船橋の地名を歩く34

「船橋の地名を歩く」34 米ヶ崎と七熊 

過日歩いた「8旧上総道をゆく」に続いて、船橋市中散歩をした。女房の体調がよく解らないので手短なコースを選んだ。以前住んでいた処から近いこと、妻が次女を高校へ送った道も含まれていたことから、道に迷う暇もなくあっという間に終点に着く。そこは時々花見に来た場所

出発点:JR東船橋駅・北口
S東船橋駅

高根道・庚申塔
高根道・庚申塔

(前原川)
前原川

澱粉工場跡か
澱粉工場跡か

東町意富比神社/
『地域の人は、東町意富比神社が(意富比神社船橋大神宮の)元宮であるとしている』
  (船橋の地名を歩くP188より)

※江戸名所図会では、海神の入日神社を元宮としている。

※※『旧七熊村鎮守で旧村社。本殿神明造、内千木、鰹木5本。手水鉢は文政5年(1822年)閏正月と嘉永5年(1852年)4月吉日のもの。狛犬は大正期、鳥居は昭和、灯篭は平成のもの。境内社には稲荷神社・天満宮など。県神社名鑑では江戸時代の創建と推定している。(船橋市東町802)』 (「船橋市の神社 南部版」より)
東町意富比神社

東町意富比神社・拝殿
東町意富比神社・拝殿

東栄寺(不動院)
東栄寺(不動院)

無量寺
無量寺

無量寺本堂の半鐘
無量寺本堂の半鐘

飯山満川沿いにあった水神
飯山満川沿いにあった水神

(飯山満川)
飯山満川

米ヶ崎の森
米ヶ崎意富比神社の森

米ヶ崎意富比神社
※『本殿覆屋内のため未確認。狛犬は明治期、手水鉢は文政4(1821年)巳歳3月吉祥日とある。灯篭は明治のものと文政10(1827年)丁亥8月吉日のもの。先に述べた手水鉢と年記の入れ方の違いが面白い。鳥居は風化激しく明瞭でないが○和3年8月と見える。境内社には熊野大明神、稲荷大明神、明照大明神など。(船橋市米ヶ崎町332)』 (「船橋市の神社 南部版」より)
米ヶ崎意富比神社

米ヶ崎意富比神社・拝殿
米ヶ崎意富比神社・拝殿

米ヶ崎意富比神社境内の庚申塔
米ヶ崎意富比神社境内の庚申塔など

八栄橋(終点)/2005年には八栄橋から京葉港まで海老川を散策した。
G八栄橋

八栄橋バス停ここからバスに乗り船橋北口へ
八栄橋・バス停

船橋の地名を歩く8旧上総道

「船橋の地名を歩く」 8 旧上総道をゆく 崙書房出版

歩いたコース
  滝口昭二さんのこの本は本文の説明や地図が時に不正確・曖昧で、途中でよく迷子になる。
  この本を発刊後、住宅開発が進み、昔の面影が残っていないことにもよるのか。
  時に地元の人に道を訪ねながら、適当にアレンジして歩くことにしている。
地図8旧上総道をゆく

去年夏、行々林と古馬方歩きの終わり頃妻が熱中症で調子を損ねて以来、涼しくなったら再開しようということで中断していた。少し体力も回復したようなので、途中でおかしくなったら即中止という条件のもとで、市内散歩を再開した。今回は、京成の船橋から競馬場の一駅散歩。

西向地蔵/京成船橋駅西口を出て、本町通りを渡った処にある最初の目標点。
      写真向かって左:本町通り(⇒東金街道)、右:浜田道(→滝口さんは、上総道と想定)
西向地蔵

浜田道/道中に「なべ三」という割烹がある。
浜田道
割烹・なべ三
なべ三

御成道/県道39号線(船橋停車場線)を越えて、浄勝寺の北側の路地
御成道
浄勝寺
浄勝寺

大仏追善供養碑(不動院)
大仏追善供養碑(不動院)

陣屋の伝承地/写真、道路の左側らしい←案内板はない。
陣屋の伝承地

船町会館
船町会館

海老川橋/船橋の地名の由来
海老川橋

船橋大神宮西門
大神宮西門
/西門の鳥居(←滝口さんは、この辺りも上総道か?としている)
大神宮西鳥居(上総道か)

【参考】 久し振りに船橋大神宮の境内を散歩(番外)
◆常盤神社が新築されていた(平成27年11月竣工(4日遷座祭))
常盤神社

東光寺角の小さな辻切り
東光寺角の可愛い辻切り

上総道の伝承地
上総道の伝承地か

※宮内墓地は確認できず。

宮本小学校南門?附近
宮本小学校南門付近
/昔、プールの道路際に祠(ゼニボウ塚)があったそうな。
ゼニボウ塚があったという辺り

浜竹道
浜竹道か

茂呂浅間神社
茂呂神社

山崎別荘(凌雲荘)跡
凌雲荘門跡
凌雲荘門の跡
凌雲荘(山崎別荘跡地)

花輪台住宅地/今回、民家の撮影は気が載らなかったので、省略す。

郡境 (写真左:千葉郡、右:葛飾郡)
郡境辺り

花輪の大踏切/(大きな踏切ではない)
花輪の大踏切

〈ゴール:京成船橋競馬場(元花輪)駅〉

行々林と古馬方歩き 妻熱中症

行々林と古馬方歩き 妻熱中症

「船橋の地名を歩く」「42おどろがうやとふるまかた」p228~p233をトレースした。今回は、最後の高才川の上流を見た後、女房が熱中症になったようで、道路に座り込んだのでここで中断した。たまたまこの近くに長女が居合わせたので、最初に車を駐車してある処まで送ってもらい、後は私が運転して帰宅した。

※ 涼しくなる今年の秋まで、女房と一緒の船橋の地名を歩くシリーズは中止することとした。
※※なお、50コースのうち、現在までに踏破したのは図の赤丸印の15コースである。
50コース
(その他この本に依らずに、新聞記事などを参考に独自に歩いたコースも少なくない。)

セコメディック病院(停)スタート
廿三夜供養塔
廿三夜供養塔

村墓地(右:湯浅三人持&左:二十六人持の共同墓地)
村墓地(湯浅三人持&二十六人持の共同墓地)

六道の辻
六道の辻

道祖神
道祖神

薬師入橋(おいりばし)と鈴身川
薬師入橋と鈴身川

庚申塚
庚申塚

鈴身神社
鈴身神社鳥居

鈴身神社補足
鈴身神社・内訳

蓮蔵院・子安塔群
蓮蔵院・子安塔群

堰場辺りか
堰場

村墓地/卵塔場(左・埋墓と右・詣墓)
卵塔場(左・埋墓と右・詣墓)

法井寺
法井寺本堂(三十番神の額、日蓮木像・妙正大明神)、トイレ

八幡神社(鳥居)/七代目鈴木九太夫の名が刻まれている。
            左の柱には「御地頭鈴木九太夫御武運長久」、右の柱には文政十三年とあるらしい。
八幡神社(鳥居)

道祖神石祠(榎の下の道祖神)
榎の下の道祖神

庚申塚
庚申塚

馬頭観世音
馬頭観音

(特養・梨香園)
特養・梨香園

(山田農場/無農薬・有機栽培の農家で以前野菜を買っていたので、立ち寄った。)
山田農場

高才川上流(水神宮)
高才川上流(水神宮)

※※※ 妻が人工股関節を入れて歩くのが達者になったものの、不整脈など心臓関係が良くないのを夫婦して忘れていたことは、迂闊であった。また熱中症が他人事だと思っていたのは過信である。以後慎重に行うことにした。

国道14号線下の湧水を訪ねる

国道14号線下の湧水を訪ねる

「船橋の地名を歩く」滝口昭二編著 「16葛飾南部の湧水を訪ねる」p90~p93をトレースした。
コースは、13葛飾の不思議」並びに「14下総中山駅周辺」と一部被る。
稲荷神社の池跡や石芋伝説、茶の木下池跡など不明の箇所があった。

ゴボウ池跡(海神なかよし公園か)
ゴボウ池跡(海神なかよし公園)

稲荷神社池跡か
稲荷神社の池跡か

龍神社の池
龍神社の池

大刀洗川
大刀洗川

浅間神社
浅間神社

時々わく池跡か(現駐車場)
時々わく池跡(駐車場)

梅園脇の湧水池
梅園脇の湧水池

勝間田公園
勝間田公園

葛飾神社の池
葛飾神社の池

(東明寺)
東明寺

東明寺下池跡か
東明寺下池跡

茶の木下池跡か
茶の木下池跡か

大溜跡
大溜跡

二子浦の池
二子浦の池

二子藤の池
二子藤の池

(多門寺)
多門寺

(羽黒神社)
羽黒神社

潮見町と三番瀬を歩く

12 潮見町と三番瀬を歩く

「船橋の地名を歩くシリーズ」12潮見町と三番瀬をトレースした。女房は、以前清掃工場にごみを持ち込んだことがあり、あの辺りは少し詳しい。何もないから行かない、ということで一人歩き。妻の考えは正解だった。バスからの眺めでその思いを強くしたので、気になっていた久しぶりの三番瀬の方に時間を使った。

(1) 三番瀬

三番瀬の野鳥/たぶんダイゼンなどチドリ類、アジサシ、キョウジョシギなどのシギ類
三番瀬のシギ・チドリ・アジサシ類
cf.野鳥を撮影する人
野鳥を撮る人

防泥柵
防泥柵
防泥柵の東側/千葉港側(泥で少し濁った感)
防泥柵の東側/千葉港側(泥で少し濁った感)
防泥柵の西側/三番瀬側(水は透明)
防泥柵の西側/三番瀬側(水は透明)
防泥柵の先の堤防でコアジサシなどの群れ
防泥柵上のコアジサシ等

三番瀬
三番瀬

ふなばし海浜公園/色々な角度から
入口
海浜公園入口
西から
海浜公園1
東に歩きながら
海浜公園2
東から
海浜公園3

ふなばし海浜公園内の別の顔
バーベキュー/有料地区
有料BBQ地区
潮干狩り用具を売る店
汐干狩り用具を売る店
寒いのに潮干狩り
寒いのに潮干狩り

(2) 汐見町から二俣新町駅まで

★『潮見町は昭和49年に造成された船橋唯一の人工島で、陸とつなぐのは新港大橋のみです。』と本文にあるように、また『船橋海浜公園の他は工場・公共用地、倉庫、公共埠頭の町です。あちこちに立ち入り禁止の看板が立っています。』ということで、撮影もほとんどできず、二俣新町駅まで一時間くらいで到着。

潮見町/公共埠頭、公共用地など

潮見町案内板
潮見町案内板
金属リサイクル工場?(海から見た)
金属リサイクル工場?
海浜公園バス停留所/歩きスタート点
海浜公園BS歩きスタート点
公共埠頭
公共埠頭
立入禁止のひとつ
立入禁止
中央ふ頭BSから東へ
中央ふ頭BSから東へ
県営内貿5号上屋
県営内貿5号上屋
県営内貿3号上屋
県営内貿3号上屋.
県営内貿2号上屋
県営内貿2号上屋
県営内貿1号上屋
県営内貿1号上屋
日立物流前の植栽
日立物流前の植栽
金属リサイクル業・倉庫?
金属リサイクル業・倉庫?

新港大橋
新港大橋

新港大橋から見た千葉港
新港大橋から見た千葉港

西浦水門
西浦水門

二俣川
二俣川

西浦(工場)
西浦の工場

二俣新道
二俣新道

京葉線(写真左)と国道357号(写真右)
JR京葉線と国道357号

JR京葉線・二俣新町駅
京葉線・二俣新町駅

【参考】 京成船橋駅からふなばし海浜公園まで

京成船橋駅
京成船橋駅
海浜公園行バス乗り場/この日は土曜日で、バスはほぼ満席
海浜公園行乗り場

船橋地名を歩く 葛飾の不思議

船橋の地名を歩く13 葛飾の不思議

「江戸名所図会」巻7で、ツアーを企画・ガイドしたことがある。ネタ本は、「図会・挿絵」と「船橋の歴史散歩」宮原武夫編著、「船橋市史 前編」船橋市役所発行などであるが、今回は「船橋の地名を歩く」滝口昭二編著 13葛飾の不思議P74のトレースである。ソウマントから前耕地で見つけられないものがあった。

京成西船橋駅→正延寺・折戸の弁天→春日神社→寺内庚申塔→勝間田公園→葛飾神社→(葛飾神社の池)→寛文庚申塔→宝成寺(成瀬氏の墓)→葛羅の井→妙見神社→ゲエロの池→葛飾神社元宮→光明寺・八坂神社→ソウマント→山野墓地→京成西船駅

京成西船橋駅
京成西船駅

正延寺
正延寺

正延寺境内・折戸の弁天
折戸弁天

春日神社・鳥居
春日神社・鳥居

春日神社・社殿
春日神社・社殿

寺内庚申塔
寺内庚申塔

勝間田公園
勝間田公園

千葉街道の中央に立っている樹が、昔の池の端と言われている
昔の池の端

葛飾神社・鳥居
葛飾神社・鳥居

葛飾神社・社殿
葛飾神社・社殿

(葛飾神社の池) 船橋の地名を歩く14下総中山で、
      二子藤の池・二子浦池と同じように、千葉街道の南側(崖線)にある溜池
(葛飾神社の池)

子安塔
子安塔

寛文庚申塔(向かって左)
寛文庚申塔

宝成寺
宝成寺

成瀬氏の墓
成瀬氏墓

葛羅の井・碑
葛羅の井・碑

葛羅之井
葛羅之井

葛羅の井・永井荷風 (案内版より)
葛羅の井・永井荷風

妙見神社・鳥居
妙見神社・鳥居

妙見神社・社殿
妙見神社・社殿

ゲエロの池
ゲエロの池

葛飾神社元宮
葛飾神社元宮

光明寺
光明寺・社殿

印内八坂神社・鳥居
印内八坂神社・鳥居

印内八坂神社・社殿
印内八坂神社・社殿

ソウマント
ソウマント

山野墓地・庚申塔
山野墓地・庚申塔

船橋の地名を歩く 14下総中山

船橋の地名を歩く 14下総中山

「船橋の地名を歩く」船橋地名研究会・滝口昭二編著 崙書房出版の《葛飾地域》14下総中山駅周辺p80を女房と二人で歩いた。約4.3km・55分とある。4時間弱掛った。昼食時間と法華経寺を巡った時間を差っ引く必要がある。が地図や説明文が不明瞭で、今回は泰福寺から高石神社に抜ける道で迷った。

※ 取敢えず、廻ったルートの写真を掲載する。

JR下総中山駅
JR下総中山駅

群芳園跡辺り?
群芳園跡辺りか

中山十字路
中山十字路

妙圓寺
妙圓寺

蓮池公園
小栗原蓮池公園

黒門
黒門

赤門
赤門

安房神社
安房神社

泰福寺
泰福寺

高石神社
高石神社

鬼高橋
鬼高橋

真間川(新川)
真間川(新川)

JR中山駅南側
JR下総中山駅南側

妙見八幡神社と子神社
妙見八幡神社&子神社

稲荷神社
稲荷神社

二子藤の池
二子藤の池

二子浦池
二子浦の池

鎌倉道
鎌倉道

羽黒神社
羽黒神社

京成・東中山駅/羽黒神社のすぐ裏側にある。
京成・東中山駅

新しい辻切りを見に 中野木へ

中野木の辻切は船橋の無形民俗文化財である。毎年二月初午の日に作られ集落の入り口に置かれる。
『船橋の地名をあるく』 船橋地名研究会・滝口昭二編著の、P112~「20辻切りと中野木」を歩いた。
季節や天候のほか、女房との冷戦状態などの諸条件が重なり、久し振りの夫婦・船橋散歩となった。

新しい辻切りを見に 中野木へ

☆ 「辻切り」とは、「辻」(村境)を「切る」ことで、悪霊や悪疫が村内に入ってこないようにする行事です。
   (中野木の辻切り「ふなぱし探訪手帳~四季を彩る文化財~」より)

※ 今回東船橋駅から津田沼駅まで歩かず、途中東消防署前原分署辺りの駐車場に車を置き総武線跨線橋を超えて中野木入口辺りから歩き帰りも駐車場から東金街道を帰ったので一部のトレイスとなった。

今回の出発点:中野木入口辺り (東船橋駅から船取線の下をくぐって少し歩いた辺り)
中野木入口辺り

◆ 西の辻切り
西の辻切
殿さん(旗本高林家)屋敷跡 /前原山下公園裏の小高い山
殿さん屋敷跡
中野木川
中野木川
中野木の集落の一軒
中野木の集落
薬師堂跡(中野木自治会館)
薬師堂跡(自治会館)
薬師堂跡・脇の小祠 /子安観音像と石造大師を祀った小祠
薬師堂跡・脇の小祠

八坂神社(天王様)
八坂神社(天王様)
八坂神社・社殿 /総欅造り、一間社流造
八坂神社・社殿
社殿の彫刻 /羽目板に二十四孝のうち三話
八坂神社・社殿
八坂神社境内 /稲荷神社(殿さん屋敷の屋敷神)、
            富士山頂上に仙元宮・三峰神社・古峰神社や松山大明神等が安置
八坂神社境内

ウチラント(詣り墓)
ウチラント(詣り墓)
屋敷神at村の裏側の道
屋敷神at村の裏側の道

◆ 東の辻切り
東の辻切り

ソトラント(埋め墓)
ソトラント(埋め墓)
六道の辻
六道の辻
家の門に小さな藁蛇
各家の門に小さな藁蛇
再び中野木川
再び中野木川
社宅群 /日本製鋼など
社宅群
総武線
160221(68) 総武線
札場の庚申堂
札場の庚申堂

成田街道入口
成田街道入口
成田山道・道標
成田山道・道標
東金街道から見る、踏切跡あたりか
踏切跡辺りか

習志野から三山新田まで 歩く

『船橋の地名を歩く』 船橋地名研究会・滝口昭二編著の、「26習志野から三山新田へ」を歩いた。船橋市の最東部に当たる。先の「21七年祭りの街をゆく」の隣のゾーンでもある。その時のスタート地点が、今回のゴール地点である。戦争遺跡が多い。三山一軒家、演習場境界標、三山木戸など確認できなかった。

習志野から三山新田まで 歩く

スタート/習志野駅
S習志野駅

駅の前/教育隊・弾薬庫跡(社会福祉会館)
教育隊・弾薬庫跡(社会福祉会館)

お菓子屋の横/教育隊・北門の門柱
教育隊・北門の門柱

教育隊・本部・厩舎・グランド跡(薬園台高・実習園)
教育隊・本部・厩舎・グランド跡(薬園台高・実習園)

教育隊・兵舎・炊事場・浴場・集会所跡(県営二宮住宅)
教育隊・兵舎・炊事場・浴場・集会所跡(県営二宮住宅)

将校宿舎や弾薬庫跡(薬園台公園)
薬園台公園

明治天皇駐蹕之処の碑とD51
明治天皇駐蹕之処の碑とD51

(郷土資料館)
郷土資料館

騎兵学校跡 (陸上自衛隊習志野駐屯所・第一空挺団)
騎兵学校跡(第一空挺団)

御馬見所(空挺館)
御馬見所(空挺館)

旧陸軍墓地(市営習志野霊園)
旧陸軍墓地(市営習志野霊園)

習志野原バス停(実籾街道)/「習志野原」の地名としては、唯一のもの
習志野原バス停(実籾街道)

三山一軒家跡?(時間をかけて探したが、演習場境界標とともに見つからなかった)
三山一軒家跡?

大正天皇野立所跡/古紙回収業の作業場にあり、挨拶したら丁寧に応対してくれた
大正天皇野立所跡

旅団街道・戦車道(けやき通り)
旅団街道・戦車道(けやき通り)

三山木戸?
三山木戸?

三山十字路
三山十字路

今湊新田・弁天社
今湊新田・弁天社

習志野学校裏門/脇に監視所があったというが、壊されたのか残ってなかった
習志野学校裏門

ゴール/バス停
G県営住宅バス停

東中山から船橋法典まで歩く

『船橋の地名を歩く』 船橋地名研究会・滝口昭二編著の、「15古作を訪ねる」を歩いた。船橋市の最西部は、「14下総中山駅周辺」であるが、そこは以前散策したことがあり、パス。古作は次に船橋市の西部にあり、来年研修企画している行徳に関わりが深い。武蔵の一人が開墾した法典があるから、訪ねてみた。

東中山から船橋法典まで歩

スタート:京成東中山駅
東中山駅

若宮八幡神社
若宮八幡神社・現在の本殿
若宮八幡神社・本殿
藁葺きの古い社殿
藁葺きの古い社殿

明王院
入口
明王院
庚申塔、六地蔵&延命地蔵
明王院・庚申塔、六地蔵&延命地蔵
地蔵尊像
地蔵尊像

古作の民家
古作の民家

熊野神社
鳥居
熊野神社
本殿
熊野神社・本殿
古木・タブノキ
熊野神社のタブノキ

古作墓地
古作墓地

馬頭観音供養塔
馬頭観音供養塔

古作町南公園
龍王
古作町南公園・龍王

古作町北公園
古作町北公園

3号鉄塔跡/海軍無線電信所・三号鉄塔跡(財務省寮)
海軍無線電信所・三号鉄塔跡(財務省寮)

上山公園
古字名:「根切」 葛飾川の谷頭
上山公園
傾斜を利用した長い滑り台
上山公園・滑り台

1号鉄塔跡あたり?
一号鉄塔跡

ゴール:船橋法典駅
船橋法典駅

下総三山の七年祭の街を歩く

下総三山の七年祭の街を歩く

七年祭のポスター

『船橋の地名を歩く』 船橋地名研究会・滝口昭二編著の、「21七年祭の街をゆく」を歩いた。
今年は「下総三山の七年祭」の年であり、町は大祭の準備に追われていた。湯立祭9/13は、投稿済み。
大祭は、今月末から来月2日まで開催されるが、生憎他の予定と重なっているので、見に行けない。

【行程】 県営住宅(バス停)→村境→神揃場→七曲→神宮寺→東門町石→二宮神社桐山塚跡→町石&田喜野井入口→神明神社→薬園台墓地→高幢庵&丹羽正伯供養碑→薬園台駅近くの成田街道

※ 「船橋の地名をあるく」21とは、逆のコースを歩いた。

スタート:県営住宅(バス停)
スタート:県営住宅(バス停).

村境(馬頭観音)
村境

村境の出羽三山塚と馬頭観音供養塔
村境の出羽三山塚と馬頭観音供養塔

◆ 神揃場
神揃場

七曲(通りの家々には、桟敷が準備されていた)
七曲

神宮寺
神宮寺
神宮寺境内

東門町石
東門町石

◆ 二宮神社

歌等の舞台
歌等の舞台

神輿蔵の前
神輿蔵の前

拝殿・本殿
二宮神社

桐山(太右衛門)塚辺り
桐山塚跡辺り

町石&田喜野井入口
町石&田喜野井入口

神明神社
神明神社

薬園台墓地
薬園台墓地

丹羽正伯供養碑など
丹羽正伯供養碑など
高幢庵と正伯小学校の碑
高幢庵と正伯小学校の碑

ゴール:薬園台駅近くの成田街道
ゴール:薬園台駅近くの成田街道

開発凄まじい奏の杜などを、歩く

開発凄まじい奏の杜など、津田沼駅周辺を歩く

『船橋の地名を歩く』 船橋地名研究会・滝口昭二編著の、「23津田沼駅周辺をあるく」をトレースした。
今回は、女房の友人3人が加わっての賑やかな街歩きとなった。中に、地元に住む女性がいたためにポイントを見損じることなく助かった。奏の杜などが2年前の開発で案内書とは大きく変わっていたからだ。

JR津田沼駅北口
JR津田沼駅北口

船橋市・習志野市 境界
船橋市・習志野市 境界

津田沼十字路
津田沼十字路

新京成線東金街道踏切
新京成線東金街道踏切

演習線境界標
演習線境界標

東部公民館附近→新京成電鉄(株)本社屋跡
東部公民館附近→新京成電鉄(株)本社屋跡

鉄道連隊・材料廠跡→イオンモール
鉄道連隊・材料廠跡→イオンモール

藤崎台駅跡
藤崎台駅跡

鉄道連隊線鉄橋
鉄道連隊線鉄橋

八坂神社
八坂神社

津田沼一丁目公園
津田沼一丁目公園

鉄道連隊正門 (現・千葉工業大学正門)
鉄道連隊正門

 郵便局があった処・谷津境/この辺り2年前に激変したと、地元の人が言う。
郵便局があった処・谷津境

 場所が変わっている馬頭観世音
馬頭観世音

 開発が進む奏の杜(かなでのもり)・住宅地
開発が進む奏の杜・住宅地

庄司が池跡辺り
庄司が池跡辺り

習志野運輸区引込線 (左へカーブ)
習志野運輸区引込線

跨線橋(西踏切跡)
跨線橋(西踏切跡)

船橋市の北端、古村・小室を歩く

過日、また女房と二人で、『船橋の地名を歩く』の、「40船橋の北端をゆく」をトレースした。
船橋の北端の小室は、14世紀「古牟呂」と書いた古村である、と上述滝口さんの本にある。
二重川と神崎川の合流点辺りが船橋の北端だが、河川改修によってその位置が少し変わっていた。

船橋市の北端、古村・小室を歩く

※ 船橋市の北端ということは、さらにその北側は別の街ということになる。ここでは白井市。
  今回は、今はやりの、境界散歩でもある。

小室駅
小室駅

木戸場=マツクリバ・馬つくり場/馬頭観音が一基残っている
木戸場

東ノ墓
東ノ墓

本覚寺
本覚寺
本覚寺・階段と階段下
本覚寺・階段と階段下

八幡宮/本殿
八幡宮・本殿
八幡宮/鳥居と境内(小峰神社・天満宮・稲荷社)
八幡宮境内

鎌倉道
鎌倉道

駒形神社と帝釈天(庚申塔)
駒形神社と帝釈天

本覚寺墓地
本覚寺墓地

長屋門(東集落か)
東か
立派な門(西集落か)
西か

山王社
山王社

長屋門(山王社~西谷津の間)
長屋門・山王社~西谷津

西谷津・弁天祠
西谷津・弁天祠

二重川(ふたえかわ)橋/橋の手前を左折して、土手をゆく
二重川橋

 船橋の北端 (河川改修前の北端と、現在の北端辺り)
現旧・北端

神崎川と二重川の現合流点
神崎川と二重川の現合流点

こふく橋
こふく橋

天蚕場辺りか
天蚕場辺りか

小室公園
小室公園

小室駅前商店街/ランチタイムなのに準備中の札が多い、閑散としている)
商店街

金堀城址など~豊富・金堀・古和釜を歩く

「船橋の地名を歩く」 崙書房出版に基づいて、地元船橋を、女房と二人で歩いている。
今回は、43「前金堀と金堀城址」P234~237に準じて歩いた。
私にとっての今コースの目玉は、金堀城跡である。土塁・堀らしきもの以外明瞭な痕跡は少なかった。

※ 本では約3.1km、約40分のコースとある。我々夫婦は、またその3倍の2時間を要した。

金堀城址など~豊富・金堀・古和釜を歩く

※血液センター辺りを出発
七観音供養塔/道に面した民家の入り口近くにある。人影が見当たらない。犬が盛んに吠えた。
七観音供養塔

道標/ここから右に入る。途中畑仕事中の農家の人に何を作っているのかなど聞きながら歩いた。
道標

馬頭塚
馬頭塚

※ここを左折するが、後は概ね、村の小道を進む感じである。

そうまんと/小さな馬頭観音が並ぶ
そうまんと

村墓地
村墓地

金堀城

金堀川を渡ると右に登る道がある/金堀城址を巡る入口
金堀城を巡る入口
金堀城・土塁と堀跡と思しきところ
金堀城・土塁
ぐるりと回って別の土塁と思われる道から下を覗くと、金堀城址と思われる部分はあらかた掘り取られて、下の道と同じレベルの低地となっている感がする。前金堀の集落の一部か。
前金堀
金堀城・下り口(急坂)
金堀城・下り口(急坂)
金堀城址あたり(遠望)/下の道を桑納川の方へ歩き、振り返って城跡と思しき方角を撮る。
金堀城址あたり(遠望)
前金堀の集落に立派な門の家があった。
立派な門

さらに南西に進むと、また立派な長屋門の家がある。
長屋門
その2軒ほど先に、先ほどの長屋門よりは小振りな長屋門がある。
こちらは下見板の処に扉があり、中が馬小屋であったそうだ。
馬小屋のある長屋門

さらに進むと、朽ちた観音堂があった。
朽ちた観音堂
観音堂境内
観音堂境内

しばらく南西に進むと、豊寿園南斜面林と分かれて、木戸川を渡る橋が見える。この橋を渡る。
畑の道を途中、左に曲がった先のネギ畑の中に、駒形明神祠が少し小高くなったところにある。
一度通り過ぎてしまったほど、分かりにくい。
駒形明神祠
戻り、道を進むとT字路にぶつかるので、右折する。しばらくすると、寺に到着する。

東光寺

東光寺本堂
東光寺本堂
東光寺境内から、
八十八ヶ所巡拝供養塔等
八十八ヶ所巡拝供養塔等
自休大徳座像
自休大徳座像
白山大権現・寛保3年
白山大権現・寛保3年
出羽三山塔等
出羽三山塔等
女人講
女人講

東光寺から道なりに行くと、古和釜に到着した。/古和釜十字路公園
古和釜十字路公園
古和釜橋近くの金堀入口のバス停から、マイカーを駐車してきた血液センター界隈にバスで戻った。

楠が山城跡など~金堀・楠が山・大穴を歩く

「船橋の地名を歩く」 崙書房出版に基づいて、地元船橋を、女房と二人で歩いている。
今回は、45「大穴から金堀台へ」P244~249に準じて歩いた。ただし、本とは逆のコースをたどったが。
私にとっての今コースの目玉は、楠が山城跡である。明瞭な痕跡は何も発見できなかったが。

楠が山城跡など~金堀・楠が山・大穴を歩く

豊富農協前を出発。(マイカーを近くの駐車場に止めて、歩き出す。)

稲荷神社
稲荷神社

龍蔵院
龍蔵院・本堂

日枝神社/本殿、拝殿、鳥居、出羽三山巡拝記念碑・石仏など
日枝神社・本殿、拝殿、鳥居、出羽三山巡拝記念碑・石仏など
日枝大神・摂社/(写真上段:小御嶽・浅間・白旗神社、下段:神明・足尾・道祖神社)
日枝大神・摂社
本殿彫物/管理人:後藤安五良常善(推定)/(上段右の写真:脇障子;翁、左:脇障子;姥)
日枝大神・本殿彫物

金毘羅神社/道路に接しているが、個人宅にある。
金毘羅神社

庚申塚
庚申塚

熊野神社/名前は、鳥居の額などからも読み取れない。近くの工場の人に聞いても、知らなかった。
熊野神社
cf.古峰神社(熊野神社の摂社と間違われそうな位置にある。本には載ってない。)
古峰神社

楠が山城(館)跡/ここは吉橋城が落ちた際に、落ち延びた家臣3人(3人は兄弟という言い伝えもある)が館を建て隠れ住んだという伝承があり、その子孫は故地を偲んで吉橋姓を名乗ったのだという。

※高台の上は、畑。土塁や堀跡を見極めるのは難しい。綿貫啓一氏の遺跡図を頼りに、想像を巡らせた。
ハリギリの大木とおぼしきものが切られて横たわっている辺りが、土塁の一つと見たが…。
ビニールハウスで働く農家の人に尋ねると、竹やぶの中に石碑があるというが、見つけられなかった。
楠が山城址

辻切(正しい目印)
辻切(正しい目印)
注意:こちらの辻切を目印にすると、別の所へ行く
辻切(こちらを目印にすると別の所へ行く)

青蓮院
青蓮院

湯殿神社/本殿・拝殿・鳥居・鳥居からの参道
※ 青蓮院と湯殿神社とは、隣同士である。わざわざ赤い鳥居の処から急坂の参道を上がる必要はない。
湯殿神社
本殿彫物/彫工:竹田金司守國、左脇障子;唐夫人、右脇障子;大舜
湯殿神社・本殿彫物
湯殿神社の境内/本殿裏の出羽三山巡拝記念碑、並びに境内の三峰神社・浅間大神・不動明王線刻
湯殿神社・境内

大穴松山墓地/
※ 車用の立ち入り禁止の竹棒があるので、入れないと思って歩き続けると、浄明寺まで行ってしまった。
大穴松山墓地

西光院/観音堂・斉藤その女の墓・七番札所
西光院

本には45分のコースとある。我々には3時間ほど掛かった。
もう一コースこなす予定であったが時間切れとなったので、金堀入口のバス停からバスに乗り、出発点に駐車したマイカーにたどり着いた。丹念に調べようとすると時間が掛かる。また、前回と同様に、本に書かれたことを読み違えると、余分な歩きが生じてしまう。

夏見台地を歩く-間違った地点から歩き直し

先般、夏見台地を歩いた
しかし、稲荷神社の後、P174の地図ならびにP179の説明文が良く理解できず、三度も歩き直した。
とうとう夏見台近隣公園へ行ってしまった。諦めて、タクシーで船橋駅に引き返したのだ。

旧西夏見村境の馬頭塚  P179
神社の北側の道を行くとすぐ丁字路ですから、そこを右つまり北へ行きます。道なりに左に曲がり、カーブミラーの所を左に行くと左側に墓地が見えてきます。その先の二つ目の角を左に入ってすぐの所に馬頭観音供養塔があります。前の道は西夏見の日枝神社から金杉に行く旧道です。つまりこの馬頭塚の位置は西夏見の北のムラ境ということになります。』

※ この紫色の字の部分が説明が不親切であったようで、こちらが錯覚を起こした。
⇒『神社の裏の北側の道西(左)に行くとT字路ですから、そこを右つまり北へ行きます。』
とあると筆者の思うルートを容易に取れたであろう。


☆ 夏見台地を歩く-間違った地点から歩き直し

間違った地点から歩き直し

①稲荷神社横の道
①稲荷神社横の道

②稲荷神社横の道の突き当り
②稲荷神社横の道の突き当り

③左折(西へ行く) ④突き当りT字路を右折
③左折(西へ行く)④突き当りT字路を右折

⑤カーブミラーの処を左折
⑤カーブミラーの処を左折

⑥長福寺霊園の前を通り ←墓地が見えます
⑥長福寺霊園の前を通り

⑦細くなるが直進
⑦細くなるが直進

⑧二つ目の角を左折
⑧二つ目の角を左折

⑨馬頭観音供養塔 ←馬頭塚は紛らわしい
⑨馬頭観音供養塔

⑩馬頭観音供養塔の前を通り過ぎる
⑩馬頭観音の前を通り過ぎる

⑪筋違いを渡る
⑪筋違いを渡る

⑫夏見台中央公園に入る ←単に、中央公園では紛らわしい
⑫夏見台中央公園に入る

⑬夏目台中央公園を突き切る
⑬夏目台中央公園を突き切る

⑭右に進む
⑭右に進む

⑮夏目バス停 (船橋駅北口行き)
⑮夏目バス停

★ 歩き直しに、1時間ほど要した。

夏見台地を歩く

『船橋の地名を歩く』の中で、「32船橋の高間原(たかまがはら)をゆく」を参考に女房と二人で歩いた。
前回「36南三咲と滝不動」を試しに歩いてみて、面白い、これから全部踏破したいと、言い出したからだ。
人生の半分以上をここ船橋で過ごしているのに、あまりにも地元のことを知らないと痛感している。

◆ 夏見台地を歩く

天沼弁天池公園
天沼弁天池公園
公園内のヒメリンゴの実をつつくメジロ。
この後のコースで、オナガ、ムクドリ、群スズメなど野鳥観察会のごとく、小鳥の群れと出会った。
ヒメリンゴを突くメジロ

伝説の船橋旧跡 (定説は、海老川に架かった橋)
伝説の船橋旧跡

夏見用水跡
夏見用水跡

野末墓地(本では、田島墓地とある。この写真の辺りの看板には、野末墓地と記されていた。)
野末墓地

塙稲荷(船橋中学校内)
塙稲荷

自治会館と辺田道(へたみち)/成田街道と同様に、大きな家が並んでいる個所がある
自治会館と辺田道(へたみち)通

薬王寺
薬王寺
薬王寺境内の鈴木白山碑
鈴木白山碑

神明神社旧地と道路改修記念碑
(神明神社は、大神宮に移転合祀された、と)
神明神社旧地と道路改修記念碑

日枝神社   (一の鳥居)
日枝神社・鳥居
日枝神社・西向きの藁蛇(二の鳥居)
日枝神社・西向きの藁蛇
日枝神社・石塔群と、その中の「二十六夜供養塔」の愛染明王像
日枝神社・石塔群
日枝神社本殿の彫刻/彫刻:天岩戸、日本武尊など
日枝神社本殿の彫刻
日枝神社境内/富士塚、手水舎
日枝神社境内

高間原(たかまがはら/夏見台地)からの眺望/海神(写真右)並びに東町方面
高間原からの眺望

庚申塚
庚申塚

長福寺 山門
長福寺山門
長福寺境内1/「不許葷酒入山門」と書かれた結界石(写真右)、楊柳観音(標識塔)
長福寺境内1
長福寺境内2/妙見菩薩の祠(写真右、雪解塚)と十九夜塔
長福寺境内2

夏見城跡・土塁/長福寺裏
夏見城跡・土塁

稲荷神社
稲荷神社
稲荷神社境内/拝殿、富士塚、拝殿前の石碑と石塔(その中で、塩竈神社の神祠が目立つ、と)
稲荷神社・境内

★ この後、旧西夏見村境の馬頭塚を経て、夏見バス停へ行く予定であったが、道に迷った。
  そのあたりは、後日、再トライする予定である。

* 所要時間約45分(「船橋の地名を歩く」32)とあるが、道に迷ったので4時間かかって、かつ、ゴールに届かなかった。タクシーで船橋駅北口に戻った。

滝不動界隈を歩く

 御滝不動尊 初詣

御滝不動尊・本堂と参拝客

◆ 滝不動界隈を歩く

『滝口さんと 船橋の地名を歩く』 船橋地名研究会 滝口昭二編著 崙書房出版
船橋の地名を歩く

「『船橋の地名を歩く』 P196~ 36南三咲と滝不動」  を歩こうと女房が言い出した。
この本は、去年の8月20日発行されたもので、地元船橋の歩く会の人たちの間で人気の本だ。
初詣を兼ねて、1月3日、P196の図の通り、歩いてみた。


二ツ溜/新京成線滝不動駅を出発。最初のポイントは小金牧・下野牧の時代、馬の水飲み場があったところだそうだ。窪みが、それを想像させてくれる。
二ツ溜跡

仙元宮(お立場跡) 吉宗が鹿狩りをすることになり、造られた将軍観閲のお立場(使われなかった)。
南三咲開墾百年記念碑が、お立場の下に建てられている。
仙元宮立場跡&南三咲開墾百年記念碑

滝不動に通う人たちが目印にした常夜塔
常夜塔

 御滝不動尊(金蔵寺)

御滝山金蔵寺・山門と、脇の不動明王像(天明元年の刻印があった)
山門&不動明王像

山門からの参道(西国八十八か所霊場
参道(西国八十八か所霊場)

弁天池にある弁財天
弁財天

金蔵寺・中門(仁王門
金蔵寺・中門(仁王門)

不動の滝(行者滝)/海老川の源流の一つとされる湧水
不動の滝(行者滝)

観音堂/本堂左手前にある
観音堂
天井画や獅子舞など(観音堂)
観音堂・補足

本堂(不動堂)
本堂

旧本堂(大師堂)/現本堂に向かって右にある
旧本堂(大師堂)
奉納絵馬・将門と俵藤太(旧本堂)
奉納絵馬・将門と俵藤太(旧本堂)
旧本堂・天井画&絵馬など
旧本堂・天井画&絵馬など

御滝不動尊を出て、残りの行程をこなした。

星影神社
星影神社
星影神社境内/二和英和荘土地改良竣工記念碑
二和英和荘土地改良竣工記念碑

勢子土手
勢子土手
野馬土手・説明版
野馬土手・説明版

☆ 二人でゆっくり回り、費やした時間は、2時間半。ちょうど良い散歩コースであった。
プロフィール

yogaz

Author:yogaz
飯山満通信へようこそ!
満73歳になりました。予定寿命まで後7年です。ただいま終活中です。当面75歳までは、ボランティアガイドと生涯学習・介護予防のお手伝いを続けたいと思います。
なお、2006年6月14日から始めた飯山満通信は、2013年12月14日、ブログを引っ越しました。Dtiblogのブログサービスが終了したためです。

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