二日目の京都庭園巡り

二日目の京都庭園巡り

パンフレット&拝観券
寺院パンフレット・拝観券 2日目

一日目午前、洛西の遅咲き桜庭園観賞を堪能した。午後は、雨の中大谷廟での納骨条件の調査と清水寺チェックをした。二日目は、回復した天気の元で帰りの新幹線まで時間を使って、銀閣寺を核に哲学の道を歩き、永観堂と南禅寺の若葉を楽しむ散歩となった。当初目的達成。

洛東エリアから  

(1) 銀閣寺

境内図
境内図

総門
総門

銀閣寺垣
銀閣寺垣

中門
中門

銀沙灘から見た向月台と銀閣(観音殿)
銀沙灘から見た向月台と銀閣(観音殿)

錦鏡池越しに見た銀閣(観音殿)
錦鏡池越しに見た銀閣(観音殿)

東求堂
東求堂

お茶の井
お茶の井

展望所より
展望所より

庫裡前の松
庫裡前の松

(2) 哲学の道
・銀閣寺近く
哲学の道・銀閣寺近く

・法然院近く
哲学の道・法然院近く

・大豊神社近く
哲学の道・大豊神社近く

・若王子神社近く
哲学の道・若王子神社近く

(3) 法然院
法然院の墓の地図 
法然院が配布している墓地の地図

圓光大師御旧跡
法然院・圓光大師御旧跡

茅葺屋根の山門
法然院・茅葺屋根の山門

山門からの眺め
法然院・山門からの眺め

白砂壇
法然院・白砂壇

講堂
法然院・講堂

手水鉢から一筋の流れ
法然院・手水鉢から一筋の流れ

地蔵菩薩像
法然院・地蔵菩薩像

本堂の玄関
法然院本堂の玄関

多宝塔
法然院多宝塔

cf.拝観謝絶の安楽寺
拝観謝絶の安楽寺

(4) 大豊神社

鳥居
大豊神社・鳥居

大豊神社・狛巳狛猿狛鳶
大豊神社・狛巳狛猿狛鳶

大国社と狛鼠
大国社と狛鼠

日吉社と狛猿、愛宕社と狛鳶
日吉社と狛猿、愛宕社と狛鳶

(5) 熊野若王子神社

熊野若王子神社
熊野若王子神社

若王子神社社殿
若王子神社社殿

恵比寿殿
恵比寿殿

(6) 永観堂
   みかえり阿弥陀 

総門
永観寺・総門

中門
永観寺・中門

釈迦堂の中庭
永観寺・釈迦堂の中庭

釈迦堂の前庭・小判形の盛砂(唐門内)
永観寺・釈迦堂の前庭・小判形の盛砂(唐門内)

三鈷の松
永観寺・三鈷の松

御影堂から見た楓林
永観寺・御影堂から見た楓林

方丈西庭
永観寺・方丈西庭

悲田梅
永観寺・悲田梅

唐門(勅使門)
永観寺・唐門(勅使門)

多宝塔への階段
永観寺・多宝塔への階段

多宝塔からの京の眺め
永観寺・多宝塔からの京の眺め

御影堂
永観寺・御影堂

阿弥陀堂
永観寺・阿弥陀堂

放生池から見た多宝塔
永観寺・放生池から見た多宝塔

楓林を若葉さんぽ
永観寺・楓林を若葉さんぽ

(7) 南禅寺

大寂門
南禅寺・大寂門

奥丹
南禅寺・奥丹

北門から入った処
南禅寺・北門から入った処

三門
南禅寺・三門

三門からの眺め
南禅寺・三門からの眺め

法堂
南禅寺・法堂

法堂内部
南禅寺法堂内部

勅使門
南禅寺・勅使門

本坊・唐破風・大玄関
南禅寺・本坊・唐破風・大玄関

大方丈
南禅寺・大方丈

方丈庭園by小堀遠州
方丈庭園by遠州

小方丈・如心庭
小方丈・如心庭

蓬莱神仙庭
蓬莱神仙庭

涵龍池龍吟庭
涵龍池龍吟庭

六道庭
六道庭

cf.南禅院

水路閣
水路閣

入母屋造こけら葺
南禅院・入母屋造こけら葺


南禅院・門

南禅院庭園/京都の三名勝史蹟庭園
南禅院庭園:京都の三名勝史蹟庭園

南禅院・滝口の石組
南禅院・滝口の石組

cf.金地院
金地院

一日目の京都庭園巡り

一日目の京都庭園巡り

青女の滝の石組/林賢と徳大寺静意が作庭
青女の滝(特別名勝)

本シリーズ冒頭で触れたように今回の旅の目的は法金剛院で徳大寺静意の石組を見ることである。∵小石川後楽園の作庭者・徳大寺佐兵衛が高家だとかの説に対し彼は京の庭師だと思うからである。その手掛りを探しに。あいにく住職が不在だったので奥様に託けたが。不明。

※『後楽園紀事』に出て来るそうだ。←『大名庭園』講談社選書・白幡洋三郎著

◆ 前半/洛西エリアから 
パンフレット並びに拝観券
寺院パンフレット・拝観券・一日目

(1) 法金剛院
 西行や鳥羽天皇を惑わせた待賢門院が復興・再建した寺で、発願者と作者がはっきりしその遺構がそのまま残っている平安時代の数少ない庭園であり、特別名勝である。

案内板
法金剛院・表門

表門
法金剛院・表門

玄関・礼堂と待賢門院桜
礼堂と玄関・待賢門院桜

藤原璋子(鳥羽天皇の中宮・待賢門院)の陵(宮内省管理)
藤原璋子花園西陵

(2) 妙心寺・涅槃堂

分骨した義母の墓にお参りした。結果、退蔵院の観桜を割愛した。
妙心寺・涅槃堂

 cf.妙心寺・総門
妙心寺・総門

 cf.妙心寺・退蔵院庭園
退蔵院庭園

(3) 仁和寺

本坊・御殿案内は、こちら

二王門
仁和寺・二王門

本坊・御殿入口
本坊・御殿入口

勅使門
勅使門

南庭
仁和寺・南庭

南庭と右近の桜
仁和寺・南庭と右近の桜

白書院
仁和寺・白書院

北庭
北庭

黒書院
黒書院

霊明殿
霊明殿

境内ルートマップは、こちら

中門
中門

中門から御室桜と金堂を望む
中門から御室桜と金堂を望む

満開の御室桜
満開の御室桜

五重の塔
五重の塔

金堂
金堂

鐘楼
鐘楼

御影堂
御影堂

(4) 竜安寺

竜安寺・案内図
竜安寺・案内図

山門
竜安寺・山門

石庭
竜安寺・石庭

石庭/実際と図・模型の比較
竜安寺・石庭 図や模型と比較

実際は、石庭の前は観光客で混雑していた
石庭前の観光客

石庭入口
竜安寺・入口

cf.比較的静かな方丈の庭
竜安寺・ 方丈の庭

石庭から出て来た観光客
石庭から出てきた観光客

桜苑
竜安寺・ 桜苑

枝垂桜
竜安寺・ 枝垂れ桜

(5) 金閣寺 

金閣寺案内板
金閣寺・案内板

総門
金閣寺総門

鐘楼と若葉
金閣寺・鐘楼と若葉

金閣(仏舎利)
金閣寺・仏舎利

方丈と陸舟の松
金閣寺・方丈と陸舟の松

金閣寺境内(銀河泉・厳下水・安民沢・金閣寺垣)
金閣寺境内


◆ 清水五条/後半 雨の中をバスと地下鉄(烏丸線・東西線)を利用して洛東へ移動

A.大谷本廟
      実の父と母の分骨が納骨されているので、立ち寄った。
      ついでに、私の納骨の調査を兼ねて/
           築地本願寺と相談してお寺を選定し、大谷廟への納骨を検討することにした。
           費用は、義母の妙心寺と比べて格段に安そうだ。
       /妻は私と同じ墓に入りたくないと。→私は勝海舟ほど悪いことはしていないのに。
 
円通橋(めがね橋)から総門を望む
大谷本廟・円通橋(めがね橋)から総門を望む

大谷本廟案内図
大谷本廟・案内図

次の日から始まる式典準備中の明著堂前
大谷本廟・式典準備の明著堂前

B.清水寺(工事中)/最近ブラタモリで見た状態とは様変わりであった。
    
清水の舞台の修理中
清水舞台の修理中

修理中の補足写真
清水寺・舞台修理中(補足写真)

工事現場から音羽の滝を見下ろす
清水寺・音羽の滝

清水寺の枝垂桜
清水寺・枝垂桜

cf.ブラタモリによると仁王門は移動した/仁王門から見た参道(松原通)
王門から参道(松原通)を望む←仁王門は移動した

二泊三日の京都旅行の夕食等

二泊三日の京都旅行の夕食等(含む、2日目の昼食)

三日とも京都らしい夕食を望んだ。諸般の理由で叶わなかった。一日目偲ぶ会の会食でお腹が一杯となったから。三日目帰りの新幹線に乗る前の早い夕食となったからである。楽しみにしていた京都らしい夕食は中日の一食のみ。それも先斗町に振られて初めて訪れる店であった。

(1)一日目の軽い夕食/はしたて|和久傳 スバコ・JR京都伊勢丹3F
 ・はしたて/和久傳・店内   和久傳の想い
京都・はしたて・店内

 ・玉川人喰岩特別本醸造(京丹後)
玉川人喰岩特別本醸造(京丹後)

 ・むしやしない(虫養い)
むしやしない

 ・ミニ鯛の胡麻味噌丼
ミニ鯛の胡麻味噌丼

 ・メニュー・むしやしない
メニュー・むしやしない

 ・メニュー・飲み物
メニュー・飲み物

(2)三日目は、新幹線に乗る前の早い夕食
海鮮居酒屋 京都 花の舞 京都セレマビル5F            
 ・花の舞
花の舞

 ・祝米・大吟醸 一合
祝米・大吟醸@980円

 ・まぐろのわがまま3種盛り
まぐろのわがまま3種盛り@990円

 ・万願寺とうがらし
万願寺とうがらし焼き@590円

 ・京都三条寄せ豆腐
京都三条寄せ豆腐@690円

 ・丸茄子…
丸茄子・・

 ・ノンアルコールビール
ノンアルコールビール

 ・ちりめんじゃこ・ぶぶ茶漬け
ちりめんじゃこ・ぶぶ茶漬け@490円

(3)二日目の昼食替り/竜安寺・西源院・七草湯豆腐で一杯           
 ・入口
入口・丸は天下一?

 ・庭の眺め
)庭の眺め

 ・七草湯豆腐
七草湯豆腐単品+ご飯

 ・酒一合
酒1合

 ・雨が降り始めた
雨が降り始める

 ・帰りの賑わい
帰りの賑わい

(4)二日目の京都らしい夕食藤本 下京区船頭町197
              
 ・藤本・店頭
店頭

 ・日本酒
日本酒

 ・先付
先付

 ・お椀
お椀

 ・お造り
お造り

 ・揚物
揚物

 ・ノンアルコールビール
ノンアルコールビール

 ・焼物
焼物

 ・ご飯
ご飯

 ・デザート
デザート

相変わらずの貧乏旅

京都旅行/相変わらずの貧乏1人旅

「大人の休日倶楽部」を利用して運賃を倹約し、宿はJR東海・ジパング倶楽部・JTB等を比較して安いものを選択手配した。これからは人並みの旅行をしようと思っていたが、いつまでたっても安く上げてしまう。さがなのか。今回巡る目的地までのアクセスも加味し二条の宿とした。

今回の宿
今回の宿

シャワールームとベッド
シャワールームとベッド

ツインルーム
ツィンルーム

※西洋人客の利用が多いホテルである。バスタブの無い部屋は初めての経験だった。上に固定の大きな蓮口が付き、もう一つ移動のできる普通の大きさの蓮口のシャワーが付いている。

当日は、客が満員でなかったせいか、無料でワンランク上の部屋を手当てしてくれた。
シングルがツインとなり、部屋の面積は少し広い。連泊効果か。

※朝食は、前日コンビニで買っておいて、手早く、かつ、安く済ませるものとした。
二日分の朝食(二条駅近くには、ローソンとセブンの二つのコンビニがあった。

一日目の朝食/ローソン
一日目の朝食

二日目の朝食/セブン
二日目の朝飯

[参考] 二条駅(JR並びに地下鉄東西線)からホテルまでの道中にあった石標
『此附近平安京大内裏朱雀門跡』とある。
此附近平安京大内裏朱雀門跡

城崎みなとやの 湯のしずく

城崎温泉みなとやの 「湯のしずく」on 唐津釉皿
湯のしずくon唐津釉皿

 城崎温泉土産に二種類のお菓子を買った。 そのひとつ、みなとやの「かにもなか」は既報のとおりである。 もうひとつは、みなとや商店の「湯のしずく」である。こちらの方がよりお薦めかもしれない。
抹茶にも合う。味が少し洗練されているかもしれない。今まであまり聞いたことのない名前であるが。

開封
湯のしずく・開封


城崎土産・湯のしずく・箱

包装
湯のしずく・包装

「湯のしずく」 全国菓子博金賞
 『静かな湯船に落ちる湯のしずくを表わした当店最高の御菓子です。先代が永きに渡って考案致しました。「湯のしずく」は上品なこし餡を求肥で包み、その上に和三盆を用いて仕上げました。抹茶に最高の菓子として御好評いただいております。各種メディアに取り上げていただき、度々紹介されています。』

城崎温泉街の探索

城崎温泉街の探索

大谿川/城崎温泉街の真ん中を流れる。夏は川沿いの柳並木がきれいだそうだ。
大谿川

城崎温泉の寺社等も見て廻った。温泉寺に行くのに石段を上ると妻は言い出した。気は強いが本当の心臓は少し問題があると医者から言われているのに。女房は帰りも階段を歩いて降りた。私は何年か前に二度も地下鉄の階段で転んだことを機に下り階段に弱いので、途中駅から並行するロープウェイで降りた。

街巡り
寺社

薬師堂
薬師堂
温泉寺への石段 (最初のブロック、後、同じようなブロックが幾つか連なる)
温泉寺への石段
温泉寺
温泉寺
極楽寺の庭
極楽寺の庭
蓮成寺
蓮成寺
四所神社
四所神社

通り

北柳通り
北柳通り
湯の里通り
湯の里通りへ
湯の里通り
湯の里通り
曼荼羅橋から木屋町通り
曼荼羅橋から木屋町通り
駅通り (再掲)


城崎文芸館
城崎文芸館

その他
 北但大震災(1925年)前の御所の湯があった処/
 志賀直哉は三木屋からここにあった御所の湯に来た
    今はジオパーク
ポケットジオパーク

    志賀直哉が愛した老舗旅館・三木屋
老舗・三木屋

城崎温泉外湯めぐり

城崎温泉外湯めぐり

◆ 御所の湯の 「男湯一番札」
御所の湯一番札

スタンプ帳
城崎・外湯めぐり・スタンプ帳

「ニッポンの温泉」(枻出版社)によると、『文学が似合う城崎温泉』ということになるらしい。志賀直哉が愛した名宿「三木屋」は予約できなかった。JTBの登録旅館に老舗旅館は入っていないようだ。城崎温泉は昔から外湯めぐりで成り立っているようなので、七湯を巡ってみた。入湯出来たのは内4湯だけだったが。

外湯めぐり写真/7外湯/一日目の昼に撮った
1. さとの湯 
さとの湯
2.地蔵湯
地蔵湯
3.柳湯
柳湯
4.一の湯
一の湯
5.御所の湯
御所の湯
6.まんだら湯
まんだら湯
7.鴻の湯
鴻の湯

休館日や時間制限があり、実際に入れたのは4軒/館内はいずれも撮影禁止∴写真なし
2月2日(木)夜
   鴻の湯(庭園露天風呂)まんだら湯(桶風呂)
2月3日(金)朝
   御所の湯(滝の露天風呂)一の湯(洞窟風呂)

城崎温泉の二つの伝承/(以下、城崎温泉駅内のパネルより)
  コウノトリと「鴻の湯」、道智上人の千日修行と「まんだら湯」
二つの伝承
  コウノトリ
コウノトリ

北但大震災1925年/倒壊した御所の湯と一の湯
北但大震災’25

城崎温泉の再生  
城崎温泉の再生

さとの湯・足湯
さとの湯・足湯

城崎温泉での朝食

城崎温泉での朝食

昨夕食と同じ食事処、同じ個室が用意されていた。
朝食

早く起きて、外湯巡りの続きをした後、宿で朝食をとった。通常ボリュームのあっさりした朝食であった。やはり温泉蒸しの野菜や、一夜干し的な小型のカレイが含まれている。朝は東アジアからの客の賑やかな会話は少なく、少し穏やかであった。昔、日本の農協さんの団体もこのように嫌われていたのだろうか。

小鉢など
小鉢など

焼きカレイ
焼きカレイ

蒸し野菜など
蒸し野菜など

土鍋で沸かすみそ汁
土鍋でみそ汁

デザートのとろとろジャージープリン
とろとろジャージープリン

※ 結局、お腹がいっぱいになって、最終日は街でランチをする気にならなかった。
  城崎温泉駅構内で買ったおにぎり各自二個を、帰りの新幹線内で食べるにとどまった。
  シニアの健康法は、1.風邪ひかない、2.転ばない、3.食べすぎない。よくできました。

城崎温泉 宿の夕食

焼肴 席前にて生がに炭火焼き

城崎温泉 川口屋城崎リバーサイドホテル
   「ゆかたダイニング鶴亀」で夕食

夕食

現役時代は夫婦で窯場巡りなどの旅をした。その時は公共の宿を中心に素泊まり4千円位の宿を利用した。寝たら宿は関係ないという考え方だったから。義母が亡くなってこれからは人並みの旅行をしようということになり、人並みの宿をとった。今日本海側は蟹かに尽くしである。城崎の普通のホテルに泊まった。

お献立て
お献立て

食前酒 月替りの城崎ビネガー(写真なし)

酒肴 かに甲羅味噌焼き
酒肴 かに甲羅味噌焼き

酢肴 茹ずわい蟹 紅ずわい蟹の食べくらべ
205酢肴 茹ずわい蟹 紅ずわい蟹の食べくらべ

造里 かに刺身含む三種もり 妻一式
造里 かに刺身含む三種盛り 妻一式

鍋物 かにすき一人鍋(写真なし)

焼肴 席前にて生がに炭火焼き
170201~03-213焼肴 席前にて生がに炭火焼き

温泉 城崎温泉源泉蒸し 鶴の巣篭り風 茶蕎麦 温玉 野菜
源泉蒸し

大菜 上田畜産但馬玄プレート焼き(写真なし)

飯物 かに雑炊、香物 三種
飯物 かに雑炊、香物 三種

かに雑炊鍋

蟹の残骸
蟹の残骸

甘味 城崎chayaデザートプレート
甘味 城崎chayaデザートプレート


鶴亀の食事処
鶴亀の間

※津居山などブランド蟹など地物とよそものでは雲泥の差があることは承知の上である。
 JTBの「華やぎ 優雅」などの旅館と普通の宿では、蟹だけで一人2万円ほどの差があるようだ。
 もし美味しくなかったら、翌昼に、駅前の「おけしょう鮮魚の海中苑」などでカニを食べることにした。
 結果は、生がに炭火焼き用の蟹だけ地場物のブランド蟹の様であった。
 翌日の朝食を合わせると腹が満腹となり、翌日の昼食は新幹線の中でおにぎり二個のみしか受け付けなかった。高齢化により随分食が細くなっていた。

いろりダイニング三國 ランチ

城崎温泉いろりダイニング三國で、ランチ

城崎温泉駅に着いて宿のチェックインまでに時間があったので、駅前でランチした。その日の、夕食にカニがどの位出て来るのか分からないこと、三國の休日が翌日であることの二つの条件から、昼食は但馬牛の料理を食べることにした。ただ評判の但馬牛カツレツは既に限定20食をオーバー。次善の選択をした。

但馬牛ステーキ丼 @2,800円
但馬牛ステーキ丼@2800円

但馬ビーフシチュー @2,300円
但馬ビーフシチュー@2300円

メニュー
メニュー

厨房
厨房

ダイニング三國への階段
いろりDining三國へ

看板
看板

縁入口
縁・いろりダイニング三國

駅前通り
駅前通り

【参考】 対抗馬:カニ料理「おけしょう鮮魚の海中苑」

おけしょう鮮魚の海中苑

※ 勘定を済ませる客が「美味しかった」を連発している。よほど高い料理を選択したのだろう。我々の食べたステーキ丼とシチューはそれほどではなかった。5Aの肉をリーズナブルな値段で提供するわが町の焼肉屋「将泰庵」の方が旨いと女房が言う。私も同感。温泉地が高いのはやむを得ないことなのだろうか。

大阪・法善寺横丁をプチ散策

大阪・法善寺横丁をプチ散策

大阪の家に泊まった。夕食は外食することになった。大坂赴任時代に、人気があって入れなかった法善寺横丁の飲み屋に行こう、と。気前よく奢ってもらったが、誕生会を兼ねると宣言された。まあ無いより良いかと承諾した。義母という重しが取れてますます独善的になっていくのを感じる。宝くじが当たらないかなあ。

● 法善寺不動明王
法善寺・不動明王

● 法善寺・夫婦善哉 
夫婦善哉@800円

  夫婦善哉・お品書き
夫婦善哉・お品書き

  織田作之助・「夫婦善哉」初版本
織田作・夫婦善哉・初版本

● 法善寺横丁・正弁丹吾
  店頭
正弁丹吾亭

  店内
店内

  上喜元
上喜元

  お通し
お通し

  寒ブリ刺身
寒ぶり刺身

  名物味噌おでん
味噌おでん

  野菜炊き合せから
野菜炊き合せ

  阿波地鶏山椒焼き
阿波地鶏山椒焼き

  カキフライ
カキフライ

 cf.道頓堀/かに道楽辺り。平日にもかかわらず人出は多い。
道頓堀

 cf.はり重/ここの牛肉は高いが旨い。こま切れ肉を買うと店員が上から目線で応対すると、聞く。
はり重

義母の骨を大阪一心寺に分骨

義母の骨を、義父が独り眠っている大阪一心寺に分骨

一心寺に分骨、読経 (本堂・回向座)
一心寺・分骨読経

義父が1人眠っている大阪の無宗派の寺に義母も分骨した。義父が亡くなってから19年ばかり経つ。義兄と一緒にあの世でのんびり暮らしていると見えて義母を一向にお迎えに来なかった。現世では妻は夫に不満を持つが、来世では早く逝った夫は妻がうるさいので長く独りで居たいのだろうか。他人事ではない。

一心寺骨佛堂
一心寺・骨佛堂

【追伸】 一心寺周辺プチ散策
      義母が生きている頃はこういう法事等のついで旅を大変嫌った。
      怒っているかもしれないが、妻は平気だ。
      やっと肩の荷が下りたのだから大目に見よう。

● 修復中の四天王寺
修復中の四天王寺

● 大江神社鳥居
大江神社

  大江神社社殿
大江神社社殿

● 愛染堂勝鬘院
愛染堂勝鬘院

  境内マップ
愛染さん境内マップ

  金堂
金堂

  多宝塔
多宝塔

  愛染かつら
愛染かつら

花園会館・花ごころでランチ

花園会館・花ごころでランチ

 妙心寺に納骨(総骨)した後、JR山陰線の花園駅まで引き返す予定であった。が、京都から大阪への特急の指定席をとっていたので、時間に余裕があった。そこで、花園会館のレストランで昼食を摂った。私には記憶がないが、もしかしたら初めてではないかも知れない。義兄の納骨の時に使った店かもしれない。

私が注文したのは、精進風和膳@1,944円
精進風和膳@1944円

妻のセレクトは、松花堂  @1,944円
松花堂@1944円

ランチメニュー
メニュー

店内
花園会館・花ごころ・室内

店頭
花ごころ・店頭

義母の骨を京都妙心寺に納骨

義母の骨を京都妙心寺に納骨

妙心寺涅槃堂(納骨堂)で納骨、読経
妙心寺涅槃堂内・納骨

義母の満中陰も終わったので京都・大阪の寺に納骨に行く。京都は女房の先祖と兄が眠っている妙心寺である。義父が死んだとき、徳川最後の将軍慶喜と同じ心境になったとかで大阪の無宗派の寺に入れるよう遺言したので独り骨を収めている。その後広島県の先祖の墓仕舞いをし臨済宗総本山に骨を纏めた。

涅槃堂の門
涅槃堂・門

涅槃堂(納骨堂)への道
納骨堂への道

【追伸】 妙心寺プチ散策
妙心寺境内図
妙心寺・境内図

南総門から大方丈を望む
南総門から大方丈を

山門から大方丈を
山門から大方丈を

仏殿・法堂から大方丈を
仏殿・法堂から大方丈を

※以前、境内を詳しく拝観した。義兄の納骨の時だったろうか。それとも別日の観光の時だったか。
 法堂・天井の雲龍図、国宝の梵鐘、浴室(明智風呂)など拝観。室内、庭、明智風呂など印象深かった。
※※納骨の時期は、通常一周忌に行うことが多い。しかし、喪主である妻がいつまで生きているか、分からない。今は義父や義母のそれぞれの一族を束ねることになってしまっているので、春に改めて一族を集めて、お別れ会を催す予定でもあり、今回は忌明け早々に済ませることにしたそうだ。

 妙心寺・御祈祷札
妙心寺・御祈祷札

納骨の為 京都方面へ旅行予定

義母の納骨の為旅行しますので、しばらく投稿を休みます

 1月29日(日) 満中陰となった。京都妙心寺と大阪の寺に義母のお骨を納めに行きます。22年間ほど義母の見守りや介護のため旅行を控えてきた。暫くぶりに夫婦旅行をします。エコノミー症候群やテロの心配から、もう海外旅行は行かないだろうが、時々夫婦旅行をしたいと思っている。しばらく投稿を休みます。

※ 今回の旅行には間に合わないが、友人の勧めもあり先日「大人の休日倶楽部」に入会手続きをした。
大人の休日倶楽部・仮会員証

帰路と土産~会津旅行5

帰路(会津若松喜多方ラーメン&郡山中華料理屋)と土産(会津ゆべし&郡山ゆべし) ~会津旅行5

一泊二日の小旅行は終わった。会津若松市内観光の最後は喜多方ラーメン店の無料の正油らーめん一杯。天気が崩れるという予報で、帰りを早めた。郡山でも予定の新幹線から変更することができない不自由な契約であったので、とある中華料理屋で飲み食いして過ごした。土産は会津と郡山のゆべしのみ。

喜多方・正油ラーメン at 来夢・会津若松駅前店/旅行社のプチサービス(無料)
正油らーめん

※ 私が幹事の旅行は、交通費と宿泊代と食事代が最小と思われる 「けちけち旅行」 となる。移動にはジャンボハイヤーを使い、フルに最大限のビューポイントを回る。あまりクレームは出なかった。代わりに来年の「入社50周年記念旅行」にはまた幹事をやれ、との要望が。また、古墳研究者とタッグを組むのか。

来夢・会津若松駅前店
来夢・会津若松駅前店

玄関から中を覗く
店内

※喜多方ラーメンの既報は、以下の通り。
・喜多方らーめんとわたらせ渓谷鉄道の旅は、こちら
・喜多方らーめんは、こちら
・ついでに、喜多方蔵めぐりは、こちら

郡山の中華料理店/中華をあてに紹興酒を飲む
郡山・中華屋

◆ 土産
A.会津ゆべし/第23回全国菓子大博覧会栄誉金賞受賞
    (有)白虎最中本舗 会津若松市七日町13-36

会津ゆべしon粉引皿
会津ゆべしon粉引皿

会津ゆべし・袋
会津ゆべし袋

箱/娘一家にも、一つずつおすそ分け
会津ゆべし箱

開封
会津ゆべし・開封

会津ゆべし個袋on粉引皿
個袋on粉引皿

B.郡山ゆべし/(有)郡山銘菓庵 大黒屋 郡山市中町14-8

大黒屋のくるみゆべしと黒ごまゆべしon青織部皿
大黒屋のくるみ&黒ごまゆべしon青織部小皿

くるみ&黒ごまゆべし 個袋
くるみ&黒ごまゆべし

大黒屋ゆべし・袋
郡山ゆべし袋

会津若松市内観光~会津旅行4

会津若松市内観光~会津旅行4

院内御廟(松平家墓所)・御薬園・鶴ヶ城・飯盛山・大塚山古墳を見て回った。

(1) 院内御廟(松平家墓所)
院内御廟の案内は、こちら
院内御廟案内板
院内御廟(松平家墓所)案内板

碑石・表石・鎮石案内板
碑石・表石・鎮石案内板

松平容保の表石(奥に同じく鎮石)
松平容保の表石(奥に同じく鎮石)

院内御廟・碑石群
院内御廟・碑石群

※ 院内御廟の既報は、こちら

(2) 御薬園
御薬園の案内は、こちら
女滝から見た楽寿亭と御茶屋御殿
女滝から見た楽寿亭と御茶屋御殿

心字池の紅葉
心字池の紅葉

(3) 鶴ヶ城
史跡若松城址・鶴ヶ城は、こちら

椿坂
椿坂

武者走
武者走

天守閣
天守閣

鶴ヶ城稲荷
鶴ヶ城稲荷

荒城の月の碑
荒城の月の碑

※鶴ヶ城 茶室・麟閣ほかの既報は、こちら

(4) 飯盛山
飯盛山のみどころは、こちら
a.さざえ堂
さざえ堂

b.戸ノ口堰洞穴(白虎隊引上げ洞門)
白虎隊引き上げ洞門(戸ノ口堰洞穴)

c.白虎隊十九士の墓
白虎隊19士の墓

d.白虎隊自刃の地と鶴ヶ城方面
自刃の地と鶴ヶ城方面

(4) 大塚山古墳
大塚山古墳の案内は、こちら
大塚山古墳案内板
会津大塚山古墳・案内板

大塚山古墳・石碑
大塚山古墳・石碑

cf.大塚山古墳の遠景
大塚山古墳・遠景

東山温泉 くつろぎ宿千代滝

東山温泉 くつろぎ宿千代滝~会津旅行3

くつろぎ宿千代滝/会津若松の街並みを眺められる露天風呂(10階)
露天風呂からの若松市内の眺望10F

ウェルカム・ドリンク/日本酒・末廣
ウェルエム・ドリンク(末廣)

夕食
お品書き
お品書き

 乾杯/一人遅れて到着。故に、2回乾杯
乾杯

造里・生トロ湯葉刺し、国産牛の陶板焼き、先付前菜・八寸七点盛、
彩菜・会津の恵み、蒸し物・粒蕎麦、焼き魚など
造里・生トロ湯葉刺し&陶板・国産牛の陶板焼、先付前菜・前菜・八寸七点盛、彩菜・会津の恵み、蒸し物・粒蕎麦、焼魚

こづゆ、田楽
こづゆ、田楽

食事・ご飯
食事・ご飯

甘味・季節のデザート
甘味・季節のデザート

【参考】 予約の取れなかった向瀧
向瀧

※ 朝食は、バイキング。カメラを部屋に忘れたので写真はない。

野口記念館・日新館・武家屋敷

土津神社・野口記念館・日新館・武家屋敷跡 ~会津旅行2

土津(はにつ)神社の紅葉
土津神社の紅葉

初日の午前を中心に、五色沼観光の後は、猪苗代駅から、保科正之を祀る土津神社、野口英世記念館、会津藩校/日新館、武家屋敷跡を巡ったのち、東山温泉に入った。

(1) 土津(はにつ)神社/会津松平家初代藩主・保科正之を祀る
土津神社鳥居を望む
土津神社鳥居を望む

土津神社・拝殿
土津神社・拝殿

保科正之墓所への参道入り口
保科正之墓参道入り口
時間の制約もあり、また目が悪いため歩くのが苦手の人がいたので、正之の墓所を見るのを断念した。
cf.保科正之の霊神之碑などの写真は、こちら

(2) 野口英世記念館
野口英世記念館・生家エリア
野口英世生家エリア
※ 野口英世生家エリア

展示/猪苗代・会津若松時代
野口英世記念館・展示

(3) 会津藩校/日新館

日新館入口
日新館・入口

武家屋敷跡内にあった日新館全図
武家屋敷跡の展示・日新館図

孔子廟
孔子廟

山川健次郎関連展示
山川健次郎関連の展示

(4) 武家屋敷跡

武家屋敷入口
武家屋敷入口

西郷家・家老屋敷
表玄関
家老・西郷家の表玄関

家老屋敷外観
家老屋敷外観

旧中畑陣屋(旗本・松平軍次郎の代官所)
旧中畑陣屋玄関

藩米精米所
精米所

女子の自刃(展示)
女子の自刃

茶室
茶室

武家屋敷の場内詳細案内は、こちら

五色沼自然探勝路を歩く

五色沼自然探勝路を歩く ~会津旅行1

会社同期で少人数の旅行に出かけた。前回45周年の時は東日本大震災の見舞の一環を兼ねた。今回も気持ちはお見舞い。津波や原発事故の直接被害の少ない会津地方となったが。天候にも恵まれ紅葉のベストの時期とも重なり楽しい旅行となった。以下に小旅行のショットを連載する。一回目は五色沼探勝。

※  東北震災見舞い/東松島・石巻、震災見舞いの旅
※※松島の観光

五色沼入口付近/毘沙門沼
五色沼入口付近・毘沙門沼

五色沼自然探勝路:五色沼入口から裏磐梯高原駅まで
実は、各沼の名称は正確に識別できなかった。

赤沼
赤沼

みどろ沼か(弁天沼かも知れない)
みどろ沼か

弁天沼か(青沼かも知れない)
弁天沼か

瑠璃沼か
瑠璃沼か

青沼か
青沼か

柳沼か
柳沼か

【追伸】 桧原湖と磐梯山

車窓より
桧原湖を望む/車で立ち寄り
車窓より桧原湖を望む

磐梯山を裏表から観る
磐梯山ゴールドラインから見た裏磐梯山
磐梯山ゴールドラインから見た裏磐梯山

猪苗代湖よりから見た表磐梯山
猪苗代湖よりから見た表磐梯山

皇居の松が折れていた

皇居の折れた松

3月16日(日)、まだ春一番が吹く前、皇居周辺をぶらぶら散策していると、先般の大雪で、折れた松があった。半蔵門と桜田門の中間あたり、桜田濠の土塁に生えている大きい松が、二本ほどバッサリ折れていた。千鳥ヶ淵の桜が折れているというのは、環境庁の発表をテレビで見て知っていたが、先般の汐見坂の松よりも、径の大きい松が折れているのを、皇居の堀の土塁でも見つけたのは初めてであった。
重たい雪の力は相当なものだ。そのうち、東京でも北陸の豪雪地帯並みに、雪吊りが必要になるのだろうか。

皇居・桜田濠の折れた松、2本
皇居の折れた松

【参考】

何の被害も見当たらない、2,000本あるという、皇居外苑の松
平らなところの松は、大丈夫なのだろうか。
皇居外苑の松

箱根小旅行(3)

箱根小涌園内で、ランチをした後、私は皆と別れて、一人でバスの旅を続けた。
小涌園バス停から元箱根に戻り、徒歩で箱根神社に参拝。
後は、元箱根から箱根旧街道を箱根登山バスKで、帰る。

箱根神社

『天下の険で運開き 箱根神社』
(「箱根神社(九頭竜神社)公式ホームページ」より)

箱根神社境内は、こちら(境内案内)

箱根神社・社殿
箱根神社
参道
参道
鳥居
鳥居
手水
手水
安産杉
安産杉
箱根神社社殿の裏の林道を少し登ってみた。
天然記念物「ヒメシャラの純林」
・説明版
ヒメシャラの純林・説明版
ヒメシャラの純林/箱根神社社殿裏傾斜地
ヒメシャラの純林・箱根神社社殿裏傾斜地
【参考】

箱根湯本で、ロマンスカーに乗る前に、散歩したが、商店街の植栽の中に、ヒメシャラの花を見つけた。
ヒメシャラの花/箱根湯本
ヒメシャラの花at箱根湯本

箱根小涌園・貴賓館でランチ

ポーラ美術館で名画の鑑賞をした後、またバスで移動。
二日目の昼食は、最近食べログなどの口コミで来客が増えたという、店へ。
この日も、藤田男爵の使っていた部屋は、団体客で満席であった。
幸い、幹事が予約を入れておいたので、男爵夫人の部屋でランチがとれた。

箱根茶寮 椿山荘

箱根茶寮 椿山荘(貴賓館内)
箱根茶寮 椿山荘(貴賓館内)

大正浪漫に思いを馳せて……
大正七年に藤田平太郎男爵の別館として建てられた貴賓館で、本格蕎麦に舌鼓。
庭園を見ながらいつもとちょっと違う、 大正浪漫あふれる雰囲気に浸って下さい。
また 、ネットサイト「食べログ」にて、箱根・湯河原地域そば屋部門にて、口コミランキング1位になりました!』
(「箱根 茶寮 椿山荘|レストラン|箱根小涌園 ユネッサン|箱根の温泉・箱根の観光・宿泊…」より)

食事を選択する、同期の桜
(ブログ掲載の異議を唱える人がいないので、削除しないで掲載を続けます)
同期の桜

◆ 特選 山百合膳 @2,900円

※ 店の自慢の蕎麦だけあって、かなりハイレベルな本格蕎麦であった。
  今まで食べた蕎麦の中でも、五指に入る。


1.季節のお浸し
季節のお浸し
1.山の幸三種盛り
    箱根汲み湯葉・一寸豆豆腐・自然薯のお造り
箱根汲み湯葉・一寸豆豆腐・自然薯のお造り
1.金太郎鱒の燻製のサラダ仕立て
金太郎鱒の燻製のサラダ仕立て
1.北海道北竜産臼挽き手打ち蕎麦
北海道北竜産臼挽き手打ち蕎麦
   九条葱・辛味大根・本生山葵
九条葱・辛味大根・本生山葵
1.きな粉餅と抹茶餅の小倉餡
きな粉餅と抹茶餅の小倉餡
乾杯のビールの後は、地元の酒(箱根七福神)

メニュー
メニュー
庭の一部
庭
貴賓館入口
貴賓館入口
貴賓館説明版(国登録有形文化財建造物
貴賓館説明版

【参考】近くの施設

迎賓館
迎賓館
箱根小涌園近くの ユネッサン森の湯
ユネッサン森の湯

箱根小旅行(2)

箱根小旅行の二日目は、まず、バスで美術館へ。
いつの間にか、素晴らしい美術館ができていた。

ポーラ美術館名画鑑賞

ポーラ美術館10周年記念展
   コレクター 鈴木常司 「美へのまなざし」

   第Ⅲ期 杉山寧とポーラ美術館の絵画
                   3月1日(金)~7月7日(日)

杉山寧≪洸≫(コウ)1992年(平成4)麻布彩色/額装 
  などの素晴らしいコレクションに、正直驚いた。
  展示品はすべて、撮影禁止なのでお見せできないのが残念である。


『光と緑を感じる美術館』
ポーラ美術館
ポーラ美術館
一階 美術館入口
入口

箱根の自然環境と共に生きる最新テクノロジー建築

ヒメシャラなどの自然保持が義務付けられた地域らしい。
したがって、展示室はすべて地下にある。
ヒメシャラなど自然保持

箱根小旅行(1)

箱根小旅行(1)

初日(5月末日)は、新宿からロマンスカーで箱根湯本へ、そして箱根湯本から箱根登山電車で強羅へ行く。強羅でランチを取り、箱根登山ケーブルカーで早雲山を経由し、箱根ロープウェイで大涌谷へ。何年振りだろうか。ずいぶん経つ。

強羅から a.大涌谷

箱根登山ケーブルカー
箱根登山ケーブルカー
箱根ロープウェイ
箱根ロープウェイ
大涌谷到着直前
大涌谷到着前
ロープウェイから見た富士山
ロープウェイから見た富士山
大涌谷・インド人観光客一行
大涌谷・インド人観光客
大涌谷に登る
大涌谷
黒卵売り場で行列する修学旅行生
黒卵売り場、修学旅行生
卵茹で場で、外国人が
外国人と卵茹で

大涌谷から、再び箱根ロープウェイに乗り姥子経由

b.桃源台港

一日二便のバスを待つ間、海賊船乗り場を観察
桃源台港・海賊船乗り場の外国人の行列
桃源台港・海賊船乗り場の外国人
桃源台港・海賊船に乗船する観光客
桃源台港・海賊船乗り場の観光客
海賊船を背景に、遊ぶ子供を眺める
海賊船と子供

桃源台から、箱根登山バスFスカイラインc.箱根町

スカイライン・箱根登山バスが来た。乗客は私一人。
スカイライン・箱根登山バス
三国峠から見た富士山
三国峠から見た富士山
スカイラインから見た芦ノ湖
スカイラインから見た芦ノ湖

箱根町から箱根登山バスHでd.小涌谷

小涌谷駅に到着し、箱根登山電車に再び乗車。強羅に向かう。
小涌谷駅
強羅駅のロッカーから荷物を出し、宿に向かう。
何年かぶりに登る、一番坂は、昔より急坂に感じる。
強羅・一番坂

箱根湯本 はつ花そばで、ランチ

箱根小旅行からの帰り、ロマンスカーに乗る前に、箱根湯本の懐かしい蕎麦屋で、軽い夕食をとった。昔と変わらず、この日も若い女性で賑わっていた。

はつ花そば  箱根湯本温泉(湯本橋際)

箱根八里の街道に因む
   ◆ 山かけそば(温)  @950円

『はつ花の健康美容食
 自然薯と卵で仕上げた蕎麦』
(「箱根湯本のお食事(昼食・ランチ・夕食・お土産)なら 自然薯蕎麦の、はつ花そば」より)

山かけそば(温)
山かけそば(温)
山かけそば・アップ&麺
山かけそば・アップ&麺
献立表
メニュー
店頭
店頭
貞女初花物語/自然薯そば由来
‘此処らあたりは山家ゆえ 紅葉のあるのに雪が降る…'
貞女初花物語
食べ終わった後、今は新館が川向こうにあるというので、行ってみた。
早川に掛かる湯本橋
湯本橋
はつ花そば・新館
はつ花そば・新館
新館近くの崖に咲いていたホタルブクロ
蛍袋

強羅 マーミーキッチンで、ランチ

5月末日から6月朔日にかけて、一泊二日の小旅行に出かけた。
入社同期組の箱根旅行である。既に46年ほど経っている。
夕方の集合まで大分時間があるので、久しぶりにロープウェイやバスであちこち回ってみることにした。まずは、強羅の駅のロッカーに荷物を預け、身軽になった。腹ごしらえに、強羅駅近くの食堂に入る。

強羅 マーミーキッチン
        神奈川県足柄下郡箱根町強羅1300-39 吉浜旅館

『【強羅駅すぐ】箱根で大人気のランチを召し上がれ~
箱根名物「湯葉そぼろ丼」やスリランカカレー、パスタなど多彩なメニューが全品980円!』
(「ぐるなび-マーミーキッチン」より)

◆ 釜あげしらす丼

『箱根 強羅温泉BEST30の28位はマーミーキッチン。ここは箱根を訪れる外国人ツーリストにも人気で、店内には西アフリカの太鼓・ジャンベが置かれる。店の主人・中村雅裕さんはミュージシャンで、店を終えるとライブハウス等で活躍。朝は市場へ通い、釜あげしらす丼を作るための材料を仕入れる。』
(「価格.com-「マーミーキッチン」に関する情報|テレビ紹介情報」より)

釜あげしらす丼
釜あげしらす丼
アップ
釜あげしらす丼・アップ
メニュー
メニュー
室内
室内
入口
玄関
店頭/日帰り入浴の旅館と兼業のようだ
店頭

アースダイバー的大阪探訪(補遺)

アースダイバー的大阪探訪(補遺)

● 中之島

中之島は大阪の中枢である。旧淀川の大川を二つに分ける堂島川と土佐堀川に挟まれ た中州が中之島で、ビジネス街の御堂筋や堂島・北浜に接した位置にある。
江戸時代には全国諸藩の蔵屋敷が置かれ、全国経済の中心であった。現代において も、梅田にも近く業務中枢地区として、オフィス・文化施設群や行政・報道機関などの集 積がある。』
(「中之島」より)

渡辺橋

渡辺橋
NHK朝ドラ「純と愛」のオオサキプラザホテルのモデル。

ガーデンブリッジ
から見たANAホテル
ANAホテル
日銀大阪支店

 日銀大阪支店
淀屋の屋敷跡

淀屋の屋敷跡
中之島図書館

中之島図書館
大阪市中央公会堂

大阪市中央公会堂
大阪の娘at中之島
大阪の娘at中之島
難波橋

難波橋
天神橋

天神橋
天満橋

天満橋

大阪・難波千日前の立飲み屋で、一杯

大阪最後の夜は、難波千日前の立ち飲みで〆た。
さすがに、立ち飲み屋で飲む客は、女も男もしゃきっとしている。
みんな酒が強いのであろう。そんな中で、下戸の私も、雰囲気を楽しんだ。

櫛羅(くじら) 大阪市中央区難波千日前14-18

店の雰囲気は、こちらのブログによく出ている。

◆ 酒

『日本酒をより楽しんで頂く為には、料理とのマリアージュや適温での燗、生酒も含めた熟成など、魅力的なソフトが大事だと考えています。 変化する事の良さを日本酒で感じて頂きたいと思っています。変化する日本酒は難しい、だからこそ日本酒は楽しいのです。
これからの日本酒は酒蔵を出てからの変化をどのように飲み手の方に伝えていくかが問われてくると考えています。四季を通じて表情を変える生酒は勿論の事、生モトに代表されるような熟成によって美味しくなるお酒や燗をする事によって真価を発揮するお酒、料理との相性で一層花開くお酒など、酒蔵だけでは完結しない日本酒の魅力を伝えたいとの思いから、限定流通商品の「篠峯」を1999年から立ち上げて販売しています。』
(「商品紹介 篠峯 千代酒造株式会社」より)

篠峯
(しのみね)/大吟醸 吟和(9年連続金賞) & 新酒だったか?
篠峯・吟和&新種?

葛城山の麓一帯は櫛羅という地名であり、地下水(葛城山伏流水)が豊富な土地です。この水を自家井戸より汲み出し、何の処理もせず天然水の状態で、仕込水はもちろんのこと全ての酒造用水で使用しています。
気候、土、水、米、すべての面でこの地櫛羅の風土を映しこんだお酒を造りたいとの思いから、1994年より蔵の周囲にある自家田で「山田錦」の自家栽培を始め、このお米だけで造ったお酒を「櫛羅」と命名し販売をはじめました。背丈が高く栽培する事が難しい「山田錦」ですが、肥料を控え同時に農薬を極力減らす栽培で「美味しいお酒になる酒米」を作っています。』
(「商品紹介 櫛羅 千代酒造株式会社」より)

櫛羅(くじら)/純米吟醸生酒 中取り & 純米無ろ過生酒
櫛羅純米吟醸&純米
どぶろく火入れ(生のものは売り切れ)
どぶろく火
酒メニュー
酒メニュー

◆ 肴

この店の肴の写真は、こちらこちらこちらに色々出ている。

おでん/厚揚げ & 大根
おでん・厚揚げ&大根
菜の花・酢みそ
菜の花・酢みそ
魚のたいたん(煮魚を京都おばんざい風に)
魚のたいたん
白子ポンズ
白子ポンズ
かす汁
味噌汁
肴メニュー
肴メニュー
店内(厨房とおでん)
厨房とおでん
櫛羅(くじら)店頭
クジラ・店頭

大阪・鶴橋で、参鶏湯を

夕食を、本場韓国の味が味わえるという、鶴橋で食べた。
東京の新大久保と比べてみたくもあった。
結論から言うと、新大久保・韓友家(ハヌガ)の方が、見た目コジャレているようだ。
言い方を変えれば、鶴橋の方がより韓国の本場に近いのかもしれない。(韓国には旅行したことがないので、どちらが本場に近いかは、本当は分からないが…。)

アリラン食堂 大阪市生野区鶴橋2-14-9

『家庭料理から宮廷料理まで、本場の味を再現した韓国料理が楽しめる。なにか一品注文すれば、自家製キムチやナムルなどの惣菜がテーブルにズラリ。すべてサービスというから驚きだ。』(「アリラン食堂 (鶴橋駅/韓国料理)-グルメウォーカー関西」より)

◆ 参鶏湯

『「参(=高麗人参)」と「鶏」を煮込んだ「湯(=スープ)」という意味の参鶏湯(サムゲタン)。若鶏のおなかに、もち米や高麗人参、なつめなどを詰めて、長時間煮込んだスープ料理です。
中に詰める具はお店によって異なりますが、なつめ、高麗人参、にんにく、栗、ぎんなんのほか、鹿角(血液の循環促進)やファンギ(キバナオウギ。強壮効果)といった漢方食材と、もち米が一般的。夏バテ防止に効果があるといわれるスタミナ料理です。』
(「サムゲタン|韓国料理」より)

※ 腹下しが長く続き、お粥腹で体重が激減していたので、参鶏湯はなんとなく体力の回復に効くような気がする。


参鶏湯
参鶏湯
惣菜
前菜
マッコリー
※ マッコリーに関しては、新大久保の純正マッコリーの方が確実に旨い。
少なくとも、どぶろくのように、発酵中のシュワシュワ感があり、さわやかだ。

マッコリー
室内
室内
看板
値段は、こちら
看板
店頭
アリラン食堂・店頭
アリラン食堂の近辺
アリラン食堂の近辺
アリラン食堂への入り口/アンフレスーパーが目印
鶴橋本通商店街
(場所案内をクリック)
※ この場所案内(地図)のコピーを持って行かなかったら、店にはたどり着かなかったであろう。それくらい、鶴橋の商店街はわかりにくい。市場は日暮れとともに、バタバタと店が閉まっていき、こころもとなくなる。

アリラン食堂への入り方

大阪・本町で、飲茶を

船場、靭(うつぼ)公園近くで、ランチした。

皇月 大阪市中央区本町4-6-20

本場香港のモダンチャイニーズ
 新感覚の隠れ家ダイニング
 ◆極上素材の旨味を最大限に生かした【 本場香港料理 】
 ◇点心師の作る【 何もつけずに食べられる点心 】
 ◆本土より直接仕入れた【 無農薬栽培の中国茶 】
 ◇ソムリエによる【 香港料理とワインとのマリアージュ 】
 ◆これらの融合体が【 皇月Emperor moon 】です。』
(「大阪の飲茶・香港料理・中国茶の【皇月】(大阪本町)」より)

なかなか美味しい点心であった。


皇月・店頭
皇月・店頭

◆ 飲茶コース @1,600円

中国風クレープ
中国風クレープ
海老入り水餃子
海老入り水餃子
本日の揚げ物
本日の揚げ物
点心三種盛り合わせ&おすすめ蒸し物
点心三種盛り合わせ&おすすめ蒸し物
中国粥
中国粥
デザート二種
デザート二種

飲茶コース
飲茶メニュー
ランチメニュー

メニュー
皇月・室内/ラストオーダーの午後2時近くに駆け込んだので、客はもうほとんど退散していた。
皇月・室内
近くの靭公園
靭公園

大阪・新世界で、お好み焼きを

新世界に足を踏み入れたのは、生まれて初めてかもしれない。記憶がない。
結局時間がなくて通天閣に上れなかったが、通天閣のある新世界で、お好み焼きを食べることにした。新世界で一番古いという店に入った。

お好み焼き うさぎや 大阪市浪速区恵美須東1-14-5

◆ モダン焼き  @730円

※ソースが少し辛目かなと思うが、後は、大昔大阪で食べたお好み焼きの味がした。
我が家の女房が作るお好み焼きは、ぼてぢゅう風のもっと分厚いものである。


お好み焼き うさぎや
うさぎや
厨房上の、メニュー
メニュー
室内
店内
工程1/金属カップの中でよく混ぜる
金属カップの中でよく混ぜる
工程2/生地を丸く広げ
工程1
工程3/横で焼いていた豚薄切り肉を乗せて
工程2
工程4/ウスターと中濃の2種のソースをたっぷり塗り、かつお・青のりをかけてから更にソースを垂らした
ここまで、「店塗り」 (※以上、関西風お好み焼き総研の表現をまねてみた)
工程3
出来上がり/ここから、客の作業。小さいコテで切り分け、必要な人はマヨネーズをかける。
工程4

アースダイバー的大阪探索(その3)

アースダイバー的大阪探索(その3)

ディープミナミ


a.新世界

荒陵に咲く花
四天王寺
の崖下にある、古代に荒陵(あらはか)と呼ばれた一帯は、荒波に削られ続けた海岸線の跡である。…明治の末頃にその荒陵で、内国勧業博覧会が開かれ、その跡地に新世界が建設された…』
(「大阪アースダイバー」P161より)

通天閣
通天閣
ジャンジャン横丁
元祖串カツ三桂クラブ(将棋)
新世界
新世界

b.釜ヶ崎

釜ヶ崎の中は、ノー・ピクチャー
労働福祉センターから、中に入り、思い切って仏現寺公園・四角公園・三角公園と歩いた。炊き出しの行われるという、四角公園や三角公園には仕事にあふれた大勢の人がいた。老齢化も進んでいる。釜ヶ崎は、ドヤ型スラムとして今も成長しているのであろう。東京の山谷と同様に、外国のバックパッカーが宿泊し始めたとはいえ、私には、直視に耐えられない街であった。
☆ NPO釜ヶ崎支援機構「センター周辺案内図」は、こちら

あいりん職安
あいりん職安
労働福祉センター横
労働福祉センター横

c.飛田遊郭

☆ 飛田遊郭の地図は、こちら
遊郭の中は、ノー・ピクチャー(年2日の祭りの日だけ、外に開かれた日で撮影が許されるそうだ。)
大門跡から大門通りに入り、鯛よし百番を見て、恐る恐るメイン通りの一画を歩いてみた。若い女性とやり手婆がペアで店先に並んでいた。若い女性は、可愛くかつ礼儀正しい。目が合うと会釈をしてきた。新吉原よりも風情がある街であった。

大門通りは、殺風景であるが、メイン通りや、青春通り、妖怪通りなどは、はんなりとしていて、昔風の風情が残っている感じがする。ノー・ピクチャーがお約束であるから写真で証明できないのがじれったい。Google検索の画像で想像していただきたい。

飛田遊郭・大門跡と大門通り
飛田遊郭・大門跡
鯛よし百番

百番

d.千日前

法善寺(千日寺)の前、すなわち千日前は、大阪一のネクロポリス「死者の国」(処刑場、墓場、焼場、灰山)であった。ここを整地して、笑いの王国と化した。
吉本吉兵衛
吉本せい等の勘により、ここまできたのには驚く。
しかし、100年目を迎えるなんばグランド花月はこれからどうなるのだろうか。アチャコ・エンタツが漫才を始めたころに比べて、お笑い界の革新性が失われてしまったのではないかと、個人的には危惧する。

賑わう、なんばグランド花月と千日前通り
千日前
千日前
法善寺(千日寺)、夫婦善哉、法善寺横丁、正弁丹吾亭
法善寺
この時ネオンが消えていたが、グリコのネオンサイン、懐かしい かに道楽・づぼらや
ここの若い女性の客引きの方が、飛田遊郭より、私には怖かった。どこへ連れて行かれるのかと。
cf.道頓堀
道頓堀

アースダイバー的大阪探索(その2)

アースダイバー的大阪探索(その2)

ディオニュソス軸(東西軸)

東西軸は、基本的には見えない座標軸である。
生駒山
から発する「死の磁力」のような軸である、と。
そのなかで見えるのは、磯歯津路(しはつみち)、大津道、丹比道(たんびみち)であり、一番重要なのは大津道である。
『想像力を巻き込んだ生死円環をなす野生の思考の世界の軸線』
(「大阪アースダイバー」P42より)

ディオニュソス軸の図(「大阪アースダイバー 中沢新一 講談社(1)」より)
ディオニュソス軸

a.古市古墳群

大津道上あるいは大津道と丹比道との間に、古市古墳群がある。
中沢新一は、古市古墳群とbの高井田横穴古墳群を「王家の谷」と呼ぶ。
日本武尊白鳥陵、充恭天皇陵、仲哀天皇陵などいろいろな古墳がある。
このうち最大の、応神天皇陵に行ってみた。

応神天皇

応神天皇陵
陵の南に誉田八幡宮、応神天皇陵入口、陵の北に誉田丸山古墳(と、大鳥塚古墳?)
応神天皇陵・周辺
応神天皇陵・周辺
今回時間の関係で割愛した史跡が、二つある。

b.高井田横穴古墳群

高井田横穴古墳群
(「高井田横穴墳群|古墳のお部屋ブログ館」参照)
高井田横穴古墳群

c.百舌鳥古墳群

中沢新一は、こちらは「西の王家の谷」と呼び、生者の威厳を表現するために利用されたとして、東の「王家の谷」と区別する。

百舌鳥古墳群(「百舌鳥古墳群」参照)
百舌鳥古墳群

d.住吉大社

住吉大社
から高安山への東西軸
磯歯津路(しはつみち):住吉大社→(喜連瓜破(きれうりわり))→高安山 

ご祭神
  第一本宮:底筒男命 (そこつつのおのみこと)
  第二本宮:中筒男命 (なかつつのおのみこと)
  第三本宮:表筒男命 (うわつつのおのみこと)
  第四本宮:神功皇后  (じんぐうこうごう)

住吉大社
御本殿/第三・四本宮
三・四本宮
第二・一本宮
二・一本宮
反橋(太鼓橋)、石灯籠、御田など
住吉大社・境内
住吉大社・境内


アースダイバー的大阪探索(その1)

久し振りに、大阪方面へ旅行することになった。
学生時代の友達に電話して、朝ドラのロケ地をのんびり訪ねようと思ったら、ディープな本が送られてきた。

「大阪アースダイバー」 中沢新一著 講談社発行

『やわらかな砂州の上に築かれた大阪。
自由な都市は、海民・渡来人を受け入れ、商業を発展させ、お笑いに革命を起こし、オバチャンを生む。

著者は、心の無意識までを含んだ四次元の地図を作成する作業の全体を、「アースダイバー」と名づけました。258万年前から現在にいたる地質の変遷を示す「第四紀地図」と考古学の発掘記録、それに現代の市街図を組み合わせて、土地のもつ「本当の姿」を明らかにしていきます。またその作業には、古代人の心の構造を教える人類学、歴史学、心理学などあらゆる知が境界を越えて動員されます。

今回その対象となるのは、大阪です。現在の大阪は5000年前にはほとんどが海面下にありました。南北に走る細長い上町台地だけが、古くからある陸地です。その南北の線を軸に、そして東の生駒山脈から発する死のパワー(ディオニュソス軸)が、東西に力を加え、その座標軸が大阪の基盤をつくっていると著者は考えます。そしてその交点にある四天王寺が大阪の中心となっています。物差しをもつ聖徳太子=太子信仰は、職人的世界のバックボーンになっています。
一方ミナミ、キタ、ナニワなど大阪の中心地は、「くらげなす」砂州の上に成立し、それゆえに浮遊する世界=都市=商業を発展させえたということになります。
大阪の古層にある、南からの海洋民、半島から到達した「海民」をキーワードに、大阪の無意識へとダイヴィングするスリリングな冒険を試みます。』
(「大阪アースダイバー中沢新一 講談社」より)

アースダイバー的大阪探索(その1)

今回は、その本をトレースしたので、ディープな大阪探索となった。
電車を乗り継ぎできるだけ多くを見ようとし、また走り回ったので足にまめができた。その1は、上町台地の北端から四天王寺までを記録する。


アポロン軸(南北軸)

『権力がつくる現実世界の軸線』
(「大阪アースダイバー」P42より)
南北軸は一本、難波大道である。
この軸上に、北端のところに難波宮、石山本願寺、豊臣大阪城、徳川大阪城が次々と建設され、南の方に四天王寺がある。
まずこれらの史跡を中心に探索した。

2000~3000年前、大阪は、生駒山山麓と半島のように突き出た上町台地が陸地であり、東は河内湖、西は大阪湾であった。この後、淀川と大和川が運んでくる土砂で河内湖は埋まり、上町台地の西側に八十島が生まれてくる。八十島とは、ナニワやミナミとなるところで、中之島、堂島、福島、網島、出来島、姫島などの地名が残る。
古事記や日本書紀でいう、イザナギ・イザナミがまず淡路島を生み…の意味がやっと分かった。ナニワ・ミナミなど「くらげなす」土地は、水中から「生成」したのである。

上町台地/「サンクタス大阪城」より
上町台地

a.権力者の拠点

大化の改新の後、孝徳天皇は難波宮を建設した。
大極殿跡から見た、八角殿院跡。後はNHK大阪放送局。
難波宮跡

難波宮跡
石山本願寺
推定地
石山本願寺推定地
徳川大阪城・天守閣
徳川大阪城・天守閣

b.大阪の地主神

王宮(難波宮)には、二種の巫女集団がいた。
  生島御巫(いくしまみかんなぎ)生れ出る島そのものをお祀りする役目
  座摩御巫(いかすりみかんなぎ)大地の地主神をお祀りする役目

座摩御巫は、元々は、石町の旧座摩神社の御旅所にあったが、秀吉により、南御堂近くの本町渡辺町に移動させられた。
現・座摩神社(久太郎町渡辺)
座摩神社
桂文治の常設寄席が作られた神社でもある。
神文の鷺に因んで、鷺草が栽培されているコーナーがあった。
座摩神社・境内
座摩神社・境内

生島御巫は、生玉神社に移された。
生國魂神社

生國魂神社
米澤彦八が上方落語を創めた場所でもある。
墓場と深層でつながっているラブホテルも、生玉さんの近辺にある。
生玉神社周辺
生玉神社周辺

c.太陽の妻だった女神たちの足跡

  アマテラス女神を祀る集団は、伊勢まで行った。
  大阪に踏みとどまった女神は、
  女神⇒アカルヒメ(赤留比売)、シタテル(下照)
  女神を祀る神社⇒ヒメコソ(比売許曾)

女神たちの最初の上陸地点は、高津宮近辺。
比売許曾神社
(ひめこそじんじゃ)at高津宮
比売許曾神社・高津宮
大阪城から移された高津宮と、高倉稲荷、女陰石
高津宮
境内
高津宮境内

d.四天王寺

古代の河内を支配したのは物部氏。
蘇我馬子に敗れた物部守屋の霊を鎮めるために建てられたのが四天王寺。始め玉造に建てられたが、キツツキの大群に破壊された。そこでアポロンの軸の上に高い塔を持つ四天王寺が再建される必要があった。厩戸皇子(聖徳太子)は鷹となってキツツキから四天王寺を護ったという伝説が語られるようになった、と。
また、四天王寺は、俊徳丸にかかわる話があるというが、今後の研究課題としたい。
四天王寺

四天王寺
石舞台と六時堂、亀井堂、亀ノ池、不動明王
四天王寺境内
四天王寺
四天王寺庚申堂
竹本義太夫の墓
四天王寺周辺
四天王寺周辺

仙台の駅弁

今回の東北旅行にあって、仙台の駅弁を買う機会が2度あった。

(1)往きの、「東北復興弁当」

JR東日本のびゅう、では、サービスに弁当券が付いていた。
仙台駅3階の弁当売り場
メンバーの好みはバラバラ。@1,100円以内ならばなんでも交換してくれる。海鮮常長弁当も美味しそうであった。
仙台駅・弁当売り場
今回の主たる旅行目的は、東北応援であったので、名前に惹かれてこの弁当を選んだ。

東北復興弁当
東北復興弁当
仙石線の中では、さすがに食べるのを躊躇した。ホテルに着いて、お願いしたらガーデンラウンジ「ジャルダン」をお借りすることが出来た。

開封
開封
中味
弁当中味
説明書き
説明書き

(2)帰りの、「伊達幕」

新幹線の乗り場の近くで買った。
一食は牛タンと思っていたが、前日仲間のいびきで一睡も出来ず、少し吐き気を催したので、ゴク普通の幕の内風なものをセレクトした。しかし、何故かお茶代わりに、ビールは買っている。

帰りの弁当・伊達幕
帰りの弁当・伊達幕
帰りの弁当・開封
帰りの弁当・開封

青葉城跡の見学

メンバーの中に、伊達家ゆかりの人間がいた。
是非青葉城跡を見学したいというので、我々が案内した。
この日は、やんごとなきお方が仙台訪問中ということがあって、タクシーが動くかどうか危ぶまれる状況であった。

青葉城跡見学

伊達政宗騎馬像

像の前で、なにやらパフォーマンスをやっている一団がいた。
政宗騎馬像
仙台城跡の碑

この辺りから見下ろすと、確かに断崖絶壁で、城の護りは堅く見える。
仙台城跡
本丸跡に建てられた護国神社
護国神社
資料展示室内の甲冑等の展示
資料展示室
支倉常長・遣欧使節行展

スタッフが、世界中で遣欧使節の足跡を撮ってきた写真展
支倉常長・遣欧使節行展
資料展示室内・脇(隅)櫓の模型
資料展示室内・隅櫓
修理中の大手門脇(隅)櫓
。空襲で破壊される前までは、国宝であった。
またまた、震災で損壊したと。
修理中の大手門脇櫓
東北大学・青葉山キャンパス

個人的には、入社まもなく3~4年間、特別受託研究生として、毎月通って共同研究をしていた懐かしいキャンパスである。
東北大学キャンパス

仙台駅 寿司処こうやで、ランチ

非ゴルフ組のメンバーの中で、青葉城が見たいという人がいたので、早めに仙台に戻ることにした。石巻発の列車の便数が少ないので、石巻駅でお茶を飲んで発車を待った。このため仙台駅に着いたのは、2時を回っていた。
仙台駅3階 すし通りにある寿司屋に直行。
なお、この階には、牛タン通りというのもあったが、一人が肉系がダメなので魚系にした。 

旬魚・酒房 寿司処 こうや 仙台駅中すし通り店

握りずしセット
      ◆ 松島  @1,980円


“松島”
松島
友人の一人は、青葉城行きをやめた。
彼の最初のつまみが、ホヤ。少しシェアしてもらったので、撮影。
新鮮なので、臭みがない。
なんとこの後、彼は延々と飲み続けたそうだ。飲んべぇである。
ホヤ
ランチメニュー
松島は、ランチタイムならば、@1,600円なれど、2時半を回っていたのか、或いは休日であったためか、支払いは、@1,980円であった。
ランチメニュー
カウンター方面
カウンター方面
室内
室内
店頭
店頭
【追伸】

すし通り
すし通り
牛タン通り
牛タン通り

松島センチュリーホテルに泊る

我々幹事が選んだ宿泊先は、ロケーション抜群のホテルであった。
予算から言って、満足の声が多かった夕食・朝食。
温泉も、肌がすべすべするような泉質で、まあまあよし。
総括すると、耳に入ってきた評価は、高かった。外交辞令もあろうが。

松島センチュリーホテル

『日本三景「松島」のベストポジション、目の前に広がる、オーシャンビューの客室。贅沢な眺めを満喫出来るのは、松島センチュリーホテルならではの魅力です。』
(「松島に泊るなら松島温泉の湧く松島センチュリーホテル(公式HP)」より)

『「太古天泉」と命名された松島温泉。効能豊かな肌に優しい温泉
を美しき風景とともにお楽しみください。
松島温泉の採取深度は1,000~1,500m。古生代(数億年前)地球太
古の天水が地下に浸透し地熱であたためられ、長い年月をかけて貯
留されていました。今回の採掘で天泉となり地上に湧き出し、松島で
は初の暖かい温泉になりました。』
(「松島温泉 松島選手リーホテル/温泉」より)


(1) ホテルの景観

玄関側から見たホテル
松島センチュリーホテル・玄関側から

部屋から見た松島海岸
いわゆる、オーシャンビュー

窓から見た松島海岸

(2)夕食

小宴会場
飲み放題+ワイン(別料金)
小宴会場
おしながき
お品書き
お膳
お膳
梅酒と乾杯のビール
梅酒と乾杯のビール
前菜/小鉢三点
前菜・小鉢三点
小鍋/蛤鍋
小鍋・蛤鍋
造り/五点盛り 妻種々
造り・五点盛り 妻種々
最初のワイン
最初のワイン
焼物/鰆の南蛮焼き
焼物・鰆の南蛮焼き
煮物/湯葉包み穴子クワイ
煮物・湯葉包み穴子クワイ
温物/雲丹茶碗蒸し
温物・雲丹茶碗蒸し
二つ目のワイン
二つ目のワイン
中皿/黒毛和牛 陶板焼き
中皿・黒毛和牛 陶板焼き
凌ぎ/あかもくうどん
凌ぎ・あかもくうどん
食事・香物・汁
食事・香物・汁

(3) 朝食

朝食はバイキング形式で
朝食が洋食スタイルであったのは、私だけ。
皆は、和食スタイルが多かった。
トマトは生絞りのため、特に美味しかった。
朝食バイキング
紅茶とデザート
ブルーベリーとブドウをトッピングして、プレーンヨーグルトを。
フルーツヨーグルトは、毎日欠かさず摂っている。
習慣は中々変えられないものだ。
朝食紅茶とデザート

(4) 3.11震災の被害と修復状況 

A.このホテルの何処まで津波が来たか

※震災当時の写真については、当ホテルのロビーの写真を借用する。

 3.11のとき、ホテルの中から海を撮った写真
被害写真c
 今年5月に宿泊したときに、同方向を撮ってみた(但し、3階から)
松島Sから

B.海岸と同じレベルであるこのホテルのG階では、浸水被害が発生していた。

 浸水状況a
G階被害写真a
 被害写真b
被害写真b
 現在修復されてすっかり綺麗になっているが、
  浸水の高さの表示を見ると、凄まじさが想像できる。
浸水の高さを示す表示

※ 改修工事には、数億円を要したそうだ。


 浸水箇所の修復後
浸水箇所の修復
 浸水箇所の修復後
浸水箇所の修復
 浸水箇所の修復後
浸水箇所の修復

松島の観光

同期会45周年記念で、東北に旅した。

● 松島観光


(1) 松島海岸


修理中の福浦橋
修理中の福浦橋
五大堂透かし橋
五大堂透かし橋
『五大堂は案内板によると「平安時代初期の807年、坂上田村麻呂がこの島に毘沙門堂を建て、828年、慈覚大師が瑞巌寺の前身、松島寺を建てて、ここに五大明王を祀り、五大堂と呼ぶようになった。現在の建物は1604年、伊達政宗が紀州(和歌山県)の名工鶴衛門家次に命じて建立した。方三間の宝形造で、四方に勾欄つきの縁を巡らし、正面の向拝をつける。内部に重厚な家形厨子を置き、五大明王像を安置する。』(「五大堂」より)

五大堂
五大堂

(2) 松島島巡り

観光船・仁王丸
仁王丸
※ ここからの写真3枚は、船室内から撮ったので、窓の汚れでかすんでいる。


鐘島
鐘島
ダメージを受けた仁王島
ダメージを受けた仁王島
舟入島
舟入島
※ ここからの2枚は、デッキに出て撮ったので、上3枚よりはクリアである。


牡蠣の養殖筏
牡蠣の養殖筏
追いかけてくるカモメ
追いかけてくるカモメ

(2) 瑞巌寺

瑞巌寺・総門
瑞巌寺・総門
鰻塚に続く洞窟群
洞窟群
瑞巌寺参道・津波到達点
右の標のところまで津波が到達した、と。
瑞巌寺参道・津波到達点
瑞巌寺参道の杉・塩害
赤いテープを巻きつけているのは、総て伐採予定の杉。
瑞巌寺参道の杉・塩害
法身窟と鐘楼
法身窟と鐘楼
瑞巌寺平成の大修理中
『※平成の大修理期間中、本来は本堂に安置している御本尊、藩祖政宗公・2代忠宗公の大位牌、三代開山木像が大書院で特別に公開されます。』
(「瑞巌寺平成の大修理について」より)

特別公開:「国宝庫裡」と「陽徳院御霊屋(宝華殿)」


庫裏(国宝)
庫裏
陽徳院御霊屋(宝華殿)
陽徳院御霊屋(宝華殿)
cf.瑞巌寺・瑞巌寺埋蔵文化財発掘調査現地説明会については、こちら

修理中の本堂(国宝)方面
修理中

(3) 西行戻しの松公園

西行法師が、そこにいた童子と禅問答をして負けてしまい、松島行きを諦めた、といういわれ』のある西行戻しの松

『西行が、「月にそふ 桂男のかよひ来て 薄ならむは誰が子なるらん」と童子に問いました。
童子も、「雨もふり霞もかかり霧もふる はらむすすきは誰か子なるらん」と返答した。』

西行戻しの松公園(桜公園)
松島を眺めるには、絶好のビューポイントといわれる。
※ ただし、逆光で、うまく撮れなかったのが残念である。

西行戻しの松公園

☆ この美しい松島の島々が、天然の防波堤・波除となって、湾奥の被害を少なくしたことを思うと、逞しく見えた。東松島・石巻と比べるとその差が良く分かる。しかもよく見ると、仁王島に典型的に見られるように、自己犠牲の上に成り立っているので、よけい感動する。

東北震災見舞い

東松島・石巻、震災見舞い

学校を卒業後、入社同期45周年記念に、東北旅行に行った。
その帰り、有志で、被災地を見舞うことにした。

震災後すぐは、地元の人たちの間で、よそ者がカメラを持って観光気分で来ることに嫌悪感をあらわにする人が少なくなかった。ところが最近は、復興支援になるから訪ねてくれるだけでも良いとする人が増えてきた。ホテルに泊まる、飲み食いする、タクシーを使う・・・など、我々にも簡単に出来ると思い被災地に足を伸ばそうということになったのだ。

松島から石巻に行くには、仙石線・松島海岸駅から代行バスに乗り矢本駅に行き、ディーゼル車で石巻に出るコース。東北線松島駅から小牛田経由、石巻線で石巻に出るコース。レンタカーで海岸沿いに走るコース。などがあるが、結局は、タクシーを利用した。

結論から言うと、市内は自動車など瓦礫が取り除かれ、一見何もなかったようになっているが、郊外や村部は、被災したままで手が付けられないような状態の処が多くあった。

その集落の多くの人が死んだり、二重ローン問題があったり、あるいは、建築規制が出来たりと、手を付けようにも手を付けることの出来ない問題があるのだそうだ。

石巻市の中心部では、全国からバスで視察・研修で来ている人たちとも出会った。ボランティアの人たちのテントでも、互いに手を振って応援の気持ちを伝え合った。

大きな被災地では、メンバー皆、自然と合掌した。だが、それ以上何もすることが出来ない無力感も味わった。
電気や水道などのインフラの回復すら見られない、人の気配のない集落を見ると、凄惨をきわめる。テレビの実況を見ていた時よりも、感慨にふける。

とりあえず、写真で状況を報告したい。

(1) 東松島市の被害状況

『直接死:1059、災害関連死:57、死者数の合計:1116、行方不明者数:51
 住宅、建物被害(全壊数+半壊数):11064』

※ 2012/5/8時点の東松島市の被害状況※ 宮城県,復興庁HPのデータより

◆ 東名という名の集落

車を降りて、見る。
東松島市・東名・車を降りて
逃げる高台もなく、多くの犠牲者が出た集落。
家屋は大半が壊れて跡形もない。残った家も1階は惨めに破壊されている。
東松島市・東名
向うに見える水のあるところは、水田であったところ。
地盤が沈下し、まるで海のように見える。
東松島市・東名・田が池に

◆ 仙石線の駅と架線・線路

野蒜駅

線路も埋まり、架線も垂れたまま。
新野蒜駅は、内陸側に移動、建設される予定だそうだ。
仙石線・野蒜駅

◆ 野蒜海水浴場か

静かな海水浴場も、津波に襲われた。
この堤防の右側に松林があったが、塩害に合って枯れ、次々と切られている。
野蒜海水浴場か

タクシーの車窓からみた、東松島市。
東松島市・車内から
『とりこわし不可 4/18』と書かれた家。
東松島市a
ずっと向うまで、津波の被害が及んでいる。
東松島市b
地盤沈下の影響で水が引かない土地に、タンホポの花が。
よけいに寂しい。
東松島市c

(2) 石巻市の被害状況

直接死:3228、災害関連死:189、死者数の合計:3417、行方不明者数:507
 住宅、建物被害(全壊数+半壊数):33378

※ 2012/5/8時点の石巻市の被害状況※ 宮城県,復興庁HPのデータより

石巻市市街地に入ると、津波で流され破壊された自動車が三段に積まれている。
石巻市・自動車の山
選別前の瓦礫と思われるものも、道路の脇の空き地に。
石巻市・がれき
門脇小学校の前に、今でも全国から訪れる人を乗せたバスが3台駐車していた。学校の裏に高台がある。日和山公園だ。登れた人と、逃げ遅れた人との生死を分けた山だ。高台の上の集落は、津波の影響を全然受けていない。
石巻市・門脇小学校
概ね若い人たちが多い、研修・視察。
地方自治体や労働組合の人と思われる。
研修・視察
日和山に登ってみた。
鹿島神社の鳥居から、石巻湾を望む。
石巻市・日和山の鹿島神社
日和山から、石巻湾の瓦礫置き場を望む。自動車のようだ。
石巻市・日和山からb
日和山から、旧北上川の河口方面の瓦礫置き場を望む。ピラミッド状に積まれている。
石巻市・日和山からa
日和山から、旧北上川の瓦礫置き場を望む。選別前のがれきとおぼしきものだ。
石巻市・日和山からc
がれき推計量:616万3千トン
※ うち建物解体に伴うがれき発生推計量:470万トン

解体を除いたがれき推計量に対する撤去率:100%
解体を含んだがれき推計量に対する撤去率:50%
※ 撤去は仮置き場への搬入のことです。

処理・処分量:120万9千トン
処理・処分割合:19.6%
※ 破砕・選別等により有価売却、原燃料利用、焼却やセメント焼成、
  埋立処分等により処理・処分された量。

2012/5/7時点の災害廃棄物(震災がれき)処理状況 ※環境省公表資料より』
(石巻市:東日本大震災(地震、津波)被害、復興状況まとめ|東日本大震災(地震、津波)、被害状況専門サイト」より)


鹿島神社境内では、若い人たちが黙々と、神輿を組み立てていた。
鹿島神社・神輿準備

銚子電鉄の旅

10月28日(金)かねてから女房が行きたかった銚子電鉄の旅に出かけた。
鉄男である女房の兄が早世してからその魂が乗り移ったのか、女房がすっかり鉄子になってしまい、あれこれと廃線の危機にある地方鉄道に連れて行けと言い出した。
これまで、
トロッコわたらせ渓谷号
小湊鉄道
いすみ鉄道
など、女房の友達まで巻き込んでの旅となっている。

今回は、いつもの友人はゴルフなので、奥さんだけご一緒

   銚子電鉄の旅

旅の概略は、次のとおり

<往路>
1)銚子駅~仲ノ町駅
  ・ヤマサ醤油工場見学
  ・仲ノ町駅構内の車庫見学
2)仲ノ町~観音駅
  ・円福寺
  ・飯沼観音
3)観音駅~外川駅
  ・昼食
  ・外川漁港

<復路>
4)外川駅から犬吠駅まで、徒歩
  ・濡れ煎餅ゲット(一日乗車券でゲット)
5)犬吠駅~君ヶ浜駅(電車)
6)君ヶ浜駅から海鹿島駅まで、徒歩
  ・君ヶ浜しおさい公園
  ・小川芋銭の句碑
7)海鹿島駅~銚子駅(電車)

以前、車で銚子を訪れた時に、ポートタワーやウオッセ21、犬吠崎灯台、地球の丸く見える丘などは見たので今回は省略した。

ついては、写真を羅列して旅をつづる。

銚子電鉄の旅、一日乗車券や資料
銚子電鉄の旅、一日乗車券や資料
銚子駅で買ったプチ土産
濡れ煎餅は焼き立てを犬吠崎駅で食べたので、土産としては買わなかった。
ヤマサ醤油工場の見学で頂戴した醤油も掲載を省略する。

プチ土産
では、

1)銚子駅~仲ノ町駅

銚子電鉄・銚子駅
銚子電鉄・銚子駅
出発進行
出発進行
仲ノ町ホーム
仲ノ町駅表示
仲ノ町駅
仲ノ町駅
中ノ町駅で電車撮影
この時は5~6人のシニアの団体がビデオカメラを廻していた。
電車の撮影には、通常のカメラよりビデオカメラのほうが主流になっているのだろうか。

中ノ町駅で撮影
仲ノ町駅・駅舎
仲ノ町駅・駅舎
・ヤマサ醤油工場見学
ヤマサ醤油工場見学
工場見学の後、醤油を使ったソフトクリームを買って食べる。
向かって左から、しょうゆ・しょうゆソース・ミックス
恐る恐る食べたが、中々おいしい。しょうゆソフトクリームが我々三人の中では一番評判が良い。

ソフトクリーム(しょうゆ・しょうゆソース・ミックス)
・仲ノ町駅車庫見学(本銚子で登り銚子)
なおこの後、観音駅ではこれに関する「本銚子で登り銚子」の切符が売り切れで手に入らなかった。

仲ノ町駅車庫見学(本銚子で登り銚子)
仲ノ町駅車庫側から電車撮影
仲ノ町駅で撮影
電車あれこれの説明板
電車あれこれ

2)仲ノ町~観音駅

観音駅で電車撮影
観音駅で撮影
観音駅・駅舎
観音駅
・円福寺
円福寺
閻魔堂内の閻魔大王と脱衣婆
閻魔と脱衣婆
・飯沼観音(寺は同じ円福寺)
飯沼観音
大仏と五重塔・本堂
大仏と五重塔・本堂
観音駅で電車撮影
観音駅で撮影

3)観音駅~外川駅

外川駅で電車撮影
外川駅で撮影
外川漁港
外川漁港
目の前で、魚を食す水鳥
魚を食す水鳥

4)外川駅から犬吠駅まで、徒歩

沿線で一番立派な犬吠駅(ポルトガル風だそうだ)
犬吠駅
濡れ煎餅を焼く図
焼き立てを戴いた
濡れ煎餅を焼く図
犬吠駅で電車撮影
犬吠駅で撮影

5)犬吠駅~君ヶ浜駅(電車)

君ヶ浜駅・駅舎(イタリア風だそうだ)
君ヶ浜駅

6)君ヶ浜駅から海鹿島駅まで、徒歩

野ブドウの実を採って食べながら(甘酸っぱくておいしい)
いつもながら、目の良い女性だ。花や実や小鳥などをすばやく見つける特技を持つ。

野ブドウの実

犬吠崎灯台を望む
犬吠崎灯台を望む
君ヶ浜しおさい公園
君ヶ浜しおさい公園
芋銭句碑の上の丘に立つ祠

海鹿島駅
海鹿島駅
海鹿島の文学碑の説明板
海鹿島の文学碑

7)海鹿島駅~銚子駅(電車)

終点・銚子駅で。
結局この日は、この赤い色の電車に一番数多く出会わした。

終点・銚子駅で
☆ 昼食編は、次回掲載予定

父母の墓参り

お彼岸前のお参りに五条坂を尋ねた。
長兄が私達姉弟のために、京都に父母を分骨してくれている。京都訪問も久し振りであったので、明著堂を訪ねた。

浄土真宗本願寺派 本願寺

     大谷本廟 (西大谷)

        明著堂

『明著堂は、親鸞聖人のご墓所である祖壇の前に位置する拝殿で、東西五間、南北十間、内部に柱のない建物です。宝永6年(1709)、第14代寂如宗主の時代に造営されました。正面には、寂如宗主のご染筆による「明著堂」の額が掲げられています。
慶応の火災(1867)では境内の多くの堂舎が失われましたが、この建物は幸いにも類焼を免れ、往時の大谷の面影をよく今に伝えています。
また、祖壇の周囲には歴代宗主裏方の廟墓、祖壇納骨所があります。』
(パンフレットより)

大谷本廟パンフレット
大谷本廟パンフレット
今年は、親鸞750回忌
親鸞750回忌
大谷廟への橋
大谷廟への橋
大谷本廟・総門
大谷本廟・総門
明著堂・遠望

祖壇・明著堂の案内札
祖壇・明著堂案内札
明著堂

この拝堂で、手を合せた。
明著堂
帰路
二天門から仏殿方面
二天門から仏殿方面
仏殿
仏殿

京都東山のパワースポット

京都縁結び&パワースポット 一覧は、こちら
確かめてないので、保証は致しかねます。
私はこのうち、たまたま東山のパワースポット2件を尋ねたことになる。

京都東山のパワースポット

・地主神社
・安井金毘羅宮


清水神社・仁王門脇を登る
仁王門脇を登る
清水の舞台
清水寺・舞台
舞台を通り抜けると、地主神社への階段
地主神社への階段

◆ 縁結びの神さん 地主神社

『縁むすびの神さま大国主命を主祭神として、その父母神、素戔嗚命(すさのおのみこと)・奇稲田姫命(くしなだひめ)、さらに奇稲田姫命の父母神、足摩乳命(あしなずちのみこと)・手摩乳命(てなずちのみこと)を正殿に祭祀。三代続きの神々を祀ることから、子授け安産の信仰も集めている。芸能と長寿の神さま大田大神、旅行安全・交通安全の神さま乙羽竜神、知恵と才能の神さま思兼大神を相殿に祭祀。末社には商売繁盛にご利益のある栗光稲荷社のほか、祓戸社、おかげ明神、撫で大国、水かけ地蔵、良縁大国を祭祀しています。』
(「神様とご利益|縁結び祈願 京都地主神社」より)

縁結びの神さん

恋占いの石

『ご本殿前に、10メートルほど離れてたつ、ひざの高さほどの2つの守護石。片方の石から反対側の石に目を閉じて歩き、無事たどりつくことができると恋の願いがかなうと伝わる“願掛け”の石。一度でたどりつければ恋の成就も早く、二度三度となると恋の成就も遅れ、また人にアドバイスを受けた時には人の助けを借りて恋が成就すると言われます。若者や海外からの参拝者にもよく知られ、この石で恋を占うことが地主神社参拝の大きな目的のひとつとなっています。』
(「恋占いの石|縁結び祈願 京都地主神社」より)

※ これでは、目をつぶって歩き始めた左の人は右の人のサポートを受けないと恋は成就しない?

恋占いの石
おかげ明神


『どんな願い事も一つだけなら必ず「おかげ(御利益)」がいただけるという一願成就の神様「おかげ明神」。特に女性の守り神として、昔から厚い信仰を集めている。この後方のご神木は「いのり杉」「のろい杉」ともいわれ、江戸時代に女性の間で流行した「丑の刻参り(うしのときまいり)」に使われたという。今も、のろいの願をかけ、五寸釘を打ち込んだ跡が無数に残っている。』(「地主物語(夏)|縁結び祈願 京都地主神社」より)

結構怖いおかげ明神
おかげ明神

◆ 縁切り縁結び碑/安井金毘羅宮

※ S8100の電池が切れた。縁切れではなく電池切れ。よって携帯で一枚だけ撮った。

カップルの参拝が多かったが、その中で縁切りの方から穴を潜り抜けた男性がいた。想定する相手の女性は、連れの女性かそれとも別の女性か。別の女性との縁切りだとすると、この男の自主的なものかそれとも連れの女性の強制によるものか?気分が悪いので、この現場に長くは滞在しなかった。


縁切り縁結び碑(いし)
金毘羅神社・縁切り縁結び

京都 やきもの散歩

京都 やきもの散歩

・清水寺境内にある、仁清・乾山の記念碑
・ちゃわん坂
    cf.私の京焼習作(茶碗もどき2件)
・近藤悠三記念館
    cf.私の近藤悠三習作(小壷2件)
・河井寛次郎記念館
・陶器神社・陶祖神社
・陶匠の家


1) 仁清・乾山記念碑

『毎年10月4日は京焼・清水焼の陶祖である野々村仁清(ののむらにんせい)、尾形乾山(おがたけんざん)の功績を顕彰する法要が清水寺境内の記念碑の前で、森貫主様を導師として営まれています。』
(「ちゃわん坂在住作家・仁清、乾山顕彰法要」より)

清水寺・音羽の滝
音羽の滝
仁清・乾山記念碑は、音羽の滝近くにある。
仁清・乾山記念碑

2) ちゃわん坂

ちゃわん坂
ちゃわん坂
音羽山窯
音羽山窯
清閑寺窯祥平

清閑寺窯祥平

● 私の京焼習作 (抹茶茶碗もどき)

仁清・色絵忍草文茶碗写し

仁清・色絵忍草文
乾山・銹絵滝山水図茶碗写し

乾山・銹絵滝山水図写し

近藤悠三記念館

近藤悠三記念館
近藤悠三記念館
近藤悠三記念館 入場券&パンフレット
近藤悠三記念館入場券・パンフ
ろくろ場
近藤・仕事場
道具置き場
近藤仕事場2

● 私の近藤悠三習作

※ 2004年以前に近藤悠三の習作を試みた時期がある。お恥ずかしながら、作例を掲載する。
小壷1
近藤悠三習作・壷1
小壷2
近藤悠三習作2

3) 河井寛次郎記念館

河井寛次郎記念館

河井寛次郎記念館 入場券&パンフレット
河井寛次郎記念館・入場券&パンフ
陶房/けろくろ
河井・仕事場
素焼窯
河井・素焼窯
登り窯
河井・登り窯
河井の作品は、主に第二室に置かれた、と。
登り窯第二室
快適な空間
囲炉裏
のある部屋
居間
作品

作品室

4) 若宮八幡宮社

若宮八幡宮社

若宮八幡宮
陶器神社案内板
陶器神社案内板

『平成18年度の京都検定1級の問題に、
「源頼義が創建して以来、源氏の氏神として崇敬され、現在地に移ってから陶祖神の椎根津彦命を合祀し、8月に陶器祭が行われる神社はどこか」』
(「若宮八幡宮社-京都検定合格を目指す京都案内-Yahoo!ブログ」より)


陶器市

『五条坂の陶器まつりは遠く大正9年、「六道珍皇寺」にお精霊さんを迎えに行く人々、また大谷本廟(西大谷)へお盆の墓参りに行く人々が五条坂を賑わせていた時に、五条坂に店を構える陶器屋が登り窯で出た大下(おおげ)、要するに一級品として出せないものを陶器市として売り出したのが始まりで、のち陶器祭運営協議会が結成され現在に至っています。』
(「京都・五条坂~陶器祭り~」より)

境内にある陶祖神社
陶祖神社
御祭神・仁清&乾山
御祭神・仁清乾山
若宮八幡宮社脇にある陶匠と思しき家
陶器神社脇の陶匠

高台寺・圓徳院・掌美術館拝観

今回の旅行の主目的は、修学院離宮桂離宮参観。
そのほかは、高台寺周辺と、清水寺周辺を集中的に散策した。
清水寺はよく詣でるが、今まで高台寺の中に入った記憶はない。

高台寺・圓徳院・掌美術館 拝観


高台寺・圓徳院・掌美術館パンフレット
高台寺・圓徳院・掌美術館入場券&パンフ


1) 鷲峰山 高台寺


ねねの道から高台寺へ
※ 面白いことにこの石段は、登るときは三歩、下るときは四歩のリズムになる。従って、上るときは平らな部分から一歩高いところに上がるのに右足・左足が交互になるので足のためには宜しいようで。そこまで考えて石段を設計したかどうかは分からないが…。

ねねの道から高台寺へ
高台寺

『豊臣秀吉没後、その菩提を弔うために秀吉夫人の北政所(ねね、出家して高台院湖月尼と号す)が慶長十一年(1606)開創した寺である。』
(高台寺栞より)
高台寺
遺芳庵

葺き替えて間もないのか、随分真新しく感じ、通り過ごすところであった。
遺芳庵
方丈の前庭

方丈
方丈から観月台・開山堂を望む
方丈から観月台・開山堂を望む
開山堂

開山堂
霊屋


霊屋 の内部(ねねの道沿いにあったポスターより)

臥龍廊

臥龍廊
傘亭への道

傘亭

傘亭

時雨亭

菊乃井本店の‘時雨めし’
はここから来ているそうだ。


2) 圓徳院

圓徳院は、北政所ねね終焉の地
『ねねを支えていたのが兄の木下家定とその次男の利房である。圓徳院は利房の手により高台寺の三江和尚を開基に、木下家の菩提寺として開かれ、高台寺の塔頭とされた。寛永九年、ねねの没後九年のことである。』
(円徳院栞より)

※ 長谷川等伯の『山水図襖』 高精細複製作品32面が公開されていた。


圓徳院正門(長屋門)

唐門
圓徳院中の門
圓徳院北庭

圓徳院北庭

3) 掌美術館

※ 「天下人と女性 高台寺の宝物」
高台寺霊屋の本尊(豊臣秀吉公の念持仏)大随求菩薩や、徳川家康・秀忠の朱印状などが展示されていた。


掌美術館

石塀小路プチ散歩

石塀小路プチ散歩

※ 少なくとも昔は、知られてなかった。私は通った記憶がない。何時の頃か雑誌等に紹介され、いかにも京都らしい、ゆかしい木塀で有名になってしまった。決して石塀ではなくあくまで木塀で。そこで目で確かめておく必要があると、立ち寄った。

『小路の両側には料亭や旅館、スナックが建ち並び、祇園の奥座敷として粋人に愛されてます。 歴史は意外に新しく大正初期に誕生したとか。 祇園にある多くの路が昔の情緒を失っている中、石塀小 路は伝統建築物保存地区に指定されてますから昔の風情をしっかり 残してます。一時期いわゆるお妾さんの家が多かった事から「お妾 通り」なんて呼ばれていた事もあったようです。 また、その絶好のロケーションから雑誌等によく取り上げられるものの、入口が見つけにくいのか人が少なく情緒的な雰囲気を味わえます。 路は右に折れ左に折れ袋小路?と思いながら数回曲がった所で高台寺通りへと抜けます。 夕暮れに歩くと、料理屋や旅館の看板が薄ぼんやりと光りさらに情緒が高まります。』
(「祇園の路を歩く 石塀小路」より)

石塀小路への入り口は4つあるようだ。

■ 下河原通りからの入り口  2つ

石塀小路入り口?
メゾン叡和横
ここでは何かの撮影が行われていた
入り口?メゾン叡和横
入り口?を進むと
入り口?を進む
石塀どんつき
紅蝙蝠
は、ここの左手にある
石塀どんつき
入り口?
入り口?
入り口?を小路の中心に進むと
左手は、田舎亭
入り口?から進む

■ ねねの道からの入り口 2つ

入り口?
京料理・竹中

入り口?竹中脇

入り口?を小路の中心に進むと、有名な撮影スポットの 木塀

入り口?から進むと、木塀
入り口?
掌美術館・三面大黒天方面から
入り口?
入り口?への小道
入り口?へ
掌美術館・三面大黒天方面から?への入り口
掌美術館から

【参考】ねねの道

ねねの道・道標
ねねの道・道標
ねねの道
ねねの道

錦市場の‘錦大丸よし’で一杯

京都二日目は、錦市場の魚屋の奥で一杯。
なお、電池切れでS8100を使えず、携帯電話で写真を撮る羽目となった。

まずは、● 錦市場

錦市場が開かれた理由の一つには「地下水」が強く関係しています。 昔の錦では、地下水を利用した「降り井戸」で生ものを冷やして冷蔵庫の代わりをしていました。今でこそ、冷蔵庫があり私たちは便利に生活をしていますが、当時は井戸水自体が非常に貴重であり、冷やす方法は「井戸水」以外考えられませんでし た。江戸時代に入り1615年(元和元年)に幕府より魚問屋の称号が許され、魚市場 として栄えました。そして、昭和2年京都中央卸売市場が出来たのを境として、現在のような姿に変わっていきました。』
(「3分で分かる錦市場|京都の台所 錦市場商店街」より)


錦市場への道すがら
新京極通り

寺町京極
錦天満宮
に参拝
錦天満宮
錦天満宮のところを左折し、錦小路を通る
錦小路
一番どん尻に近い処に、鮮魚店 ‘錦大丸’が
魚屋 錦大丸 

 錦大丸よし

五時を過ぎると、鮮魚店に向かって左の通路を奥に進む。
暖簾をくぐると、そこは飲み屋‘錦大丸よし’
今宵は、こちらで一杯。
魚屋の向かって右を奥に進むと
カウンター越しに料理人2人と女性2人
飲み屋のカウンター
まずは、京の酒 京山水
京山水
お通し
お通し
お造り7種盛り合せ
東京でマグロを買い占めるので、京都には美味しいマグロがない、と。そういえば、京都ではヨコワどまり。(なるほど、そうだったのだ。)
お造り5種盛合せ
春鹿
(奈良の酒)超辛口
春鹿(超辛口)
焼き魚 甘鯛(ぐじ)
京都といえば、グジ。同じくらいの価格でノドグロがあったが、ここは京都。迷わずグジを注文。「一汐ぐじ」か。
焼き魚 甘鯛(ぐじ)
白魚
と新玉葱の玉子とじ
白魚の季節。

(※ ところで、メニューのとなりに、ノレソレというのがあった。高知ではノレソレ、岡山で言うベラタ、穴子の稚魚だ。それも今の季節の魚。岡山赴任時代を思い出す。)

白魚と新玉葱の玉子とじ
料理メニュー
料理メニュー
飲み屋を出る頃には、魚屋は完全閉店状態
錦大丸よし 閉店

先斗町21番路地の‘はっすんば’で、一杯

京の旅一日目の飲食は、先斗町で。修学院離宮の最終参観(3時組)が終わって京都中心部に戻ってくると、もう5時を廻っていた。先斗町・木屋町あたりの史跡をぶらぶらした後、先斗町を徘徊。大昔訪れたりこうは、臨時振り替え休日であった。

先斗町21番路地 はっすんば
                  中京区四条通先斗町上ル鍋屋町209-6

※ 後から調べると、なんとこの21番路地には他にも、ミシュラン一つ星という‘炭火割烹 いふき’や‘酒亭 ばんから’などがあったようだ。


はっすんばは、酒も料理も器も最高であった。
スキンヘッドの大将も、なかなか味がある。
後から入ってきた地元の常連さん3人連れは、私と同じシニアであったが、なかなかの通のように見受けられた。

純米吟醸 英勳やどりぎ
いや、旨い酒だ。十四代以上かもしれない。さすが大将は利き酒師。
英勳やどりぎ
お通し
この店では、お通しがお吸い物。
お通し
八寸
はっすん
純米吟醸 古都

古都
へしこ
30年ほど前に、山陰で頂戴した思い出の料理。やはりしょっぱい。
へしこ
海老芋の鳥ソボロ煮
器の、粉引片口も素晴らしい。なかなかの目利きである。
海老芋の鳥ソボロ煮
日本酒リスト
日本酒リスト
料理メニュー
料理メニュー
看板というか、表札というか…。小さくて分かりにくかった。
町の人に聞くと、ここは店を開ける時刻まで看板を出してはいけないルールがあるとか。出してもこんなに小さくては分かりにくい。
看板

高台寺近くの老舗料亭、菊乃井本店で、時雨めし弁当を

二日目の昼食は、老舗料亭で弁当をとった。
「ミシュランガイド2011」において3つ星の評価をもらった店だそうだ。

   老舗料亭 菊乃井本店 東山区下河原通八坂鳥居前下る

『東山の真葛ヶ原は、いにしえより花を愛で、月を愛でる遊興の地でした。菊乃井では今もなお、風雅風流の習いを伝えて、都の宴を饗します。料亭という和の空間に漂う、優雅の気配。京都の季節に生かされてのこその京料理を、美酒と美風のもとで、ごゆるりと。』
(「京都本店|京都の老舗料亭 菊の井」より)

   時雨めし弁当

時雨めし弁当の説明は、こちらが詳しい。


菊乃井本店 玄関
菊乃井本店 玄関
時雨めし弁当
 時雨めし弁当
時雨めし弁当(上から)
時雨めし弁当(上から)
煮物椀&先付け アップ
煮物椀:海老しんじょう、椎茸、三つ葉、松葉柚子
先 付:聖護院かぶら鯛味噌かけ
先付け&煮物碗 アップ
弁当箱 アップ
炊き合わせ、焼物、揚げ物、口取り、小鉢
弁当箱 アップ
時雨めし アップ
東山連山:鯛の身胡麻だれ、雲:山芋とろろ・海苔、月:卵 だそうだ。
時雨めし アップ
座敷・床の間
この建物は、まだ百年ほどしか経っていない、と。
なおこの日は、広間の改装工事中であった。
座敷・床の間
座敷・縁側
座敷・縁側
控えの間
食べ終わるとこちらの部屋に案内され、勘定を。
控えの間
菊乃井本店 アプローチ
アプローチ
プロフィール

yogaz

Author:yogaz
飯山満通信へようこそ!
満73歳になりました。予定寿命まで後7年です。ただいま終活中です。当面75歳までは、ボランティアガイドと生涯学習・介護予防のお手伝いを続けたいと思います。
なお、2006年6月14日から始めた飯山満通信は、2013年12月14日、ブログを引っ越しました。Dtiblogのブログサービスが終了したためです。

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