抹茶茶碗もどきシリーズ100碗達成

抹茶茶碗もどきシリーズ 100碗達成

ついに、何とか第100作に到達した。100碗の中から抜粋すると、
  ・茶碗25自撰?(第51~100作の中から)
  ・茶碗25自撰 (第 1~ 50作の中から)

○ 参考にした資料は、
  1.「茶碗のみかた」 カラーブックス369)保育社
  2.「茶碗のみかた?」カラーブックス413)保育社
  3.「茶碗百選」大河内風船子著 平凡社
  4.「やきもの名鑑」 ([3]楽と京焼ほか)講談社
  5.「決定版お茶の心 茶碗」 家庭画報編
  6.「甦える安南染付 ホイアンの奇跡」岸良鉄英著 里文出版
  7.「茶碗 平成の百人100碗」 日本放送出版協会
  8.「日本陶磁全集」 (11 唐津ほか) 中央公論社 など

○ 用いた用土は、古信楽・信楽赤・信楽白・大道土・唐津白・唐津赤・備前・粉引赤土・半磁器土など

○ 用いた釉薬は、石灰透明・並白釉・土灰釉・唐津透明釉・萩土灰釉・米色青磁・酸化青磁釉・油揚手黄瀬戸釉・つや無し黄瀬戸釉・つや有黄瀬戸釉・黄伊羅保釉・松灰釉・流下織部釉・織部釉・ビードロ釉・天目釉・唐津黒釉・柚子肌黒釉・紅志野釉・飴釉など

※ 用土や釉薬の種類の豊富な陶芸教室ならでは成果である。
  先生の指導宜しく、100碗に到達できたことを感謝したい。



では、
◆ 抹茶茶碗もどきシリーズ第 100作

     絵唐津 山水文 沓茶碗  写し

『(本歌は)甕屋の谷内田皿屋牛石などの諸窯では、おそらく加藤景延の実際的な指導によるのであろうが、多くの織部好みの作品、特に沓茶碗や沓鉢を作るようになった。これはそのなかでも典型的な沓茶碗で、轆轤で挽いた形を楕円形にひずませ、腰に強い段を付けている。口作りの分厚い線がうねっているのは、この成形過程で必然的に生じたものである。そして横長に伸びた胴には、太い区画線を引き、なかに山水風のあまり判然としない図文を筆太に黒々と描き付けている。甕屋の谷窯の名作である。』
(「日本陶磁全集11 唐津」中央公論社 fig.57より)


絵唐津山水文沓茶碗写し
絵唐津山水文沓茶碗写し
正面
正面
高台
高台
お菓子は、とらやの‘亥の子餅’
菓子器は、黒唐津白線文茶碗写し
亥の子餅 in 黒唐津白線文茶碗写し
亥の子餅断面

『餅製 御膳餡入
亥の子餅
は、茶道の炉開きにも使われる、伝統あるお菓子です。その歴史は古く、『源氏物語』の「葵」の帖にも登場します。当店では、鎌倉時代の文献にある製法を参考に、黄粉・胡麻・干柿を混ぜ込んだ餅製の生地で御膳餡をつつみました。』
(「とらやの和菓子 季節のお菓子-生菓子-|株式会社 虎屋」より)
亥の子餅断面

三島唐津茶碗写し

抹茶茶碗もどきシリーズ 第99作

三島唐津茶碗  写し

『(本歌は)唐津にはその系譜を反映して李朝風をとどめる作品が多いが、この茶碗は意識的に李朝陶を写した珍しい例である。俗に三島と呼ばれる印花象嵌の陶器を写した茶碗や水指は、大草野や椎の峯などの窯でしきりに作られているが、この茶碗には鳴子文の象嵌のほかに、「礼用慶執」という文字が象嵌されている。李朝の迎賓館である礼賓寺の什器のいわゆる礼賓三島を写したものであることは明らかだ。それにしても胴を二段にした織部風の作りと三島写しとの対照が面白い。三島唐津の名品といってさしつかえない。』
(「日本陶磁全集11 唐津」中央公論社 fig.66より)


三島唐津茶碗写し
三島唐津茶碗写し
正面
正面
高台
高台
お菓子は、とらやの‘初時雨’
菓子器は、斑唐津茶碗
初時雨 in 斑唐津茶碗
初時雨断面

きんとん製御膳餡包求肥角芯入
「初時雨」とは、冬のはじめに降る冷たい雨のことです。樹木の上だけを濡らして通りすぎる初時雨のさまを思わせるお菓子です。』
(「とらやの和菓子 季節のお菓子-生菓子-|株式会社 虎屋」より)
初時雨断面

絵唐津的矢文天目形茶碗写し

抹茶茶碗もどきシリーズ 第98作


絵唐津 的矢文 天目形茶碗
  写し

『(本歌は)今は伊万里市内になっている松浦町には、天目ばかり焼いた窯があるくらいで、唐津でも天目茶碗は沢山焼かれている。それらの多くは飴釉一色の普通の天目だが、なかにはこの例のように絵唐津のものがある。口縁下のくびれが大きくて強いやや様式化した形だが、絵が洒落ている。片面には2本の矢を、そしてこの面には的を貫く矢の絵が、手馴れた筆で描き付けられている。』
(「日本陶磁全集11 唐津」中央公論社 fig.63より)


絵唐津的矢文天目形茶碗写し
絵唐津的矢文天目形茶碗写し
正面
正面
高台
高台
お菓子は、とらやの‘林檎形’
菓子器は、備前緋襷茶碗
林檎形 in 備前緋襷茶碗
お菓子断面

羊羹製白餡入
林檎は、中国よりもたらされたといわれています。豊かに実った林檎の色かたちを表した『林檎形』は、愛らしい果実のみずみずしさ、甘酸っぱさを感じさせます。初出年:天保11年(1840)』
(「とらやの和菓子 季節のお菓子-生菓子-|株式会社 虎屋」より)
林檎形 断面

絵唐津菖蒲文茶碗写し

抹茶茶碗もどきシリーズ 95作

絵唐津菖蒲文茶碗  写し

『(本歌は)絵唐津の茶碗といえば、まず筆頭にあげられるのがこの茶碗である。半筒のどっしりとした形と、長石釉の下から滲み上がってきたかのような、菖蒲の絵のほのぼのとした味わいが、見事に調和して人の心を魅了するからに他ならない。腰がべったりと地に着くようなこういう半筒型は、美濃の瀬戸黒や志野に見られるものだが、それと直接のつながりがあるかどうか断言はできない。しかし…あるいはその影響下に作られたものかもしれない。釉はたっぷりと高台の縁まで及び、白い溜りが指跡のある露胎と対照的な景色を見せる。』
(「日本陶磁全集11 唐津」中央公論社 fig.47より)


絵唐津菖蒲文茶碗写し

正面
正面
高台
高台
お菓子は、赤坂青野の「山茶花」
菓子器は、磁州窯梅鉢文茶碗写し
山茶花 in 磁州窯梅鉢文茶碗
山茶花 断面
山茶花 断面

黒唐津白線文茶碗写し

抹茶茶碗もどきシリーズ 第94作

黒唐津白線文茶碗 写し


『(本歌は)随分多くの唐津陶を見ているが、こんなに珍しい技法のものは初めてである。おそらく牛石窯の作と思われるが、黒唐津の鉄釉をかけたあと、長石釉をかぶせるかわりに、その長石の泥をイッチン(チューブのようなもの)で絞り出しながら、膚に螺旋文を描きつけたものである。高麗黒磁(朝鮮高麗時代の磁器の一つ)にこれに近い技法のものはあるが、李朝にあったかどうか不明で、まさか唐津にみることがあろうとは思わなかった。面白い意匠だがあまりはやらなかったのか、ともかくこの手の作品はこれ一例しか知られていない。』
(「日本陶磁全集11 唐津」中央公論社 fig.62より)

黒唐津茶碗写し
黒唐津茶碗写し
正面
正面
高台
高台
お菓子は、花園万頭の柴の栗

柴の栗-きんとん製 白小豆粒餡入-
『渋を切っていない餡のきんとんで、白小豆粒餡をお包みし、栗をのせてお作りしました。調和された味わいと、風情豊かな「柴の栗」をお楽しみ下さい。』
(「花園万頭の上生菓子 10月 神無月|和菓子へのこだわり|東京新宿花園万頭」より)

お菓子断面
お菓子断面

絵唐津葦鷺文茶碗写し

抹茶茶碗もどきシリーズ 第93作

絵唐津葦鷺文茶碗 写し


『(本歌は)失透性の長石釉の膚が青み立ちの白上がりになり、碗の形もかなり思い切ったデフォルメを見せるので、一見したところ美濃ものと見まがいそうな茶碗である。口作りにうねりをつけ、三方から押さえてひずませ、腰には深い箆目を一本走らせたところは、織部好みにすっかりなじんだ作といえよう。ただ口縁の斜線や桧垣文はともかくも、葦や鷺の描き振りにはまだ野放図な李朝陶の名残りがあり、唐津ならではの興趣に富んだ名碗といえよう。甕屋の谷窯か内田皿屋窯の作と考えられる。』
(「日本陶磁全集11 唐津」中央公論社 fig.56より)


絵唐津葦鷺文茶碗写し
絵唐津葦鷺文茶碗写し
正面
正面
高台
高台
お菓子は、花園万頭の野山の錦

『野山の錦 (のやまのにしき)-練り切り製 小豆漉し餡入-
野山が紅葉していく姿を、三色の練り切りで表現致しました。栗をのせた、彩の美しいお菓子です。』
(「花園万頭の上生菓子 10月 神無月|和菓子へのこだわり|東京新宿花園万頭」より)

お菓子断面
お菓子断面

斑唐津茶碗写し

抹茶茶碗もどきシリーズ 第92作

斑唐津茶碗 写し


『(本歌)斑唐津の藁灰釉は、酸化して黄ばむか、還元して青みを帯びるか、どちらかになりやすいものだが、この茶碗は珍しくほとんど純白の上りを見せる。いわゆる中性焔のほどよい焼け方をしたためであろう。例によって砂目の粗い土を用いて率直な椀形を作る。高台は広く高めに削り出し、…高台付きは削られて縮緬しわを見せている。こういう高台の作りや碗がやや縦姿狭にひずんでいることなどからあるいは初めから茶碗としてつくられたかとも思われる。』
(「日本陶磁全集11 唐津」中央公論社 fig.45より)

※ 唐津茶碗は、向う付けなどを茶碗に見立てことが多いという意味であろう。


斑唐津は、唐津でももっとも古い岸岳系の窯で多く用いられた技法で、藁灰で作られた白色の斑釉をかけたものをいい、別名を白唐津ともいいます。「斑」と呼ばれるのは、粘土に含まれている鉄分などが、器の表面に溶け出し、青や黒の斑点が現われることから名付けられています。』
(「唐津焼・酒器・斑唐津【うまか陶】」より)


斑唐津茶碗写し
斑唐津茶碗
正面
斑唐津・正面
高台
斑唐津・高台
お菓子は、萬年堂の「蒸物製 御目出糖」
菓子器は、青白磁皿
萬年堂「蒸物製 御目出糖」
お菓子断面
お菓子断面

和太守卑良 彡文赤彩茶碗写し

抹茶茶碗もどきシリーズ第85作


和太守卑良 彡文赤彩茶碗 写し

『紐作りの後、内外共に削っている。茶色の素地に「彡文」を刻み白の化粧を。文様部分を抜いて黒釉を掛けた。焼成後に赤の彩色。あえて地肌の白も見せる。「彡文」は独自の意匠。静謐な形に文様・色彩・質感が生きる。』
(「茶碗 平成の百人100碗」日本放送出版協会 P210より)

★ なお和太守卑良氏は、私と同じ1944年生まれであるが、2008年9月7日死去した。享年64歳。
NHK趣味悠々 秋元康の陶芸入門、和太流で土と遊ぶ」はつい最近のことと思っていたが、2002年のことであった。月日のたつのは速い。


※ 本歌は紐作りであるが、写しは楽茶碗と同じように玉作りで作ってみた。


和太守卑良茶碗写し
和太守卑良茶碗写し
彡文赤彩茶碗写し・正面

※※ 本歌は、赤の彩色であるが、写しは赤の発色がうまくいかなく、茶色の発色となった。
しかし、逆にオリジナルなイメージのものが出来上がり、「袈裟衣」とでも銘を付けたくなるようなものができた。私のお気に入りの一つとなった。

彡文赤彩茶碗写し・正面
高台
高台
お菓子は、とらやの黒梨
菓子器は、彫三島白花文鉢
黒梨 in 白花文掻き落し鉢
黒梨 断面

『梨は16世紀の茶会でお菓子としてよく使われていました。『黒梨』は葛粉を使った水羊羹製で餡を包み、軸を付け、けしの実を散らして梨を表わした可愛らしいお菓子です。
水羊羹
製 御膳餡入
初出年:水羊羹『黒梨形』として昭和9年(1934)』
(「とらやの和菓子 季節のお菓子 -生菓子|株式会社 虎屋」より)
黒梨 断面

祥瑞水玉茶碗写し

抹茶茶碗もどきシリーズ第83作

祥瑞水玉茶碗  写し

『(本歌:祥瑞水玉茶碗は)
祥瑞は、『遠州蔵帳』に「祥瑞茶巾筒」とあるので、遠州が注文したものと考える。…
口縁のすぐ下に刷毛で薄い呉須釉を帯状に塗った上に、濃い呉須で山形の連続文を描いている。またその下から高台までびっしりと藍唐草文を描いて、そのなかに白い丸文を上下二段に点々と配している。高台の側面を薄呉須の刷毛で塗り、濃い呉須で切れ切れの渦巻きを連続して描いている。内面にも呉須で模様が描かれている。』
(「茶碗百選」平凡社 大河内風船子著 P83より)


祥瑞水玉茶碗写し

正面
正面
高台
高台
お菓子は、とらやの初秋
菓子器は、彫三島平茶碗
初秋 in 彫三島平茶碗
初秋 断面

『黄色い粟羊羹と、黒砂糖風味の琥珀羹の落ち着いた配色は、農作物の収穫期でもある豊穣の秋の到来を象徴すると同時に、夏の余韻を感じさせます。 粟製…寒天を溶かし、白双糖(しろざらとう)を混ぜ、煮詰めた液に粟に見立てた新引粉(しんびきこ・京都ではみじん粉と呼ぶ)を加え、色を付けたもの。東京・京都地区限定のお菓子です。
粟製

初出年:昭和9年(1934)』
(「とらやの和菓子 季節のお菓子 -生菓子|株式会社 虎屋」より)
初秋 断面

呉須山水茶碗写し

抹茶茶碗もどきシリーズ第82作

呉須山水茶碗  写し


『小山富士夫氏によれば、呉須染付は福建省竜渓県石碼窯で焼かれたものとのことである。…
口縁は外開きになっている。胴には山水・人物・塔・家屋が南画風に描かれ、風雅な趣である。高台の縁に、こわれた橋とも山ともとれる模様が描いてある。この茶碗や呉須菱馬水指は、茶人の注文で作られたもので、類品が少ない。中国の染付と著しく異なり、まったく日本人好みである。』
(「茶碗百選」平凡社 大河内風船子著 P82より)


呉須山水茶碗写し
呉須山水茶碗写し
正面
正面
裏面
裏面
高台
高台
お菓子は、とらやのささ栗
菓子器は、黄瀬戸鉢
ささ栗 in 黄瀬戸ドラ鉢
ささ栗 断面

『「ささ」とは、「小さな」を意味する言葉です。『ささ栗』は、煉切でつくった栗のまわりに、緑のいがに見立てたそぼろを付けたお菓子です。
きんとん製 黒煉切包白餡入

初出年:干菓子として宝永7年(1710) 』
(「とらやの和菓子 季節のお菓子 -生菓子|株式会社 虎屋」より)
ささ栗 断面

黄瀬戸梅花文茶碗 銘万歳 写し

抹茶茶碗もどきシリーズ 第81作

黄瀬戸梅花文茶碗 銘万歳 写し

「日本陶磁全集14黄瀬戸 瀬戸黒」中央公論社 図59,60

※ 写真では分かりにくいが、肉眼では油揚手の肌が比較的良く出ている。胆礬もよく貫けている。


『表面のざらざらした感じのもの(「油揚げ手」)には、彫りで草花を描いた後に銅を乗せてグリーンの装飾をするものをよく見ます。この銅の彩りが「胆礬」と言われるものです。』
(「web-setomono/瀬戸だより」より)


黄瀬戸茶碗写し
黄瀬戸茶碗写し
正面
正面
裏面
裏面
高台
高台
お菓子は、岡埜栄泉の向日葵

お菓子断面
向日葵
金団)ひまわり
「太陽の花」と呼ばれる夏の花の代表です。元気いっぱいの花を金団で作りました。
金団餡製
芯潰し餡
小豆餡
お菓子断面 向日葵



徳澤守俊・朝鮮唐津茶碗写し

抹茶茶碗もどきシリーズ 第80作

このシリーズも100碗を目指して、80碗まで辿り着いた。
もう一踏んばりしてみようと思っている。


徳澤守俊・朝鮮唐津茶碗 写し

『(本歌は)鉄釉と藁灰釉の掛分。柔らかな揺らぎがあり、手捏ねに見えるが成形は轆轤。巧みに葉文が彫られている。高台は奔放とも映る達観の削りで、野趣な土肌に緋色が浮かぶ。豊かな表情、深い創意。』
(「茶碗 平成の百人100碗」日本放送出版協会 P174より)

※ 朝鮮唐津茶碗の既報(25作)は、こちら


徳澤守俊・朝鮮唐津茶碗写し
徳澤守俊・朝鮮唐津茶碗写し
正面
正面
高台
釉薬が激しく流れてしまった。
高台
お菓子は、岡埜栄泉の芙蓉

お菓子断面
芙蓉
練切)ふよう
夏から秋にかけて大輪の花を咲かせます。暑い夏の終わりを告げてくれる花のひとつです。
薯蕷練切餡製
芯小豆餡
お菓子断面 芙蓉

黄瀬戸花文茶碗写し

抹茶茶碗もどきシリーズ 第79作

黄瀬戸花文茶碗 写し 

黄瀬戸花文茶碗
「日本陶磁全集14 黄瀬戸 瀬戸黒」 中央公論社 図33,34

※ 各務周海・黄瀬戸茶碗の習作が難しかったので、伝世品(古典)の写しを試みた。細かいところを言うと、胆礬が十分乾く前に黄瀬戸釉を掛けたので緑色が綺麗に出なかったのが反省点である。


黄瀬戸花文茶碗写し
黄瀬戸茶碗写し
正面
正面
裏面
裏面
高台
高台
お菓子は、岡埜栄泉の金魚
お菓子断面 金魚(錦玉)きんぎょ
水槽の中を涼しげに泳ぐ金魚です。
錦玉羹製
白花豆
小豆鹿の子豆
お菓子断面 金魚

上野焼 呉器形茶碗写し

抹茶茶碗もどきシリーズ第69作

上野 呉器形茶碗写し

『(本歌は) 桃山後期~江戸初期 釜ノ口窯
上野古窯址の陶片群を観察すると、意匠形状の作行きが、高取系よりも整然としてきびしさがある。高台はやや外ひろがりで、その径は一般的に小さく、削りが力強い。』
(「大名茶碗」平凡社 大河内風船子著 P80より)

『呉器茶碗(ごき ちゃわん)とは、高麗茶碗の一種で、御器、五器とも書きます。
呉器の名前は、形が椀形で禅院で用いる飲食用の木椀の御器に似ていることに由来するといわれます。
一般に、大振りで、見込みが深く、丈が高く木椀形で、高台が高く外に開いた「撥高台(ばちこうだい)」が特色とされます。』
(「呉器茶碗」より)

既報の上野焼の習作は、
   ・鉄彩茶碗
   ・半筒茶碗
   ・紫蘇手茶碗
   ・灰釉天目

上野 呉器形茶碗写し
写しは、飴釉+藁灰釉
上野 呉器形写し

正面
正面

撥高台
高台

お菓子は、たねやの蛍の宿
断面
蛍の宿

上野焼 灰釉天目茶碗写し

抹茶茶碗もどきシリーズ第68作

上野 灰釉天目茶碗 写し

『(本歌は) 桃山末期~江戸初期 釜ノ口窯
 削りだしのばち高台高台わきの直線的な成形さらに天目形の口造りはこの茶碗をよくまとまったものにしている。』
(「大名茶碗」平凡社 大河内風船子著 P83より)


上野焼 灰釉天目茶碗写し
本歌は灰釉であるが、写しではビードロ釉で試した。
このため色目は本歌とずいぶん違う感じとなった。
しかし、すっぽん口を持つこの碗はすこぶる飲みやすい器に仕上がった。
上野焼 灰釉天目茶碗写し

正面
正面

高台側
高台

お菓子は、たねやの夏の灯
夏の灯

縄文象嵌茶碗写し

抹茶茶碗もどきシリーズ第66作

島岡達三・縄文象嵌茶碗写し

『(本歌:塩釉縄文象嵌茶碗 色泥は)
口が端反りぎみに開いた覇気のある熊川形。「筋」の文様の組紐で圧痕を付けて青色の化粧土を塗り、文様を削り出した。登窯で塩を投入して焼成。益子の素朴な土味に、塩釉独特の光沢と縮れが風趣。高台の削りも闊達。』
(「茶碗 平成の百人100碗」 日本放送出版協会 P215より)


※ 本歌は塩釉象嵌であるが、電気窯では発熱体を傷めるので塩釉を使えない。
青い化粧土を使うに止めた。


※ また器は薄作りに努めているので、縄文を深く刻することが出来なかった。

人間国宝・島岡達三、あるいは多くの益子の陶芸家の作品は、分厚くとても重いものが多い。例えば、縄文の圧痕を付けるには程度厚みがないとうまくいかないからだろう。
(これは、かつて島岡の弟子である岡田崇人の個展を銀座たくみで見てから暫く追っかけをしてみたが、そのとき参考出品していた数百万する島岡の大徳利を持たせてもらったことがある。とても重たかったという貴重な?体験があり、実感として言える。)



島岡達三・塩釉縄文象嵌茶碗写し
島岡縄文象嵌茶碗写し

正面
正面

高台側
高台側

お菓子は、和久傳のお干菓子「古の実 くるみ」 in 河南天目茶碗写し(既出)
古の実 くるみ in 河南天目茶碗

「古の実 くるみ」の断面
くるみの断面

上野焼 半筒茶碗写し

抹茶茶碗もどきシリーズ第64作

上野焼(あがのやき)半筒茶碗
 写し

『(本歌は)上野 半筒茶碗 釜ノ口窯 桃山末期~江戸初期
釜ノ口の茶陶は、内ヶ磯のような作為の強いものは少ない。いかにも素朴で、利休の茶風を遵守したという三斎の好みの反映であろうか。』
(「茶碗百選」平凡社 大河内風船子著 P79より)


※ 唐津の有名な陶芸作家である西岡小十の調合法による釉薬なので、茶入に使う釉薬のような上品な肌に仕上がってしまった。本歌はもっとざらざらしている。

※ 器形も独特である。織部台付茶碗と同じコップのような形状。
「茶碗のみかた」で著者の野村泰三氏は織部台付茶碗を南蛮渡来の形と見ているが、私は朝鮮渡来の形ではないかと思っている。豊臣秀吉による「文禄・慶長の役」により招致され加藤清正らに従って帰化した李朝陶工がもたらしたものが、唐津・薩摩などにもあったと思う。現にこの茶碗は上野の釜ノ口窯のものではないか。



上野焼 半筒茶碗写し
上野焼 半筒茶碗写し

少し上から
少し上から

正面
正面から

高台側
高台側

花園万頭・定番の菓子/花園万頭
断面
花園万頭・定番の菓子

赤膚焼木白奈良絵茶碗写し

抹茶茶碗もどきシリーズ第62作

上絵付けの練習をした」の姉妹編である。

器形と絵の構図は、赤膚焼木白奈良絵茶碗写し
・本歌は、カラーブックス「茶碗のみかた」保育社 P63から
但し、絵は人物と松の木が複雑なため、現代作家の尾西楽斎から習作。
・尾西楽斎の図柄は、「現代陶芸茶碗図鑑」光芸出版 P47から

『(本歌の説明)木白は、奥田武兵衛といい、寛政11年(1799)大和郡山に生まれた。木白は屋号の柏屋の柏に因んだ号。
風流人ではあったが、根っからの陶工ではなく、ロクロは弟子にまかせ、デザインと絵付に専念したといわれる。色絵は仁清を目標にしたが、絵付の妙、衣装の自在なことで、それがイミテーションにとどまらず、木白独自の新境地を開き、赤膚焼の名を高らしめた。その代表作の一つともいえるのがこの茶碗で、図柄は天平因果経ともいう。』
(「カラーブックス369)茶碗のみかた」保育社 P65より)


赤膚焼木白奈良絵茶碗風の写し
赤膚焼木白奈良絵茶碗写し

正面
茶碗正面

高台
高台側

菓子は、叶匠壽庵の栗山家(くりさんが)
断面  
栗山家断面

真熊川茶碗 銘「三か月」写し

抹茶茶碗もどきシリーズ第59作

真熊川茶碗 銘「三か月」写し

『(本歌は)高麗茶碗の一種。朝鮮尚南道の港の名からきており、わが国と交易の盛んな港だった。
真熊川と鬼熊川があり、真熊川を古茶書に「上品なリ、釉をかぶる。ビワ色にて井戸釉に似ているが、釉に景がある。姿、筒がかって深く、端反りでロクロ目がある。見込みに小さく上品な鏡がある」という。高台は下つぼまりで釉がかりなく土みせである。「三か月」は見込みにできた火間からきた名称だろうが、総体に名物茶碗の威厳をもっている。』
(「カラーブックス369)茶碗のみかた」保育社P76より)


真熊川茶碗 銘「三か月」写し
真熊川茶碗 銘「三か月」写し

茶碗正面
正面

見込み
茶碗正面

高台側
高台側

菓子は、榮太樓總本鋪の謳歌
菓子断面
菓子断面

峯紅葉風鼠志野茶碗

抹茶茶碗もどきシリーズ第58作

鼠志野茶碗・図柄は銘品「峯紅葉」の習作

『(本歌:峯紅葉は)美濃焼(岐阜県の陶器)の一種。形姿は逞しく、堂々としているが、成形が巧みなため、手に持つと意外に軽い。桃山時代の和物茶碗の代表作。銘は茶碗の景色からの連想。鉄釉を施した上に、亀甲文と桧垣文様を掻き落とした後、志野釉をかけて文様を白く浮き出させている。九鬼家伝来。』
(「重要文化財 鼠志野茶碗 銘 峯紅葉」より)


峯紅葉風鼠志野茶碗
鼠志野茶碗

茶碗正面
正面

高台側
高台

茶菓子は、榮太樓總本鋪のぼんぼり
菓子断面
菓子断面

祥端丸紋梅鉢内青磁沓茶碗写し

抹茶茶碗もどきシリーズ 第55作。


祥端丸紋梅鉢内青磁沓茶碗写し

『(本歌は)明末清初の染付磁器で、当時わが国に渡来したもののうち、古染付は中級、呉須手は下級、祥端が最高級品であった。その大部分は、わが国の茶人たちの注文品で、デザインすべてに細かい指示がなされたという。この茶碗が良い作例で、元来沓形は織部の独創であった。胴の大部分を藍だみ白抜き文様で覆い口紅のある口縁は白で、釉下に沈線文様を施し、おまけに内側は青磁という懲りようであるが、それが少しもはん雑にならず、しかも洒落た作品に仕上がっているのである。』
(「カラーブックス413 茶碗のみかた?」保育社 P94より)


茶碗内側の青磁釉が少し飛んだ。器壁が少し薄手に出来すぎて、外側の透明釉を掛けてから少し時間を置きすぎて水分過多となったので、内側の青磁釉の滲み込みが少なくなってしまったためと思う。
ところで、この茶碗は手間が掛かった。焼成を3度も行った。白抜きも、沈線も…、とにかく手が込んだものを習作してしまったものだ。



祥端丸紋梅鉢内青磁沓茶碗写し
祥端丸紋梅鉢内青磁沓茶碗写し

正面
正面

高台
高台

とらやの上生菓子 椿餅・断面
御膳餡入肉桂入
椿餅断面

絵志野筒茶碗 銘「橋姫」写し

抹茶茶碗もどきシリーズ 第54作。

絵志野筒茶碗 銘「橋姫」写し


『(本歌は)筒型大ぶりの茶碗である。この手は初期の絵志野茶碗と推定されるものである。というのはこの形態が瀬戸黒に見出されるからである。
表にはの絵があり、裏面にはやしろの絵がある。この種の茶碗を一般に住吉手と呼んでいるが、橋で有名な住吉神社にちなんでのことであろう。
志野のうちでも比較的作意が少なく、ゆったりした感じの名碗である。高台内に松葉風の窯印がある。』
(カラーブックス413「茶碗のみかた?」保育社 P14より)

☆ この茶碗は筒型なので、冷め難くまさに冬用の茶碗だ。
女房に使わせると、大振りだが手にしっくりきてとても飲みやすいと、いつも辛口の女房にしては好評だった。


絵志野筒茶碗 銘「橋姫」写し
絵志野筒茶碗 銘「橋姫」写し

絵志野筒茶碗 正面
絵志野筒茶碗 正面

高台
高台

とらやの上生菓子 雪の下萌 断面
きんとん製御膳餡入
とらやの上生菓子 雪の下萌 断面

河南天目茶碗風

以前 シリーズ37作で、失敗作:菊花天目茶碗写しを掲載した。
これは、天目釉と飴釉の施釉の仕方を間違えた。

抹茶茶碗もどきシリーズ 第53作。

河南天目茶碗


『(本歌は)河南と漫然としているが、江北の磁州窯系の窯で焼かれたものと思われる祭器か雑記のたぐいで、民芸的要素が濃厚なものである。
だれかが茶碗を一つの宇宙になぞらえたが、それを首肯させずにはおかない不可思議な景色をもつ茶碗ではある。
窯変で放射状に飛び散ったか、あるいは流下したと思われる柿色の釉と見込みに集合する小粒子が、まるで宇宙のかなたに星雲を見ているようで、心を夢幻の世界に遊ばせるのである。』
(「カラーブックス369茶碗のみかた」保育社 P97」より)

先の失敗に懲りて、今度は飴釉の割合をやたらに大きくしてしまって似て非なるものとなった。従って、「写し」ではなく、単なるイメージを参考としたという意味で、「」とした。

なお、器形は習作のような碗形でなく、平形の端反り形かもしれない。

さらに脱線すれば、人間国宝・原清の鉄釉鳥文は、磁州窯系の民窯をヒントにオリジナル化したものと想像しているがどうなのだろう。以前和光で開催された原清の個展で、先生にお会いしたとき別の質問をしたが、今度お会いすることがあればそのことをお聞きしてみたい。


河南天目茶碗風
河南天目茶碗風

茶碗の見込み
河南天目茶碗風

高台
高台

ささやの生菓子
・断面
ささやの生菓子・梅 断面

織部祇園だんご絵沓茶碗写し

抹茶茶碗もどきシリーズ 第52作。

織部祇園だんご絵沓茶碗写し


『(本歌について)「ひずみ、ひょうげたるもの」というのが、織部沓茶碗の定説だが、弥七田織部は、そのムードをやや異にする。素地は薄手で緻密、形態はバランスよく、絵付けは完全に整理デザイン化されて、すべてに細かい神経がゆきとどいているのである。
これは、意表をつくだんごの絵がうまく決まって、すこしもおかしくなく、それに「祇園だんご」と優雅な命名にも、まったく感服させられる。』
(「カラーブックス369「茶碗のみかた」保育社 P17」より)


○ 織部祇園だんご絵沓茶碗写し
織部祇園だんご絵沓茶碗写し

茶碗正面
茶碗正面

高台
高台

ささやの生菓子
・断面
ささやの生菓子・断面

絵志野茶碗 銘「卯花墻」写し

抹茶茶碗もどきシリーズを再開する。
第1~第50作の内25個の茶碗・自撰は、こちら
第51作からは最初は古典の写し、そのうち現代作家ものの習作となると予想される。
達成目標、第100作。ぼちぼち様子を見ながら、気長にやっていこうと思う。

抹茶茶碗もどきシリーズ 第51作。

絵志野茶碗 銘「卯花墻(うのはながき)
写し



『日本で焼かれた茶碗で国宝に指定されているのは、本阿弥光悦の白楽茶碗(銘不二山)と、この卯花墻2碗のみである。美濃の牟田洞窯で焼かれたもので、歪んだ器形・奔放な篦削り・釉下の鉄絵などは織部好みに通じる作行きといえる。もと江戸の冬木家にあり、明治20年代中頃に室町三井家の高保の有に帰した。』
(「三井記念美術館」より)

★ 習作もここまで似ていないと恥ずかしいが、何事もチャレンジしないことには前に進まない。抹茶茶碗もどきシリーズを再開するには、対象はビッグなほうがいいかなぁ、と思った次第。


絵志野茶碗 銘「卯花墻(うのはながき)」写し
絵志野茶碗 銘「卯花墻(うのはながき)写し

茶碗正面
正面

高台
高台

お菓子は、ささや
ささやの花びら餅on総織部小皿
ささやの花びら餅

ささやの花びら餅・断面
断面

(参考)とらやの花びら餅・断面
『丸い白餅の上に小豆色の菱形の餅を重ね、上に白味噌と砂糖煮にした「ふくさ牛蒡」をのせ、半月状に合せたもの』(とらやの栞より)
とらやの花びら餅・断面

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Author:yogaz
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満73歳になりました。予定寿命まで後7年です。ただいま終活中です。当面75歳までは、ボランティアガイドと生涯学習・介護予防のお手伝いを続けたいと思います。
なお、2006年6月14日から始めた飯山満通信は、2013年12月14日、ブログを引っ越しました。Dtiblogのブログサービスが終了したためです。

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