季節の生菓子で、抹茶を一服

今年の正月も、穏やかだ。抹茶を一服した。菓子は、おおつもごりに仕入れてきた虎屋の季節の生菓子
器は、私の習作品、抹茶茶碗もどき100椀の中から。
ただし、おととしの引っ越し以来焼き物の包装を開封していないのでランダムに取り出した。

◆ 緋襷茶碗と好文花

好文花と、備前緋襷茶碗習作
緋襷茶碗&好文花
好文花断面
好文花・断面

◆ 黄瀬戸茶碗と笑顔饅

笑顔饅と、各務周海・黄瀬戸茶碗習作
黄瀬戸茶碗と笑顔饅
笑顔饅断面
笑顔饅・断面

◆ 朝鮮唐津茶碗と若菜餅

若菜餅と、朝鮮唐津茶碗
朝鮮唐津茶碗と若菜餅
若菜餅・断面
若菜餅・断面

とらやの、季節の生菓子

今年は、とらや赤坂本店への予約を忘れたので、はなびら餅を買い損ねた。
そこで、次善の策として東京ミッドタウン店へ行って、季節の生菓子を買った。
これまでの緊張感がなくなってしまっていたようだ。

とらや 東京ミッドタウン店  港区赤坂9-7-4 東京ミッドタウン ガレリア地下1階

◆ 季節の生菓子

季節の生菓子、好文花・笑顔饅・若菜餅on絵志野四方皿
季節の生菓子、好文花・笑顔饅・若菜餅on絵志野四方皿

虎屋の箱on虎屋袋
虎屋の箱on虎屋袋

虎屋・東京ミッドタウン店
虎屋・東京ミッドタウン店

GALLERIA
galleria

ミッドタウン・イルミネーション
ミッドタウン・イルミネーション

花びら餅で、一服

お正月は、気が向いたら抹茶を一服する。
今年も、正月に因んだお菓子を買って、お茶を一服した。
器は、私が習作した抹茶茶碗もどき100碗の中から。

◆ 花びら餅と、柳原焼三島写茶碗の写

花びら餅柳原焼三島写茶碗の写
花びら餅&柳原焼三島写茶碗の写

とらや花びら餅

『一年の始まりとなる正月には、家族の健康と幸せを祈り、鏡餅をお供えし、雑煮を食べます。 宮中で用意されるのが菱葩(ひしはなびら)。 円く(まるく)のした餅に、小豆色の菱餅を重ね、甘く煮た牛蒡(ごぼう)と白味噌をはさんで二つに折った行事食です。 餅や大根、押し鮎など固いものを食べて長寿を願う、「歯固(はがため)」という行事に由来するともいわれます。』
(「とらやの和菓子 季節のお菓子-行事に因んだお菓子-|株式会社虎屋」正月より)

とらやの花びら餅 on 絵志野四方皿
とらやの花びら餅
同上
とらやの花びら餅

巣鴨の和菓子屋‘福島屋’の、和菓子

巣鴨町軒別絵図で触れた、現「はい原酒店」の辺りにあったという、権右衛門店借福島弥三郎の現在を訪れた。

御菓子司 福島屋  豊島区巣鴨2-1-1

福島屋の人(4代目?)に伺ったことを補足すると、
・旧地は、「はい原酒店」の向かって右側(真性寺側)にあった。
・旧地から現在の位置近くに引っ越した時期は、関東大震災・東京大空襲後である。
(アポも取らずに訪問した。月末の決算の最中で大変お忙しい中、お話を伺った。ご迷惑をおかけしました。有難うございました。)

後は、高尾先生の「巣鴨老舗和菓子屋「福島屋」のルーツ探訪」にあるように、
・創業年代が、「和菓子雛形帳」に基づく慶応年間から、「巣鴨町軒別絵図」によって文久元年(史料上の初見)以前へ、6年以上遡った。

福島屋店頭
福島屋店頭

我が家抹茶一服

抹茶茶碗もどきシリーズ100碗の中から、思い付きで次の二碗を合わせてみた。

「地蔵尊」と、乾山銹絵滝山水図写し
地蔵尊、乾山銹絵滝山水図写し
「宮城野羹」と、絵唐津鶴丸文茶碗写し
宮城野羹、絵唐津鶴丸文茶碗写し

◆ 福島屋和菓子

福島屋の袋
福島屋・袋

箱
開封
開封

(1)上生菓子/地蔵尊宮城野羹

※ 「とらや」や「赤坂青野」「ささま」などの下りもののような味がする。食べる前は、勝海舟や江戸庶民が愛したもっと甘みの強い江戸菓子系だと思っていた。(例えば、上生菓子ではないが、壺屋の壺最中の餡のような)。巣鴨という江戸はずれのお菓子とは思えない(大変失礼)、洗練された、上品な上生菓子であった。

※ 福島屋の「地蔵尊」を「とげぬき地蔵」に因むとするブログがあるが、私は、六地蔵・真性寺の寺紋瓦に描かれた「檜扇(ひおうぎ)」に因むものと思うが、どうなのだろう。
(とげぬき地蔵尊高岩寺は、下谷屏風坂から明治24年に移転してきたばかりである。)

上生菓子(地蔵尊と宮城野羊羹)in鼠志野四方鉢
上生菓子(地蔵尊と宮城野羊羹)in鼠志野四方鉢
ちょっと菓子器を変えてみた。
上生菓子in黄瀬戸鉢
上生菓子in黄瀬戸鉢
地蔵尊・断面
地蔵尊・断面
宮城野羹・断面
宮城野羹・断面

(2)栗よせ、栗もなか

栗よせ、栗もなか(個包)on青織部皿
栗よせ、栗もなかon青織部皿
栗よせ(写真左)、栗もなか(右)on青織部皿
栗よせ、栗もなかon青織部皿

(3)道明寺桜餅

桜餅は、上方と江戸では、異なるものを指す。
上方育ちの私も、向島・長命寺をガイドするようになって、その違いに慣れてきた。
福島屋では、もちろん江戸流の呼び方をしている。
 ・桜餅道明寺(上方風桜餅)を、「そめい桜の道明寺」
 ・桜餅長命寺(江戸風桜餅)を、「さくらもち」と呼んでいる。

そめい桜の道明寺(写真:向かって左)、さくらもち(右)on総織部皿
そめい桜の道明寺、さくらもちon総織部皿
☆ 福島屋の4代目かもしれない人は、町内会長で鰻屋ながしまの店主と同じように、大変品の良い、旦那っぽい男性であった。昔はこのようにかっこいい旦那・社長が多かったのだろう。

★ 福島屋は、この後三日間休日が予定されていた。
後日たまたま通りすがりに見た、改装工事中の店頭。

改装中の福島屋

季節の生菓子で、抹茶を一服

とらやの、季節のお菓子で、抹茶を一服。

◆ 「笑顔餅」米色青瓷茶碗

米色青瓷の名手には、岡部嶺男岸本謙仁、渡部秋彦などがいる。
昔、徳利や小壺で、原口卓士の形を借りて米色青瓷にトライしたことはある。

抹茶茶碗もどきシリーズでは、器形は、天目茶碗風、すっぽん口にしてみた。
米色青瓷の釉薬は、作家向けに販売されたものを入手した。
大変施釉が難しい。結晶を大きく出すためには3~4度重ね掛けしなければならないし、それに耐えるためには、厚手に轆轤挽きしなければならない。また、ピンホールが出やすい。私の、米色青瓷茶碗は、未完成である。

笑顔餅と米色青瓷茶碗
笑顔餅と米色青瓷

『蒸餅(じょうへい=饅頭)の上を十字にさいて食べたという中国の記録から、日本でも寺院などで饅頭に赤い十字や点をつける風習が生まれたようです。真白い薯蕷饅頭についた赤い点の愛らしさから『笑顔饅』と名付けられました。』
(「とらやの和菓子 季節のお菓子-生菓子-|株式会社 虎屋」より、再掲)

笑顔餅
笑顔饅
笑顔饅・断面
     薯蕷製 御膳餡入
     初出年:『薯蕷ゑかを』として天保11年(1840)

笑顔饅・断面

七草粥の行事をしのばせる御菓子で、抹茶を一服

七草粥は、人日(じんじつ)の節句(1月7日)の朝に食べられる食事であった。
とらやの、七草粥の行事をしのばせるお菓子で、抹茶を一服した記事を投稿する。

◆「若菜餅」河南天目茶碗写し

『(本歌は)河南と漫然としているが、江北の磁州窯系の窯で焼かれたものと思われる祭器か雑記のたぐいで、民芸的要素が濃厚なものである。
だれかが茶碗を一つの宇宙になぞらえたが、それを首肯させずにはおかない不可思議な景色をもつ茶碗ではある。
窯変で放射状に飛び散ったか、あるいは流下したと思われる柿色の釉と見込みに集合する小粒子が、まるで宇宙のかなたに星雲を見ているようで、心を夢幻の世界に遊ばせるのである。』
(「カラーブックス369茶碗のみかた」保育社 P97」より)

若菜餅と河南天目茶碗写し
若菜餅と河南天目茶碗写し

◆ 若菜饅

『古くは正月7日に邪気を祓(はら)い、不老長寿を願って若菜を摘み、羹(あつもの=汁物)にして食べる習慣がありました。この習慣は今日でも七草粥として受け継がれています。『若菜餅』は、古(いにしえ)の行事を偲ばせるお菓子です。』
(「とらやの和菓子 季節のお菓子-生菓子-|株式会社 虎屋」より、再掲)

若菜饅
若菜饅

若菜饅・断面
     きんとん製 求肥包御膳餡入 
     初出年:延享3年(1746)

若菜饅・断面


巳年に因んだお菓子で、一服

とらやの、干支「巳」に因んだお菓子で、抹茶を一服。

◆ 「巳の守り」黒唐津白線文茶碗写し

『(本歌は)随分多くの唐津陶を見ているが、こんなに珍しい技法のものは初めてである。おそらく牛石窯の作と思われるが、黒唐津の鉄釉をかけたあと、長石釉をかぶせるかわりに、その長石の泥をイッチン(チューブのようなもの)で絞り出しながら、膚に螺旋文を描きつけたものである。高麗黒磁(朝鮮高麗時代の磁器の一つ)にこれに近い技法のものはあるが、李朝にあったかどうか不明で、まさか唐津にみることがあろうとは思わなかった。面白い意匠だがあまりはやらなかったのか、ともかくこの手の作品はこれ一例しか知られていない。』
(「日本陶磁全集11 唐津」中央公論社 fig.62より)

「巳の守り」と黒唐津白線文茶碗写し
巳の守り と黒唐津白線文

● 巳の守り

『山口県岩国市の限られた地域にだけ生息する「岩国のシロヘビ」は、商売繁盛、開運の守神様として信仰を集め、国の天然記念物にも指定されています。『巳の守り』は、目の赤い神秘的な白蛇が、日輪を抱いているさまを表わしています。』
(「とらやの和菓子 季節のお菓子-生菓子-|株式会社 虎屋」より、再掲)

平成25年の干支「巳」に因んだお菓子/巳の守り
巳の守り
断面
     薯蕷製 紅餡入
     初出年:平成24年(2012)

巳の守り・断面

はなびら餅で、抹茶を一服 2013

とらや赤坂本店で買い求めた正月のお菓子で、抹茶を一服した。
はなびら餅は、正月のお菓子より。
用いた抹茶茶碗は、弊「抹茶茶碗もどきシリーズ100碗」より。

◆ はなびら餅古雲鶴茶碗

『(本歌は)高麗末期に作られた文字通りの高麗茶碗
胴には、四段に亀甲文が象嵌されている。器肌は高麗青磁特有の青で、やや灰白色を帯びている。亀甲は黒象嵌、その周囲を二本の白象嵌が囲み、亀甲の中に二つの丸い白象嵌をめぐらし、裾には白象嵌の蓮弁が並んでいる。・・・
もとは雑器で、茶人が抹茶茶碗として取り上げたものである。伝世している高麗象嵌青磁の茶碗としては最も古いものである。利休が所持した「挽木の鞘」や、「狂言袴」と呼ばれる茶碗はこれと同手である。』
(「茶碗百選」大河内風船子著 平凡社 P28より)

はなびら餅と古雲鶴茶碗写し
021はなびら餅と古雲鶴

◆ はなびら餅上野焼 半筒茶碗

『(本歌は)上野 半筒茶碗 釜ノ口窯 桃山末期~江戸初期
釜ノ口の茶陶は、内ヶ磯のような作為の強いものは少ない。いかにも素朴で、利休の茶風を遵守したという三斎の好みの反映であろうか。』
(「茶碗百選」平凡社 大河内風船子著 P79より)

はなびら餅と上野焼・半筒茶碗写し
033はなびら餅と上野焼・半筒

正月のお菓子 2013

正月お菓子 2013

  とらや赤坂本店

とらやの袋
とらやの袋

箱
開封
開封

行事に因んだお菓子 お正月

はなびら餅
       餅製(京都を除く)、求肥製(京都のみ)     

『花びら餅は、新年に御所にお納めしている「菱葩」(ひしはなびら)を原形とするお菓子です。半月状の円餅には、小豆色の菱餅・味噌餡・砂糖煮にした牛蒡がはさまれています。』
(「とらやの和菓子 季節のお菓子-行事に因んだお菓子-| 株式会社虎屋」より)

はなびら餅 on 絵志野皿
はなびら餅on絵志野皿

2013年1月前半 季節の生菓子

平成25年の干支「巳」に因んだお菓子

巳の守り
     薯蕷製 紅餡入
     初出年:平成24年(2012)

『山口県岩国市の限られた地域にだけ生息する「岩国のシロヘビ」は、商売繁盛、開運の守神様として信仰を集め、国の天然記念物にも指定されています。『巳の守り』は、目の赤い神秘的な白蛇が、日輪を抱いているさまを表わしています。』
(とらや-季節のお菓子より)

巳の守り in 備前風片口
巳の守りin備前風片口

笑顔饅
     薯蕷製 御膳餡入
     初出年:『薯蕷ゑかを』として天保11年(1840) 

『蒸餅(じょうへい=饅頭)の上を十字にさいて食べたという中国の記録から、日本でも寺院などで饅頭に赤い十字や点をつける風習が生まれたようです。真白い薯蕷饅頭についた赤い点の愛らしさから『笑顔饅』と名付けられました。』
(同上)

若菜饅
     きんとん製 求肥包御膳餡入 
     初出年:延享3年(1746)

『古くは正月7日に邪気を祓(はら)い、不老長寿を願って若菜を摘み、羹(あつもの=汁物)にして食べる習慣がありました。この習慣は今日でも七草粥として受け継がれています。『若菜餅』は、古(いにしえ)の行事を偲ばせるお菓子です。』
(同上)

笑顔饅と若菜饅 in 黄瀬戸鉢
笑顔饅と若菜饅in黄瀬戸鉢

とらや赤坂本店 港区赤坂4-9-22

とらや店頭の門松と、ビルの凧飾り
とらや赤坂本店
室内
とらや本店・室内

とらやの季節のお菓子で、また一服

とらや一月前半の上生菓子で、抹茶を一服。

1)「辰の息吹」(黄身餡製紅餡入)と

  古曾部安南写し茶碗の写し


「辰の息吹」と古曾部安南写し茶碗の写し
「辰」と安南茶碗写し
「辰の息吹」断面 on 青伊羅保皿
辰の皮は、口・体の中はと決まっているのだろうか。
辰on青伊羅保皿

2)「岸の眺め」(きんとん製小倉餡入)と

   唐津 的矢文 天目形茶碗 写し

「岸の眺め」と唐津 的矢文 天目形茶碗写し
岸と唐津天目茶碗
「岸の眺め」断面 on 絵志野四方皿
岸・断面on絵志野四方皿
 

花びら餅で、抹茶を一服

正月に、花びら餅で抹茶を一服。

花びら餅抹茶

抹茶茶碗は、陶芸を始めたときに、初めて作った思い出の焼きもの。
茶碗は、黒楽、手びねり(玉作り)。
今は、焼成時に発生する煤のため、教室では焼けなくなった。

抹茶と花びら餅
抹茶と花びら餅

とらやの花びら餅

花びら餅(個袋入り)on総織部小皿
花びら餅(個袋入り)on総織部小皿
花びら餅on総織部小皿
花びら餅on総織部小皿

花びら餅断面
半月状の円餅に、小豆色の菱餅・白味噌餡・砂糖煮にした牛蒡
花びら餅断面

とらや赤坂本店で、正月用の上生菓子を

今年も、夫婦で食べる正月用の和菓子を買った。

とらや 赤坂本店 港区赤坂4-9-22

正月用上生菓子

※ 年末も年始もなく、年中無休で頑張っている。
  道路の向うに豊川稲荷が、そして近くには日枝神社があり、
  年末年始とも来客が多いからだ。


とらや本店・店頭
とらや本店・店頭
おなじみ、とらやの袋
袋
家使いの、箱
箱
開封
開封
行事に因んだお菓子/お正月

◆ 花びら餅

『花びら餅は、新年に御所にお納めしている 「菱葩」 (ひしはなびら) を原形とするお菓子です。半月状の円餅には、小豆色の菱餅・白味噌餡・砂糖煮にした牛蒡がはさまれています。表面からほんのり透ける紅色が新年の慶びを感じさせます。茶道の初釜のお菓子としてもお使いください。』
(「とらやの和菓子 季節のお菓子-行事にちなんだお菓子-|株式会社 虎屋」より)

花びら餅 on 絵志野皿
花びら餅on絵志野皿
一月前半の上生菓子/

◆ 辰の息吹  黄身餡製紅餡入

『平成24年(2012)の 干支 「 にちなんだお菓子です。龍は神獣・霊獣であり、日本では水の神として各地で信仰の対象となっています。紅餡を卵の黄身を使用した緑餡で包んだ『辰の息吹』は、龍の力強さ、生命力を感じさせます。』
(「とらやの和菓子 季節のお菓子-生菓子-|株式会社 虎屋」より)

◆ 岸の眺め  きんとん製小倉餡入

『平成24年(2012)の宮中歌会始のお題 「 にちなんだお菓子です。向こう岸に霞むように見える花の様子を、黄・紅・緑のそぼろで表わしました。やわらかな春の日差しの下、花が織りなす色模様は、心をあたためてくれることでしょう。』(同上)

辰の息吹と岸の眺め in 彫三島白花文鉢
辰の息吹と岸の眺め

とらやの玄関
とらやの玄関
とらやビル

年末年始恒例の凧の飾りが施されている。
                      (凧の装飾は1月15日(日)まで)

とらやのビル

とらやの、季節の生菓子 11月後半

とらや日本橋店へ取置きしておいてもらった季節の生菓子を受取りに行った。

とらや 日本橋店  中央区日本橋1-2-6

※ 店頭はもうお歳暮の飾り。
11月というのにあの暑い夏が信じられないくらい、風の強い寒い日であった。
東京には抹茶に合うお菓子はたくさん売られているが、抹茶茶碗もどきシリーズでこれまで色々買い求めた中では、「とらや」と「赤坂青野」の上生菓子が一番綺麗で美味しいものが手に入るように私は思った。


とらや日本橋店 店頭
とらや 日本橋店
とらやの紙袋
とらや紙袋

箱
開封
開封

季節の生菓子 2010年11月後半 

・亥の子餅  餅製 御膳餡入
亥の子餅は、茶道の炉開きにも使われる、伝統あるお菓子です。その歴史は古く、『源氏物語』の「葵」の帖にも登場します。当店では、鎌倉時代の文献にある製法を参考に、黄粉・胡麻・干柿を混ぜ込んだ餅製の生地で御膳餡をつつみました。
初出年:平成11年(1999)

・林檎形  羊羹製白餡入
林檎は、中国よりもたらされたといわれています。豊かに実った林檎の色かたちを表した『林檎形』は、愛らしい果実のみずみずしさ、甘酸っぱさを感じさせます。
初出年:天保11年(1840)

・初時雨  きんとん製御膳餡包求肥角芯入
「初時雨」とは、冬のはじめに降る冷たい雨のことです。樹木の上だけを濡らして通りすぎる初時雨のさまを思わせるお菓子です。
初出年:昭和56年(1981)

・小倉野 白  求肥角芯入
古くから、京都嵯峨、小倉山一帯は小倉と呼ばれていました。白小倉餡で求肥を包んだ『小倉野・白』は、嵯峨菊を思わせるお菓子です。東京・京都地区限定のお菓子です。
初出年:延享3年(1746)』
(「とらやの和菓子 季節のお菓子-生菓子-|株式会社 虎屋」より)


とらやの生菓子 on 絵志野皿
とらやの生菓子 on 絵志野皿

赤坂青野、11月の上生菓子

お菓子を買いに立ち寄った。朝早いのになぜか外人が先客にいた。外人も和菓子に関心のある人がいるのだと感心。

赤坂青野 赤坂見附店


赤坂青野、赤坂見附店
赤坂青野、赤坂見附店
赤坂青野の紙袋
赤坂青野の紙袋

箱
開封
開封

11月の上生菓子

HPにある菊はなく、山茶花に変わっていた。
山茶花


栗というとどこか懐かしさを誘う果実。美味しさも格別。大きな栗の中は栗餡、上には栗の含ませ。これ一つで栗を御堪能ください。
上:栗、狐色かけ 外:こし餡 中:栗餡

柚子
黄熟した柚子を入れる柚子湯は冬至の日の習いだが、柚子そのものは秋の季語。お菓子の青柚子からは、香気が漂ってきそうです。
外:白双糖入り上用饅頭 中:柚子餡』

上生菓子 in 黄瀬戸鉢
上生菓子 in 黄瀬戸鉢

花園万頭、神無月の上生菓子

以前、上生菓子が売り切れで定番菓子の花園万頭と季節のお菓子・出世鯉を買ったが、今回は上生菓子を買うべく再び花園万頭本店を覘いたら、あった。HPでは神無月の上生菓子は5種類であるが、この日 本店にあったのは3種類、これを買った。包装を待つ間、お茶請けとほうじ茶が出た。前回同様気配りのある和菓子屋である。


東京新宿 花園万頭本店   新宿区新宿5-16-15

『花園万頭の前身、石川屋本舗は、天保5年(1834年)金沢で創始され、明治期に東京に進出。青山、赤坂を経て、昭和5年、前田藩御用地であった現在の新宿に移り以来「東京の味」を守り続けています。』
(「販売店のご案内|東京新宿花園万頭」より)

※確かに金沢菓子の強烈な甘さは緩和され、東京の味になっていると思う。
京菓子の上品な味に近いかも。



花園饅頭 東京本店 店頭
花園饅頭 東京本店
紙袋
紙袋
包装
包装

箱
開封
開封
神無月の上生菓子

の栗 (しばのくり)-きんとん製 白小豆粒餡入
渋を切っていない餡のきんとんで、白小豆粒餡をお包みし、栗をのせてお作りしました。調和された味わいと、風情豊かな「柴の栗」をお楽しみ下さい。

山の錦 (のやまのにしき)-練り切り製 小豆漉し餡入
野山が紅葉していく姿を、三食の練り切りで表現致しました。栗をのせた、彩の美しいお菓子です。

穂餅 (おちぼもち)-道明寺製 粒餡入
昔は一粒の米も大切にする思いから、落穂拾いは農家の大事な仕事の一つでした。粒餡を包んだ道明寺にぬれ甘なつとを置き、香ばしい玄米粉をまぶしました。郷愁を誘われるような、優しい味わいです。

以上お菓子の説明は、「花園万頭の上生菓子 10月 神無月|和菓子へのこだわり|東京新宿花園万頭」より


神無月の上生菓子 in 三島平茶碗
神無月の上生菓子 in 三島平茶碗

塩瀬総本家、9月の上生菓子

国立演芸場で落語などを見た後、取り置きしてもらったお菓子を受け取りに、塩瀬総本家・本店に立ち寄った。本社ビルは平成8年に建設されたそうだ。菓子売り場はその1階にある。


御菓子老舗 塩瀬総本家   中央区明石町7-14

『塩瀬の歴史は、650年ほど前に遡ります。貞和5(1349)年、宋で修業を終えた龍山徳見禅師の帰国に際し、俗弟子だった一人の中国人が別れがたく随従して来朝しました。その人物が、塩瀬総本家の始祖・林淨因です。林淨因は暮らしの居を奈良に構え、お饅頭を作って売り出しました。これが、塩瀬の歴史の始まりです。』
(「塩瀬総本家-塩瀬の歴史」より)

※ 塩瀬総本家のお菓子については志ほせ饅頭が有名であるが、当ブログではこれまで、袖ヶ浦最中12月の上生菓子などを投稿してきた。人から頂戴したり、百貨店の売り場で買ったものだが、今回は本店に買いに行ってみた。本店を見るのもそのお菓子屋のお菓子に対する思い入れや、雰囲気や歴史など色々なものを感じるために参考になると思っているからだ。



塩瀬総本家・本店 店頭
塩瀬総本家店頭
玄関の中国陶磁器の飾り
玄関の瓶、大皿
茶室 浄心庵

『京都の風情そのままに、又隠(ゆういん)うつしの茶室です。茶道教室にも使われております。親しい方とのお茶事にご利用ください。』
(「塩瀬総本家-本店のご案内:店舗のご紹介」より)
店内の茶室
北野杉など京都の素材を持ち込み、宮大工が作ったという茶室。
鞍馬石
も自慢の一つだそうだ。
鞍馬石
塩瀬総本家の紙袋
塩瀬の紙袋
包装
包装

箱
開封
開封
9月の上生菓子
 on 絵志野皿

前列左から
   ねり切り 中こし餡 羊羹葉のせ
鈴虫
  黄味しぐれ 中羊羹

後列左から
色づき
 求肥 中しろ餡 羊羹葉付
小萩餅
 ういろ 中黄味餡
上生菓子4種 on 絵志野皿
【アクセス】有楽町線新富町から徒歩10分
本店の近くには聖路加病院があるので、わりかし分かりやすい。
聖路加病院

とらや 季節の生菓子 8月後半

上生菓子を買い求めて、‘とらや’に行った。
今回は、銀座店。本店日本橋店と、それぞれに趣きや接客が違う。


とらや 銀座店 中央区銀座7-8-6

『虎屋の記録より
餅や団子あるいは果実を基本に
して、奈良時代には中国から唐菓子が、そして鎌倉時代には饅頭や羊羹などの点心がもたらされ、戦国時代のヨーロッパ人による南蛮菓子の渡来を経て、1600年代後期の京都で大成されています。

一般に和菓子は植物性の原材料を使った嗜好品と説明されています。この食品としての和菓子に新たな定義をあたえたのが虎屋16代店主黒川光朝です。もともと日本美術史の研究者であった彼は、文化史的な側面から見て、和菓子を五感の芸術と位置づけました。

食品の絶対条件である味覚。歯ざわりや舌ざわりや楊枝でお菓子を切るときの触覚。素材のほのかな香りを楽しむ嗅覚。さまざまなデザインを目で見て味わう視覚。そして聴覚です。和菓子には古典文学や四季の移ろいに想を得た名前 (菓銘) がつけられています。そうした雅な菓銘を耳で聞くことによって和菓子の世界は広がります。』
(「とらやの伝統と文化-和菓子とは-|株式会社 虎屋」より)


とらや 銀座店
とらや 銀座店

袋も黒色(墨染)からごくうすい青(瓶覗?)に変わり、イメージチェンジしたようだ。まるでティファニーの袋のように。
袋

箱
開封
開封

季節の生菓子 2010年8月後半

・下染
『下染とは染色用語で、本染をする前にほかの色に染めることをいいますが、菓銘では本格的に紅葉する以前の葉にたとえているのでしょう。色付きはじめた一葉の紅葉を琥珀羹で表わしました。東京・京都地区限定のお菓子です。
琥珀製 白餡入
初出年:文政12年 (1829)] 』
(「とらやの和菓子 季節のお菓子 -生菓子|株式会社 虎屋」より)

・黒梨
『梨は16世紀の茶会でお菓子としてよく使われていました。『黒梨』は葛粉を使った水羊羹製で餡を包み、軸を付け、けしの実を散らして梨を表わした可愛らしいお菓子です。
水羊羹製 御膳餡入
初出年:水羊羹『黒梨形』として昭和9年(1934)』(同上)

・ささ栗
『「ささ」とは、「小さな」を意味する言葉です。『ささ栗』は、煉切でつくった栗のまわりに、緑のいがに見立てたそぼろを付けたお菓子です。
きんとん製 黒煉切包白餡入
初出年:干菓子として宝永7年(1710) 』(同上)

・初秋
『黄色い粟羊羹と、黒砂糖風味の琥珀羹の落ち着いた配色は、農作物の収穫期でもある豊穣の秋の到来を象徴すると同時に、夏の余韻を感じさせます。 ※粟製…寒天を溶かし、白双糖(しろざらとう)を混ぜ、煮詰めた液に粟に見立てた新引粉(しんびきこ・京都ではみじん粉と呼ぶ)を加え、色を付けたもの。東京・京都地区限定のお菓子です。
粟製
初出年:昭和9年(1934)』(同上)

季節の生菓子 on 総織部大皿
写真: 向う左から 下染、黒梨
    手前左から ささ栗、初秋

上生菓子 on 総織部大皿

岡埜栄泉の上生菓子

浅草の帰りに上野で降り、朝電話で取り置きを頼んでおいた御菓子を受け取った。

御菓子司 上野駅前
 岡埜栄泉總本家

『慶応、明治初期に浅草の駒形「岡埜栄泉」から親戚筋の五軒に暖簾分けされたうちの一軒が上野駅前岡埜栄泉である。明治六年、上野駅ができる十年前に当地にて、「岡野ちよ」によって創業され百三十余年の歴史を経て現在に至る。暖簾分けされた五軒は、上野、根岸、本郷三丁目、森川、竹早町にあり、本家を含み、いずれも岡埜(岡野)姓であったが、弊店を除きいずれも閉店してしまっている。本家・岡埜筋としては最も古い歴史を持つ弊店が、岡埜栄泉総本家を継承している。』
(「上野駅前 岡埜栄泉總本家」より)


岡埜栄泉 店頭
岡埜栄泉
ショーウィンドー
岡埜栄泉 ガラス越し
岡埜栄泉 袋
岡埜栄泉 袋

箱
開封
開封
季節の上生菓子


1.金魚(錦玉)
きんぎょ水槽の中を涼しげに泳ぐ金魚です。
錦玉羹製
白花豆
小豆鹿の子豆
羊羹
2.向日葵(金団)ひまわり
「太陽の花」と呼ばれる夏の花の代表です。元気いっぱいの花を金団で作りました。
金団餡製
芯潰し餡
小豆餡
3.芙蓉(練切)ふよう
夏から秋にかけて大輪の花を咲かせます。暑い夏の終わりを告げてくれる花のひとつです。
薯蕷練切餡製
芯小豆餡
4.緑陰

上生菓子 on 総織部大皿
上生菓子 on 総織部大皿

御菓子処さゝま 7月の和生菓子

抹茶茶碗もどきが、また少し焼きあがったので、上生菓子を求めて東京に出掛けた。今回は久しぶりに神保町の和菓子屋さんへ。

御菓子処さゝま  千代田区神田神保町1-23


さゝま店頭
さゝま店頭
ショーウィンドー
さゝまショーウィンドー
さゝま・袋
さゝま・袋

箱
開封
開封
 7月の和生菓子

雲の峰 くものみね(雪平
潰し餡を中に入れて、雪平で巻き、氷餅を付けた物です。
青空に出来た入道雲を表現しています。
北海道産大納言小豆、北海道産大手亡、砂糖、水飴、
羽二重粉、寒天、卵白、氷餅、片栗粉(手粉として) を使用


青楓 あおかえで(練切
小豆の漉し餡を練切餡で包み、型で抜いた物です。
夏の日に輝く青い楓の葉を表現しています。
北海道産大手亡、北海道産小豆、砂糖、水飴、
羽二重粉、着色料(青色1号 黄色4号)を使用


涼風 りょうふう(錦玉
錦玉羹の中に、緑の羊羹と大納言を入れたものです。
見た目の涼しさを表現しています。
寒天、砂糖、水飴、北海道産大納言小豆(茹時に重曹使用)、
北海道産大手亡、着色料(青色1号 黄色4号)を使用


岩清水 いわしみず(小倉羊羹
小倉の羊羹の間に、錦玉を流し込んだ物です。
岩の間を流れる冷たい清水を表現しています。
北海道産大納言小豆、砂糖、水飴、寒天を使用

(「御菓子処さゝま」より)

7月の和生菓子 on 総織部大皿
後列左から 雲の峰、青楓
前列左から 涼風、岩清水
さゝまの菓子 on 総織部大皿

赤坂青野、水無月の上生菓子

以前は赤坂本店で上生菓子を買ったが、この日は次の立ち寄り先の関係から赤坂見附店に予約・取り置きしてもらった。


赤坂青野  赤坂見附店  港区赤坂3-1-11


赤坂青野 赤坂見附店
赤坂青野 赤坂見附店


袋


箱

開封
開封

◆ 水無月の上生菓子

○ あじさい
上:花型白・紫羊羹
外:上用饅頭

○ 撫子
 『秋の七草の1つとして親しまれるが、夏のうちから花を咲かせ続ける。花弁の縁が糸状に細裂している可憐な形を練り切りでどうぞ。』
(「上生菓子|和菓子 赤坂青野-東京・赤坂 老舗の和菓子販売店」より)
外:練り切り、一葉型羊羹添え
中:こし餡

○ つばめ
 『春に渡来し、巣作りをし、子育てをする燕。夏には巣立ち、成鳥ともども各地で飛翔する姿が見られる。爽快な姿をご想像ください。』(同上)
外:白羊羹そぼろ、錦玉羹

○ びわ
 『枇杷は冬に花が咲き、翌年6月頃に実を結ぶ。皮も実も黄橙色に熟す。お菓子は練り切りですが、瑞々しい風情を見事に表しています。』(同上)
外:練り切り
中:こし餡

水無月の上生菓子4種 on 絵志野皿
上生菓子4種

たねや6月の彩菓、夏野行き

久しぶりにたねやのお菓子を、日本橋三越で買った。


たねや たねや日本橋三越店

『日本初の百貨店として誕生した日本橋三越本店は、近江の菓子舗たねやにとって、県外初出店となった記念のお店。
落ち着いた雰囲気の中、彩り豊かな季節を和菓子に託し、ゆかしい文化を大切に「おもてなしの心」でお迎えしています。』
(「日本橋三越店|東京店|店舗のご案内|たねや」より)

たねやの歴史

『元は江戸時代に材木商を生業とした家系で、のち近江国蒲生郡八幡池田町で、穀物類・根菜類の種子を商う「種屋」を創業した。1872年(明治5年)、7代目山本久吉が京都の和菓子店「亀末」で修行を積み、栗饅頭と最中を製造販売する和菓子店に商売替えし、屋号を「種屋末廣」とした(のち「種屋」に改称)。1921年(大正10年)、東京「塩瀬総本家」で修行を積み宮内省大膳寮に2年奉職していた8代目山本脩次が種屋2代目を継承。物資不足の太平洋戦争直後には栗饅頭が人気を博し、たねやの基本づくりとなった。』
(「たねや-Wikipedia」より)


たねやの袋と箱
たねやの袋と箱


箱

開封
開封


◆ 6月の彩菓(あやか)  ‘夏野行き'

蛍の宿   黄味餡・外郎製
『ほうたるの宿をさがすか里わらべ
 釣鐘(つりがね)型の花にとらえた蛍を入れたことからこの名がついた蛍袋。花の内側にともる灯を心待ちに、子供たちが里山で蛍の宿をさがしています。』

花しづく
  白小豆つぶ餡・吉野羹・葛製
『五月雨の庭にこぼれて花しづく
 小糠雨(こぬかあめ)ふる庭の紫陽花(あじさい)は、時とともに色を変えることから別名を七変化。花からこぼれる雫にはさかしまの花もうつります。』

夏の灯
   こし餡・羽二重餅・吉野羹・黒糖吉野羊羹製
『愛しやとほたる火すだく岸辺かな
 暮れなずむ里の岸辺にたたずめば、草の陰からひとつ、またひとつとほのかな光。夏の夜にとびかうをあらわしました。』

たねや 季節の彩菓 in 黄瀬戸鉢
向かって上から右回りに、蛍の宿、花しづく、夏の灯
たねやの季節の彩菓

花園万頭・本店の、季節の菓子など

ぬれ甘なっとで有名なお菓子屋に初めて入ってみた。
なかなか立派なお菓子屋さんで、店員の方もよく教育されていて感じが良かった。


東京新宿花園万頭本店   新宿区新宿5-16-15

『昭和5年、金沢出身の弥一郎は、加賀百万石前田家の御用の地であった現在地、新宿三光町(現新宿5丁目)に店を移し、近隣にある新宿の鎮守花園神社の名にちなみ、 古来より饅頭に種々研究を改良を加えて考案した独特の万頭に花園と命名し、新しい菓子「花園万頭」を作りました。それと共に店名も「花園万頭本舗」と改められ、今日の基盤を築いたのであります。』
(「花園万頭の歴史|会社のご案内|東京新宿花園万頭」より)


花園万頭本店
花園本店


花園万頭袋

【定番菓子】 花園万頭
『外皮は大和いもと粉との秘伝の配合により、あくまで柔軟に、また中身の餡は、粒選り小豆、氷砂糖、四国和三盆糖を火加減よく煉り上げ、あっさりとした上品な甘味を醸し出しています。』
(「東京新宿花園万頭/商品一覧ページ」より)

【季節のお菓子】 出世鯉
『端午の節句
 この日は男の子の健やかな成長と立身出世を祝ってこいのぼりや兜と人形などを飾ります。また菖蒲湯に入り、邪気を払います。』
(「行事と和菓子|和菓子へのこだわり|東京新宿花園万頭」より)

開封

花園万頭
出世鯉 on 束熨斗文皿
花園万頭と出世鯉

同上

★ 柏餅も売り切れていた。上生菓子もショーケースに見当たらなかった。
  そこで、上記のお菓子を購入したわけである。
  他のお菓子屋と同じく予約が肝要。
  仕方が無いから、この菓子で抹茶を立てることにする。



【追記】 花園神社

『花園神社は、徳川家康の江戸開府(1603)以前から新宿の総鎮守として重要な位置を占めていました。徳川氏が武蔵野国に入った1590年より前に、大和吉野山より勧請されたとされています。』
(「東京都新宿鎮座 花園神社」より)

大鳥居
この大鳥居の右後ろに、浅間芸能神社がある。
『御祭神は木花之佐久夜毘売(コノハナノサクヤヒメ)。江戸の昔から芝居や舞踊の興行に縁が深かったため、演劇や歌曲など芸能関係の奉納が多いことで有名です。』(「花園神社」より)

『劇団「唐組」が5~6月、東京・新宿の花園神社などに紅テントを建てて新作「百人町」(唐十郎作・演出)を上演する。』
(「演劇:「唐組」が新作「百人町」東京・新宿など紅テント建て--来月から-毎日ip(毎日新聞)」より)
鳥居

拝殿
拝殿

拝殿の額
本殿の額

榮太樓總本舗の上生菓子

雨間のぽかぽか陽気のこの日に、日本橋に和菓子を買いに行った。
ボケ防止のためサンデー毎日に少し変化をつける意味もあり、ついでに八重洲ブックセンターで買いたい本を探す目的もあり、取敢えず東京に出た。


榮太樓總本舗・日本橋本店  中央区日本橋1-2-5

『徳川家康が江戸幕府を開くと、それまで閑散とした土地であった江戸は爆発的に発展していきました。榮太樓總本鋪は江戸文化の成熟期、安政四年に日本橋南詰めにのれんを構えました。
ここに紹介する四品(名代金鍔、甘名納糖、榮太樓飴、玉だれ)はいずれも創製品と代表的な製品であり、今も変わらぬ看板商品です。
「おいしいものを一人でも多くの人々に」観て、味わってもらいたいという、初代の精神を大切に江戸菓子を作り続けています。』
(「名代 江戸菓子|お菓子のご紹介|榮太樓總本鋪」より)

『大胆な意匠と繊細な技で、江戸文化の粋を今に伝える上生菓子。
伝家の心意気
を、心ゆくまでご堪能ください。』
(「季節の上生菓子|お菓子のご紹介|榮太樓總本鋪」より)

★ 榮太樓といえば、中学の修学旅行で飴を買った記憶はあるが、上生菓子は初めてだ。

● 季節の上生菓子(2月21日~3月3日)
・雛ごろも
・ぼんぼり
・桃の花
・謳歌


榮太樓總本舗・日本橋本店
榮太樓總本舗・日本橋本店


袋


箱

雛ごろも・ぼんぼり in鼠志野亀甲文平鉢
雛ごろも・ぼんぼりin鼠志野亀甲文平鉢

桃の花・謳歌 in彫三島白花文鉢
桃の花・謳歌in彫三島白花文鉢

☆ これらの上生菓子は、これから抹茶茶碗もどきと一緒に再掲することとなる予定である。

とらや本店の2月前半の上生菓子から

久しぶりに‘とらや'に上生菓子を予約し、帰社時に取りに寄った。


虎屋菓寮 とらや赤坂本店 港区赤坂4-9-22

『和菓子は「五感の総合芸術」といわれます。
日本の四季を思い起こさせる姿。菓銘の響き。
ほのかな香り。用事で切る時の感触。ゆたかな
五つの繊細な感覚が重なり合って、
とらやの和菓子に大きな広がりが生まれます。』
(「とらやの和菓子|株式会社 虎屋」より)


とらや赤坂本店
とらや本店

3個入り小箱
小箱

2010年2月前半のお菓子から

向かって左から
○ 一重梅(ひとえうめ) 湿粉製  初出年:大正元年(1912)
『梅の中でも短弁の梅を「一重梅」といいます。この名はかさねの色(平安貴族の衣装の色合せで、季節ごとに植物などの名称がつけられている)にも使われていました。『一重梅』は、紅梅の初々しさや、咲き匂う紅梅、白梅を思わせるかのような意匠です。東京・京都地区限定のお菓子です。』
(「とらやの和菓子 季節のお菓子-生菓子-|株式会社虎屋」より)

○ 椿餅(つばきもち) 御膳餡入肉桂入
初出年:慶安4年(1651)
椿餅の歴史は古く、『源氏物語』にもその名が記されています。当店の『椿餅』は、炒った道明寺粉と肉桂を混ぜ蒸した生地で御膳餡を包み、椿の葉ではさんでおり、独特の香ばしさが特徴です。』 
(同上)

○ 雪の下萌(ゆきのしたもえ) きんとん製御膳餡入
  初出年:文政7年(1824)
『雪の下でまさに萌え出でんとする緑の生命は、「下萌」と呼ばれます。そぼろの白と緑の色合いから、来(きた)る季節の息吹が感じられます。』
(同上)
とらやの紙袋の上で

とらやの上生菓子3種on絵志野皿
とらやの上生菓子on絵志野皿

これらのお菓子は、今後、抹茶茶碗もどきシリーズで再掲します。

ささやの生菓子

女房が千葉の菓匠ささやで生菓子を買ってきてくれた。
お茶を点てて飲むことにした。
新しく作陶した茶碗については、随時投稿することとする。

ささやの箱
ささやの箱

開封
開封

ささやの花びら餅on総織部小皿
ささやの花びら餅

ささやの生菓子in鼠志野四方皿
ささやの生菓子in鼠志野四方皿

とらやの花びら餅

とらやの花びら餅

花びら餅


『花びら餅は、新年に御所にお納めしている「菱葩(ひしはなびら)」を原形とする、味噌餡仕立てのお菓子でございます。
菱葩は宮中の正月料理の祝膳の一つで、丸い白餅の上に小豆色の菱形の餅を重ね、上に白味噌と砂糖煮にした「ふくさ牛蒡」をのせ、半月状に合せたものでございます。これは宮中で平安時代から行われた、固いものを食べることで齢を固め、長寿を願う「歯固め」の風習が伝承される過程で生まれたと言われております。
は望月(満月)の「望」に通じることから円満の象徴であり、牛蒡は地中深く根をはることから家の安泰を願う意味が込められております。

なお当店の資料によりますと、古くは元禄三年(1690)に、菱葩を御所にお納めした記録が残っております。』(花びら餅「栞」より)


とらやの花びら餅・箱
とらやの花びら餅

とらやの花びら餅など
とらやの花びら餅など

● 花びら餅と、
平成21年のお題「生」にちなんだお菓子
◆ 薯蕷製 双葉饅   小倉餡入
◆ 羊羹製 のどかな朝 紅餡入
花びら餅など

これらは追々、新作抹茶茶碗もどきと一緒に投稿する予定である。



☆ 豊川稲荷側から見た大晦日のとらや本社
豊川稲荷側から見たとらや本社

大晦日のとらや本社
大晦日のとらや

とらや正面玄関入った処のディスプレイ、すでに正月バージョン
とらや店頭の展示

とらや 12月の上生菓子

とらや本社・赤坂店 ふたたび


12月のお菓子が売り出されたので、取り置きしてもらい帰社時に本社・赤坂店に立ち寄った。

とらや本社・赤坂店
とらや本社

店内の虎の像
店内に張子の虎とか、色々ある。そうだった、ここはとらやだ。
虎の像

本日購入の生菓子

写真左上から、右回りに
◆ 薯蕷製 柚形(ゆがた) 白小倉餡入 天保11年初出、
◆ 羊羹製 冬籠(ふゆごもり) 白餡入 安永年以前初出、
◆ 薯蕷製 織留(おりどめ) 貞享3年初出、
◆ 求肥製 祇園坊(ぎおんぼう) 飴餡入 天保11年初出

☆ これらはまた、新作抹茶茶碗もどきとともに追々投稿していくつもりである。
12月前半の生菓子から

グランドプリンスホテル赤坂のクリスマスイルミネーション

帰りに、赤坂交差点の弁慶橋から、高さ100mのあの有名な壁面ツリーが見えた。
プリンスホテル赤坂の壁面ツリー

赤坂青野 ふたたび

赤坂青野 赤坂本店 ふたたび


地下鉄千代田線乃木坂駅を降り、乃木神社前を通り、赤坂駅に向かう途中に赤坂本店がある。この季節、帰宅途中のこの時間帯はすでに暗い。

赤坂青野・赤坂本店
赤坂青野 赤坂本店


萩の絵であろうか、シックである。
袋

箱はお馴染み。
赤坂青野 箱

開封
開封

今宵の取り置きは、六種類。
菓子

栗山路と紅葉 in 刷毛目鉢
栗山路と紅葉 in 刷毛目鉢

みのり柿と秋風 in 金海州浜形鉢
みのり柿と秋風 in 金海州浜形鉢

ここまでは、10月の上生菓子と同じ。
11月からの新顔は、木の葉舞と菊 in 安南茶碗写し
木の葉舞と菊 in 安南茶碗写し

また、このお菓子とともに、新作抹茶茶碗もどきを逐次投稿していく予定である。

とらや本社・赤坂店と10月前半の生菓子

とらや本社・赤坂店


10月前半のお菓子が売り出されたので、取り置きしてもらい帰社時に立ち寄った。今回は本社・赤坂店に出かけた。

なお、買物後、豊川稲荷にお参りし、虎屋東京工場の前を通って帰った。

豊川稲荷は、『本尊様は豊川ダ枳尼眞天(とよかわだきにしんてん)をまつり、その左右には十六善神(じゅうろくぜんじん)、愛染妙王(あいぜんみょうおう)、摩利支天(まりしてん)、拝殿には大黒天もまつられています。』(「豊川稲荷 東京別院」より)

とらや本社・赤坂店
暗くなるのが早くなった。おまけに携帯カメラの設定を戻しておらず、ピンボケがひどかった。
とらや本社赤坂本店

お馴染みとらやの袋
とらやの袋

とらやの箱
持ち帰り用(自家用箱)
とらやの箱

開封
とらやの箱開封

10月前半のお菓子

写真左上から時計回りに

? 嵯峨野
『真っ白な薯蕷饅頭にすすきの焼印を押しておつくりしました。四季の中でもとりわけ秋の風情が好まれた嵯峨野にふさわしい、情緒豊かなお菓子です。
東京・京都地区限定のお菓子です。
薯蕷製 小倉餡入
初出年:貞享3年(1686) 』(「とらやの和菓子 季節のお菓子-生菓子-|株式会社虎屋」より)
? 栗蒸羊羹
『『栗蒸羊羹』は、餡に小麦粉と葛を加え、栗の風味を大切にして蒸しあげており、煉羊羹とは異なる食感が特色のお菓子です。
初出年:明治42年(1909) 』(同上)

? 栗鹿の子
『鹿の子は、「鹿の子斑(かのこまだら)」(鹿の背の白い斑紋)に見立てて、甘く煮た豆を餡玉につけたお菓子です。『栗鹿の子』は、豆の代りに蜜漬けした艶やかな栗を用いたもので、実り豊かな秋を感じさせます。
薄黄餡入
初出年:明治45年(1912) 』(同上)

? 主草(あるじぐさ)
『菊は、気高くおめでたい花として、古くより愛されてきました。『主草』は、菊の異称「クサノアルジ」より名付けられたといわれています。
やや楕円形にかたどった菊の花に、一枚の葉を添えた上品な意匠です。
羊羹製 白餡入
初出年:明治40年(1907) 』(同上)

また追々新作抹茶茶碗もどきと一緒に投稿する予定です。

赤坂青野の上生菓子

過日、赤坂青野の赤坂もちなどを頂戴した。
美味しかったので、上生菓子を赤坂本店に買いに行った。
千代田線乃木坂駅で下車し、乃木神社を通り過ぎたところにあった。


赤坂青野 赤坂本店 港区赤坂7-11-9


赤坂本店
赤坂青野本店

赤坂青野の菓子箱
箱

開封
開封

◆ 長月の上生菓子
 on 絵志野皿

長月 9月の上生菓子

○ 桔梗、秋桜 in 彫三島白花文鉢

桔梗 外:練り切り、中:こし餡
秋桜 外:練り切り、中:こし餡
桔梗、秋桜 in 彫三島白花文鉢

○ 赤とんぼ、鳴子 in 三島平茶碗

赤とんぼ 上(赤とんぼ):羊羹、外:上用饅頭、中:栗餡
鳴子   上:鳴子形、外:雪平
赤とんぼ、鳴子 in  三島平茶碗

☆ これらも追々、新作抹茶茶碗もどきと取り合わせて投稿したい。

赤坂青野の赤坂もち等

ある所で、赤坂青野のお菓子を頂戴した。


赤坂青野  港区赤坂7-11-9
 
『餅屋から餅菓子屋へ(江戸時代・明治)
「赤坂もち」でおなじみの「赤坂青野」ですが、先祖は台東区谷中出身で 店頭売りだけではなく、荷を担いで出て街頭売りもしていました。
やがて、明治維新を迎え、文明開化の世のなかになると「青野」は飴の類の駄菓子売りから大福、ぼた餅、ようかんなどの甘味を扱う餅菓子屋に転業し、店も神田から五反田に移転しました。こうして餅菓子屋「青野」が誕生しました。
その後、22年間五反田で店売りをしながら都心への出張販売を続けていましたが、赤坂の地が商店街として発展し始めたのを機に明治32年現在地の港区赤坂7丁目に移転し、2代目一三太郎(ふみたろう)が店主となりました。』(「青野の歴史|和菓子 赤坂青野-東京・赤坂 老舗の和菓子販売店」より)


赤坂青野のお菓子/詰め合せ
袋、包装、箱、開封
赤坂青野のお菓子

赤坂青野のお菓子on絵志野皿
赤坂青野のお菓子on絵志野皿

? 赤坂もちin黄瀬戸鉢

『「赤坂もち」は、わたしどもの初代が遠ざかる江戸の姿を惜しみつつつくったものでございます。
意匠は、もうすっかりお馴染みになった小風呂敷に楊枝を添えたもの。
もちろん「赤坂もち」はこの赤坂の土地でのみお求めいただける赤坂青野だけの味。
胡桃の入った上質なもちと黄な粉
が奏でるあっさりとした上品な甘さとなめらかな舌ざわりのハーモニーがかわらぬ人気を呼んでおります。』(栞より)
赤坂もち

? すごもりon総織部皿

『小倉餡を求肥で包み、和三盆糖をかけ丹頂鶴のすごもりに見立てた小さな大福もちです。』(同上)
すごもりon総織部皿

? 小倉ひねりin安南風鉢

『蜜づけにした小豆ともち米を挽いた粉をあわせ、丸く握って蒸し揚げた甘納豆。一口サイズでお手軽に召し上がれます。』(同上)
小倉ひねりin安南風鉢

? とりどりon鉄絵皿

『黒糖、杏、紫蘇、生姜、桜、胡桃、小倉の7種類の餡の内、いずれかが入った楽しみな焼き菓子です。』(同上)
とりどりon鉄絵皿

とりどり
とりどり(裸)on鉄絵皿

? 一つぶin片口

蜜でじっくり含め煮した栗を、丸ごと一つぶ白餡で包み、焼き上げた栗饅頭。「赤坂もち」に次ぐ看板商品です。』(同上)
一つぶin片口

一つぶ
一つぶ(裸)in片口

一つぶ・切断面
一くち・切断面in片口

とらやの上生菓子 Part2

とらや 日本橋店 Part2


店頭の水羊羹のディスプレイ
とらや 日本橋店 店頭
8月前半の上生菓子を取り置きしてもらい、夕方受け取りに行った。


季節の生菓子 8月前半

西瓜 すいか 琥珀製
種に見立てた小豆入の紅羊羹を、緑の琥珀羹で縁どった斬新な意匠で、西瓜を表わしています。夏の味覚である西瓜の、冷たさやみずみずしさが感じられます。東京・京都地区限定のお菓子です。

夕涼み ゆうすずみ きんとん製 御膳餡包水羊羹製角芯入
真夏の夕暮れ時、打ち水をした路地裏に床机(しょうぎ)を出し、浴衣姿に団扇(うちわ)をあおぐ。川面をわたる風に身を任せ涼を求めるなど日本の代表的な夕涼みの光景といえます。白と水色のそぼろの『夕涼み』にはそのような風情がただよいます。
東京・京都地区限定のお菓子です。

菓子器は、黄瀬戸鉢
西瓜と夕涼みin黄瀬戸鉢

常夏 とこなつ 葛製 白・紅染分餡入
「常夏」は秋の七草の一つ、撫子の古名です。花の咲いている期間が春より秋にわたることから、この名前がついたとされています。『常夏』は、紅白の染分餡を涼感のある葛生地で包んだものです。餡の色合いが可憐な花を彷彿とさせます。

御階の本 みはしのもと 道明寺製 御膳餡入
「御階」とは宮中や神社の階段の尊称で、特に紫宸殿(ししんでん)(天皇の御殿)にある階(きざはし)を指します。「御階の本」は御殿の階段の下という意味で、『源氏物語』の「桐壺」にも出てくる言葉です。お菓子は、菊と同様に天皇を象徴する桐を意匠化しています。
東京・京都地区限定のお菓子です。』(「とらやの和菓子 季節のお菓子-生菓子-|株式会社 虎屋」より)

菓子器は、総織部皿
常夏・御階の本on総織部皿

☆ これらの菓子も前回同様、新作抹茶茶碗と組み合わせて改めて投稿する予定である。

とらやの上生菓子

とらや 日本橋店 中央区日本橋1-2-6


月の替わりを待ちかねて、今月はとらや 日本橋店を訪問した。
とらや 日本橋店
とらや 紙袋
とらや紙袋

とらや 菓子箱
とらや箱

季節の生菓子
 2008年7月前半

◆きんとん製 沢辺の蛍 小倉餡入
川べりにほの明るい光を宿して飛ぶは、夏の風物詩の一つです。水辺の草むらで光る蛍を、緑のきんとんと琥珀糖で表わしました。
   
◆葛製 水仙巌の花 白餡入
水仙巌の花は、巌に砕ける波を見立てたといわれています。黄色い葛の生地は、涼しさを誘うだけでなく、岩根に咲く黄色い花をも思わせます。』(「虎屋の和菓子 季節のお菓子-生菓子-|株式会社 虎屋-」より)

菓子器は、米色青瓷鉢
沢辺の蛍と水仙巌の花in米色青瓷

『◆道明寺製 夏の野 紅餡入
瀬戸型に紅餡を入れ、道明寺羹を流したお菓子です。野に咲く百合の花が風に揺れ動くさまを表わしました。

◆琥珀製 若葉蔭
ガラス鉢や池に泳ぐ金魚は、彩りも美しく涼を呼ぶことから、夏の季語となっています。若葉蔭は、金魚が水面に浮かぶ青葉の蔭を泳ぐさまを表わしています。』(同上より)

菓子器は、天目釉皿
夏の野と若葉蔭on天目釉皿

☆ これらの菓子は、おいおい新作抹茶茶碗と組み合わせて、改めて投稿する予定である。

神田駿河台下 ささま

神田駿河台下 ささま

『当店は昭和4年(1929年)に笹間繁が神田小川町にササマパン店を開業し、その後昭和6年(1931年)頃より和菓子店を現在の駿河台下に開店しました。昭和9年(1934年)にササマパン店を閉店し和菓子専門店となり、開業の時より茶道に使用できる和菓子を目指し現在に至って居ります。』(「御菓子処さゝま 」より)


登録松葉最中を会社用に、6月の上生菓子を抹茶茶碗シリーズの菓子用に買い求めた。


御くわし屋
 (ささまの暖簾)
ささま
6月の上生菓子 陳列
ささま
店内の様子
梱包中のご主人
ささま・店内

ささま紙袋
ささま 紙袋

上生菓子 箱入り
中味は後日、抹茶茶碗もどきとともに。
ささま 上生菓子

塩瀬本饅頭

塩瀬総本家 中央区明石町7-14

塩瀬饅頭
の由来


『塩瀬の始祖・林淨因は、主に寺院を対象に、奈良でお饅頭商いを始めました。淨因は、中国で肉を詰めて食べる「饅頭(マントゥ)」にヒントを得て、肉食が許されない僧侶のために、小豆を煮つめ、甘葛の甘味と塩味を加えて餡を作り、これを皮に包んで蒸し上げました。お饅頭の、ふわふわとした皮の柔らかさ、小豆餡のほのかな甘さが、寺院に集う上流階級に大評判となりました。 当時、日本の甘味には柿や栗の干したもの、お餅に小豆の呉汁をつけるお汁粉の元祖のようなものしかありませんでしたので、画期的なお菓子の誕生ということになりました。・・・』(「塩瀬総本家-塩瀬のお饅頭:塩背饅頭の由来-」他より)


塩瀬本饅頭
塩瀬本饅頭

12月の上生菓子


紅椿
  ねり切り 中こし餡
練り切り 餡に求肥をつなぎとして入れ、練ってかたどったもの。 つなぎに大和芋を使うとじょうよ練り切りとなる。練り切りは茶席の菓子として古くから受け継がれている伝統的な菓子で、自然の風物を題材とした様々な造形はまさに菓子の芸術品である。』(「和菓子用語辞典」より)

ころ柿
 求肥 中こし餡
求肥(ぎゅうひ) 白玉粉に砂糖と水を加えて加熱しながら練ったもの。。牛のなめし皮のように白いことから、昔は「牛皮」と書いていた。透き通るような白さ、羽二重のようなやわらかさと餅のような弾力を兼ねそなえた生菓子には欠かせない重要な生地。』(同上)

☆ころ柿は、干し柿を模したもの、百目柿参照

藪柑子
 こなし 中こし餡
こなし 小麦粉、餡、寒梅粉を混ぜて蒸して形作ったもの。主に関西で用いられる製法。練り切りとならび上生菓子として細部にまで職人の技が活かされている。 』(同上)

塩瀬饅頭

■ 菓子器は、新作・染付け安南風鉢イメージ写し

『ビジュアル版 お茶人の友6 茶席の菓子』世界文化社 P48参考
ただし、文様は蜻蛉文とした。

新作・染付け安南風鉢

蜻蛉文
アレンジ・蜻蛉文

上生菓子の断面
餡は共通、中こし餡
塩瀬饅頭断面


鼠志野亀甲文四方鉢

アフターファイブに茗荷谷に和菓子を買いに寄った。

一幸庵 文京区小石川5-3-15


ここは一個から買える。我が家は女房と二人。今日も生菓子を二つ買った。

きんとん・七夕も美味しいが、葛焼は『めちゃ美味しいじゃん』と、女房珍しく絶賛。ここは葛の原料から懲り方が半端ではないのだ。久し振りの抹茶が美味しかった。

『プルプルの葛焼です。 吉野葛に漉餡を溶かし、練り、蒸し上げ六方を銅板でやいた御菓子です。 小豆の味を、じっかりと感じられます。 』(「この一品!茗荷谷一幸庵 文月の御菓子」より)

手土産

菓子二つ/鼠志野鉢
菓子二つ

菓子二つ/唐津皿
菓子二つ2

きんとん・七夕/総織部・銘々皿
七夕1

切断面
七夕・切断面

葛焼/布目・銘々皿
葛・・

切断面
切断面・葛焼


■ 新規作成・菓子器/鼠志野亀甲文四方鉢

「ビジュアル版お茶人の友6 茶席の菓子」P64 鼠志野亀甲文平鉢写
鼠志野鉢









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菓子器の習作

梅花亭/神楽坂

梅花亭

手土産/麩饅頭
麩饅頭1


■ 菓子皿合わせ


『茶の湯の菓子には主菓子と干菓子があります。主菓子には蓋の付いた縁高(ふちだか)や食籠(じきろう)あるいは鉢などが用いられ、干菓子には主に盆類が使われています。』(「茶道具の鑑賞と基礎知識」茶道資料館編、淡交社より)

『今日、広間の茶会などでよく使われているものに陶磁器の菓子鉢がある。本来陶磁器の鉢は料理の器として使われていたもので、菓子の器として用いられるようになるのは江戸中期頃からのことであろう。近衛予楽院の行状を記した「槐記(かいき)」(「茶道古典全集」所載)に陶磁器の鉢が菓子の器として用いられた様子がみられる。』(同上)


○ 菓子器の習作
「ビジュアル版|お茶人の友6 茶席の菓子」小林公成 世界文化社
記載の菓子器の習作を始めた。土や釉薬、窯の種類等による制約が多いのでイメージの習作に終わる場合が多いが・・ボツボツ作ってみることとする。

習作した菓子器等新作(以下○印のもの)の菓子皿を中心に、入手したお菓子との映りを比較してみることとする。

器:粉引皿(旧作)
麩饅頭2

器:○天目釉皿
麩饅頭3

器:○青白磁釉皿
麩饅頭4

器:○布目銘々皿
麩饅頭5

器:○総織部銘々皿
麩饅頭6

普段使っている飯茶碗を抹茶茶碗として使ってみた。茶碗は、彫三島。
麩饅頭7

花びら餅と黒楽茶碗

私の陶芸手帖は2000年7月1日から始まっている。
なんと無謀にもいきなり袋物の徳利にチャレンジしている。お恥ずかしい限りである。
そしてこの教室の新入会員の最初のステップである楽茶碗の手びねりの記録があるのは9月半ばである。


菱葩餅(ひしはなびらもち)は、ごぼうと白味噌餡とピンク色の餅を、餅もしくは求肥で包んだ和菓子である。通称花びら餅。…

当初はごぼうが2 本であったが、現在では1 本のものが主流である。 平安時代の新年行事「歯固めの儀式」を簡略化したもので、600 年も宮中のおせち料理の一つと考えられてきた。‥

歯固めの儀式では長寿を願い、餅の上に赤い菱餅を敷き、その上に猪や大根、鮎の塩漬け、瓜などをのせて食べていたが、だんだん簡略化され、餅の中に食品を包んだもの(宮中雑煮とよばれた)を、公家に配るようになり、さらには鮎はごぼうに雑煮は餅と味噌餡を模したものとなった。

明治時代に裏千家家元十一世玄々斎が初釜のときに使うことを許可され、新年のお菓子として使われるようになり、…』(「菱葩餅」ウィキペディアより)

というわけで、最初の黒楽茶碗を使って、お薄と花びら餅を戴いた。まっこと正月らしい。

◆ 花びら餅や上生菓子
  菓子器は、総織部大皿(小川博久写)
上生菓子等

うぐいす餅
ウグイス餅

◆ 6年前に、生まれて初めて作った黒楽茶碗と、花びら餅
  皿は、いつもの総織部小皿(祇園祭の思い出をもとに作成してみた)
黒楽茶碗と

○ ささや
  これらの菓子は、今回千葉市稲毛区緑町に本店を持つ‘菓匠ささや’の系統で買い求めた。千葉にも美味しい菓子があるものだ。



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飯山満通信へようこそ!
満73歳になりました。予定寿命まで後7年です。ただいま終活中です。当面75歳までは、ボランティアガイドと生涯学習・介護予防のお手伝いを続けたいと思います。
なお、2006年6月14日から始めた飯山満通信は、2013年12月14日、ブログを引っ越しました。Dtiblogのブログサービスが終了したためです。

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