺められる
【参考】 国土地理院地図・航空写真より
アイリンクタウンから眺望できる範囲

飛鳥山王子散策

飛鳥山王子散策

過日飛鳥山王子方面のガイド研修に参加した。2014年の東十条から王子のツアー等幾度か投稿した。江戸名所図会も挿絵が10件名所江戸百景も6枚ほどあるなど、江戸時代の名所が揃っている。その他切絵図などを参考に散策した。王子は、若宮王子権現の信仰や凹地を語源とした地形由来の地名である。

平塚神社
平塚神社

無量寺
無量寺

西ヶ原一里塚
西ヶ原一里塚

旧渋沢庭園&青淵文庫
旧渋沢庭園&青淵文庫

渋沢資料館
渋沢資料館

王子神社
王子稲荷神社

王子神社・鳥居
王子稲荷・鳥居

正受院・鐘楼門
正受院・鐘楼門

正受院・社殿
正受院・社殿

正受院裏/滝野川の渓流碑
滝野川の渓流碑(裏に滝があった)

金剛寺
金剛寺

松崎弁財天洞窟跡
松崎弁財天洞窟跡

王子稲荷神社
王子稲荷神社

王子稲荷・鳥居
王子稲荷・鳥居

装束稲荷
装束稲荷

日本橋ガイド研修

日本橋ガイド研修

常磐橋御門の図
常磐橋御門の図

過日目覚ましく変貌を遂げる日本橋のガイド研修が行われたので参加した。この多くは煕代勝覧常磐橋・一石橋・駿河町・十軒店大伝馬町など既に投稿済みのものである。今回工事中の常磐橋を文化財保存計画協会の係員に説明してもらったことや古河市兵衛像、福徳の森の薬祖神社等の写真を追加する。

常磐橋工事現場プチ説明会
 都内現存最古の石橋(庭園の石橋を除く)
都内現存最古の石橋

 常磐橋御門の古写真
常磐橋御門の古写真

 まだ続く常磐橋工事現場
まだ続く常磐橋工事現場

福徳の森
 元神社
元神社

 福徳神社
福徳神社

 薬祖神社
薬祖神社

古河市兵衛翁の銅像
古河翁の銅像
  
※なお「常盤橋街区再開発プロジェクト」なるものが常盤橋公園の近くで行われるらしい。
JXビル(旧新日鐵ビルヂング)、日本ビル、大和呉服橋ビル(旧大和証券)が消えるそうだ。私の青春時代の光景がすべて消え去ることになる。寂しい限りである。
※※国指定史跡常磐橋門跡・常磐橋解体修理工事 現場見学会

野火止・平林寺を巡る


野火止・平林寺を巡る

「武州野火止臨済宗金鳳山平林寺之景」
平林禅寺之景

松平伊豆守信綱(知恵伊豆)を含む大河内松平家の廟所としても有名である平林寺を江戸名所図会を愛する有志8人で訪れた。臨済宗妙心寺派の関東の名刹とされる。現在の境内も「江戸名所図会」挿絵・平林寺や「武州野火止臨済宗金鳳山平林寺之景」の境内図とほぼ一致する。雑木林は天然記念物である。

知恵伊豆(松平伊豆守信綱=大河内松平家)一族の廟所
信綱一族の墓所・案内板

信綱一族の墓

信綱公の墓か

「江戸名所図会」挿絵 平林寺
名所図会・平林寺

「平林寺境内案内図」(パンフレットなどから)
平林寺境内案内図(パンフレット)

総門
総門

山門
山門

仏殿
仏殿

本堂
本堂

聯芳軒
聯芳軒

戴渓堂
戴渓堂

鐘楼
鐘楼

半僧坊感応殿
半僧坊感応殿

経蔵
経蔵

片割れ地蔵
片割れ地蔵

現・放生池
現・放生池

廟所参道
廟所参道

高野槇(樹齢500年)
高野槇(樹齢500年)

紅葉山
もみじ山

雑木林/国天然記念物
雑木林

野火止塚
野火止塚

業平塚
業平塚

歴代塔所
歴代塔所

旧・放生池(推定)
旧・放生池

野火止用水跡
野火止用水跡1

野火止用水跡2

野火止用水跡3

小机の城址や寺、大倉山の社

小机の城址や寺、大倉山の社

小机城址を登り始める
小机城を登り始める

楽しい「江戸名所図会の見残しを歩く会」に参加した。今回は小机駅ならびに大倉山駅周辺である。前者では中世の城・小机城址や雲松院・泉谷寺、後者では師岡熊野神社などが見所である。中世の城は近世の大規模な城に比べて面白いと私は思っている。小机城址も中世の城としていい雰囲気が残っていた。

(1)小机城址
小机城遠望
小机城・遠望

本丸広場
本丸広場

二の丸か
二の丸か

小机城想定図
小机城想定図

横浜市内・中世の城址分布図
横浜市内中世の城址の分布図

空堀
空堀

土塁
土塁

(2)小机の寺院
A.雲松院
通用門・臥龍山の額
通用門・臥龍山の額

雲松院・本堂か
雲松院・本堂か

笠原家墓所
笠原家墓所

旗本笠原家の墓所説明板
旗本笠原家の墓所説明板

B.泉谷寺
参道
泉谷寺・参道

観音堂
泉谷寺・観音堂

本堂
泉谷寺・本堂

C.師岡熊野神社
鳥居
師岡熊野神社・鳥居

弁財天
弁財天

本殿
師岡熊野神社・本殿

「の」の池
復元「の」の池

アカガシの古木
境内古木の一つ、アカガシ

D.その他
法華寺
隣の法華寺

【補足】  小机駅から見る日産スタジアム
日産スタジアム

代々木八幡・金王八幡宮散策

代々木八幡・金王八幡宮散策

代々木八幡宮・石段
代々木八幡宮・石段

過日、ガイド研修の下見などで、駒場・渋谷を歩いた。江戸名所図会の挿絵が5枚ほどあるコースだった。見所は、代々木八幡宮金王八幡宮あたりか。駒場野とか松見坂はどこかなどについて、諸説あるルートである。このうち、道玄坂は、大和田道玄は和田一族で、滅びたる後残党が山賊となったことに由来か。

代々木八幡宮・社殿と鳥居と代々木八幡遺跡
代々木八幡

代々木八幡別当の福泉寺
福泉寺

駒場野公園
駒場野公園

ケルネル田圃
ケルネル田圃

目黒川の源流のひとつ(空川)
目黒川の源流のひとつ(空川)

松見坂(cf.富士見坂一本松
松見坂

道玄坂の碑
道玄坂の碑

金王八幡宮社殿
金王八幡宮・社殿

金王八幡宮(神門・御影堂・渋谷城城石)
金王八幡宮(神門・御影堂・渋谷城城石)

金王八幡宮別当・東福寺
東福寺

【追伸】 渋谷のハチ公の今(確かに足元に猫がいる)とスクランブル交差点
渋谷交差点とハチ公

池上本門寺の名園 松濤園拝観

池上本門寺の名園 松濤園拝観

池上本門寺・松濤園
松濤園

2012年11月付で池上本門寺・洗足池散策を投稿した。今回久し振りに本門寺のみの探索に参加した。重複する処は、上述ブログ参照下さい。今回は、ある人の口利きで「松濤園」を特別見学することができた。その写真中心に掲載する。小堀遠州作で大名庭園に匹敵するような素晴らしいお庭の拝見であった。

カワセミ
池のカワセミ

茶室群か
茶室群か

たぬき
たぬき

隆盛・海舟会見の碑
隆盛・海舟会見の碑

※ 境内マップは、こちら

【その他・補足】

御廟所
御廟所

本殿
本殿

本殿内の、仁王像(アントニオ猪木がモデルとか)
仁王像

早大周辺の神社と寺、庭園跡

早大周辺の神社と寺、庭園跡

昭和38,9年のその辺りは多少歩いた記憶がある。久しぶりにプチ散歩に同行するとその辺りは大幅に変わっていた。その辺りとは、早稲田である。早稲田大学本部周辺の神社や寺を改めて、記録する。神楽坂にお旅所がある高田穴八幡は、今や目にまぶしいほどの朱塗りの鳥居などが建設され一変していた。

高田穴八幡
・名所図会・挿絵図を使った案内板
名所図会

・赤鳥居
赤鳥居

・二の鳥居から光寮門を望む
石鳥居から光寮門を望む

・阿弥陀像出現地(緑の屋根・朱の塀のある、やしろの内?)
阿弥陀像出現地か(社内)

・光松
光松

・流鏑馬像
流鏑馬像

・布袋像
布袋像

・社殿
社殿

・楠/神木
神木の楠

・菩提樹
菩提樹

・一陽来復
一陽来復

宝泉寺
宝泉寺

放生寺
放生寺

スコットホール/早稲田奉仕団
スコットホール・早稲田奉仕団

尾張徳川家下屋敷跡
・箱根山/戸山公園/23区内最高峰の人工山(44.6m)
箱根山

早稲田の交差点の辺りには、次のようなものもある。
cf.夏目漱石誕生の地・碑
漱石誕生の地

cf.馬場へ助太刀に向かう堀部安兵衛が、立ち寄ったといわれる酒屋?
安兵衛立ち寄りの酒屋

祐天寺~下北沢の図会を歩く

祐天寺~下北沢の図会を歩く

馬牽澤古事、子明神、北澤粟島社・池尻祖師堂、常磐橋、駒場野の江戸名所図会・挿絵5枚を訪ねた。
後日のために、ポイントを記録する。

(1) 「馬牽澤古事」/葦毛塚

馬牽澤古事
馬牽澤古事

葦毛塚の碑
葦毛塚の碑
(蛇崩川緑道)
(蛇崩川緑道)

(2) 「子明神」/駒繋神社

子明神
子明神

子明神(駒繋神社・寺のような拝殿)
子明神(駒繋神社・拝殿)
駒繋神社・神社である証拠の本殿
駒繋神社・本殿
世田谷区名木百選・モッコクとアカシデ
世田谷区名木百選・駒繋神社

(参考)付近の神社
(西澄寺・武家屋敷門)
(西澄寺・武家屋敷門)
(西澄寺・本堂)
西澄寺・本堂

(3) 「北澤粟島社・池尻祖師堂」

「北澤粟島社・池尻祖師堂」
北澤粟島社・池尻祖師堂

挿絵上方 森厳寺 北澤八幡神社
森厳寺・山門
森厳寺・山門
森厳寺・本堂
森厳寺・本堂
森厳寺・粟島堂
森厳寺・粟島堂
北澤八幡神社
北澤八幡神社

挿絵手前 /池尻稲荷社
池尻稲荷神社
池尻稲荷神社
池尻稲荷・拝殿と左・神楽殿
池尻稲荷・拝殿と左・神楽殿
池尻稲荷社・境内社稲荷神社
池尻稲荷社・境内社稲荷神社

(4) 「常磐橋」/常磐塚 駒留八幡神社

常磐橋
常磐橋

常磐塚
常磐塚
駒留八幡神社(若宮神社)
駒留八幡神社(若宮神社)
常磐橋
常磐橋
駒留八幡神社・厳島神社
駒留八幡神社・厳島神社

(5) 「駒場野」/

「駒場野」
駒場野

駒場野か
駒場野か

※ 挿絵「駒場野」については、
北澤八幡神社からの説
目黒駒場二丁目説
大山街道の上から説
など、色々あるようだ。

(目黒川緑道)


「塩の道」の一部をトレース

「塩の道」の一部をトレース

家康入府直ぐ開かれた、日本橋行徳河岸から行徳船場までの「塩の道」のうち、一部をトレースした。
小名木川の東端・中川船番所、新川、江戸川(妙見島遠望・今井の渡し跡)が中心である。
ついでにその周辺の寺院で、江戸名所図会に出てくる処も一部探訪した。

※ 行徳散歩(既報)は、こちら

※ 先般の、船橋の地名を歩くで述べたように、7,8月は炎天下で歩かない方がいいと改めて気づいた。この頃の地球温暖化は尋常ではないからだ。従って外出を極力控えることにした。ランチや打上会の取材も減少する。よって、毎日アップしていたブログを二三日おきの不定期な投稿に変えることにした。

小名木川終着・中川船番所跡 (対岸)
中川船番所跡

新川
新川

妙見島遠望
妙見島遠望

今井街道 (行徳道)
今井街道(行徳道)

今井の渡し跡
今井の渡し跡

【近辺の仏閣】
二の江妙勝寺
・山門
妙勝寺・山門

・本堂
妙勝寺・本堂

・樹齢500年のケヤキ
樹齢500年ケヤキ

二之江神社
二之江神社

(東一之江)妙音寺
☆ ご住職のご厚意で、本堂でのご説明の後、寺宝・賓頭盧尊等の拝観や写真撮影が許された。
妙音寺
妙音寺

・阿弥陀如来坐像・脇侍観音・勢至菩薩
妙音寺・阿弥陀如来坐像・脇侍観音・勢至菩薩

・本尊・木造十一面観音立像
本尊・木造十一面観音立像

・賓頭盧尊
賓頭盧尊

・瓣天
辨天

浄興寺
浄興寺
浄興寺

・浄興寺松
浄興寺・松

根津~駒込散策記録

根津~駒込散策記録

過日、根津・駒込間を散策した。後日のために写真を掲載しておく。

【参考・江戸名所図会・挿絵】
根津権現社・根津権現旧地・大観音・諏訪山吉祥寺・駒込神明宮・六月朔日富士講・富士浅間の社

根津神社
根津神社
文京区つつじ祭り/開期中なのに躑躅の開花は終わっていた。
文京区つつじ祭り・つつじの開花は終わっていた

団子坂・森鴎外記念館
団子坂・森鴎外記念館内

東都六地蔵2番・専念精舎(元専念寺)
銅造地蔵菩薩立像(始めの六地蔵)

大観音(光源寺)
光源寺 駒込大観音

・駒込大観音
駒込大観音

・千住観音像
光源寺・千住観音像

・庚申待百万遍講中庚申塔
光源寺・庚申待百万遍講中庚申塔

清林寺
清林寺・建築計画

駒込土物店跡・サイカチの木
駒込土物店跡

目赤不動
目赤不動

吉祥寺(諏訪山吉祥寺)
吉祥寺山門

名主屋敷(高木家)
名主屋敷(高木家)

天祖神社(駒込神明社)
天祖神社

富士神社(富士浅間の社)
富士神社

妙義坂、六義園の標柱
妙義坂、六義園の標柱

吾妻橋~錦糸町 街歩きメモ

吾妻橋~錦糸町 街歩きメモ

大分前、吾妻橋から錦糸町駅まで散策した。街歩きメモとして、後日のために写真を掲載しておく。

【参考にした江戸名所図会・挿絵図】
吾妻橋/「隅田川両岸 大川橋」「正平七年隅田河合戦之図 其一、其二」「水鶏の佳境」「瓦師」「角田河渡」「業平天神祠 中郷 第六天・八幡宮」「中之郷さらし井」「中郷 最勝寺・神明宮・太子堂」「多田薬師堂」「押上報恩寺・霊山寺」

吾妻橋
吾妻橋

六面地蔵塔/如意輪寺
六面地蔵塔at如意輪寺

枕橋・源森橋
枕橋・源森橋

業平橋 (業平天神社別当は現存せず、関東大震災の後、水元に移転:南蔵院(縛られ地蔵))
業平橋

南蔵院の説明板
南蔵院跡の説明版

本久寺
本久寺

船江神社
船江神社

法恩寺
法恩寺

・江戸十大祖師
太田道灌開基・江戸十大祖師

・経石塔
経石塔(三重塔・鐘楼)

・平川清水稲荷
平川清水稲荷

・太田道灌墓所
太田道灌墓所

霊山寺
霊山寺



市ヶ谷亀岡八幡宮と茶木稲荷

市ヶ谷亀岡八幡宮と茶木稲荷

JR市ヶ谷駅近くの八幡宮や稲荷社などの旧跡を訪問したことはなかった。ある会で、神楽坂のガイドのエリアに市ヶ谷方面も加えることになり散策した。市ヶ谷八幡宮は、太田道灌が江戸城鎮守として鎌倉鶴ケ岡八幡宮を勧請して創建したものを移設したそうだ。鎌倉の鶴ケ岡に対して市ヶ谷の亀ヶ岡と呼ばれる。

※ 江戸名所図会・挿絵「市谷八幡宮
市ヶ谷亀八幡宮

※※名所江戸百景「市ヶ谷八幡」
市ヶ谷亀八幡宮・広重

市ヶ谷八幡宮と茶木稲荷
市ヶ谷亀岡八幡宮と茶木稲荷

茶木稲荷社殿
茶木稲荷社殿

市ヶ谷八幡宮・鳥居と狛犬
市ヶ谷八幡宮・鳥居と狛犬

市ヶ谷亀岡八幡宮社殿
市ヶ谷亀岡八幡宮・社殿

街歩き 白金・二本榎コース

過日、白金・二本榎を歩いた。
結構長丁場であるが、見どころが多く満足感が得られた。
古地図(切絵図)のとおりの道が多く残っている。

街歩き 白金・二本榎コース

(1) 東禅寺

東禅寺/江戸名所図会・挿絵図 (以下、図会と略す)
東禅寺・図会
東禅寺山門
東禅寺山門
東禅寺本堂/イギリス公使館
東禅寺・本堂
英国公使館襲撃事件で残る弾痕の跡
東禅寺・本堂の鉄砲玉の穴
東禅寺・三重塔
東禅寺・三重塔

(2) 二本榎正覚院

二本榎正覚院・図会
二本榎正覚院・図会
高野山別院
高野山別院

(3) 覚心寺 清林寺 承敬寺 上行寺 圓真寺 黄梅院

覚心寺等・図会
覚心寺・図会

承敬寺

承敬寺・山門-仁王門-本堂・鐘楼
承敬寺・狛件(くだん)
承敬寺・狛件
二本榎の碑at承敬寺
二本榎の碑・承敬寺
英一蝶墓at承敬寺
英一蝶墓

(4) 覚林寺

覚林寺
覚林寺

(5) 松秀寺

松秀寺・図会
松秀寺・図会
松秀寺・日限地蔵
松秀寺・日限地蔵

(6) 立行寺

大久保彦左衛門at立行寺
立行寺・彦左衛門
大久保彦左衛門の墓&一心太助(架空の人物)の墓
彦左衛門&太助墓

(7) 鷺森神明・西光寺・氷川明神

氷川明神等・図会
氷川明神社・図会
氷川神社
氷川神社

(8) 綱坂

綱坂・古写真
綱坂・古写真
綱坂
綱坂

(9) 天祖神社/小山神明宮

天祖神社(小山神明宮)
天祖神社(小山神明宮)

(10) 赤羽心光院

※ 竹女故事あり。寺は戦災により東京タワーあたりへ移転。

赤羽心光院・図会
赤羽心光院・図会

(11) 有馬上屋敷跡

増上寺塔赤羽橋/名所江戸百景
増上寺塔赤羽橋・百景
有馬上屋敷・水天宮跡あたり
有馬上屋敷・水天宮跡

武蔵国府跡確認兼ね 府中散歩

葛飾の古代東海道を訪ねた折、武蔵国府を未だ見ていないことに気付いた。セミナーや本で見たり聞いたりしたことはあるが、実物を見ないことには納得がいかないたちである。お蔭で国府跡のほか府中の寺々も巡れて有意義な散策となった。また葛西清重が頼朝の使節で大國魂神社に詣でていることまで分った。

武蔵国府跡確認兼ね 府中散歩

● 武蔵国府跡

武蔵国府跡

◆ 大國魂神社

※ 武蔵国総社。また、武蔵国の一之宮から六之宮までを祀るので、六所宮とも呼ばれる。

六所宮/江戸名所図会・挿絵
六所宮・図会

現在の大國魂神社

本殿
大國魂神社・本殿
拝殿
大國魂神社・拝殿
中雀門
中雀門
隋神門
大國魂神社・随神門
大鳥居
大國魂神社・大鳥居
けやき並木と源義家像
けやき並木と源義家像

摂社/宮乃咩神社 (みやのめじんじゃ)
宮乃咩神社

境内末社/
松尾神社
松尾神社

東照宮
東照宮

所管社/国府八幡宮
国府八幡宮

六所宮田植え/江戸名所図会・挿絵
六所宮田植え
この辺りか(府中競馬場近く)
六所宮田植え

お旅所ならびに高札場
お旅所、高札場

称名寺・善明寺・高安寺

府中 称名寺・善明寺・高安寺/江戸名所図会・挿絵
府中称名寺・弥勒寺・善明寺・高安寺

称名寺
称名寺

善明寺
善明寺

高安寺/
山門&本堂
高安寺・山門&本堂
観音堂
高安寺・観音堂

明光院・安養寺

明光院・安養寺/江戸名所図会・挿絵
明光院・安養寺

妙(明)光院
妙光院

安養寺
安養寺

★ 高安寺境内の秀郷稲荷や弁慶硯の井戸、大國魂神社境内のイチョウやムクノキなどの名木、称名寺の飯盛女郎の墓、高安寺ぼけ封じ地蔵などの写真や記述は割愛する。

戸田の渡し跡から 浦和宿まで

中山道(浦和宿→蕨宿→戸田の渡し跡)が坂道散歩などで紹介されている。
過日、江戸名所図会・挿絵を探訪する会に参加した。概ね逆のコースを歩いた。バスや電車も利用した。
ルート図などは、その会のノウハウ扱いかも知れないので、断片的に写真で紹介するにとどめたい。

戸田の渡し跡から 浦和宿まで

◆ 戸田川渡口 羽黒権現宮  江戸名所図会巻4・挿絵
戸田川渡口 羽黒権現宮

戸田川渡口辺り
戸田川渡口
この辺りの案内板
戸田川渡口辺 案内板
現・戸田橋と三代目戸田橋の親柱
現・戸田橋と三代目戸田橋親柱
水神社
水神社
地蔵堂
地蔵堂

新曽氷川神社辺り
◆ 妙顕寺

妙顕寺・山門
妙顕寺1
仁王門
妙顕寺2
本殿
妙顕寺3

◆ 焼米坂

焼米坂・挿絵
焼米坂
現・焼米坂
焼米坂

◆ 調神社 (つきじんじゃ)

調神社  江戸名所図会・挿絵
調神社・挿絵
調神社・注連縄
調神社・門
狛兎
調神社の狛兎
調神社・本殿
調神社・本殿
調神社・旧本殿
調神社・旧本殿

玉蔵院

玉蔵院1
玉蔵院/桜の名所
玉蔵院2

葛飾北部の 名所図会跡を、巡る

過日、人があまり行かない葛飾北部を、博覧強記の先達で散策した。
新宿(にいじゅく)は、水戸街道沿いの宿場で、葛飾区に住んでいる人でも知らない人が多い。
この辺りには、ゆかしい神社仏閣が残っている。

葛飾北部の 名所図会跡を、巡る

普賢寺と葛西六郎の墓とされる宝篋印塔

普賢寺山門
普賢寺

葛西六郎の墓とされる宝篋印塔
葛西六郎の墓とされる宝篋印塔

新宿(にいじゅく)辺り

中川橋(新宿の渡しの地)
中川橋(新宿の渡しの地)

新宿(下宿)の跡か
新宿(下宿)の跡か

新宿界隈の神社=日枝神社
日枝神社

葛西神社界隈

葛西神社
葛西神社

葛西神社境内の葛西ばやしの碑/葛西ばやし発祥の地
葛西ばやしの碑

半田稲荷神社
半田稲荷社

半田神社境内の神泉遺構/願人坊主が水垢離したと言われている
                ※坂東三津五郎が扮した願人坊主が人気を博したのが文化年間
神泉遺構

四ツ木 西光寺・清重稲荷の探索

あるエリアのガイド研修に参加させてもらった。その研修は、ウォーキングを主体とするツアーのガイド研修である。最近人気上昇中だそうだ。私の参加動機は多少不純で、葛飾地区研修グループの企画が行き詰っているのを打開するためである。すなわち、四ツ木地区を加えるとどうなるかと考えたからである。

※ これまで下見した案は、
 ア.葛西城と古代東海道を下調べ
 イ.古代東海道の再調べ
   これらの企画の欠点は、研修スポットが点在しすぎてウォーキングツアー並みに歩きが長くなること。
   それを回避しようとすると電車の利用が3回以上入るということである。

四ツ木 西光寺・清重稲荷の探索など

(1) 四ツ木 西光寺・清重稲荷

【参考】 江戸名所図会から/「渋江 西光寺・清重稲荷」
渋江 西光寺・清重稲荷

葛西清重の居館跡(西光寺)
葛西清重の居館跡(西光寺)

葛西清重の墓(清重塚)  cf.清重稲荷跡は、西光寺の中にあるらしい。
葛西清重の墓

(2) 古代東海道関連ポイント

古代東海道案内図/四ツ木橋の東側
古代東海道案内図at四ツ木

古代東海道跡(奥戸街道)
奥戸街道(古代東海道)

(3) その他

A.四ツ木地区

・四つ木白髭神社
四つ木白髭神社

キャプテン翼の像/写真は、大空翼と岬太郎
キャプテン翼の銅像

・葛飾区セルロイド工業発祥記念碑
葛飾区セルロイド工業発祥記念碑

B.立石地区追加ポイント

・葛飾区伝統産業館
葛飾区伝統産業館

立石仲見世
立石仲見世

図会の面影残す、氷川女體神社

以前参拝した大宮氷川神社(男体社)と、中山神社(簸王子社)と氷川女體神社(女体社)の三社で氷川神社を構成したという説がある。武蔵国一宮はややこしいが、大宮氷川神社が武蔵国一宮とされることから、三社一体説を根拠として女體神社も武蔵国一宮を称し、「全国一の宮会」に加盟。はじめて参拝した。

江戸名所図会・挿絵の面影残す、氷川女體神社

氷川女體神社 (三室村元簸河神社
氷川女體神社

女體神社・社殿/三間社流造(さんけんしゃながれづくり)
女體神社・社殿

氷川女體橋
氷川女體橋

【参考】 見沼氷川公園

氷川女體橋が掛かるのは見沼代用水西縁。
この川の東南側にあるのが、見沼氷川公園
見沼代用水西縁

見沼氷川公園とアサザ/cf.アサザの生態 (cf.良く取り違えるコオホネ
見沼氷川公園とアサザ

四本竹とは、氷川女體社の祭祀、御船祭の際、船で向う見沼にある御旅所のことだ。隔年の9月8日に女體社前に広がる見沼の水神のために執り行なわれた。鉾を立て、神輿を乗せた船で四本竹へ向かい、四本の竹を突き刺し、注連縄をかけ結界とし、小麦御飯、神酒を献じ、見沼の神を慰める祭りである。

 この祭りは、享保12年、享保の改革の一環である新田開発のため、見沼の干拓が行なわれたことにより不可能となり、そのかわりとして、見沼に祭祀地をもうけ、新たに行なわれるようになったのが磐船祭である。』 (「神社 三室氷川女體神社 その1 四本竹…」より)

磐船祭祭祀遺跡 /見沼氷川公園・芝生広場の北東部にある。
磐船祭祭祀遺跡


登戸宿と津久井道、枡形山を歩く

枡形山・山下り

江戸名所図会を歩く会では、飛び離れた地域を見残しの図会として、別途歩いている。
今回、登戸駅から向ヶ丘遊園駅までのコースを歩いた。見残しとしては、随分内容の濃い行程であった。
企画者のノウハウもあるので、コースの詳細は省略する。自分用の記録として抜粋した写真を掲載する。

登戸宿と津久井道、枡形山などを歩く

登戸の渡し跡の碑
登戸の渡し跡の碑

柏屋旧津久井道
柏屋、旧津久井道

光明院
光明院

広福寺・観音堂
広福寺

稲毛重成の墓とされる五輪塔など
稲毛重成の墓

枡形山頂上からの、多摩水道橋・登戸宿方面の眺め
多摩水道橋・登戸宿方面の眺め

枡形山頂上からの、南側の眺望
南側の眺望

生田長者穴横穴墓群
生田長者穴横穴墓群

葛西城と古代東海道を下調べ

東京シティガイドクラブ研修セミナーで谷口榮講師のセミナーを拝聴した。テーマは、『東京の地形はどのようにできたのか』であるが、その内の大嶋郷(嶋俣=柴又、甲和=小岩、その中間にある仲村)の自然堤防・砂州(あるいは微高地)に興味を持った。そこで、葛西城と古代東海道を独りでトレースしてみた。

葛飾区の、
   葛西城と古代東海道を下調べ

ついでに、
(0) 曳舟川跡と葛飾区 郷土と天文の博物館

京成お花茶屋駅からまっすぐ亀有の方面に伸びる道路がある。そこは、昔、本所・深川に真水を供給した本所上水あるいは曳舟川が埋め立てられた跡である。歌川広重の名所江戸百景に「四ツ木通用水引ふ祢」に描かれている。墨田区には、曳舟の地名が残っている。

曳舟川の跡
曳舟川跡(葛西用水路)
曳舟川親水公園/曳舟川に関する親水公園が所々に存在する。
曳舟川親水公園

この通りの右側に、葛飾区郷土と天文の博物館がある。
葛飾区郷土と天文の博物館

環状七号線の建設の時に発掘された葛西城関連の資料が展示されている。
展示:葛西城の時代

また、武蔵の国府・府中と下総の国府・国府台を結ぶ古代東海道の地図も展示されている。
展示:古代東海道

(1) 葛西城

御殿山公園
御殿山公園
葛西城址公園
葛西城址公園
(参考) 近隣の神社・仏閣
青砥神社
青砥神社
観音寺
観音寺

新中川を下ると、まっすぐの新中川と右に中川が分岐する。
新中川と中川の分岐点
蛇行する中川に架かる橋、奥戸橋。奥戸橋の処を右折する。
奥戸橋

奥戸橋からまっすぐの道。この時、この道は古代東海道と誤解した。この辺りの正しい古代東海道については、次回に。
古東海道?

(2) 立石様

立石  南蔵院と熊野祠/江戸名所図会
南蔵院と熊野祠

立石様/江戸名所図会
立石様

この道の右に、立派な神社がある。これが、熊野神社
熊野神社
熊野神社の本殿両脇にあるクスノキの巨木。
熊野神社のクスノキ
この道の左にあるのが、南蔵院。ただし、正門は、土手側にある。
裏手(北西)には、古墳があったそうだ。
南蔵院
児童公園入口・立石祠
児童公園入口・立石祠
立石祠
立石祠

これが立石様。葛西税務署の近くにあるが、土地の人に聞いても知らない人が多い。
立石様

【参考】 この辺りの、微高地か?
微高地?.




巣鴨から板橋を歩く

ガイド研修の下見に参加した。
巣鴨駅から板橋本町駅までのコースだ。
自分用の記録として、撮影した写真を投稿しておく。

※ 巣鴨地蔵通り、混雑していた部分は迂回した。

真性寺は、既報のとおりなので、省略。
同じく庚申堂も既報の通り。

(1) 巣鴨補足

赤パンツを買った女性/女房と同じ歳の女(ひと)。
                とても可愛い・奇麗な人なので、これを穿いた姿が想像できない。
赤パンツ

中山道はタネ屋街道/東京種苗株式会社と書かれた古い店も、今は廃業した模様である。
中山道はタネ街道

鴨台観音堂(さざえ堂)大正大学
鴨台観音堂(さざえ堂)大正大学

(2) 滝野川

千川上水/千川上水流路図、千川上水調節池跡、千川上水分配堰碑、マンホール、掘割
千川上水

亀の子束子西尾商店
亀の子束子西尾商店

(3) 板橋宿

資料は、いたばし観光センターで頂戴したので、それを引用する。
参考、「いたばし観光センターのガイドさんと板橋宿を歩くは、こちら。
いたばし観光センター

A.中山道板橋宿1(平尾宿)
   ー近藤勇墓碑、東光寺、観明寺、平尾脇本陣、加賀藩下屋敷跡など
中山道板橋宿1(平尾宿)

近藤勇墓碑
近藤勇・土方歳三の墓

加賀藩下屋敷跡
加賀藩前田家下屋敷跡と旧中山道

板橋宿・下宿(平尾宿)/国道17号線の高架をくぐったあたりから、板橋宿不動通り商店街が始まる。
            アーケードの上には商店街のシンボルキャラクター(ラッピー)が見下ろしている。
板橋宿入口

東光寺/六道利生の地蔵尊・青面金剛像を刻んだ庚申塔・宇喜多秀家の供養塔
東光寺

観明寺/出世不動、稲荷神社、庚申塔(都内最古、板橋区の指定有形文化財)
観明寺

平尾脇本陣跡/近藤勇が処刑まで監禁されたこと、ペルシャ産のラクダが逗留したことで有名だそうだ。
平尾脇本陣跡

B.中山道板橋宿2(中宿)
   -遍照寺、乗蓮寺跡、水村玄洞家跡、板橋宿本陣跡、中宿脇本陣跡など
中山道板橋宿2(中宿)

仲宿入口
仲宿

遍照寺
遍照寺

乗蓮寺跡/首都高5号線の工事により、赤塚へ移転
乗蓮寺跡

水村玄洞家跡(高野長英ゆかりの地
高野長英ゆかりの地(水村玄洞家跡)

板橋宿本陣跡/飯田新左衛門家
板橋宿本陣跡(仲宿)

C.中山道板橋宿3(上宿)
   -上宿脇本陣、板橋、石神井川、縁切榎など
中山道板橋宿3(上宿)

板橋
板橋と石神井川

縁切榎/絵馬を覗き見し、京都・安井金毘羅宮で縁切り縁結び碑を見た時を思い出した。
      世の男性諸君、女性には恨まれないよう、心しましょう。怖わ~
縁起榎

木母寺・牛田界隈散策

過日、江戸名所図会などを参考に、木母寺・牛田界隈をガイド研修した。
東武東向島駅から京成千住大橋駅までのコースとなった。今は、跡だけとなった神社もあった。
木母寺の梅若山王権現は、綺麗なガラスの建物に収まっており、印象が一変していた。

木母寺・牛田界隈を歩く

向島百花園
向島百花園

白鬚神社
白鬚神社

隅田川神社
隅田川神社

木母寺/梅若山王権現は綺麗なガラスの堂に収まっていた。
木母寺

梅若塚
梅若塚

鐘ヶ淵の由来
鐘ヶ淵の由来

牛田薬師・西光院
牛田薬師・西光院

千住仲町・氷川神社
千住仲町・氷川神社

関屋天満宮跡
関屋天満宮跡

四ツ谷から新宿まで散策

江戸名所図会などを資料に、過日、四谷から新宿三丁目まで歩いた。
実際のコースとは若干違えてあるが、方向は一つなのでどんな歩き方をしてもそんなに違わない。
何度か歩いたが、それでも少しずつは違うものである。

四ツ谷から新宿散歩

迎賓館/紀州徳川家屋敷跡
迎賓館
東宮御所
東宮御所

鮫が橋
鮫が橋

日宗寺
日宗寺

須賀神社
須賀神社
須賀神社補足/昔の階段、伊豆長八の鏝絵、三十六歌仙絵、天白稲荷
須賀神社・補足

戒行寺
戒行寺
戒行寺・補足/長谷川平蔵供養碑と長谷川家の墓(女性の名が記されている。平蔵との関係は不明)
戒行寺・補足

笹寺/長善寺
笹寺

四ツ谷大木戸跡&玉川上水・水番所跡
四ツ谷大木戸跡
玉川上水・内藤新宿分水散歩道
玉川上水・内藤新宿分水散歩道

太宗寺・六地蔵
太宗寺・六地蔵

大宮氷川神社

過日、大宮氷川神社コースのガイド研修に参加した。
江戸名所図会挿絵の現在を訪ねるコースである。(ちくま学芸文庫「新訂江戸名所図会」4)
ボケ防止には二日以上前の日記を書くと良いと聞いたが、少しデータを貯めすぎた。

大宮氷川神社を歩く

(1) 大宮氷川神社

氷川宮大門先
(写真右は参道:並木十八丁、左は中山道、角に武蔵国一宮の石標がある)
氷川宮大門先

大宮驛 氷川明神社

※挿絵図では、火王子社(大己貴命)と男体社(素戔嗚命)、女体社(稲田姫命)が別々に配置されている。明治以降、一つの社殿に集約された。
※※氷川神社境内図は、こちら

氷川神社境内案内図
氷川神社境内案内図

楼門
楼門

拝殿と舞殿
拝殿と舞殿

氷川神社・境内1/(上段)勅使斎館、呉竹荘、(下段)三の鳥居、神楽殿・額殿
氷川神社・境内1

氷川神社・境内2/松尾神社、天津神社(少彦名命)、稲荷神社、六社
氷川神社・境内2

氷川神社・境内3/宗像神社(須佐之男命の子神)、門客人神社(稲田姫の親神)・御嶽神社
氷川神社・境内3

(2) 東光寺、大黒院(黒塚)、潮田出羽守城址、見沼代用水西縁?

大宮東光寺
大宮東光寺

大黒院(足立原の黒塚)/黒塚
大黒院(黒塚)

潮田出羽守城(寿能城)址
潮田出羽守城址

見沼代用水西縁
見沼代用水西縁?

(3) 中山道 大宮宿

紀州鷹場本陣跡(大宮高島屋)
紀州鷹場本陣跡(大宮高島屋)

本陣・内倉新右衛門宅跡(キムラヤベーカリー)
本陣・内倉新右衛門宅跡(キムラヤベーカリー)

本陣・山崎喜左衛門跡(岩井ビル辺り)
本陣・山崎喜左衛門跡(岩井ビル辺り)

深大寺 湧水で、ランチ

深大寺ガイド研修の下見に出かけた。
深大寺と言えば、深大寺そば。腹ごしらえに選んだのは、そのソバ。
一番行列のできると言われる蕎麦屋に並んだ。

深大寺 手打ち蕎麦 「湧水(ゆうすい)  調布市深大寺元町5-9-1

◆ 湧水天もり (野菜天、海老一匹)  @1,450円 (税抜)

湧水天もり
141026-015湧水天もり(野菜天、海老一匹)

湧水天もり・内訳/蕎麦と天婦羅
湧水天もり・内訳

メニュー
メニュー

屋外の席
屋外の席

玄関から見た店内
玄関から見た店内

店頭の行列/40分待った
湧水・行列

☆ 『▼「月間平均検索ボリューム」のランキング
     1位(480回) 「深大寺そば 湧水」
     2位(210回) 「深大寺そば 多聞」
     3位(200回) 「深大寺 門前そば」+「深大寺 門前そば本舗」
     4位(170回) 「深大寺そば 玉乃屋」
     5位(90回) 「深大寺そば 松葉茶屋」』
   (「深大寺そばランキングでおすすめ人気店を決める!…」より)

深大寺から調布を歩く

過日、深大寺から調布駅まで歩いた。
江戸名所図会を訪ねてのガイド研修下見会である。
よそ者の私にとっては、難しいコースであった。

※ よって、記録の意味で、写真を残す。

1) 深大寺周辺

※ 深大寺周辺マップ(例)は、こちらこちら

地図看板
地図看板
そば畑
そば畑
参道・鬼太郎茶屋
参道・鬼太郎茶屋
山門
山門
鐘楼
鐘楼
本堂
本堂
亀島弁財天池
亀島弁財天池
釈迦堂
釈迦堂
元三(がんさん)大師堂
元三大師堂
開山堂
141026-042開山堂
延命観音
延命観音
水源湧水池
水源湧水池
深沙大王堂
深沙大王堂
元祖嶋田屋
元祖嶋田屋
深大寺そば調べ
深大寺そば調べ
不動の滝
不動の滝
青渭神社
青渭神社
深大寺城そば畑
深大寺城そば畑
深大寺城跡
深大寺城跡
絵堂のカゴノキ
絵堂のカゴノキ
深大寺自然広場
深大寺自然広場

2) 調布駅周辺

※ 調布駅周辺マップ(例)は、こちら

祇園寺
祇園寺?
野川
野川
虎狛神社
虎狛神社
布多天神社
布多天神社
常行院
常行院
調布/天神通り
調布

牛込氏の墓を見学した

江戸名所図会を参考に、早稲田から東新宿まで散策した。
その中で、私の散策目的は、「宗参寺」というお寺である。
江戸名所図会の挿絵にはないが、本文に紹介されている。

『相伝ふ、当寺開基を牛込宮内少輔藤原勝行と称す(従五位下に任ず。法名を参秀院殿心外清雲庵主と号す。当寺に墳墓あり)。…』(図会巻四 雲居山宗参寺の項)
この寺には牛込勝行と重行の墓がある。牛込・神楽坂界隈のガイドをしているからには押さえておきたいポイントと考えた。

牛込氏の墓(宗参寺) 

写真向かって右が牛込氏の墓、(左には大胡家の墓がある)。
牛込氏の墓(宗参寺)

元赤城神社 (神楽坂に遷座する前の位置)
元赤城神社

その他のスポット

『七重八重花は咲けども山吹の実のひとつだになきぞかなしき』
紅皿
(落語『道灌』の舞台を歩く「第42話『道灌』」より)

太田道灌の「山吹の里」伝説に登場する少女=紅皿の墓と伝承される中世の板碑、灯篭、水鉢、花立から成る。

紅皿の墓/西向天神社の別当:大聖院にあり
紅皿の墓
(参考) 西向天神社の一角
西向き天神の一角

濟松寺祖心尼(春日局とともに家光の侍女)
濟松寺

月桂院/柳沢吉保一族の墓がある
月桂院のキリシタン灯篭
月桂院のキリシタン灯篭

自證院/家光の側室=お振りの方のための寺
自證院

増上寺・徳川家墓所公開など、見学

あるグループ研修で、芝から愛宕までガイドをした。
(詳しくは、弊ブログの一人下見を参照されたい)  
この日9月15日(祝)は、秘仏の黒本尊御開帳や徳川家墓所無料公開などが行われていた。

(1) 増上寺・徳川家墓所・無料公開

和宮の墓(6代家宣墓と同様に青銅製)/宝塔の向かって右側には14代家茂の墓。
増上寺・徳川家墓所

秀忠・お江墓/秀忠の宝塔は木製のため東京の空襲で焼失。この八角宝塔は、もともとお江さんの宝篋印塔の上に建てられた徳川中期以降の正室墓の様式のもの。つまり、お江さんの墓の中に秀忠とお江さんが合祀されている、という。
秀忠・お江墓

(2) 秘仏黒本尊・御開帳

正五九黒本尊祈願会
秘仏黒本尊・御開帳

(3) 八角形の輪蔵/経蔵・公開

経蔵一般公開
経蔵・公開

鶴見を探訪

江戸名所図会を参考に、京急鶴見市場駅から京急花月園駅前駅まで散策した。
途中鶴見神社前から末吉不動前までは、バスで往復した。
散策のマイ記録として本ブログに投稿する。

末吉不動堂、総持寺 散策

専念寺・旧東海道・鶴見川橋・志がらき茶店跡
専念寺・旧東海道・鶴見川橋・志がらき店

バスを利用して、寄り道をしてよかった。
末吉不動堂・仁王門と石段、仁王門横の石塔3基など、図会の挿絵の雰囲気が今でもよく残っていて、好ましい。

末吉不動堂/仁王門と石段、仁王門横の石塔3基など
末吉不動堂

※ 明治後期、能登から総持寺の移転再建に伴い、成願寺が土地を寄進した。
旧成願寺跡の石碑
旧成願寺跡

曹洞宗大本山 総持寺

総持寺は、およそ45年前、学生時代に茶室を借りて亭主を務めた思い出の寺である。
しかし、現在の総持寺はあまりにも大きく、記憶をよみがえらせるものは何もなかった。
初めての亭主で、手が震えて止まらなかった記憶だけがよみがえった。

総持寺1
三松関、三門、三松閣、香積台
総持寺1
総持寺2
待鳳館、紫雲臺、大祖堂、放光堂
総持寺2
裕次郎の墓
裕次郎の墓

東福寺・子生山観音堂
東福寺・子生山観音堂
東福寺・庚申塔
東福寺・庚申塔

北品川散策

品川宿跡、東海寺、品川神社散歩

過日、研修で、京急北品川駅から新馬場駅まで歩いた。
品川宿本陣跡などの旧東海道、東海寺や品川神社が見どころである。
東海寺大山墓地には、国指定史跡である沢庵や賀茂真淵の墓がある。

旧東海道 品川宿

品川宿跡/傍示杭、問答河岸、土蔵相模跡(現・コンビニ)、稲葉屋(現・信用金庫)
品川宿跡
品川宿・本陣跡
品川宿・本陣跡
利田神社(洲崎弁天)とその周辺/利田神社、鯨塚、品川浦の船溜まり、御殿山下砲台跡
利田神社とその周辺

寄木神社/こて絵、石蔵、逆さ菊の神社紋
寄木神社
荏原神社(貴船明神社)と稼薔稲荷
荏原神社(貴船明神社)と稼薔稲荷
清光院/奥平家墓、アプローチ
清光院
東海寺/梵鐘、世尊殿、参道と山門、細川家墓所
東海寺
東海寺大山墓地/沢庵、賀茂真淵(以上、国指定史跡)、本居内遠、服部南郭等
東海寺大山墓地

品川神社

品川神社・石段
品川神社・石段
品川神社境内/鳥居と本殿、阿那稲荷神社、富士塚、板垣退助夫妻の墓
品川神社内

芝・愛宕、下見的散策

4月23日(水)、江戸名所図会を参考に、芝から愛宕まで歩いてみた。
図会は、「新訂江戸名所図会Ⅰ」筑摩書房を参考にした。
現在の写真と比較するため、Webから図会の挿絵を借用した。
また、名所江戸百景の絵は、「広重の大江戸名所百景散歩」人文社から引用した。
少し絵と写真が多くなるが、記録として残したいのでご勘弁を…。

芝・愛宕、下見的散策

三縁山増上寺

「増上寺其の二」
増上寺其の二
大殿(本堂)
大殿(本堂)
経蔵
経蔵
慈雲閣(開山堂)
慈雲閣(開山堂)
鐘楼堂
鐘楼堂
熊野三所大権現宮
熊野三所大権現宮
三解脱門
三解脱門
百景「芝神明増上寺」
芝神明増上寺

安国殿
安国殿

「増上寺山内」芙蓉州弁天社」
増上寺山内
弁天池(弁財天、宝珠院)
弁天池(弁財天、宝珠院)
百景「増上寺塔赤羽根」
増上寺塔赤羽根

「飯倉神明宮」
飯倉神明宮
芝大神宮
芝大神宮

丸山/(円山随身稲荷、丸山古墳、伊能忠敬測地遺功表)
丸山、円山随身稲荷
大門
大門
御成門
御成門
(芝東照宮)
芝東照宮
(芝東照宮境内/家光手植えのイチョウ、吉宗ゆかりの楓、御衣黄(うこん色から赤みが強くなった後散った花びらで埋まった庭))
芝東照宮境内(イチョウ、楓、御衣黄)
(旧台徳院霊廟惣門)
旧台徳院霊廟惣門
(黒門)
黒門
(西向観音)
西向観音
(徳川将軍家墓所/鋳抜門)
鋳抜門

愛宕

「愛宕下真福寺」
愛宕下真福寺
真福寺
愛宕下・真福寺

「愛宕社總門」
愛宕社惣門
愛宕神社/男坂・女坂
愛宕山・男坂&女坂

「山上愛宕山権現本社図」
山上愛宕山権現本社図
百景「芝愛宕山」
百景・芝愛宕山

愛宕神社
愛宕神社

「青松寺」
青松寺
青松寺
青松寺

大宮八幡宮・井の頭散歩

過日、大宮八幡宮と井の頭弁財天を、江戸名所図会などを参考に散歩した。

大宮八幡宮・井の頭散歩

大圓寺山門
大圓寺山門
大圓寺・境内
大圓寺
鞍懸けの松(江戸名所図会より)
鞍懸けの松・図会
大宮八幡宮別当・大宮寺ゆかりの石仏群
源義家・鞍懸け松
大宮八幡宮参道・旧鎌倉街道
大圓寺~大宮八幡宮・道中
大宮八幡宮(江戸名所図会より)
大宮八幡宮・図会
大宮八幡宮・本社
大宮八幡宮・本殿
大宮八幡宮・一の鳥居
善福寺川、共生の木、大宮遺跡
大宮八幡宮境内1
大宮八幡宮・現神門(図会では中門)
多摩清水之社(水神様)
源義家公お手植え松跡
大宮桜(フユザクラ)
大宮八幡宮境内2
黒門(図会で惣門:現一の鳥居にあったものを移築か)
赤門(図会で中門?:現・北神門)
大宮八幡宮境内3
井の頭弁財天(江戸名所図会より)
井の頭弁財天・図会
井の頭弁財天・石橋
井の頭弁財天・石橋
井の頭弁財天・拝殿
宇賀神
水盤(図会の手水鉢か?)
狛犬
井の頭弁天・境内1
井の頭弁財天・黒門と道標
井の頭弁財天に降りる階段
大盛寺(井の頭弁財天の別当)
日本橋と刻する石灯籠の台座に、「江戸買物独り案内」に載る商人の名前あり。例えば、にんべん六代目の伊勢屋伊兵衛。
徳川三代将軍 御切符旧跡・碑
井の頭弁天・境内2
復元・お茶の水
復元・お茶の水
神田上水・源流
井の頭公園
井の頭公園

江戸城ガイドの下見会

江戸城(東御苑)散歩は、幾度かアップした。例えばこちら
過日、江戸城ガイドの下見会があったので、参加した。
今回は、和田倉門→大手門→三の門の同心番所→百人番所→中の門と大番所→中雀門→(本丸表玄関)→展望台→塩見坂・梅林坂→天守台(大奥跡を望む)→北詰橋→災害復旧工事中の清水門と田安門を通ってみた。
このうち、大手門から中雀門(→本丸表玄関)までが登城コースである。

江戸城下見

和田倉橋を渡り、和田倉門に入る。
桔梗濠に来ると、巽櫓(桜田二重櫓)と桔梗門が美しい。
和田倉門と巽櫓・桔梗門

 元旦諸侯登城之図-江戸名所図会より
元旦登城・図会
大手門/木橋であった部分をアップ
大手門
三の門と同心番所、および百人番所
三の門と同心番所および百人番所
中の門と大番所
中の門と大番所
中雀門と書院二重櫓台跡
中雀門と書院二重櫓台跡
◆ 江戸東南の市街より内海を望む図-江戸名所図会より
展望台から江戸橋方面を望む
展望台と図会
汐見坂と梅林坂
汐見坂と梅林坂
天守台 (と大奥跡を望む)
天守台と大奥跡
北詰橋/跳ね橋の構造も想像できる。
北詰橋
災害復旧工事中の、清水門と田安門
清水門・田安門災害復旧工事

「江戸一目図を歩く」 津山市郷土博物館

7月27日、TCGC研修セミナーが、東京都上野美術館・講堂で開かれた。
講師は、津山市郷土博物館館長・尾島 治氏である。
題名は、『江戸一目図(ひとめ ず)を歩く』-鍬形斎(くわがた けいさい)の江戸名所めぐり-である。
関連本は、次のとおり。
入用の方は、津山郷土博物館へ問い合わせてください。

◆ 「江戸一目図を歩く」 津山郷土博物館発行

「江戸一目図を歩く」津山郷土博物館

この絵は、東京スカイツリー展望デッキに展示されているので、すでに知る人は多い。
実物を手近でよく見ないとわからないが、アップした図を拝見すると実に詳しく、街歩きガイドをするものとしては、大変興味深いものであった。
早くデジタル化したものが市販されることを望む。

鍬形斎は、津山藩(松平三河守)お抱え絵師として、この絵を描いたが、その作成目的は明らかでないそうだ。
いずれにせよ、講師は、斎を『略画式』や鳥瞰図の名手として、高く評価されると解説されていた。
一部を紹介するが、著作権の問題があるので、詳しくは、冒頭紹介した本を購入して味わうとよいと、私は思う。

【抜粋】津山郷土博物館館長講演から

飛鳥山の桜
飛鳥山の桜
浅野家赤門&黒田家黒門、両者の間の坂が、霞が関
霞が関、浅野家赤門&黒田家黒門
高輪・牛町
牛と牛車の描写のところで、略画式がひかっている、と。
高輪・牛町
寛永寺・黒門と御成門
寛永寺・黒門と御成門

☆ 「江戸一目図」は、実に面白い絵である。

会場は、
東京都上野美術館

開場直後の講堂の様子
開演前の講堂
東京都上野美術館
上野美術館

秋葉原から両国散歩

幾度か訪れたコースである。
これまで立ち寄らなかったポイントのみ、掲載する。

東神田・両国散歩

(1) お玉が池

於玉ヶ池の古事/江戸名所図会
於玉ヶ池の古事・図会

『於玉ヶ池。於玉稲荷は神田東紺屋町にある。むかし、往来の人に茶をすすめていた於玉は、2人の男から求愛された。が、いずれとも決めがたくて池に身をなげて果てたその霊を鎮(まつ)る。』
(「於玉ケ池古事・江戸名所図会」より)

お玉が池の表示
お玉が池・標識
お玉が池
・説明版
お玉が池・説明版

● 千葉周作玄武館跡

神田お玉が池の千葉周作道場跡等・説明版
千葉周作玄武館跡・説明版
千葉周作玄武館跡等・碑
千葉周作玄武館跡等・碑

幕末の江戸三大道場は、こちら
  ・千葉 周作:北辰一刀流「玄武館」…技
  ・斉藤弥久郎:神道無念流「練兵館」…力
  ・桃井 春蔵:鏡新明智流「士学館」…位

● お玉稲荷(繁栄お玉稲荷)

繁栄お玉稲荷
繁栄お玉稲荷

(2) 初音の馬場

『初音馬場とか馬喰町馬場と呼ばれ馬喰町三丁目にあった。関ヶ原の戦いの時、(徳川家康は)ここで馬揃えをして戦勝を祈ったという。江戸最古の馬場である。初音馬場の名の由来は近くに初音稲荷があった事からという。』
(「競馬場」より)

初音の馬場/名所江戸百景
初音の馬場・百景
初音の馬場/江戸名所図会
初音の馬場
この方面か? (時間がたったので、記憶が薄れた)
初音の馬場方面?

亀戸散歩

東武亀戸線・亀戸水神駅からJR亀戸駅まで、江戸名所図会を参考に歩く。
このコースは、何度か歩いた。よって重複箇所が多いので、写真を羅列するにとどめる。

亀戸散歩

亀戸あさくさ古道
案内図と亀戸水神宮
亀戸水神宮
常光寺
・境内
常光寺・境内
吾妻神社

吾妻神社
吾妻神社・境内/連理樟、吾妻森の碑
吾妻神社・境内
北十間川
北十間川
梅屋敷跡

梅屋敷跡
入神明宮跡

入神明宮跡
普門院
・門
普門院・門
伊藤左千夫の墓
伊藤左千夫の墓
普門院・境内/持経観音、猫、巨大な石塔
普門院・境内
香取神社

香取神社
香取神社・境内/亀戸大根の碑、恵比寿・大黒像
香取神社・境内

高野台・三宝寺池散歩

高野台・三宝寺池散歩

過日ガイド研修で、練馬高野台・三宝寺池を巡った。

◆ 東高野山・長命寺

東高野山・長命寺
東高野山・長命寺
長命寺・奥ノ院/家光供養塔、身代わり閻魔石像
長命寺・奥ノ院
長命寺境内/南大門、鐘楼、御影堂、観音堂
長命寺境内
都立石神井公園マップ
都立石神井公園マップ
石神井池

石神井池
ふるさと文化館・旧内田家住宅
ふるさと文化館・旧内田家住宅

◆ 道場寺

道場寺・山門
道場寺
道しるべ地蔵
道しるべ地蔵

◆ 三宝寺

三宝寺山門(御成門)
三宝寺山門
三宝寺境内A/境内案内図、参道
三宝寺境内A
三宝寺境内B/鐘楼、根本大塔、平和大観音、観音堂
三宝寺境内B

◆ 石神井の城跡

石神井の城跡/豊島氏の居城
石神井の城跡

三宝寺池

三宝寺池
三宝寺池
三宝寺池廻りの神社/厳島神社、穴弁天社、水神社
三宝寺池廻りの神社
国指定天然記念物 「三宝寺池沼沢植物群生
沼沢植物群生

傳通院散歩

江戸名所図会などを参考に歩く、護国寺から春日までのツアーに参加した。
主たる見学地は、傳通院辺りである。

傳通院散歩

波切不動堂
波切不動堂
本傳寺
本傳寺
氷川明神社
氷川明神社
茶阿局(家康の側室)墓碑(宝篋印塔)や極楽水と、宗慶寺
宗慶寺
善仁寺(簸川神社境内の碑に、善仁寺門前町云々とあったので立ち寄り)
善仁寺
光圓寺
光圓寺
真珠院/家康の生母:於大の方の生家・水野家の墓所
真珠院

傳通院

傳通院・図会

傳通院・山門
傳通院・山門
傳通院・本殿
傳通院・本殿
傳通院・鐘楼
傳通院・鐘楼

於大の方
(家康の生母)の墓、千姫の墓、孝子(家光の正室)の墓など

『於大の方は、三河国刈屋の城主・水野忠政の娘で、14歳の時、岡崎の松平広忠に嫁いだ。翌年家康が生まれたが、仲むつまじかった結婚生活はわずか3年、幼い家康を残して離婚させられた。時は戦国の世、政略によるものであった。於大の方は、かげながら家康の成長を見守り励まし続けたという。慶長7年(1602)於大の方は京都で亡くなった。家康は遺骸を江戸まで運ばせ菩提寺として伝通院を建立し手厚く弔った。』文京区教育委員会 平成元年3月

傳通院
の墓
傳通院の墓
処静院跡
(浪士隊結成の地)の石柱
処静院跡の石柱
福聚院・大黒天
福聚院・大黒天
慈眼院と稲荷
慈眼院と稲荷
善光寺と善光寺坂
善光寺
プロフィール

yogaz

Author:yogaz
飯山満通信へようこそ!
満73歳になりました。予定寿命まで後7年です。ただいま終活中です。当面75歳までは、ボランティアガイドと生涯学習・介護予防のお手伝いを続けたいと思います。
なお、2006年6月14日から始めた飯山満通信は、2013年12月14日、ブログを引っ越しました。Dtiblogのブログサービスが終了したためです。

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